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たまご屋の主人

 街から離れた森には、魔物と呼ばれる生き物が住んでいる。

 魔物は人を襲う習性があるため、森には腕に覚えがある人間しか近づかない。


 そんな森の中程に、その店はあった。

 山小屋風の店の入り口に看板があり『たまご屋』と書いてある。たまご屋の中では、今まさに卵から新しい命が生まれようとしていた。



「見て、タンク。もうすぐ生まれるわ」


 店の主人であるビビアナは、隣にピタリと寄り添う白い狼に話しかけた。タンクと呼ばれた狼は、ビビアナの手のひらに乗った卵に鼻を近付ける。


 ビビアナの手のひらでは、白地に黒い斑模様の卵がモソモソと動いていた。つるんとした表面に小さなヒビが入る。


 コツコツ、コツコツ。


 中から音がする度にヒビが大きくなって、やがて一気にクシャっと全体が崩れた。


 ピ、ピピッ、ピピッ。


 崩れた卵の中から、真っ黒な小さな生物が出て来た。濡れてボソボソの身体を必死に動かし、小さな小さな頭を上げてビビアナの方を見た。

 小さな黒い瞳がビビアナの濃紺の瞳と重なった時。


「クロピィ。あなたはクロピィよ」


 ビビアナが言った瞬間、黒い生物の小さな瞳が一瞬ピカッと光る。

 生まれたばかりの小さな瞳に、使い魔としての契約紋を刻みつけた瞬間だった。


「よし! うまくいったね。メランバードのクロピィ。よろしくね」


 今、クロピィと名付けられた生物は、メランバードと言う種類の鳥型の魔物の雛だ。

 クロピィは小さな身体に不釣り合いなほど大きな声で、ピィと鳴いた。






 たまご屋の仕事は魔物の卵を孵して、使い魔として育てる事だ。


 野生の魔物は決して人間に懐かないが、たまご屋が孵して契約紋を瞳に移すと、使い魔となり人間の良いパートナーとなる。

 ただし、人間が使い魔を選ぶことは出来ない。使い魔が気に入った人間を選ぶのだ。

 ビビアナはたまご屋として、人間と使い魔を繋ぐ手伝いをしている。

 使い魔を望む人間は多いが、使い魔に選ばれる人間は決して多くはない。その為、ビビアナのたまご屋に何度も足を運ぶ客もいる。


 身なりの良い服装に、重そうな大剣を背負った壮年の男もその一人だった。


「今日こそは! 俺を選んでくれる使い魔に出会えそうな気がする!」


「ふふふっ。ベルントさんったら、毎回同じ事言ってます。今日で八回目ですね。新しい子も増えていますよ」


 身分を隠して来店する者もいるため、客の素性は敢えて聞かない事にしているが、ベルントの身なりや筋肉質な体格からして、騎士ではないかとビビアナは推測している。


「毎回同じ事を言いますが……規則なのでお付き合い下さい。

 使い魔は道具ではありません。使い魔を害すようなことがあれば、あなたの身の保証は出来ません。その場合、もう二度と使い魔と契約出来ない身体となります……よろしいですか?」


「もちろんだ! 俺を選んでくれる使い魔がいれば、一生大切にする!」


 ベルントの回答を聞いて、ビビアナは微笑んだ。誠実さが現れた回答は、毎回ビビアナをほっこり暖かい気持ちにさせてくれる。

 使い魔を見つけてあげたくても、こればかりは相性なので仕方がない。


 稀に、使い魔が気に入らないと言う者もいる。傷つけたり、閉じ込めたり、使い魔の虐待もないとは言えない。そんな時は魔物の本性に従って、使い魔が主に牙を剥く事もある。

 ベルントはきっと大丈夫そうだとビビアナは思った。


「では、私の手のひらに手を重ねて下さい」


 ベルントの手はビビアナの手より一回り大きく、すっぽりと覆う形になる。


「さあ、おいで……」


 ビビアナが言うと、重ねた手のひらに熱が生まれ、次に熱風が吹く。熱風はビビアナの柔らかい茶色の髪を乱して、やがて落ち着いた。


 静寂が訪れる。


 今回も選ばれなかったのか……とベルントがガックリと肩を落とした。


「あら?」


 ビビアナはベルントの頭の上を見て微笑んだ。


「ピュィ」


 ベルントの頭の上に黒い毛玉が乗っている。

 5日ほど前に生まれたばかりのメランバードの雛だ。


「クロピィ。あなたが来ちゃったの?」


 メランバードのクロピィは、ベルントの頭の上でピィピィ鳴いている。


「ええと……これはどういう……」


 自分の頭の上でピィピィ鳴く雛にオロオロして、すがるようにビビアナを見る。

 ビビアナは頭の上のクロピィをそっと手のひらに包んで、ベルントの前に差し出した。


「この子、まだ雛なんです。種類はメランバード。契約名はクロピィ。

 メランバードは珍しい種ではありませんが、この子は色変わりですね。本来は全身真っ黒なんですが……ほら、嘴と羽の先が青いでしょ?

 性格は勇敢で行動的。いい子ですよ」


 クロピィをベルントに差し出すと、大きな手が恐る恐る受け取った。

 小さくてとてもとても軽い。クロピィが甘えるように手のひら頭を擦り付けると、ベルントの顔がデレデレに溶けた。


「そうかぁ。お前が、俺の使い魔になってくれるのかぁ……可愛いな」


「使い魔は自分とは正反対の主を選ぶと言われています。

 メランバードは補助を得意とします。ベルントさんは強そうですから、攻撃特化の使い魔より、補助が得意なクロピィと相性がいいんですね。

 ……外に出て見ましょうか」


 店の外に出るとクロピィがパタパタと羽ばたき初めた。かろうじて浮き上がり、ベルントの手から離れて頭の上を旋回し、ポトリと髪の中におりた。

 使い魔が決まったことがよほど嬉しいようで、ずっとデレデレの顔から元に戻らない。ビビアナの父親ほどの年齢のベルントが、子供を見るような目でクロピィを見ている。


 タンクの頭を撫でて「お願いね」と小声で言うと、私から離れて森の奥に走って行った。


「クロピィは……後一週間もすれば、スイスイ飛べるようになるはずです。二月ほどで成体と変わらないくらいの大きさ……ええと、大きめのスイカくらい? になります」


「小さな姿はあっという間なんだな。今のうちに楽しんでおこう」


 ガサガサと森の草が揺れた。ベルントさんが一瞬で目付きが鋭くなり、背中の大剣に手をかける。

 先ほどまでのデレデレ顔とは大違いだ。


「あ、大丈夫です。ベルントさんは剣を抜かないで下さいね」


「だが……」


 渋々、言われた通りに剣から手を離したが、まだ目付きは鋭い。危険があれば、すぐにでも大剣を抜けるだろう。さすが戦う男だ。


 森の奥からタンクが走って来る。頭に角のある大きなウサギの魔物、ホルンラビットを追いかけている。タンクなら一瞬で仕留められる獲物だが、威嚇するだけで手を出さずに、ホルンラビットをこちらに誘導するように走って来た。


「クロピィ! ホルンラビットをお願いね」


「ピィ!」


「お、おい! いったい何を……」


 狼狽えるベルントを後目にクロピィは飛び上がると、ホルンラビットに向かって羽ばたいた。

 小さな羽が羽ばたく度に辺りがキラキラ光り、ホルンラビットの身体を覆う。するとホルンラビットはその場にひっくり返って動かなくなった。


「ベルントさん。クロピィを誉めてあげて下さい。

 今のは麻痺。クロピィの技ですね。他にも中級程度の回復も出来るようになります。骨折くらいなら、すぐ治りますよ。成長すると技もいろいろ覚えますので……あら」


 すでに説明は聞いていないようで、クロピィを指先で撫でながら、「すごいな」「可愛いな」と褒め称えていた。


「ふふふっ。仲良しで良かった。

 あ! クロピィは私がつけた契約名なので、ベルントさんが素敵な名前を付けてあげて下さいね」


「ああ! ありがとう!」


 ベルントはクロピィを頭の上に乗せて、帰って行った。


「タンクもご苦労様。ホルンラビット、食べてもいいよ」


 タンクは嬉しそうにピョンピョン跳んで、痺れてひっくり返ったホルンラビットを一口で食べた。




恋愛要素が……三話くらいから、ぼちぼちとでてくるはず……。

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