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ファンタジーは突然に

作者: 皆木 亮

#1#

「アナタみたいな童貞(どうてい)(ぜん)とした人は、ガッつきそうだから却下。」


 それがオレ、片瀬将(かたせしょう)の通算一〇七回目のゲームセットの合図だった。



 今年で大学二回生。単位(たんい)も、そこそこ。バイトも、そこそこで、悠々自適(ゆうゆうじてき)(ひと)()らし。


 足りない物は、ランデブーしてくれる可愛い相棒だけで、それを()んが(ため)に色々と奮闘(ふんとう)しては見ているのだが……。結果は、いつも、こんな按配(あんばい)なワケで……。



「あは…あはは…そう…残念だなぁ…。仕方ない、これ以上、(さら)()()ったら、ガッついているのを前面に押し出すワケで…。まあ、(あきら)めるか……。うん、(あきら)めるからさぁ、せめて、この件は、どうか御内密(ごないみつ)に。」



 右目と両手を合わせて閉じ、舌をペロっと出して見せて、せめて軽く流せる様に仕向けて見る。


 百戦(ひゃくせん)錬磨(れんま)撃墜(げきつい)(おう)ならぬ、百戦(ひゃくせん)フルボッコの撃墜(げきつい)され(おう)のオレが、幾多(いくた)の戦場を駆け抜けて得た答えの一つだ。


 しつこく食い下がって籠城戦(ろうじょうせん)を繰り返した場合、”恋愛(こくさい)条約(じょうやく)”を無視(むし)した戦犯(せんぱん)として、向こうも法律を無視して『早く殺してくれ』と叫びたくなるエグい虐殺(ぎゃくさつ)を行なってくるのさ。



「わかったわ、口外(こうがい)しないであげるから、良い友達で行こうね。」


 そうして、一方的なドッグファイトでオレを撃墜(げきつい)した対戦(たいせん)相手(あいて)は、野鳥(やちょう)たちが(いこ)う、冬の海辺の公園というファンシーな戦場を早々に後にした。



 海辺と言っても、浜があるワケではない。

 水深(すいしん)の深い海の上に、鉄筋(てっきん)の土台があり、その上に公園があるのだ。


 一応(いちおう)転落(てんらく)防止(ぼうし)のネットは()ってあるが、まかり間違って、ネットを()(やぶ)って公園の(さく)を越えて落ちてしまうと、海のド真ん中に落ちてしまうのだ。



 しかし、そんな危険なデメリットも、この街の多くの利点の中では、(かす)んでしまう。



 ここ、樽中市(たるなかし)は、海の上にある、『海と共に暮らすモデル都市』という売り込みの、水上都市だ。


 海を埋め立てるのではなく、()えて海を残し、海中にある鉄筋の土台の上に建物を建て、その下に広がる海を楽しもうというのが、この街の基本コンセプトだ。



 市は、本土と繋がっている市の中心である繁華街(はんかがい)地区(ちく)の中央区。


 直接本土とは繋がってないが中央区との交通網(こうつうもう)が大変整っており、中央区に比べて安価な住居が多く建てられている(ため)居住者(きょじゅうしゃ)の多い西区。


 そして、本土や他の地区との交通網(こうつうもう)に不備はあるものの、その分の支出を、多大な数の工場を備える事と、ただ工場を乱立させるだけよりも遥かに大きく街の発展に貢献するため、工場の従業者たちを多量に受け入れる工場地区用アパート街を用意し、労働する人員を近隣に確保した上で、各労働者たちの活動時間を円滑に分ける事で、数多(あまた)に建つ工場を二十四時間稼働させ、結果、市の中心たる繁華街の中央区にも遥かに優る程に市の利潤を高水準で生みだしている南区。


 大きく分けて、この三つの地区に、この市は分かれている。



 この市の最大の売りは、海との共生(きょうせい)生活(せいかつ)出来(でき)る事だ。


 市の建物は、繁華街(はんかがい)や、工場地区のアパート街すら含めて、全ての民家に(いた)るまで、多階層(たかいそう)ではなく一階建てばかりであり、全ての建物にガラス()りの(ゆか)の部屋が最低一部屋は有り、建物の下方に広がる海の中の様子を二十四時間、好きなだけ堪能(たんのう)する事が出来(でき)(つく)りに()っていて、(まさ)に海と共生する事が出来(でき)る。


 多階層(たかいそう)の建物の無い市のその構造により、本土の団地(だんち)地区(ちく)などに比べれば、繁華街(はんかがい)や住宅街などどころか工業地区アパート街ですら割高い感はあるのだが、海を好きなだけ堪能できるこの作りにより、市の住民どころか本土からの人気も高い。


 市の都市部の中央区だけでなく、各地区に、ショッピングモールなどもあり、海との共生という売り以外の、生活の利便性(りべんせい)という点でも、この街は(すぐ)れており、入居(にゅうきょ)希望者(きぼうしゃ)は後を絶たない。


 かく言うオレも、中央区にある大学への通学が住宅街の西区から片道五分で済むという交通網(こうつうもう)利便性(りべんせい)と、商店の多さという生活の利便性(りべんせい)、そして、海と共に()るというデートスポットとしても優れた立地に()かれ、中央区の大学に合格した上、この市が入居者を募集した去年に、高い抽選(ちゅうせん)倍率(ばいりつ)をクリアし、西区のアパートの一つに住めるようになり、この市の住民の一人となった。


 それからは、学校とバイトの空き時間を見繕(みつくろ)っては、ドンドンと、この樽中市(たるなかし)の各所のデートスポットに、大学で知り合った女の子たちをデートに誘っては、ランデブーを決め込み、告白というバズーカ弾を放ちまくったワケだが……。


 まあ、いつも、この通りなんだよねっていう……。



 しかし、参ったなぁ…”入隊()した()ばかり(の少)()新兵(い子)”だと恐がるだろうって事で、今回は”軍曹()クラス()()叩き上げ()()兵隊(女の)さん()”をターゲットにしたんだが…。


 やれやれ…逆に経験が豊富過(ほうふす)ぎて、こっちの戦力をあっさり把握(はあく)された挙句(あげく)、一撃で急所にズドンとは……。



「さぁて、撤収(てっしゅう)撤収(てっしゅう)対戦相手(たいせんあいて)()ないのに、こんな”(ラブオーラ)()臭い(満載)()煙る(デート)戦場(スポット)”で、いつまでも一人で滑空(かっくう)していたら領空(りょうくう)侵犯(しんぱん)迎撃(げいげき)されちゃいますよと。」



 とりあえず気持ちを切り替える努力をしてみる。


 ヤケで(あら)たな対戦相手(たいせんあいて)を事前の戦力調査もせずに(むか)えて見ても敗戦は(まぬが)れない事は幾多(いくた)の戦場で証明済み。



 ”基地(自宅)”に帰還(きかん)する気にもなれず、ブラブラと繁華街(はんかがい)まで”自前(二本)()エンジン()()噴かす(歩く)”。


 (さき)ほどの対戦相手へ照準(しょうじゅん)(しぼ)って”弾丸(告白)”を(はな)(ため)に夕方を待ってアクションをしたお(かげ)で、燃料(ねんりょう)が少ないのだ。


 ”ハイオク(高級店)”等は求めないが、”レギュラー(ジャンクフード)”くらいは”タンク(胃袋)”に()めないとやってられない。



 目当ての『小さな御子(おこ)(さま)が間近で見たらトラウマになりそうな、笑顔がステキなピエロ』をマスコットにしている、(あじ)()(かく)安価(あんか)さには定評(ていひょう)のある店が二〇〇メートルくらい先に見えてきた。


 今日の戦闘に勝利できた(あかつき)には”(フラ)(ンス)()()”をフルコースで持って来させるつもりでいたので、持つ物は持っている。


 敗戦の痛みを(やわ)らげる(ため)にも、ここでフルコースでも頼んで見るかな。



 普段なら、ここの一番安いメニューを一ダース頼んで明日のエサも確保ってな感じだが。


 いや、本当に、ここで一番安いメニューを一ダースも頼んだら不気味この上ないか。


 ”営業用(スマ)メニュー(イル)”を(たずさ)えた店員さん十二人に囲まれるんだもんな。


 想像しただけで背筋が寒くなりますよと。



 そんな益体(やくたい)も無い事を考えて、少しニヤけながら店内に入ろうとする、その瞬間に…。


「そっちはダメだよ。ホラ、こっち。」


 何だか分からない内に謎の人物に手を引っ張られて軌道(きどう)修正(しゅうせい)させられるオレ。


 中々の勢いで引っ張られ、あれよあれよと言う間にピエロさんの店からズンズン離れていく。



「ふぅ~~。ここまで来れば安心だね。」


 やっと牽引(けんいん)が終了した頃には、二筋(ふたすじ)ほど離れた場所に移動させられていた。


 呆然(ぼうぜん)としながら謎の行動をした相手を見やったオレは(さら)呆然(ぼうぜん)とする事となる。



 いや、相手がオレの既知(きち)の相手じゃなかったのは、まあ良いんだ。


 勢いで引っ張ったら人違いでした、なんて結構ある事だし。



 それよりもですね、この()、めちゃくちゃカワイイんですよ。


 なんていうの? 妖精(ようせい)って感じ? 中学(ちゅうがく)(はい)()てのチャイドル…みたいな?


 オレは()(かた)、中学生以下の少女にはトキメキ回路の動力が働かなかったノーマル仕様機(しようき)だったワケだけど…。


 これは…その…ヤラれちゃいました…。



 オーケー‼ 年齢(ねんれい)なんて国境は()えて進軍しちゃいましょう‼


 兵士は時に蛮勇(ばんゆう)を持って世界地図を変えちゃうモノです‼



「ねぇ、君は…、」


「良かった、お兄ちゃん、無事みたいだね。危ない所だったよね。あのままだと奴らの尖兵(せんぺい)がお兄ちゃんを()らえて、ネクロフィマティーの()てに邪神のスティグマを植え付けられて、ヨグソトースの門を開ける(ため)のミクルとお兄ちゃんのアルマを引き裂かれていたよ。」



 前言(ぜんげん)撤回(てっかい)


 君子(くんし)(あや)うきに近寄(ちかよ)らず。


 兵士は時に、勇気ある撤退(てったい)(おこ)なわなければいけません。


 見た目の戦闘力よりも(うち)から(あふ)()破壊力(はかいりょく)の方が危険ですよ、この()



「あ、いや、済まないけど人違(ひとちが)いだと思うよ。あ、そうそう、オレは、ちょっと拠所(よんどころ)()い用事で()ぐに行かなければいけない所があるんだ。いや、さっきのジャンクフード店に入ろうとしたのは、ついうっかりで、それを失念(しつねん)していただけで…あそこが行かないといけない場所なワケでも()くて、そういう事で時間が()いんだ。という事で、アデュ~~。」



 さっと()(はな)し、反転。


 そのままスタスタと早歩きで、その場から(はな)れ、数メートル進んだ地点で真横に(もう)ダッシュ!



 ガシッ‼


 ガシッ⁉ (つか)まれましたか、オレ? (つか)まれましたね、オレ!



 あまり見たくないが、オレの(うで)(つか)んだ人物を見る。


 はい、まごう事なくさっきの電波(でんぱ)ちゃんです!



 このロリポップな外見(がいけん)(はん)して結構(けっこう)(ちから)()るのは、さっき()()(まわ)された時点で分かっている。


 さて、どうやって()(ほど)いたものか…。



「ダメだよ、お兄ちゃん! ミクルを置いて何処(どこ)かに行っちゃ、益々(ますます)、奴らの謀略(ぼうりゃく)渦中(かちゅう)()まれるよ!」



 どうも、ミクルというのが、この()の名前であるらしい。


 さっきは、ぶっ飛んだセリフを()いてくれたお(かげ)で、ミクルというのも脳内(のうない)電波(でんぱ)ワールドの単語(たんご)の一つだと思っていたが…。



「いや、あのね…」


「ハッ⁉ お兄ちゃん! もう尖兵(せんぺい)(たち)にアルマティファンされちゃったのね! ううん…下手をすればガンダルヴァシヴティムかも⁉ これは(じょう)(かい)(ほどこ)さないとダメね!」


 こちらが説得(せっとく)(こころ)みるのを(さえぎ)(よう)怒涛(どとう)(ごと)く押し寄せる電波(でんぱ)


 ヤバイです! ヤバイですよ! 超級デンジャラスですよ、この方‼


 何とか(すき)(うかが)って(はな)れないと、どんな電波(でんぱ)理論(りろん)死地(しち)()()られるか分かったもんじゃありません!


 電波(でんぱ)なだけじゃなくて、もし『()んデレ』とかの属性(ぞくせい)も入っていたら、(ちょう)(きゅう)に危険です!



 そんな感じで脳がエマージェンシーコールをけたたましく()らしていると、左腕に(みょう)(やわ)らか感触(かんしょく)が発生する。


(じょう)(かい)(ほどこ)しているから、今日の間は、ミクルから(はな)れちゃダメだよ、お兄ちゃん。」


 その(じょう)(かい)なるモノが何かは分からんし分かろうとも思わないが…。


 この左腕に感じる感触(かんしょく)は、それを実践(じっせん)した結果らしく…。


 彼女のプチ(やわ)らかな胸が押し付けられているワケで…。



 ()いじゃん、(じょう)(かい)


 しかも、ミクルちゃんの(げん)だと、今日(きょう)一杯(いっぱい)この状況(じょうきょう)が続くらしいですよ、(おく)さん!



「どうかな? 少しは楽になってきたかな、お兄ちゃん?」


 心配そうにオレを見上げて来るミクルちゃん。


 つぶらな(ひとみ)()()ぐにオレを見つめる。


 しかも、さっきよりもギュッと、その胸をオレの左腕に押し当てております!



 これは……これは……これは………これはッ‼



 現実(げんじつ)時間(じかん)にして(じゅう)(びょう)(ほど)脳内(のうない)時間(じかん)にして()一時間(いちじかん)(ほど)(あいだ)()って行われたオレ脳内(のうない)サミットの結果、『これはアリ!』という条約(じょうやく)が、見事(みごと)満場一致(まんじょういっち)可決(かけつ)されました‼



「うん、ミクルちゃんのお陰で、少し楽になったよ。」


「良かった…ガンダルヴァシヴティムだったらミクルでも大変だったけど、やっぱりアルマティファンだったみたいだから、(なん)とかミクルのエナジーウェーブが浸透(しんとう)して行っているのね。この調子なら明日には(じょう)(かい)()いてもシンメトリカルがオーバーゲージに(たっ)してリゾナンスアクトにも()えられるわ。」


 エナジーウェーブだか何だかは良く分からないが、プチ(やわ)らかな感触がオレに浸透(しんとう)しているのは確かだ。


 できれば明日(あした)以降(いこう)浄解(じょうかい)しっぱなしで()()しいところです。



「でも、お兄ちゃん、ミクルを『ちゃん』()けで呼ぶなんてどうしたの? いつもだったらミクルって呼び捨てで呼んでくれるのに…。」


 クッ…やはり来たか。


 どうやら彼女ワールドではオレはミクルちゃんを呼び捨てにするのが常道(じょうどう)(おきて)らしい。


 ミクルちゃんが、気遣(きづか)わしげで、それでいて猜疑(さいぎ)(はら)んだ(ひとみ)でオレを(うかが)って来る。



 彼女を許容(きょよう)(こう)(りゃく)対象(たいしょう)(さだ)めた矢先の相手からの威嚇(いかく)射撃(しゃげき)


 これからボロを出す(ごと)に彼女の攻めは激しくなり、その先には撃沈(げきちん)の運命が待っている。


 だが、この手の危ういタイトロープを(わた)るのに、一つのボロも出さずに攻略するのは不可能であろう。


 しかし…オレは()たして()べたで無慈悲(むじひ)絨毯(じゅうたん)爆撃(ばくげき)を受けるだけの敗残兵(はいざんへい)なのか?


 (いな)! オレは今、相手の(さら)風上(かざかみ)に立っている‼



「ああ…すまないミクル…。どうもオレは尖兵(せんぺい)(たち)にアルマティファンされた影響で大部分の記憶に障害が起きている(よう)だ。そのせいで、オマエとエンゲージする(ため)に必要なデュラキュティルが欠如(けつじょ)してしまっている。この分では明日にリゾナンスアクトに()えられるか分からない。しかし、こんな事に絶望はするな! ここでオマエが(あきら)めてしまえば、それこそ(やつ)らの(おも)(つぼ)だ! まずは、オレの失われたデュラキュティルを取り戻す(ため)にもミクルのデータが必要だ。ミクルのデータを視聴(しちょう)認識(にんしき)すれば、オレのラティアルドライブを(つう)じて、ブレインアラートが刺激(しげき)され、オレ(たち)は再びエンゲージを()たし、リゾナンスアクトに()えられるかもしれない!」



 常識的(じょうしきてき)攻防(こうぼう)(きそ)えるのは常識(じょうしき)範疇(はんちゅう)の相手だけだ。


 だが、この相手は『(ちが)う!』


 (ゆえ)に…こちらも初手(しょて)から常識(じょうしき)という汎用(はんよう)兵器(へいき)()てる!



 言ってしまえば、全くの新理論で作られた試作(しさく)兵器(へいき)を、性能テストを一切せず、いきなり実践(じっせん)投入(とうにゅう)して、暴発(ぼうはつ)の危険性を(かえり)みないで乱射する(よう)なものだ。


 正攻法(せいこうほう)では、どうあっても(しの)げないというのなら、自分でも結果が予測できない攻撃で対抗(たいこう)する!


 しかも、自分でも耳を(うたが)う不思議ワードの羅列(られつ)っぷりはともかく、ストレートにミクルちゃんのデータを聞き出す誘導(ゆうどう)尋問(じんもん)


 結果は予測できないが、ミサイルの指向性(しこうせい)はオレにも(あやつ)れる!



「え…ッ⁉ 何…ッ⁉ お兄ちゃんッ⁉ ミクルの知らない言葉ばっかりだよッ⁉ お兄ちゃんが何を言っているのか分からないよッ⁉」


 なるほど、初弾(しょだん)は、こういう効果が出たか。


 不思議(ふしぎ)単語(ワード)()りばめれば何でも会話を合わせて来るモノかとも思ったが、電波(でんぱ)体現(たいげん)した彼女ワールドでも一応(いちおう)は何らかの法則性(ほうそくせい)()った(よう)だ。


 ミクルちゃんは、オレの羅列した即席(そくせき)不思議(ふしぎ)単語(ワード)に、”彼女(かのじょ)世界(ワールドでの)法則(ほうそく)”での整合性(せいごうせい)が取れないと、(おどろ)きつつも、(さら)にオレへの猜疑(さいぎ)の目を強めていく。



 だが、オレは、この展開(てんかい)を全面的に『()し』とする‼


 フッ…ミクルちゃん…。君の(よう)常識(じょうしき)(はか)れない相手との一戦は始めてだが、オレも伊達(だて)に一〇七回もの失恋(しつれん)を経験してはいない!


 ”失恋(れんあい)回数(けいけんち)”から(みちび)き出された”恋愛(れんあい)体験度(レベル)”ではオレに()()る!


 さぁ! ずっとオレのターンの始まりだ‼



()からないのは当たり前だ! そも、(なに)(ゆえ)にオレとミクルが(べつ)個体(こたい)として存在(そんざい)していると思う⁉ それはオレ(たち)(べつ)個体(こたい)である必要性が有ったからだ‼ 全ての情報を共有(きょうゆう)する存在(そんざい)など、二つに分ける必要がそもそも無い! そんなモノは一個の存在(そんざい)事足(ことた)りるのだ! ならば、(べつ)個体(こたい)である必要性とは何か⁉ オレとミクルが別々の存在(そんざい)として()かたれなければならなかった道理とは何なのか⁉ ミクル、答えてみろ!」


 明後日(あさって)の方向に(はな)たれた怒涛(どとう)連続(れんぞく)威嚇(いかく)乱射(らんしゃ)から、いきなりの標的(ひょうてき)に向けての一点スナイプ。



「えっ…⁉ そ…そんな…分からないのが当たり前って、いま、お兄ちゃんが言ったばかりなのに…そんなの分かるはずがないよ!」


 予期(よき)せぬピンポイントシュートに、回避(かいひ)(まま)ならず、うろたえるミクルちゃん。



 そこに、(さら)総力(そうりょく)射撃(しゃげき)と言わんばかりに…


「バカ者‼ 全ての()()からなくても何か一つでも道筋(みちすじ)(つか)もうとしてみせろ! 初めから全てを(なげう)って(あきら)めるなど言語道断(ごんごどうだん)! そんな事で奴らに勝てると思っているのか⁉ ヤル気が無いなら尻尾(しっぽ)()いてとっとと何処(どこ)へなりと泣きダッシュして失せろ‼ ゲットバックヒアー‼」



 理不尽(りふじん)という(こと)()()装填(そうてん)された弾奏(だんそう)をフルフラットする銃口(じゅうこう)



「えぅ…あぅ…うぅぅ…。」


 ワケも分からないまま、一方的な蹂躙(じゅうりん)弾痕(だんこん)(きざ)まれた彼女は、もう涙目(なみだめ)だ。


 戦意(せんい)喪失(そうしつ)というのもおこがましい、はじめから戦闘にすらなっていない大虐殺(だいぎゃくさつ)



 そこで…


「だが…オレはミクルの(あに)というパーソナリティーを(あた)えられた存在(そんざい)…。お兄ちゃんとして、可愛(かわい)(いもうと)に本当に重要な事は丁寧(ていねい)に教えてやらないとな。」



 先程(さきほど)までの(まく)()てる(よう)な勢いから声音(こわね)を落として、ポンとミクルちゃんの頭に手を置き、ほんのりと微笑(びしょう)を浮かべて優しく()でてやる。



「お…お兄ちゃん……。」


 少し(あか)みの()した(ひとみ)が、こちらを見上げて来る。



「何飲む? 心にも身体(からだ)にも(うるお)いがなきゃ難しい話は聞けないだろ? 今のオマエはさ…?」


 目尻(めじり)(うす)(にじ)んでいた水気(みずけ)を親指で(すく)い、その指で後方(こうほう)()る自販機を()してやる。



 まずは半間(はんげん)休息(きゅうそく)



 ”戦闘(れんあい)”は一つの”戦場(デートスポット)”で”ドンパチ(れんあいだんぎ)”を永遠に繰り返すなんて出来(でき)ない。


 (おのれ)か相手の心が死んじまうから”ドンパチ(れんあいだんぎ)”が続けられなくなる。


 だから、永遠の”戦闘(れんあい)”を望むなら、戦意ある心を維持する(ため)に、休息と次の”戦場(デートスポット)”が必要なのさ。


 相手が例え未知の異国の兵士でも、きっとコレは変わらない。



「う…うん! じゃぁ、ミルクティー‼」


 さっきまでのクシャクシャになりかけた顔を(はじ)かせて、ニッコリというよりは『にぱぁ~』という笑顔で、そう告げる。



 原爆の投下を強行したせいで、灰も残さず殲滅しちまう危険も有ったが、どうやらこの娘との戦闘は、まだ続行できそうだ。





 #2#

 二人で缶を片手にホッと一息つきながら流れ行く人波を(なが)めること数分。


 ミクルちゃんは、まろやかで優しいミルクティーに(のど)(うるお)した事によって、オレの見た感じじゃ本人もまろやかになってきた(よう)に思う。



 バトル第一フェイズでは怒涛(どとう)先制(せんせい)攻撃(こうげき)優勢(ゆうせい)(こま)を運んだが、まだまだ相手の戦力は未知数。どんな隠し兵器が飛び出すか分かったものじゃない。


 まずは相手の性能を把握(はあく)する事が先決だ。


 さぁ、弛緩(しかん)した空気を震わす第二フェイズの開幕だ!



「もう一息つけたか、ミクル?」


「うん、(のど)(やわ)らかくなった感じ。」


 その言葉通り、ミクルちゃんの表情も、先程(さきほど)撃墜(げきつい)寸前(すんぜん)の時より、随分(ずいぶん)(やわ)らかくなった(よう)に見える。



「良し、じゃあさっきの続きをするぞ?」


「う…うん…。」


 コクリと(うなず)くミクルちゃん。


 その表情は、さっきと打って変わって、とても明るい。



 よし、では、片瀬少尉! ”恋愛(ラブ)戦争(ウォーズ)”、第二フェイズ、第一射…発射‼


「まず、分からないのが当たり前とオレは言ったが、それはさっきの問いに対しての言葉じゃない。さっきの問い自体の答えはそれまでのオレの言葉の中に答えがちゃんと(ふく)まれていたんだ。オレはさっきこう言ったはずだ。『全ての情報を共有する存在(そんざい)など、二つに分ける必要がそもそも無い。そんなモノは一個の存在(そんざい)事足(ことた)りる』と。つまりだ、オレとミクルは別個の情報を持つ存在(そんざい)()るが(ゆえ)に二つに()かたれているんだ。ここまでは()いか?」



 即席(そくせき)の、オレの無茶苦茶(むちゃくちゃ)な説明に、


「う…うん…(なん)となく…。」


 この()理解(りかい)(しめ)しましたよ、(おく)さんッ⁉



 だが、それを、オレは、全面的に『()し』とする!



「オーケーだな? じゃあ、次に行くぞ?」


「う…うん…。」



 ミクルちゃんが(うなず)くのを見てから、第二射、掃射(そうしゃ)


「オレ(たち)は別個の情報を持つ存在(そんざい)であるが(ゆえ)にオレとミクルでは保有している情報が(ちが)う事が()る。だから、オレはさっき分からないのが当たり前だと言ったんだ。だが、それならば何故(なぜ)オレたちはワザワザ別個の存在(そんざい)として分かたれなければいけなかったのか? それは奴らの手に決して入ってはならない情報を奴らから守る(ため)に、重要な情報を分散する(ため)なんだ。更に、情報の漏洩(ろうえい)を最小限に(おさ)える(ため)、オレ(たち)にはアルマティファンの(よう)な攻撃を受けた(さい)に、一時的に大部分の記憶を(おさ)えるリミッター機能が()るんだ。さっきミクルに会って直ぐの時に、オレの受け答えが安定していなかったのも、ミクルの呼び方が普段と(ちが)っていたのもそのせいだ。だが、オレ達は、この状態に(おちい)っても、相方(あいかた)の情報を視聴(しちょう)認識(にんしき)する事で記憶を回復し、デュラキュティルをエンゲージ可能領域まで高める事が出来(でき)る。だから今、ミクルと接触(せっしょく)し、ミクルのデータを視聴認識する事で、少しずつ回復し、オレは現在の状態に(いた)っているんだ。だけど、デュラキュティルが足りないのは変わらない。(さら)にミクルのデータに触れて記憶を回復させ、デュラキュティルを高める事が必要なんだ。そういうワケで、ミクルのデータをもっと教えてくれないか?」



 自分でも『え、そうだったのか⁉』と思う都合の()満載(まんさい)(おく)即席(そくせき)の説明。


 (おのれ)口車(くちぐるま)の回転の速さに我ながら感心する。



 さぁ、現在のオレの戦力で出来(でき)うる最大の攻撃だ!


 ミクルちゃんの反応や如何(いか)に⁉



「えと…データってどんな事を話したら()いのかな? ミクルのアリケルトサバディーのクラウスマイン()とかを話せば()いの?」



 母さん! この()の反応は素晴らしいです!


 見事に意味が()かりません‼



 だが…ミサイルの方向(ほうこう)修正(しゅうせい)はオレのさっきの攻撃の()()容易(ようい)になっている。


 多少の妨害(ぼうがい)電波(でんぱ)でオレを止められると思うなよ!



「いや、そんな重要な事じゃなくて()いんだ。例えばミクルのフルネームとかスリーサイズや住所や電話番号とかの身近な話で()いんだ。」


「ふむふむ…なるほど…じゃあ言うね。ミクルのフルネームはミクリアール=ランドボルグ=アルメツァリーネ=イクシオ=サトゥルマディガンで、スリーサイズは上からクラネルトベス・バドゥルハトゥム・クラネルトメヌムスで…」


「待った! 待った‼ 待った‼」


 それは何処(どこ)の星の住人の名前と数値(すうち)単位(たんい)ですかと⁉



 全く予想していなかった攻撃では無かったが、この破壊力は予測値(よそくち)(はる)かに上回っているぞ⁉


 しかも一発が対戦車(たいせんしゃ)ライフル()みの威力(いりょく)でありながら突撃(とつげき)銃並(じゅうな)みのこの速射性(そくしゃせい)


 二つが(あい)まって恐るべき(せい)圧力(あつりょく)()しております!



 修正(しゅうせい)! 修正(しゅうせい)する‼


 もう、これが(わか)さかってくらいに修正(しゅうせい)するぞ‼



「ミクルの真の名前とかじゃなくて、学校とかで呼ばれている仮の名前とかで()いんだ。数値(すうち)単位(たんい)とかも、この世界で()く使われているので言ってくれ。その方がブレインアラートが刺激され(やす)いんだ。」


「は~い。じゃあ言うね。春日野(かすがの) 未来(みくる)、十二歳、上から六十七・五十三・六十八だよ。」


「そうそう、そういうので()いんだ。お(かげ)でデュラクティルが多少(たしょう)上昇(じょうしょう)してきた。この調子で頼むぞ、ミクル。」


「うん、どんどん行くから、早くリゾナンスアクトできるまで回復しちゃおう‼」



 そこからは()りとすんなりと(こと)(はこ)んだ。


 新たな電子戦用(でんしせんよう)兵装(へいそう)導入(どうにゅう)する必要も無く、静観(せいかん)するだけで情報戦(じょうほうせん)は高い戦果(せんか)を上げた。


 ぶっ飛んだ”電波語(でんぱワード)”を体得(たいとく)しているだけで、装甲(そうこう)()げば(いた)ってノーマルな内装(ないそう)だった(ため)に、(ぎゃく)(おどろ)いたくらいだ。


 家も、何処(どこ)かの星雲(せいうん)とかにあるワケでも()()(ちか)くの場所で、家族にリトルグレイなどが()るワケでも()かった。



「う~んと…こんなモノかな? どう、お兄ちゃん? だいぶ回復できた?」


 一通(ひととお)りの給油(きゅうゆ)燃料(ねんりょう)は流したが、補給(ほきゅう)状況(じょうきょう)は、どのくらい進んだかと(うった)えて来る。



 情報戦(じょうほうせん)(せい)したお(かげ)彼我(ひが)戦力(せんりょく)大体(だいたい)把握(はあく)できたが、このままランデブーを決め込むには相手の装甲は非常に目立つ。


 戦場に金ぴかに塗装(とそう)した機体を(ともな)って侵入(しんにゅう)するなど入隊したばかりの新兵でもすまい。


 ステルスとは言わないが、迷彩(めいさい)(しょく)(ほどこ)すくらいはしないとマズイなこりゃ、というのがオレの結論だ。


 だから新たな戦術(せんじゅつ)を発動する。



「ああ、かなりデュラキュティルは上昇してきた。だけど、一押(ひとお)()りない感じだ。かといってこれ以上ミクルのデータに()れても効果は薄いと思う。そこで、イニシエーションを行って強制的にデュラキュティルを上昇させようと思う。」


「イニシエーション? それってどんな(こと)? エクネシャービェをライアルドペイする(よう)な感じ?」


 相変わらず彼女ワールドの用語はレーダーでは識別(しきべつ)不明(ふめい)だが、今からそんな(こと)瑣末事(さまつじ)に変わる。



「いや、そうじゃない。イニシエーションは、苦行(くぎょう)(おこな)(こと)でオレ(たち)の能力を向上させる儀式(ぎしき)なんだ。これにより、強引にデュラキュティルを(たか)める(こと)出来(でき)るんだ。」


「すご~い! じゃあ、直ぐにイニシエーションして、リゾナンスアクトできる様にしようよ!」


 わ~い、という感じで、にぱ~と笑うミクルちゃん。



 未だにリゾナンスアクトが何かは分からないし聞く気も無いが、彼女ワールドでは重要な何からしい。


 だが、そんな用途(ようと)不明(ふめい)兵装(へいそう)は『不要(ふよう)』だ!



「それだ!」


「えっ?」


 何がそれなのか、と(くび)(かし)げる小動物(しょうどうぶつ)



()いか、ミクル。さっき言った(よう)にイニシエーションは苦行(くぎょう)(おこな)(こと)でオレ(たち)の能力を上昇させる儀式だ。そしてその苦行(くぎょう)とは、リゾナンスアクトなどの言葉を一時封印し、周囲の無知蒙昧(むちもうまい)なモノたちと同じレベルまで自身を落とす(こと)なんだ。しかも、オレだけじゃなくミクルも一緒に(おこな)わないと効果が()い。だから、辛いだろうが、回りの連中と同じ(よう)な行動をしなくてはいけない。その上、デートと呼ばれている一見して益体(やくたい)()(こと)をもしなくてはいけないんだ。」


「え…? ミクルたち、世界(せかい)真理(しんり)(いた)っているのに、それを封印しないといけないの?」



 どうやらオレたちは、どこぞの()(また)から生まれた(えら)い人クラスに何かを知っていた(よう)です。


 新手(あらて)教祖(きょうそ)()れる(いきお)いだな、こりゃ。


 だが、そんな偉人(いじん)になる()毛頭(もうとう)()い!



()かってくれ…もう、こうするしかリゾナンスアクトを(おこな)えるまで自身を高める方法は()いんだ。オレ(たち)は、この無力なままで指をくわえて奴らを放置するワケには()かないんだ。」



 (われ)ながら、何を()かれば()いのか(まった)()って不明な論法。


 ()たして、この一押(ひとお)しで戦況(せんきょう)(くつがえ)るか⁉



「……うん…分かったよ…ミクルやってみる!」


 分かってくれましたよ、この()



「分かってくれたか、ミクル!」


 今、オレの中の全米(ぜんべい)拍手(はくしゅ)喝采(かっさい)


 オレの”脳内(のうない)()()(リカ)大統領(だいとうりょう)”も『感動した!』と涙を流しております!



 ありがとう、”不思議(ふしぎ)単語(ワード)”、リゾナンスアクト!


 未だに意味は分からないが、君は大いに貢献(こうけん)した!



 ありがとう、『奴ら』さんたち!


 どこの次元の生命体か知らないが、君たちがミクルちゃんにとって強敵であったからオレは此処(ここ)まで来られた!



 ありがとう! ありがとう‼ サンキュー! 謝々(シェイシェイ)



「よし、ではイニシエーションを開始する! まずは二人で何処(どこ)かに食べに行くぞ。ミクル、何を食べたい?」


「う~んと…じゃあ、ハンバーグ~。」



 電波(でんぱ)など混入する事がない、打てば響く普通の反応! 普通の対応‼ これですよ、これ‼


 それに、何とも可愛いチョイスじゃないか!



 よし、ならば!


「ハンバーグだな? よし、良い店を知っているから、連れてってやるよ。」


「どんな店だろ? ちょっとドキドキするよ。」



 しばし歩き、目的地に着く。


 豪奢(ごうしゃ)さは無いが、ファミレスと(ちが)って落ち着いた雰囲気のする中堅(ちゅうけん)どころの店だ。



「うわ…ここ(たか)いよ? 大丈夫、お兄ちゃん?」


 店の前のボードに書かれている値段を見て不安そうな声が発せられる。


 しかし、都合の良い事に、今日は残弾(ざんだん)がタップリ()る。



「心配するな、今日は余裕が()るんだ。ガシガシ食って構わないからな。」


 この狩り場クラスなら少しばかり(まと)が多くても()()らす(こと)()いはずだ。


 ミクルちゃんは『良いのかなぁ?』という顔で店の中に付いて来る。



 店員さんに案内されてカウンター席に横並びに座る。


 ミクルちゃんは浄解(じょうかい)しっぱなしなので横並びに()らざるを()ない(ため)、テーブル席だと座席が無駄に余る事になるのでカウンター席でも不満は無い。



 運ばれて来た水を飲んで一息付いてから、店員さんに黒毛和牛一〇〇%のハンバーグステーキをコースで二つ頼む。


 しばらくしてオードブルサラダとスープが運ばれて来た。



「うわぁ、すっごい! これ、本当に食べて良いの、お兄ちゃん?」


「ああ、背が伸びる様にイッパイ食って栄養分を補給しろよ?」


「わぁ~い! じゃあ、いただきま~す!」



 ミクルちゃんが意気込んでサラダに手を付けようとする。


 しかし、(じょう)(かい)を続けている(ため)に、片手が(ふさ)がっている(ため)に、もう片方の手だけで補給(ほきゅう)活動(かつどう)を処理しようとする所為(せい)で上手く目標を捕らえられない様子だ。



「ありゃ? う~ん…。 とりゃ! あぅぅ…。」


 (つたな)得物(えもの)(さば)(かた)所為(せい)で、目標を上手く(とら)えられないどころか皿が動き出す始末。


 (じょう)解中(かいちゅう)の手の位置的に利き手の方が(ふさ)がっているのが一番の敗因(はいいん)だろう。



 仕方ない、此処(ここ)は助け舟を出すか。


「ミクル、オレが口に料理を運んでやるから、アーンしてろ。心配しなくても熱いのはフーフーしてやるから、火傷させたりはしないからさ。」


「え…でも…それってちょっと恥ずかしいよ…。」


「ミクルの片手が(ふさ)がっているのはオレの所為(せい)なんだから、オレが自分の不出来(ふでき)()尻拭(しりぬぐ)いをしないと帳尻(ちょうじり)が合わないんだ。是非(ぜひ)やらせて欲しい。役得(やくとく)だと思って()(まか)せてくれよ。」


「う~ん…じゃあ、お願いね、お兄ちゃん。」


「よし、キッチリ(まか)されたぞ。」



 手始めにサラダを口に運んでやる。


 口内(こうない)に入って来たフォークから料理をミクルちゃんが(くわ)えて取ったのを見て得物(えもの)を引き抜く。


 もきゅもきゅと、ハムスターの様に、ほっぺを(ふく)らませて幸せそうに()()める姿を見て、自分の方が役得だなコリャと思ってしまう。



 続けてスープ。


 これは流石に熱いので、言った通りにフーフーしてミクルちゃんの口に運んでやる。


 ツルンと飲み込んでニコニコ笑顔で此方(こちら)を見て、親鳥の(つか)まえたエサを求める雛鳥(ひなどり)の様に、またアーンと口を開く。



 やべぇ! 本気で可愛いぞ、この()


 この()小動物(しょうどうぶつ)仕種(しぐさ)に気分が高揚(こうよう)して()嬉々(きき)として(しば)し補給を手伝い続ける。



 何度目かの皿とミクルちゃんの口との(あいだ)の往復をこなしている(うち)に、店内の(ざわ)つく雰囲気を感じた。


 少し周りを見回すと、店内の(おとこ)連中(れんちゅう)が少々殺気立った(よう)(ふう)に、この補給(ほきゅう)作業(さぎょう)を見ているのに気付く。



 電波(でんぱ)さえ()ければミクルちゃんは、子役タレントとかしていてもオカシク()いクラスだもんなぁ。


 よくよく考えればオレがこの()とこうしているのは、ある種のファンタジーと言える(くらい)の奇跡かもしれない。



 客観的に考えて釣り合いの取れているカップルだとは自分でも思えないが、ギュッとオレの腕を抱きながら嬉しそうに口を開けて補給(ほきゅう)物資(ぶっし)を求める姿は、仲睦(なかむつ)まじい関係にしか見えないワケで…。



 周囲の野郎共(やろうども)羨望(せんぼう)眼差(まなざ)しに(ほの)かな優越感(ゆうえつかん)を感じて、ちょっとイジワルをしてみたくなった。



 オードブルが片付(かたづ)いて、本命のハンバーグステーキが置かれたところで、ミクルちゃんの目はランランと輝く。


『早く、早く!』と言わんばかりに、口を開けてハンバーグの投下を待っている。



 一口サイズに切ったハンバーグをフォークに()し、さっきまでと(おな)(よう)にフーフーして熱を取ってからミクルちゃんの口元(くちもと)に運び、直前(ちょくぜん)方向(ほうこう)転換(てんかん)して自分の口に運び、唖然(あぜん)としている目の前で美味(おい)しく(いただ)いてみる。



「う~む、美味(びみ)美味(びみ)。やっぱし黒毛和牛一〇〇%ってのは美味(うま)いもんだなぁ。」


「うわぁッ⁉ ミクルのハンバーグがぁッ⁉」


「ハハハ、ミクルがあんまりにも無防備に(くち)()けて待っているから、ちょっとイジワルしたくなってね。あ~でも、これ本気で美味(うま)いからオレが(ひと)()めしちゃおうかなぁ?」


「うわ~ん! ダメだよ! ミクルもハンバーグ食べたいよぉッ‼」



 お(あず)けどころか()扶持(ぶち)()くなると聞いてミクルちゃんは必死だ。


 流石(さすが)可哀想(かわいそう)だから、そろそろ(ゆず)ってやるか。



「ウソだよ、ウソ。ちゃんとミクルにも食わせてやるから、もう一度アーンしてな。」


「うん。アーンするから絶対だよ?」



『ちゃんと運んでくれるかなぁ?』と、不安そうにしながら、再度アーンと口を開ける。


 今度こそ運んでやってフォークを引き抜く。


 美味(おい)しそうにモキュモキュと(ほお)(ぶくろ)を動かして幸せそうに安堵(あんど)しているところで、(さら)にもう一つ用意していたイジワルという爆弾を投下してみる(こと)にする。



「いやぁ、これで間接キッスが成立したワケだ。ミクルの口に運んだフォークでオレが食って、またミクルの口に運んだからなぁ。間接キッスだけど、これはかなりディープだよね?」


「ゴホッ、ゴホッ!」



 ハハハ、(おどろ)いてむせちゃっているよ。


 いやぁ、役得(やくとく)役得(やくとく)


 周りの野郎共(やろうども)の視線も(さら)に強くなって来ていますな。



「ちょ…フォーク! フォーク()えてもらぅ~!」


「まぁまぁ、そんな慌てんなよ。それとも何か? そんなにオレと間接キッスになったのが嫌だったのか?」


「え…その…そんな嫌っていうワケじゃないけど…ただ…恥ずかしくて…。」



 周りからの視線(しせん)は、殺気立(さっきだ)つどころか『視線(しせん)射殺(いころ)す!』と言わんばかりに強くなる。


 この(へん)()めとくか。一人で路地(ろじ)(うら)とか歩いている時に知らない野郎に撲殺(ぼくさつ)とかされたくないしな。



「仕方ない。新しいフォークを(もら)ってやるよ。」


 店員さんに新しいフォークを用意して(もら)い、補給(ほきゅう)活動(かつどう)(すみ)やかに再開された。


 ここに来て思う。やっぱしこの()電波(でんぱ)さえ封印しちゃえば最高だと。





 #3#

 つつがなく補給活動は済み、オレ達は次の目的地に向かって進む。


 狙いはショッピングモール。



 映画は当たり外れがあるし、カラオケは二人で(まわ)すと会話の時間が潰れる。


 ゲームセンターは色々な遊びを提供してくれるので美味(おい)しいのだが、この時間にミクルちゃんの(よう)な年齢の()を連れまわしていれば補導(ほどう)などが怖いので今回はパス。



 ショッピングモールでのウィンドウショッピングなら、モノの好き嫌いがあっても、色々な店を(まわ)っているうちに、好みのモノが見つかり会話が弾む事も多いはずだ。


 人の流れの多い箇所ではあるが、ゲームセンターを(まわ)るよりは補導員の目も強くない。


 それに何より絶対に何かを買わないといけないワケでも()く、見て(まわ)るだけで楽しめるのだから財布に優しい。



 本来なら、そっちを(まわ)ってから(めし)、というパターンの方が良かったが、彼女と出会った時間と、オレの燃料(ねんりょう)タンクの都合で、順番がズレてしまった。


 しかし、お互いに胃がもたれた(ふう)く、臨戦(りんせん)態勢(たいせい)はバッチリだ。



「ミクルは何を見たい? オレは新しいコートとか見て(まわ)ってみたいんだが?」


「うーん…小物とか見て行きたいかな。携帯のストラップとか、カワイイのが()ったら()いなって。」


「そんなので()いなら買ってやるぞ? 今日は、まだ財布に余裕が()るし。」


「ううん、さっきの店であんなに出して(もら)ったんだから()いよ。」



 そこでミクルちゃんの額にデコピンを一発(いっぱつ)見舞(みま)ってやる。


 奇襲気味(きしゅうぎみ)一撃(いちげき)だった(ため)回避(かいひ)運動(うんどう)(まま)ならず見事(みごと)直撃(ちょくげき)する。



(いた)ッ⁉ (いた)いよ、お兄ちゃんッ⁉」


「オマエさぁ…。オレはオマエの何だ? 言ってみろ。」


「お兄ちゃんは…ミクルのお兄ちゃんだよ?」


「なら、兄貴(あにき)に甘えてみろ。()いかミクル? 兄というモノは妹を可愛(かわい)がるモンなんだ。甘えて(もら)うと兄として嬉しいのさ。逆に甘えて(もら)えないと兄として自信が無くなるんだ。だから、遠慮せずにオレに買わせろ。むしろ、オレを喜ばす(ため)に、買いたいモノをガンガン言ってくれ。」


 デコピンを直撃させた箇所を()でてやりながら(ゆる)やかに言葉を(つな)いで行く。



 ミクルちゃんは目を大きく見開いてからコクコクと(うなず)き…、


「じゃ、じゃあ、そこの小物屋さんにあるイルカさんのストラップが欲しいよ。」


 オレの申請にオーケーサインを出した。


「ホイ来た、じゃあ手始めにまず一つだな。」



 言われた店に入り、イルカのストラップを二つ頼む。


 会計を済ませてから、ミクルちゃんの携帯に付けてやってから、自分のにも装着(そうちゃく)させる。



「えへへ、コレでミクル達、お(そろ)いだね。」


「ああ、コレで(きょう)(だい)じゃなくて恋人に見られるかもな?」


「うわ⁉ うわわわッ⁉」



 顔を真っ赤(まっか)にして、アタフタと良く分からないジェスチャーをプシューと蒸気(じょうき)の上がる勢いでしてから、その場に凍り付く。


 何とも初々(ういうい)しい反応で思わず噴出(ふきだ)しそうになる。



「ホラ、次に行くぞ。今度は何が()いんだ? バンバン言ってくれよ?」


 作らずとも()()()()みを浮かべながら次の攻撃(こうげき)目標(もくひょう)地点(ちてん)を聞いてやる。


「えと、えと、じゃあ、あっちの店を見てみたいよ。」


 安上がりだと思ってウィンドウショッピングにしたワケだったが、この()と、こんな(こころ)(おど)るデートという、オレには出来過(できす)ぎなファンタジーを送れるのなら、この(さい)だ、出費は気にしないで行こう。


「ほいさ、了解ですよ、お嬢様。」



 それから数軒(すうけん)の店を二人で渡り歩いてミクルちゃんの所望品(しょもうひん)たちをドンドン謙譲(けんじょう)して行った。


 店の一軒(いっけん)一軒(いっけん)で、店と店の間の路地(ろじ)で、二人で所望品(しょもうひん)品評(ひんぴょう)をして笑い合ったり、『コレが似合(にあ)っている、似合(にあ)っていない』と、語り合ったり、たまにミクルちゃんをイジってショートさせたりの、飽きの来ない楽しい時間。



 直々(ちょくちょく)、道行く野郎達がミクルちゃんのプリティーフェイスに振り返り、(さら)にオレを見て、『何で相方(あいかた)がコイツなんだ?』と、疑問に思い、(くや)しそうな羨望(せんぼう)の目でオレを見て来る。


 くすぐったい様な、何とも言えない優越感(ゆうえつかん)


 一〇七回もの失恋(しつれん)回数(かいすう)という偉業(いぎょう)(ため)に、長く味わった事が無かったこの感触に、思わず(ほお)(ほころ)ぶ。



 ()って()いた様な奇特な出会いだったが、この()とこうしていられるこの夢の様なファンタジーに感謝したい。



 だが、このファンタジーを維持(いじ)する(ため)のお財布の残弾(ざんだん)がそろそろ心許無(こころもとな)い。


 具体的にはオレの見て回ろうとしたコート等は望むのが困難になって来た頃だ。


 しかし、ここでオレがコートを買うのを諦めればミクルちゃんに()らぬ良心の呵責(かしゃく)を与える事になる。



「う~んと…これはあの店のコースだな。」


 うんうんと納得して見せて、新たな進路を取ろうとしてみる。



「あの店? お兄ちゃんの探したいって言っていたコートがあるとこ?」


「ああ、そうだ。ここから(しばら)く歩くとな、白鷺(しらさぎ)(ばし)っていう、南区の工場地帯に通じる人通りが少ない上に無駄に長い、全長一キロもある橋があるだろ? その橋を渡り切ったとこにあるんだけどな。南区は工場が中心で、そこの従業員さんたちも仕事の利便性から工場地区のアパートに住んでるのが大半な上、普段は繁華街の中央区や一般住宅街の西区から訪れる用事もほぼ無いって事で、交通の便が悪い上に、中央区とかの繁華街やショッピングモールからも遠い。工場の仕事の関係で橋の下を通る船も平日は良く通るんだけど、どうもその橋を通る船が休日に限って何度も事故を起こしたとかいう事があったみたいで市民からの苦情があったとかで、何でそんな無駄なことをってオレは思うが、市の(えら)いさん(がた)が南区の休日の船の行き来を禁止したとかで、橋なのに今日みたいな休日は船すら通らない。その上、橋の高さが十五メートル程もあるのに、安全ネットが無くて安全面も悪いって事で、橋そのものの(ひと)(どお)りも少ないんだ。だから、橋の先にある目的の店も、パッと見た感じ、流行(はや)って無さそうな上に、古着屋なんだけど、南区の工場や住居自体は発展してて、あの区に住んでる工場の従業員さんたちが割と訪れてくれてて、中々の品質の物とかも売りに出されてるのも多いし、結構良いのが(そろ)っていて、思いのほか人気(にんき)のある穴場なんだよな。」



 オレのその説明に、


「古着って、前に誰かが着ていたけど、()らなくなって売った中古品って事でしょ? そんなので良いの?」


 ミクルちゃんは、向かう先の橋の無駄な長さより、古着である事に疑問が()いた模様(もよう)



「ミクル、古着を舐めちゃダメだぞ。結構ブランド物とかも入っている事があるし、場合によっては新品よりも良いのが置いている時もあるんだ。それでいてリーズナブル。まさに(いた)れり()くせりの素敵(すてき)スポットなんだ。」


「そうなんだ。じゃあ()いたらミクルも良いの無いか探してみようかな?」


 期待に胸を(ふく)らませたホクホク顔で、ミクルちゃんも楽しそうだ。


 さて、良いブツが入荷していますように…。



 と、進路の途中の橋の中腹(ちゅうふく)でミクルちゃんが手を強く引っ張ってきた。



「どうした、ミクル?」


「お兄ちゃん! あそこ! ワンちゃんが(おぼ)れているよ!」



 (ゆび)()された地点を見てみると、橋の下の海の暗がりの中で、確かに一匹のワンコが()いているのが(かす)かに見えた。



(ほう)っておけよ、犬ってのは犬掻(いぬか)きって言うくらい泳ぎは得意なもんなんだぜ?」


「ダメだよ、お兄ちゃん! あの子、きっと足か何処(どこ)怪我(けが)しているんだよ! 泳いでいるんじゃなくて、もがいている感じだもん! あそこまで飛び込んで泳いで行って助けて上げないとッ‼」



「いや、アイツ首輪しているから、飼い主が何とかするだろうし、オレ(たち)が何かしなくても他の人が何とかしてくれるかもしれないだろ? それに、こんな高いとこから飛び込むなんて無茶だし、その上、この寒空(さむぞら)の中で寒中(かんちゅう)水泳(すいえい)とかやったら確実に風邪引(かぜひ)くって。オレたちに出来(でき)るとしたら、警察なり消防署なりに連絡して、あのワンコを助けて(もら)える(よう)にお願いするくらいさ。」


「ここ、今は私達しか通ってないし、そんな連絡とかしている余裕(よゆう)()さそうだよ! ホラ、今も(しず)みそうになってる!」


「だからってオレ(たち)が助けようとしても逆にオレ達が(おぼ)れるって事になりかねないだろ?」



「いいよ! 私、行って来る!」


「ちょッ⁉ ミクルッ⁉」



「あの子を(まも)らないと! もう目の前で誰かが死ぬのは見たくないの! だから私は世界を救うと決めたの!」



 ミクルちゃんが決意を秘めた眼差(まなざ)しで橋の下のワンコを見つめる。突貫(とっかん)体制(たいせい)だ。


 オレの左手から手を離し、荷物を降ろして上着を脱ぎ始める。



「待て、ミクル!」


「止めてもダメだよ!」



「違う、そうじゃない! オレが行って来る! オレが必ずアイツを助けて来てやる!」


「お兄ちゃん……。」



 ミクルちゃんのさっきの言葉……。


 彼女は昔に、目の前で誰かを亡くしたんだ……。



 会った当初の”電波(でんぱ)会話(トーク)”も、きっとそれが屈折(くっせつ)しちゃっただけなんだ……。

 親しい人を目の前で亡くしてしまった……。


 だから、もう世界中の人が悲しまない様に世界を変えたい……。



 でも、そんなスケールのデカい願いは、この小さな身体(からだ)では背負(せお)いきれない……。


 だから自分のルール、自分の世界を作って、世界を救える幻影(まぼろし)を見ようとしたんだ……。



 そして今、生身の彼女は、あの犬を自分の力だけで救おうと挑みかかろうとした……。


 この小さな身体(からだ)でだッ‼


 それをオレが指を(くわ)えて見ている事なんか出来(でき)るかッ‼



 正直、こんな高い所から飛び込むなんてした事もないし、寒中(かんちゅう)水泳(すいえい)なんかもオレは()った事が無い。出来(でき)たとしても、きっと凄まじい寒さだろうと思うし、(さら)に自分が言った様にオレが(おぼ)れる事だって有り得る……。



 だけど! この()の願いを! 無垢(むく)な願いを踏みにじるなんて出来(でき)ないッ‼


 それ以上に、この()の、この小さな身体(からだ)に、そんな苦難を与えてたまるかッ‼



「まあ、見ていろ。この高さから飛び込む事や、寒中(かんちゅう)水泳(すいえい)なんてのも始めてだけど、泳ぎは苦手じゃない! ミクルの救いたい世界、オレが支えてやるッ‼」



「うん……うんッ‼」


 大きな瞳を見開いて、コクリと頷く。



 よし、バトンタッチは完了した。


 ここからはオレのターンだッ‼



 まずは荷物を下ろして上着を脱ぐ。


 ミクルちゃんの見ている前だが、ズボンも下ろす。



 どこかで聞いた話で、『服を着て泳ぐと水が服に浸透(しんとう)して重くて動けなくなる』というのがある。


 実際に試した事が無いから分からないが、用心に越した事は無い。



 そして柔軟(じゅうなん)体操(たいそう)で全身をほぐす。



 これもどこかで聞いた話だ。


寒中(かんちゅう)水泳(すいえい)などは、先に身体(からだ)をほぐしておかないと、ツってしまう』と。



 時間が無いので手早く、それでいて隅々(すみずみ)を伸ばす。



 これで身体(からだ)の準備は完了!


 心の準備は、とっくに出来(でき)ているッ‼



「じゃあ、行って来る! 必ず連れて戻って来る‼」


「うん! お願い、お兄ちゃん!」



 橋の(さく)から、(てのひら)を合わせて、真下(ました)に、頭から垂直(すいちょく)落下(らっか)



 大きな水飛沫(みずしぶき)を上げて身体(からだ)(しず)()む!



 まず、最初に感じたのは、高所からの飛び込みの衝撃や寒さより、(のど)()(よう)な痛み。


 口の中に入った水が冷た過ぎて(のど)(しも)()けを起こしたみたいだ。



 これは予想外の展開だ。


 水面(すいめん)に顔を出して空気を吸い込むが、外の空気も冷たく回復が遅い。



 続いて、身体中(からだじゅう)火傷(やけど)した(よう)感触(かんしょく)(おそ)う。


 身体(からだ)の方も(しも)()けを起こしてきた(よう)だ。



 これは心が()れそうになる。


 今直(います)ぐにでも陸に上がって(だん)を取りたくなる。



 だけど‼



「なろうッ‼ この(くらい)の寒さで、ミクルちゃんの世界を壊せると思うなッ‼」


 大きく叫んでから深く息を吸い込み、水の中を()()ける。



 泳法(えいほう)はクロール!


 一番早い泳ぎ方と言われるスタンダード!



 自分でも驚く程のスピードで目標に進んで行く!


 (おのれ)に、これ程の躍動(やくどう)宿(やど)っていたとは(つゆ)と知らなかったが、今はそれが心強い!



「ガンバレ! お兄ちゃん‼」


 ミクルちゃんの声援(せいえん)が背中を押す!



 ハッ! コレで元気が出なくて、男の子かってんだ‼



 目標まで、あと二十メートル弱!


 コレなら行ける‼



 大きなストロークと全力のキックで、目標まで、あと、五、四、三、二、……。



要救助者(ようきゅうじょしゃ)確保(かくほ)ッ‼」



 左手に(おぼ)れていた犬を(つか)んで、ミクルちゃんの方を振り返る!


 よし、後は戻るだけ……。



 そこで気付く……。


 出発点は橋の上だったが、ゴールは岸だという事に……。



 現在地は海中のド真ん中。


 橋の下の海とはいえ、海の上にある『海と共に暮らすモデル都市』という売り込みの水上都市である樽中市(たるなかし)建築物(けんちくぶつ)の下にあるだけあって、此処(ここ)白鷺(しらさぎ)(ばし)の下の水深は深い。



 その上、この白鷺(しらさぎ)(ばし)は、休日で船も通らない上に、さっきミクルちゃんが言った通り、橋そのものにも、オレたち以外の人通りが無い(ため)、他の誰かに頼る事などまるで出来(でき)ない。



 仮にもし橋を通る誰かが他に()て頼れたとしても、橋の鉄筋には、構造的(こうぞうてき)欠陥(けっかん)としか思えず恨めしいが、何処(どこ)にも梯子(はしご)など無く、登るなど、長く丈夫なロープでも用意して(もら)()ければ不可能。



 だから、この橋の左右の橋の入り口に面していて梯子(はしご)が用意されているコンクリ(づく)りの橋の両岸(りょうぎし)。それらの人口の岸だけがゴール足り得る。



 その上、出発地点が橋の中央だったせいで、左右どっちの岸もかなり遠い。


 岸に上がる(ため)には、左右どっちに進路を取っても、目算で五〇〇メートルは泳がないとならない感じだ。



「クッ! だけど要救助者(ようきゅうじょしゃ)はオレの手の中なんだ! 岸に上がれば、それで救えるんだ‼」



 覚悟を決めて進路を左に取る。


 左右どっちも余り変わらないが、こっちの進路の方が幾分(いくぶん)マシに思える。



 幾許(いくばく)か進んだところで(さら)なる苦難(くなん)を感じる……。


 左手に犬を抱えたままだから右手でしか水を()く事が出来(でき)ない。



 その(ため)に泳ぎ方は(おの)ずと変形(へんけい)平泳(ひらおよ)ぎになりスピードが出ない。



 しかも左手が重い!



 犬は小型犬で数キロくらいの重さだろうけど、水の中で抱えるというのは、その数倍の重さの(よう)に感じられる。



 この犬も、一生懸命(いっしょうけんめい)犬掻(いぬか)きをしようとしているが、逆にコッチの泳ぎが(さまた)げられる。



 (すで)身体(からだ)()(しも)()けが隅々(すみずみ)まで発生しており、それらの(しも)()けは(なお)らず、途轍(とてつ)もなく(きび)しい痛みを全身の奥の奥まで(つた)わせる。



 岸までは、(あと)二〇〇メートル(ほど)……。


 (なか)ばは()ぎたが、正直キツい……。



「お兄ちゃん! もう少し! もう少しだよ‼」


 ミクルちゃんが橋を移動しながら声援を掛けてくれる。



 クッ…この(くらい)難関(なんかん)で! 負けてたまるかよ‼


 ミクルちゃんのお兄ちゃんなんだからよッ! このオレはッッ‼



 気合を入れ直して速度を速める。


 だが、体力も限界で、息継(いきつ)ぎの間隔(かんかく)も早くなる。



 もう少し……。


 あと一〇〇メートル……。


 五〇……二五……。



「うおらァーーッ‼」



 最後の気合で速度を(さら)に速める。


 渾身(こんしん)のキックで岸までの距離を一気に()め!



「だっしゃァーーーッ‼」



 今、ゴールインッッ‼



「ハァ…ハァ…ハァ……。」


 (いきお)いのまま梯子(はしご)を上り、岸の上で、(しば)し空気を(むさぼ)る。



 犬の方も、やっと地面を()()められてホッとしている事だろう。



 コイツ、やっぱり右足を怪我(けが)しているな。


 泳いでいる時は確認する余裕が無かったが、コイツも良くガンバったもんだ。



「お兄ちゃん! スゴイ! スゴイよ‼」


 そこでミクルちゃんが合流(ごうりゅう)して()た。


 ちょっと目が赤くなっている。


 どうやら応援の途中で少し泣いちゃったみたいだな。



 ハハ、そこまで応援してもらえたんだからさっきの苦難(くなん)(なに)文句(もんく)()いな。


 ()()って()るミクルちゃんに、英雄(えいゆう)帰還(きかん)とは思えない弱々しさで手を振って答えた。





 #4#

 ミクルちゃんが抱えて持って来てくれた自分の服を着てから、ハンカチで犬の右足をテーピングし、このワンコを警察に届けようと移動を開始する事にした。


 その間、終始(しゅうし)ミクルちゃんは『すごい、すごい』を連呼してオレを(たた)えてくれていた。



 正直、寒中(かんちゅう)水泳(すいえい)敢行(かんこう)したせいで身体(からだ)(かじか)んでいたが、この()にコレだけ(たた)えて(もら)えるのなら、この程度って気持ちになってくる。



 派出所までもう少しというところで……。



「ラッキー‼ ああ……アナタ方がラッキーを保護して下さったんですね! ラッキー……‼ 無事で……無事で()かった……‼」


 どうやら、このワンコの飼い主さんの様だ。



 この寒い時期なのに汗を大量に()いていて、どれだけ熱心に探していたのかという事と、このワンコがどれだけ愛されているのかが(うかが)えた。



「この子の飼い主さんですね。たまたまボクたちがこの子を見付けて警察に届けるところでした。」


 言って、ワンコを飼い主さんに差し出す。



 飼い主さんは、ワンコを()()めてから頭を軽く()でて……、


「本当に、ありがとうございます。」



 深く頭を下げてお辞儀をし、ワンコに頬擦(ほおず)りをしようとして右足のハンカチに()()めて……、


「ラッキー‼ 右足を怪我(けが)してて手当てして(もら)ってたのね⁉ それに、ちょっと身(からだ)()れている?」


 飼い主さんは、ハッとした様に、コチラに目を向けて来た。



「その子、右足を怪我(けが)して白鷺(しらさぎ)(ばし)の下の海で(おぼ)れていたんです。それで、お兄ちゃんが泳いで助けて上げたんです。」


「そんな事になっていたんですか⁉ 私、この子を乗せた車を運転していたんですけど、この子を後部座席に乗せて窓を開けていたんです。この子、窓から顔を出すのが好きで、窓を開けないと怒るんです。でも、ふと気付いたらこの子が()なくなってて…。多分、橋を通っている途中で、窓から落ちて、右足を怪我(けが)しながら、(さら)に橋から海に落ちたんですね。」



 なるほど、そういう事だったのか。


 しかし、窓から飛び出したら足を怪我(けが)して、(さら)に橋から海に落ちて(おぼ)れるという不運の大連鎖をしたワンコの名前がラッキーとは皮肉が効いている。



「でも、何はともあれ、大事に(いた)らなくて良かったですね。」


「ええ、お二人のお陰です。」


 飼い主さんが(ほが)らかに笑って答える。



 そこで…、


「お兄ちゃんのラトルミレショニーがイクトデシブしたからその子を助けられたんですよ。私は、ただエナジーウェーブを間接(かんせつ)転送(てんそう)しただけで何もしてないです。全部お兄ちゃんの力です。」


 ミクルちゃんの電波(でんぱ)炸裂(さくれつ)する!



 どうも興奮(こうふん)状態(じょうたい)が続いた(ため)にオレのでっち上げたイニシエーションという決まり事を忘れてしまったらしい。



 飼い主さんの笑顔が、どんどん曇って行き、怪訝(けげん)そうな顔になる。



 しかし、飼い主さんは、何とか笑顔をもう一度作って…、


「な…何かお礼をしないといけませんわ。」


 何とか言葉を(つむ)いでいく。



 しかし…、


「その子は、チャイファーのウルトアクティを私に送ってくれたから、もうお礼は頂いています。」



 必死の抵抗を(はば)(よう)放射(ほうしゃ)される電波(でんぱ)


 飼い主さんの顔が見る見る青くなっていく。



 多分、ここで、オレが方向(ほうこう)修正(しゅうせい)しないといけない場面なんだろうけど、今のオレは……。



「そういう訳で、もう、お礼は()りません。それに、オレ(たち)は世界を救う(ため)にやっただけですから。」



 ミクルちゃんの世界を肯定(こうてい)する!


 彼女の世界が、悲しい過去を乗り越える(ため)のモノだと知ったのだから‼



 そりゃ、いつかは『世界(せかい)』を見詰(みつ)(なお)さなきゃいけなくなるだろう。


 このままでは通用しない。



 でも、今はまだ支えてやる奴が必要なんだ。


 それはオレであるべきはずだッ‼


 だってオレはッ! ミクルちゃんの、お兄ちゃんなんだからッッ‼



 飼い主さんはパクパクと口を動かして止まってしまう。


 それを横目に、ミクルちゃんの手を取る。



「さぁ、行こうか、ミクル!」


「うん! お兄ちゃん!」



 ニッコリと笑い合って出発する。


 もう飼い主さんから声が()かる(こと)()かった。



 今日のこの事で、オレも電波(でんぱ)野郎(やろう)として(うわさ)されるかもしれないが、この()とお(そろ)いなら悪くない。



「まずは古着屋の方に、もう一度、向かおうか。」


「うん、ステキなのが有ったら、ベミラサイが、カスティアクニになるかもだしね!」



 (すべ)(よう)(なが)れる電波(でんぱ)


 その意味は、やっぱり分からないが、今は笑って(となり)()られる。



 これから、この調子でダダ()れの電波(でんぱ)にまみれて過ごす事になれば、色々と問題も起こるだろう。


 でも、追々(おいおい)、慣れて行くさ。


 死別という悲しい過去と戦っている彼女を支えると決めたんだから!



 幾何(いくばく)か歩いたところで、ミクルちゃんの手が離れた。


 どうしたんだろう? また何か見つけたんだろうか?



「どうした、ミクル?」


 オレの問いかけに、ミクルちゃんは、神妙(しんみょう)な顔をし……、



「いま、お兄ちゃんの存在力(そんざいりょく)が他に移ったわ。もう、アナタはタダの(うつわ)に戻った。だから、これ以上アナタと話す事は無いわ。」



 まさかの変化球(へんかきゅう)で返して来た⁉



「ハァッ⁉」



 困惑(こんわく)するオレを尻目(しりめ)に……、


「さぁ、早く次のお兄ちゃんの存在力(そんざいりょく)宿(やど)った(うつわ)を探さなきゃ。じゃないと、一億年と二千万年前に、遥かアンドロメダの彼方で、私を(かば)って目の前で命を散らせたランティス=スターロ=メディライ=アクネバルタの…その行為(こうい)無為(むい)になってしまう。そんな事になったら、ガイト=キンバネス=クエルト=サリバンも悲しむわ! だから私は世界を救うの!」


 トルネード投法(とうほう)()(さお)鋭利(えいり)変化球(へんかきゅう)(ケー)マークを重ねるッ⁉



 ちょっと待て!



 目の前で亡くなったのが一億と二千万年前とかアンドロメダの彼方って……ッ⁉


 それって……『その話そのものが(すで)電波(でんぱ)だった。』って事かッ⁉



「じゃあ、さようなら、一つ前のお兄ちゃんの(うつわ)さん。タダの一般人に戻ったアナタと、また会う事は、もう無いと思うけどね。」



 そのままスタスタと離れて行く。


 もうオレには何の興味も無いと言わんばかりに、一度(いちど)()(かえ)(こと)()く、その姿は遠くなって行った。


 (あと)には、ポツンと(のこ)されたオレだけが、寒空(さむぞら)景色(けしき)()(のこ)されていた。



 しばし、その場で放心(ほうしん)していたが、徐々(じょじょ)に笑いが込み上げて来る。



 オレは、ずっと彼女を制御(せいぎょ)していたつもりだったが、はじめから彼女はオレの手の外に()たんだ。


 というか、そもそもの前提(ぜんてい)からして間違(まちが)っていたんだ。



「ハハ…ファンタジーは所詮(しょせん)、夢だからファンタジーなワケで…。現実として続いたら、それはノンフィクションっていう、日常的で、いつでも見れるツマラナイ物になるってこった! ま、極上(ごくじょう)のファンタジーが突然(とつぜん)()ってきて、突然(とつぜん)()えただけだな‼ なんともファンタジーらしい終わり方じゃねぇかッ‼」


 寒空(さむぞら)(なか)で、オレの(むな)しい(さけ)びが木霊(こだま)する。



 あ~しっかし、これで失恋回数一〇八回かよ……ッ⁉ 煩悩(ぼんのう)(かず)かってんだッ⁉



 それとも何か?


 この一〇八回で、(すべ)ての(やく)()ちたって(こと)なのか⁉



 ハッ‼ 最後(さいご)(やく)はデカ()ぎだったな、オイッッ‼

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