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水の美女

 ハムと野菜とチーズのサンドイッチと、玉子のサンドイッチ。スープはさっぱりトマト味。

 朝食の準備をしながら、ビビアナはため息をついた。

 

「今朝も作りすぎちゃった……」


 出来た朝食は、明らかに一人では食べきれない量になってしまった。

 

 リュカがいなくなってから十日。


 二人分のご飯を作ることに慣れてしまって、リュカがいない今朝も、二人分の分量になってしまった。


「う~~ん……今日もお昼用に取っておこう」


 サンドイッチを半分バスケットにしまって、一人で朝食を食べ始めた。

 サンドイッチがなかなか喉を通らず、スープで流すようにして飲み込む。二口、三口……無理矢理飲み込んで、ビビアナはため息をついた。


 一人の食事はこんなに味気なかっただろうか。

 タンクは調理した食事はあまり好まないようで、ビビアナと一緒に食事をしない。リュカが来る前は毎日一人で食べていた。

 だから一人の食事は慣れているはずだったのに。


「ねぇタンク……」


 リュカはいつ帰って来るだろうか……と言いそうになって慌てて飲み込んだ。リュカを縛ることはしたくない。


 タンクが寄り添ってクーンと鳴く。ふわふわの毛を撫でながら、ビビアナは力なく笑った。

 

 リュカがこの家から出るのは当たり前の事だ。

 卵から孵化して契約紋を結んだ魔物は、ビビアナの前から姿を消す。そして、使い魔として呼ばれないかぎり自由に生きていく。

 たまにフラフラ遊びに来る魔物もいるが、孵化以来姿を見せない魔物が圧倒的に多いのだ。

 以前孵化させたスレイプニルだって、一度も姿を見せない。ビビアナが契約名を呼べば来るだろうが、自由に生きている使い魔達をビビアナの都合で呼び戻すつもりはない。


 リュカが、ここにずっといることの方が可笑しかったのだ。


「だけど……」


 たった十日、リュカの姿がないだけで……。


「……寂しいな」


 父親が亡くなってから、ずっとタンクと一緒にたまご屋で暮らして来た。

 寂しいなんて久しぶりに感じる。

 いつの間にかリュカと一緒にいることが、当たり前になっていたから。


「どんよりしてちゃダメだ!」


 今日も生まれる卵はあるのだ。


 リュカとタンクが拾って来る卵は、結局、お一人様一個ルールでは足りなかった。

 たくさん拾って来たカラフルな卵を見せて「どれにする?」と言われても、一つだけ選んで後は捨て置くわけにもいかず、たまご屋の意地で全部孵化させる方針に切り替えた。


 見つけた卵を持って来ることを許可すると、リュカとタンクは、毎日ゴロゴロ卵を持って来るようになった。

 孵卵器がいっぱいの時はタンクに温めてもらいながら、毎日五つ以上は卵が孵化する。なぜか最近の卵は、孵化するまでの期間が短くて、ゴロゴロ卵を持って来ても何とか対応出来ている。


 次々生まれる卵を前に、寂しいなんて言っていられないのだ。


 孵卵器の中の卵を確認すると、今すぐ生まれそうな卵はない。早くても昼すぎくらいか……。


「タンク! 卵が孵化するまで少し時間かかりそうだから、久しぶりに釣りに行くよ」


 釣り担当が休みで、食卓が肉続きだったので、そろそろ魚が食べたい。

 釣竿を持って、タンクと一緒に川に向かった。





 パンをちぎって釣り針につける。ビビアナが釣りをする時は、いつもパン餌だ。生き物に針をつけるのが苦手で、虫餌は使ったことがない。

 リュカが言うには、パン餌の方が食い付きがいいそうだ。


 釣糸を垂らして、魚が食い付くのを待つ。

 タンクは釣りに時間がかかることを知っているので、近くを走り回って遊んでいる。


 しばらくして、ビビアナはため息をついた。

 最近、ため息の回数が増えた気がするなと気がついて、力なく笑う。


「……今日はダメそうだな」


 釣りを開始して一時間。魚は一匹も釣れない。魚がいないわけではない。何度も餌だけ取られてはつけ直している。


「そろそろ帰ろっか」


 タンクに声をかけると、小さな虫を追いかけて遊んでいたタンクは、すぐにビビアナの隣に駆け寄った。

 今日はこれ以上釣りを続ける時間もない。


 釣竿を片付けていると、タンクの耳がピクンと揺れた。じっと川を見つめ、身体を低くする。


「どうしたの? 川……には何も見えないけど……。大物の魚でもいた?」


 タンクが牙を剥き出しにして、低い唸り声を出し始めた。


「っ!!」


 ビビアナはすぐに釣竿を持って走りだした。

 タンクの反応を見ると、ここは危険だ。川に何か危険な物がいる。

 出来るだけ離れなければ。


 ピチャッと水の音がして、走り出す足に何かが絡みつく。

 慌てて足を見ると、人の手のような形をした水が、足首を掴んでいた。


「きゃっ!」


 掴まれた足が動かず、その場に転んだ身体は、ズルズルと川の方へ引きずられて行く。

 タンクが服を噛んで引っ張り抵抗するが、止まらない。このままだと川の中に引きずり込まれてしまう。

 タンクが足元に回り込んで、足に絡み付く水にしっぽを叩き付けた。

 ビビアナの足を掴んでいた水が、バシャッと弾け跳んで消えた。


「あらまぁ……なかなかやるわねぇ、そこのワンちゃん」


 川の中から聞こえた声にビビアナはギョッとして、タンクも唸る。


 水色の髪が水の中から出て来た。


 顔を覗かせたのは、女性だった。


 水色の髪に水色の瞳。赤い唇が艶やかな美女だ。本来耳がある位置から、魚のヒレのようなものは覗いている。


「魔族、セイレーン……」


 ビビアナが思わず呟いた言葉に、水色の髪の女性はクスクスと笑った。


「うふふふっ。当たり。私のこと、知っているのねぇ」


 ビビアナはゴクリと唾を飲み込んだ。

 『魔物図鑑』人型の魔物のページにあった、セイレーン。図鑑に書いてある特徴にそっくりだった。

 水色の髪と瞳の女性。容姿が非常に整っている。主に水中を好み、足を魚のヒレに変化させる。

 その歌声を聞いた者は眠りに誘われ、目覚めるとセイレーンに出会ったことを覚えていないという。




「あなたが、ビビアナちゃんね」


 セイレーンは川から出て、地べたに座りこむビビアナに手を差し出した。

 手を取ってはいけない。

 タンクが唸るのを止めないということは、セイレーンを信用してはいけないということだ。


 川から出てきたというのに、青いタイトなドレスも身体も、全く濡れていなかった。

 ニッコリと微笑んだ顔は妖艶で美しい。しかし顔に騙されてはいけない。相手は魔族なのだ。


「ふぅ~~ん……やっぱり覚えてないわよねぇ」


 セイレーンはこてんと首をかしげた。

 覚えてないとはどういう事だろうか。ビビアナがセイレーンを見たのは今回が初めてだ。

 そもそも魔族なんて、リュカ以外に知り合いはいない。


「あらあらあら、怖がらなくても大丈夫よぉ。

 ビビアナちゃんには弟がお世話になってるからぁ、挨拶に来たのよぉ」


「……弟?」


「ええ。今は……リュカ? だったかしらぁ」


「っ!!」


 魔物に兄弟なんて聞いたことはないが、魔族だと普通のことなのだろうか。

 そもそも、リュカとセイレーンの容姿は似ていない。二人ともものすごく美人という共通点はあるが……。


「ねぇ、ビビアナちゃん。弟を返してちょうだい」



 

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