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謎のたまご

 タンクは毎朝、森の奥に遊びに行って、ついでに魔物を狩って食事をしている。使い魔は基本的に自分の食事は自分で調達するのだ。

 小型の魔物をお土産に持って来てくれることもあるし、どこからか卵を持って来てくれることもある。

 ビビアナが育てる卵のほとんどが、タンクが持って来た卵だ。

 今朝は卵を口に咥えて帰ってきた。


「お帰り、タンク。あら、いい卵ね。ありがとう」


 タンクの首に抱きついてモフモフの感触を楽しみながら撫で回すと、ふわふわのしっぽをブンブン振った。


「白地に水色の斑点柄の卵だね」


 魔物の卵は生まれるまで種類が分からない。鳥型、爬虫類型、昆虫型、獣型……バラエティー豊富な魔物が生まれる。

 その一方で決して卵からは生まれない魔物もいる。人型、人獣型は卵から生まれることはない。


「この卵はどんな子が生まれるかな」


 ホカホカ暖かい孵卵器の中に、水色斑点の卵を入れた。

 孵卵器の中には他に五つの卵が入っている。白地に茶色の稲妻模様の卵が、そろそろ頃合いのようだ。後で取り出して見ようか。


 孵卵器の中の卵達を撫でていると、タンクがピクリと動いた。店の外をじっと見て、低い唸り声をあげる。


「どうしたの?」


 この店には強力な魔よけの術がかかっていて、外の魔物が中に入っては来れない。タンクもそれをよく分かっているので、店の中から外を威嚇するなんて、なかなか珍しい。

 よほど力の強い魔物でもいるのだろうか。


 少し緊張しながらタンクをピタリと隣に付けて、入り口のドアに近付いた。危険があればタンクが止めるはずだが、威嚇をしていながらもビビアナがドアに近付くことを止めない。


 恐る恐るドアを開けた。


「えっ?」


 ドアを開けたすぐそこに、可愛らしいバスケットが置かれていた。

 中に入っていたのは、ふかふかのブランケットにくるまれた卵だった。


「こんな卵、見たことないわ」 


 14歳で亡き両親からたまご屋を受け継いだ。それから五年。数々の卵を孵して来たが、こんな卵は初めて見た。


 それは真っ黒な卵だった。


 卵は白地に柄が入るのが一般的で、珍しい種類になると黄色や緑色の卵

などカラフルな下地の卵もある。ビビアナがかつて孵した八本足の馬スレイプニルは、ミント色にオレンジ色の線が入った卵だった。


 黒一色の卵だなんて初めてみた。

 ビビアナの顔が移るほど艶やかな黒だ。


「綺麗な卵ね。……誰がここに置いたんだろう」


 バスケットに丁寧に入れられた卵は、大切に育てて欲しいと言う意思が感じられる。

 バスケットを抱えあげて黒い卵を撫でると、卵に触れた指先がヒヤリと冷たい。その冷たさにゾワリと鳥肌がたった。


「大変! 凄く冷たいわ! 温めないと!」


 このままでは卵のままダメになってしまう。

 すぐにでも孵卵器の中に入れたいが、明らかに冷たすぎる黒い卵を孵卵器に入れたら、他の卵に温度の影響がでてしまうかもしれない。

 卵を手のひらで覆って、ビビアナの熱を分けるように温める。それだけでは足りなくて、ギュっと抱き込んで全身の熱を卵に移していく。

 ビビアナの身体が冷えて来たのを察して、タンクがピタリとくっついてくる。ふわふわの毛並みが温かい。


「ありがとう、タンク。暖かいよ」


 優しい使い魔だ。


 しばらくじっとしていると、黒い卵はようやく人肌程度の温かさになった。


「……良かったぁ。ひとまず安心だね」


 タンクも安心したようで、ビビアナの頬をペロリと舐めた。

 あとは孵卵器に入れて様子を見よう。

 念のため他の卵から少し離して、黒い卵を置く。


「ここでゆっくり温まってね。黒たまごちゃん」


 すると卵は一瞬、金色に光った。


「えっ?」


 見間違いだろうか。ほんの一瞬で、今はもう真っ黒で艶やかな卵だ。

 少し引っ掛かるものを感じながらも、ビビアナは孵卵器のそばを離れた。


 キッチンでお湯を沸かしてハーブティーをいれる。椅子に座るとホッと息をついた。

 温かいハーブティーが身体に染み渡る。思いの外、身体が冷えていたようだ。身体の中から暖まって、孵卵器に目を向けた。


「黒たまごちゃんはどんな子が生まれるのかなぁ。あんなに冷たくて……無事に育つといいんだけど」


 ビビアナの足元で寝そべっていたタンクがムクリと立ち上がり、孵卵器をじっと見つめた。


「どうかした?」


 孵卵器に目を戻すと中から一瞬、光が漏れる。

 思わず勢いよく立ち上がってことしまい、椅子が倒れてしまった。


「た、タンク。今の見た? 見たよね? 光ったよね?」


 慌てて黒い卵の様子を見ると、孵卵器の中で光ったり消えたりを繰り返していた。


「やっぱり光ってる……。光る魔物でも入ってるのかなぁ。そんな子、聞いたことないけど……」


 同じ種類の魔物でも、それぞれ個性がある。性格も違えば、使える技も違う。発光する特技のある魔物の可能性もないとは言えない。


「そんな特技があったら、夜道のお供には嬉しいね。生まれたら一緒に夜のお散歩に行こうか」


 まるでビビアナの声が聞こえているかのように、卵は強い光を発した。

 光って自己主張しているような卵が可愛くて、ビビアナは孵卵器の中の黒い卵を撫でた。


「えっ? 冷たい??」


 触れた卵は、孵卵器に入れる前と同じくらい冷たくなっている。先ほどビビアナの体温を分けたばかりなのに。このままでは孵卵器の中の温度が下がって、他の卵も駄目になってしまう。

 慌てて黒い卵を取り出して片手で包みながら、ハーブティーを入れ直した。先ほどと同じように抱き込んで温める。すぐにタンクがピタリとくっついて来た。

 ビビアナの体温がどんどん奪われる。ハーブティーで身体を暖めながら卵に熱が移るのを待つしかない。


 ハーブティーがなくなったころ、抱き込んだ卵がじんわりと温かくなってきた。 


「良かった……」


 ビビアナの安堵が伝わったのか、卵自身がホッとしたのか、温まった卵は活発に光だす。

 お騒がせな卵にビビアナは軽く笑って、立ち上がった。

 また孵卵器に戻したら冷たくなるかもしれない。それならビビアナが肌身離さず持っていた方がいいだろう。

 薄手のショールで卵を包む。ビビアナは自分の服を捲って、お腹にショールを巻き付けた。


「これでよし。ちょっとごわごわするけど、私も両手を使えるし、卵も温められるし……大丈夫よね?」


 卵は返事をしているように、何度も強く光った。

 しばらくはこのまま生活する事になる。割らないように気をつけてなければいけない。

 服の上からお腹を撫でると、じんわり温かくなった。





 孵卵器の中から卵を一つ取り出した。白地に茶色の稲妻模様の卵は、ビビアナの手のひらでゆらゆら動く。もうすぐ生まれそうだ。

 タンクも顔を寄せて、じっと見ている。


 何度経験しても、この瞬間が一番ドキドキする。


 卵に小さいヒビが入った。ヒビの中心に小さな穴があき、その穴は少しづつ大きくなっていく。ビビアナの小指の爪ほどの穴があいた時、穴から中の魔物が顔だけ飛び出した。

 小さな蛇型の魔物だ。艶々した赤い瞳とビビアナの瞳が合わさった瞬間。


「ルビィルビィ。あなたはルビィルビィよ」


 小さな蛇の赤い瞳がピカッと一瞬光る。

 今回も上手く契約紋を

刻みつけることに成功した。


「よろしく。ナーガのルビィルビィ」


 卵の殻から身体をもぞもぞと動かすと、真っ白な身体が現れた。小さな舌をチョロリと出す。

 蛇型の魔物ナーガは、野生の状態だと成長すると竹箒ほどの大きさになる。ビビアナが孵したナーガはなぜかその半分も大きくならず、変わりに野生にはない特性を持っていることが多い。

 ルビィルビィも野生にはない特性をすでに持っている。ビビアナの手のひらで姿を消したり現したりを繰り返していた。ナーガは擬態が得意だが、これはもう擬態の域を超えている。

 ルビィルビィ固有の透明化だろう。

 いい主がみつかればいいねと言うと、ルビィルビィは赤い宝石のような瞳でビビアナを見た。




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