ファンタジーは突然に
#1#
「アナタみたいな童貞然とした人は、ガッつきそうだから却下。」
それがオレ、片瀬将の通算一〇七回目のゲームセットの合図だった。
今年で大学二回生。単位も、そこそこ。バイトも、そこそこで、悠々自適な独り暮らし。
足りない物は、ランデブーしてくれる可愛い相棒だけで、それを得んが為に色々と奮闘しては見ているのだが……。結果は、いつも、こんな按配なワケで……。
「あは…あはは…そう…残念だなぁ…。仕方ない、これ以上、更に言い寄ったら、ガッついているのを前面に押し出すワケで…。まあ、諦めるか……。うん、諦めるからさぁ、せめて、この件は、どうか御内密に。」
右目と両手を合わせて閉じ、舌をペロっと出して見せて、せめて軽く流せる様に仕向けて見る。
百戦錬磨の撃墜王ならぬ、百戦フルボッコの撃墜され王のオレが、幾多の戦場を駆け抜けて得た答えの一つだ。
しつこく食い下がって籠城戦を繰り返した場合、”恋愛条約”を無視した戦犯として、向こうも法律を無視して『早く殺してくれ』と叫びたくなるエグい虐殺を行なってくるのさ。
「わかったわ、口外しないであげるから、良い友達で行こうね。」
そうして、一方的なドッグファイトでオレを撃墜した対戦相手は、野鳥たちが憩う、冬の海辺の公園というファンシーな戦場を早々に後にした。
海辺と言っても、浜があるワケではない。
水深の深い海の上に、鉄筋の土台があり、その上に公園があるのだ。
一応、転落防止のネットは張ってあるが、まかり間違って、ネットを突き破って公園の柵を越えて落ちてしまうと、海のド真ん中に落ちてしまうのだ。
しかし、そんな危険なデメリットも、この街の多くの利点の中では、霞んでしまう。
ここ、樽中市は、海の上にある、『海と共に暮らすモデル都市』という売り込みの、水上都市だ。
海を埋め立てるのではなく、敢えて海を残し、海中にある鉄筋の土台の上に建物を建て、その下に広がる海を楽しもうというのが、この街の基本コンセプトだ。
市は、本土と繋がっている市の中心である繁華街地区の中央区。
直接本土とは繋がってないが中央区との交通網が大変整っており、中央区に比べて安価な住居が多く建てられている為に居住者の多い西区。
そして、本土や他の地区との交通網に不備はあるものの、その分の支出を、多大な数の工場を備える事と、ただ工場を乱立させるだけよりも遥かに大きく街の発展に貢献するため、工場の従業者たちを多量に受け入れる工場地区用アパート街を用意し、労働する人員を近隣に確保した上で、各労働者たちの活動時間を円滑に分ける事で、数多に建つ工場を二十四時間稼働させ、結果、市の中心たる繁華街の中央区にも遥かに優る程に市の利潤を高水準で生みだしている南区。
大きく分けて、この三つの地区に、この市は分かれている。
この市の最大の売りは、海との共生生活が出来る事だ。
市の建物は、繁華街や、工場地区のアパート街すら含めて、全ての民家に至るまで、多階層ではなく一階建てばかりであり、全ての建物にガラス張りの床の部屋が最低一部屋は有り、建物の下方に広がる海の中の様子を二十四時間、好きなだけ堪能する事が出来る造りに為っていて、正に海と共生する事が出来る。
多階層の建物の無い市のその構造により、本土の団地地区などに比べれば、繁華街や住宅街などどころか工業地区アパート街ですら割高い感はあるのだが、海を好きなだけ堪能できるこの作りにより、市の住民どころか本土からの人気も高い。
市の都市部の中央区だけでなく、各地区に、ショッピングモールなどもあり、海との共生という売り以外の、生活の利便性という点でも、この街は優れており、入居希望者は後を絶たない。
かく言うオレも、中央区にある大学への通学が住宅街の西区から片道五分で済むという交通網の利便性と、商店の多さという生活の利便性、そして、海と共に在るというデートスポットとしても優れた立地に惹かれ、中央区の大学に合格した上、この市が入居者を募集した去年に、高い抽選倍率をクリアし、西区のアパートの一つに住めるようになり、この市の住民の一人となった。
それからは、学校とバイトの空き時間を見繕っては、ドンドンと、この樽中市の各所のデートスポットに、大学で知り合った女の子たちをデートに誘っては、ランデブーを決め込み、告白というバズーカ弾を放ちまくったワケだが……。
まあ、いつも、この通りなんだよねっていう……。
しかし、参ったなぁ…”入隊したばかりの新兵”だと恐がるだろうって事で、今回は”軍曹クラスの叩き上げの兵隊さん”をターゲットにしたんだが…。
やれやれ…逆に経験が豊富過ぎて、こっちの戦力をあっさり把握された挙句、一撃で急所にズドンとは……。
「さぁて、撤収、撤収。対戦相手が居ないのに、こんな”血の臭いが煙る戦場”で、いつまでも一人で滑空していたら領空侵犯で迎撃されちゃいますよと。」
とりあえず気持ちを切り替える努力をしてみる。
ヤケで新たな対戦相手を事前の戦力調査もせずに迎えて見ても敗戦は免れない事は幾多の戦場で証明済み。
”基地”に帰還する気にもなれず、ブラブラと繁華街まで”自前のエンジンを噴かす”。
先ほどの対戦相手へ照準を絞って”弾丸”を放つ為に夕方を待ってアクションをしたお陰で、燃料が少ないのだ。
”ハイオク”等は求めないが、”レギュラー”くらいは”タンク”に詰めないとやってられない。
目当ての『小さな御子様が間近で見たらトラウマになりそうな、笑顔がステキなピエロ』をマスコットにしている、味は兎も角、安価さには定評のある店が二〇〇メートルくらい先に見えてきた。
今日の戦闘に勝利できた暁には”仏様の飯”をフルコースで持って来させるつもりでいたので、持つ物は持っている。
敗戦の痛みを和らげる為にも、ここでフルコースでも頼んで見るかな。
普段なら、ここの一番安いメニューを一ダース頼んで明日のエサも確保ってな感じだが。
いや、本当に、ここで一番安いメニューを一ダースも頼んだら不気味この上ないか。
”営業用メニュー”を携えた店員さん十二人に囲まれるんだもんな。
想像しただけで背筋が寒くなりますよと。
そんな益体も無い事を考えて、少しニヤけながら店内に入ろうとする、その瞬間に…。
「そっちはダメだよ。ホラ、こっち。」
何だか分からない内に謎の人物に手を引っ張られて軌道修正させられるオレ。
中々の勢いで引っ張られ、あれよあれよと言う間にピエロさんの店からズンズン離れていく。
「ふぅ~~。ここまで来れば安心だね。」
やっと牽引が終了した頃には、二筋ほど離れた場所に移動させられていた。
呆然としながら謎の行動をした相手を見やったオレは更に呆然とする事となる。
いや、相手がオレの既知の相手じゃなかったのは、まあ良いんだ。
勢いで引っ張ったら人違いでした、なんて結構ある事だし。
それよりもですね、この娘、めちゃくちゃカワイイんですよ。
なんていうの? 妖精って感じ? 中学入り立てのチャイドル…みたいな?
オレは此の方、中学生以下の少女にはトキメキ回路の動力が働かなかったノーマル仕様機だったワケだけど…。
これは…その…ヤラれちゃいました…。
オーケー‼ 年齢なんて国境は越えて進軍しちゃいましょう‼
兵士は時に蛮勇を持って世界地図を変えちゃうモノです‼
「ねぇ、君は…、」
「良かった、お兄ちゃん、無事みたいだね。危ない所だったよね。あのままだと奴らの尖兵がお兄ちゃんを捕らえて、ネクロフィマティーの果てに邪神のスティグマを植え付けられて、ヨグソトースの門を開ける為のミクルとお兄ちゃんのアルマを引き裂かれていたよ。」
前言撤回。
君子危うきに近寄らず。
兵士は時に、勇気ある撤退も行なわなければいけません。
見た目の戦闘力よりも内から溢れ出る破壊力の方が危険ですよ、この娘!
「あ、いや、済まないけど人違いだと思うよ。あ、そうそう、オレは、ちょっと拠所無い用事で直ぐに行かなければいけない所があるんだ。いや、さっきのジャンクフード店に入ろうとしたのは、ついうっかりで、それを失念していただけで…あそこが行かないといけない場所なワケでも無くて、そういう事で時間が無いんだ。という事で、アデュ~~。」
さっと身を離し、反転。
そのままスタスタと早歩きで、その場から離れ、数メートル進んだ地点で真横に猛ダッシュ!
ガシッ‼
ガシッ⁉ 掴まれましたか、オレ? 掴まれましたね、オレ!
あまり見たくないが、オレの腕を掴んだ人物を見る。
はい、まごう事なくさっきの電波ちゃんです!
このロリポップな外見に反して結構な力が有るのは、さっき引っ張り廻された時点で分かっている。
さて、どうやって振り解いたものか…。
「ダメだよ、お兄ちゃん! ミクルを置いて何処かに行っちゃ、益々、奴らの謀略の渦中に呑まれるよ!」
どうも、ミクルというのが、この娘の名前であるらしい。
さっきは、ぶっ飛んだセリフを吐いてくれたお陰で、ミクルというのも脳内電波ワールドの単語の一つだと思っていたが…。
「いや、あのね…」
「ハッ⁉ お兄ちゃん! もう尖兵達にアルマティファンされちゃったのね! ううん…下手をすればガンダルヴァシヴティムかも⁉ これは浄解を施さないとダメね!」
こちらが説得を試みるのを遮る様に怒涛の如く押し寄せる電波。
ヤバイです! ヤバイですよ! 超級デンジャラスですよ、この方‼
何とか隙を窺って離れないと、どんな電波理論で死地に追い遣られるか分かったもんじゃありません!
電波なだけじゃなくて、もし『病んデレ』とかの属性も入っていたら、超ド級に危険です!
そんな感じで脳がエマージェンシーコールをけたたましく鳴らしていると、左腕に妙な柔らか感触が発生する。
「浄解を施しているから、今日の間は、ミクルから離れちゃダメだよ、お兄ちゃん。」
その浄解なるモノが何かは分からんし分かろうとも思わないが…。
この左腕に感じる感触は、それを実践した結果らしく…。
彼女のプチ柔らかな胸が押し付けられているワケで…。
良いじゃん、浄解!
しかも、ミクルちゃんの言だと、今日一杯この状況が続くらしいですよ、奥さん!
「どうかな? 少しは楽になってきたかな、お兄ちゃん?」
心配そうにオレを見上げて来るミクルちゃん。
つぶらな瞳が真っ直ぐにオレを見つめる。
しかも、さっきよりもギュッと、その胸をオレの左腕に押し当てております!
これは……これは……これは………これはッ‼
現実時間にして十秒程。脳内時間にして小一時間程の間を持って行われたオレ脳内サミットの結果、『これはアリ!』という条約が、見事に満場一致で可決されました‼
「うん、ミクルちゃんのお陰で、少し楽になったよ。」
「良かった…ガンダルヴァシヴティムだったらミクルでも大変だったけど、やっぱりアルマティファンだったみたいだから、何とかミクルのエナジーウェーブが浸透して行っているのね。この調子なら明日には浄解を解いてもシンメトリカルがオーバーゲージに達してリゾナンスアクトにも耐えられるわ。」
エナジーウェーブだか何だかは良く分からないが、プチ柔らかな感触がオレに浸透しているのは確かだ。
できれば明日以降も浄解しっぱなしで居て欲しいところです。
「でも、お兄ちゃん、ミクルを『ちゃん』付けで呼ぶなんてどうしたの? いつもだったらミクルって呼び捨てで呼んでくれるのに…。」
クッ…やはり来たか。
どうやら彼女ワールドではオレはミクルちゃんを呼び捨てにするのが常道の掟らしい。
ミクルちゃんが、気遣わしげで、それでいて猜疑を孕んだ瞳でオレを窺って来る。
彼女を許容し攻略対象と定めた矢先の相手からの威嚇射撃。
これからボロを出す毎に彼女の攻めは激しくなり、その先には撃沈の運命が待っている。
だが、この手の危ういタイトロープを渡るのに、一つのボロも出さずに攻略するのは不可能であろう。
しかし…オレは果たして地べたで無慈悲な絨毯爆撃を受けるだけの敗残兵なのか?
否! オレは今、相手の更に風上に立っている‼
「ああ…すまないミクル…。どうもオレは尖兵達にアルマティファンされた影響で大部分の記憶に障害が起きている様だ。そのせいで、オマエとエンゲージする為に必要なデュラキュティルが欠如してしまっている。この分では明日にリゾナンスアクトに耐えられるか分からない。しかし、こんな事に絶望はするな! ここでオマエが諦めてしまえば、それこそ奴らの思う壺だ! まずは、オレの失われたデュラキュティルを取り戻す為にもミクルのデータが必要だ。ミクルのデータを視聴認識すれば、オレのラティアルドライブを通じて、ブレインアラートが刺激され、オレ達は再びエンゲージを果たし、リゾナンスアクトに耐えられるかもしれない!」
常識的な攻防で競えるのは常識の範疇の相手だけだ。
だが、この相手は『違う!』
故に…こちらも初手から常識という汎用兵器を捨てる!
言ってしまえば、全くの新理論で作られた試作兵器を、性能テストを一切せず、いきなり実践投入して、暴発の危険性を顧みないで乱射する様なものだ。
正攻法では、どうあっても凌げないというのなら、自分でも結果が予測できない攻撃で対抗する!
しかも、自分でも耳を疑う不思議ワードの羅列っぷりはともかく、ストレートにミクルちゃんのデータを聞き出す誘導尋問。
結果は予測できないが、ミサイルの指向性はオレにも操れる!
「え…ッ⁉ 何…ッ⁉ お兄ちゃんッ⁉ ミクルの知らない言葉ばっかりだよッ⁉ お兄ちゃんが何を言っているのか分からないよッ⁉」
なるほど、初弾は、こういう効果が出たか。
不思議単語を散りばめれば何でも会話を合わせて来るモノかとも思ったが、電波を体現した彼女ワールドでも一応は何らかの法則性が有った様だ。
ミクルちゃんは、オレの羅列した即席不思議単語に、”彼女世界法則”での整合性が取れないと、驚きつつも、更にオレへの猜疑の目を強めていく。
だが、オレは、この展開を全面的に『良し』とする‼
フッ…ミクルちゃん…。君の様な常識で測れない相手との一戦は始めてだが、オレも伊達に一〇七回もの失恋を経験してはいない!
”失恋回数”から導き出された”恋愛体験度”ではオレに分が有る!
さぁ! ずっとオレのターンの始まりだ‼
「分からないのは当たり前だ! そも、何故にオレとミクルが別個体として存在していると思う⁉ それはオレ達が別個体である必要性が有ったからだ‼ 全ての情報を共有する存在など、二つに分ける必要がそもそも無い! そんなモノは一個の存在で事足りるのだ! ならば、別個体である必要性とは何か⁉ オレとミクルが別々の存在として分かたれなければならなかった道理とは何なのか⁉ ミクル、答えてみろ!」
明後日の方向に放たれた怒涛の連続威嚇乱射から、いきなりの標的に向けての一点スナイプ。
「えっ…⁉ そ…そんな…分からないのが当たり前って、いま、お兄ちゃんが言ったばかりなのに…そんなの分かるはずがないよ!」
予期せぬピンポイントシュートに、回避も侭ならず、うろたえるミクルちゃん。
そこに、更に総力射撃と言わんばかりに…
「バカ者‼ 全ての理が分からなくても何か一つでも道筋を掴もうとしてみせろ! 初めから全てを擲って諦めるなど言語道断! そんな事で奴らに勝てると思っているのか⁉ ヤル気が無いなら尻尾巻いてとっとと何処へなりと泣きダッシュして失せろ‼ ゲットバックヒアー‼」
理不尽という言の葉が装填された弾奏をフルフラットする銃口。
「えぅ…あぅ…うぅぅ…。」
ワケも分からないまま、一方的な蹂躙の弾痕を刻まれた彼女は、もう涙目だ。
戦意喪失というのもおこがましい、はじめから戦闘にすらなっていない大虐殺。
そこで…
「だが…オレはミクルの兄というパーソナリティーを与えられた存在…。お兄ちゃんとして、可愛い妹に本当に重要な事は丁寧に教えてやらないとな。」
先程までの捲し立てる様な勢いから声音を落として、ポンとミクルちゃんの頭に手を置き、ほんのりと微笑を浮かべて優しく撫でてやる。
「お…お兄ちゃん……。」
少し赤みの差した瞳が、こちらを見上げて来る。
「何飲む? 心にも身体にも潤いがなきゃ難しい話は聞けないだろ? 今のオマエはさ…?」
目尻に薄く滲んでいた水気を親指で掬い、その指で後方に在る自販機を指してやる。
まずは半間休息。
”戦闘”は一つの”戦場”で”ドンパチ”を永遠に繰り返すなんて出来ない。
己か相手の心が死んじまうから”ドンパチ”が続けられなくなる。
だから、永遠の”戦闘”を望むなら、戦意ある心を維持する為に、休息と次の”戦場”が必要なのさ。
相手が例え未知の異国の兵士でも、きっとコレは変わらない。
「う…うん! じゃぁ、ミルクティー‼」
さっきまでのクシャクシャになりかけた顔を弾かせて、ニッコリというよりは『にぱぁ~』という笑顔で、そう告げる。
原爆の投下を強行したせいで、灰も残さず殲滅しちまう危険も有ったが、どうやらこの娘との戦闘は、まだ続行できそうだ。
#2#
二人で缶を片手にホッと一息つきながら流れ行く人波を眺めること数分。
ミクルちゃんは、まろやかで優しいミルクティーに喉を潤した事によって、オレの見た感じじゃ本人もまろやかになってきた様に思う。
バトル第一フェイズでは怒涛の先制攻撃で優勢に駒を運んだが、まだまだ相手の戦力は未知数。どんな隠し兵器が飛び出すか分かったものじゃない。
まずは相手の性能を把握する事が先決だ。
さぁ、弛緩した空気を震わす第二フェイズの開幕だ!
「もう一息つけたか、ミクル?」
「うん、喉が柔らかくなった感じ。」
その言葉通り、ミクルちゃんの表情も、先程の撃墜寸前の時より、随分と柔らかくなった様に見える。
「良し、じゃあさっきの続きをするぞ?」
「う…うん…。」
コクリと頷くミクルちゃん。
その表情は、さっきと打って変わって、とても明るい。
よし、では、片瀬少尉! ”恋愛戦争”、第二フェイズ、第一射…発射‼
「まず、分からないのが当たり前とオレは言ったが、それはさっきの問いに対しての言葉じゃない。さっきの問い自体の答えはそれまでのオレの言葉の中に答えがちゃんと含まれていたんだ。オレはさっきこう言ったはずだ。『全ての情報を共有する存在など、二つに分ける必要がそもそも無い。そんなモノは一個の存在で事足りる』と。つまりだ、オレとミクルは別個の情報を持つ存在で有るが故に二つに分かたれているんだ。ここまでは良いか?」
即席の、オレの無茶苦茶な説明に、
「う…うん…何となく…。」
この娘、理解を示しましたよ、奥さんッ⁉
だが、それを、オレは、全面的に『良し』とする!
「オーケーだな? じゃあ、次に行くぞ?」
「う…うん…。」
ミクルちゃんが頷くのを見てから、第二射、掃射‼
「オレ達は別個の情報を持つ存在であるが故にオレとミクルでは保有している情報が違う事が有る。だから、オレはさっき分からないのが当たり前だと言ったんだ。だが、それならば何故オレたちはワザワザ別個の存在として分かたれなければいけなかったのか? それは奴らの手に決して入ってはならない情報を奴らから守る為に、重要な情報を分散する為なんだ。更に、情報の漏洩を最小限に抑える為、オレ達にはアルマティファンの様な攻撃を受けた際に、一時的に大部分の記憶を抑えるリミッター機能が有るんだ。さっきミクルに会って直ぐの時に、オレの受け答えが安定していなかったのも、ミクルの呼び方が普段と違っていたのもそのせいだ。だが、オレ達は、この状態に陥っても、相方の情報を視聴認識する事で記憶を回復し、デュラキュティルをエンゲージ可能領域まで高める事が出来る。だから今、ミクルと接触し、ミクルのデータを視聴認識する事で、少しずつ回復し、オレは現在の状態に至っているんだ。だけど、デュラキュティルが足りないのは変わらない。更にミクルのデータに触れて記憶を回復させ、デュラキュティルを高める事が必要なんだ。そういうワケで、ミクルのデータをもっと教えてくれないか?」
自分でも『え、そうだったのか⁉』と思う都合の良さ満載で送る即席の説明。
己の口車の回転の速さに我ながら感心する。
さぁ、現在のオレの戦力で出来うる最大の攻撃だ!
ミクルちゃんの反応や如何に⁉
「えと…データってどんな事を話したら良いのかな? ミクルのアリケルトサバディーのクラウスマイン値とかを話せば良いの?」
母さん! この娘の反応は素晴らしいです!
見事に意味が分かりません‼
だが…ミサイルの方向修正はオレのさっきの攻撃の効き目で容易になっている。
多少の妨害電波でオレを止められると思うなよ!
「いや、そんな重要な事じゃなくて良いんだ。例えばミクルのフルネームとかスリーサイズや住所や電話番号とかの身近な話で良いんだ。」
「ふむふむ…なるほど…じゃあ言うね。ミクルのフルネームはミクリアール=ランドボルグ=アルメツァリーネ=イクシオ=サトゥルマディガンで、スリーサイズは上からクラネルトベス・バドゥルハトゥム・クラネルトメヌムスで…」
「待った! 待った‼ 待った‼」
それは何処の星の住人の名前と数値単位ですかと⁉
全く予想していなかった攻撃では無かったが、この破壊力は予測値を遥かに上回っているぞ⁉
しかも一発が対戦車ライフル並みの威力でありながら突撃銃並みのこの速射性!
二つが相まって恐るべき制圧力と化しております!
修正! 修正する‼
もう、これが若さかってくらいに修正するぞ‼
「ミクルの真の名前とかじゃなくて、学校とかで呼ばれている仮の名前とかで良いんだ。数値単位とかも、この世界で良く使われているので言ってくれ。その方がブレインアラートが刺激され易いんだ。」
「は~い。じゃあ言うね。春日野 未来、十二歳、上から六十七・五十三・六十八だよ。」
「そうそう、そういうので良いんだ。お陰でデュラクティルが多少上昇してきた。この調子で頼むぞ、ミクル。」
「うん、どんどん行くから、早くリゾナンスアクトできるまで回復しちゃおう‼」
そこからは割りとすんなりと事が運んだ。
新たな電子戦用兵装を導入する必要も無く、静観するだけで情報戦は高い戦果を上げた。
ぶっ飛んだ”電波語”を体得しているだけで、装甲を剥げば至ってノーマルな内装だった為に、逆に驚いたくらいだ。
家も、何処かの星雲とかにあるワケでも無く直ぐ近くの場所で、家族にリトルグレイなどが居るワケでも無かった。
「う~んと…こんなモノかな? どう、お兄ちゃん? だいぶ回復できた?」
一通りの給油燃料は流したが、補給状況は、どのくらい進んだかと訴えて来る。
情報戦を制したお陰で彼我戦力は大体把握できたが、このままランデブーを決め込むには相手の装甲は非常に目立つ。
戦場に金ぴかに塗装した機体を伴って侵入するなど入隊したばかりの新兵でもすまい。
ステルスとは言わないが、迷彩色を施すくらいはしないとマズイなこりゃ、というのがオレの結論だ。
だから新たな戦術を発動する。
「ああ、かなりデュラキュティルは上昇してきた。だけど、一押し足りない感じだ。かといってこれ以上ミクルのデータに触れても効果は薄いと思う。そこで、イニシエーションを行って強制的にデュラキュティルを上昇させようと思う。」
「イニシエーション? それってどんな事? エクネシャービェをライアルドペイする様な感じ?」
相変わらず彼女ワールドの用語はレーダーでは識別不明だが、今からそんな事は瑣末事に変わる。
「いや、そうじゃない。イニシエーションは、苦行を行う事でオレ達の能力を向上させる儀式なんだ。これにより、強引にデュラキュティルを高める事が出来るんだ。」
「すご~い! じゃあ、直ぐにイニシエーションして、リゾナンスアクトできる様にしようよ!」
わ~い、という感じで、にぱ~と笑うミクルちゃん。
未だにリゾナンスアクトが何かは分からないし聞く気も無いが、彼女ワールドでは重要な何からしい。
だが、そんな用途不明の兵装は『不要』だ!
「それだ!」
「えっ?」
何がそれなのか、と首を傾げる小動物。
「良いか、ミクル。さっき言った様にイニシエーションは苦行を行う事でオレ達の能力を上昇させる儀式だ。そしてその苦行とは、リゾナンスアクトなどの言葉を一時封印し、周囲の無知蒙昧なモノたちと同じレベルまで自身を落とす事なんだ。しかも、オレだけじゃなくミクルも一緒に行わないと効果が無い。だから、辛いだろうが、回りの連中と同じ様な行動をしなくてはいけない。その上、デートと呼ばれている一見して益体も無い事をもしなくてはいけないんだ。」
「え…? ミクルたち、世界の真理に至っているのに、それを封印しないといけないの?」
どうやらオレたちは、どこぞの木の股から生まれた偉い人クラスに何かを知っていた様です。
新手の教祖に成れる勢いだな、こりゃ。
だが、そんな偉人になる気は毛頭無い!
「分かってくれ…もう、こうするしかリゾナンスアクトを行えるまで自身を高める方法は無いんだ。オレ達は、この無力なままで指をくわえて奴らを放置するワケには行かないんだ。」
我ながら、何を分かれば良いのか全く持って不明な論法。
果たして、この一押しで戦況は覆るか⁉
「……うん…分かったよ…ミクルやってみる!」
分かってくれましたよ、この娘‼
「分かってくれたか、ミクル!」
今、オレの中の全米が拍手喝采!
オレの”脳内米の国大統領”も『感動した!』と涙を流しております!
ありがとう、”不思議単語”、リゾナンスアクト!
未だに意味は分からないが、君は大いに貢献した!
ありがとう、『奴ら』さんたち!
どこの次元の生命体か知らないが、君たちがミクルちゃんにとって強敵であったからオレは此処まで来られた!
ありがとう! ありがとう‼ サンキュー! 謝々‼
「よし、ではイニシエーションを開始する! まずは二人で何処かに食べに行くぞ。ミクル、何を食べたい?」
「う~んと…じゃあ、ハンバーグ~。」
電波など混入する事がない、打てば響く普通の反応! 普通の対応‼ これですよ、これ‼
それに、何とも可愛いチョイスじゃないか!
よし、ならば!
「ハンバーグだな? よし、良い店を知っているから、連れてってやるよ。」
「どんな店だろ? ちょっとドキドキするよ。」
しばし歩き、目的地に着く。
豪奢さは無いが、ファミレスと違って落ち着いた雰囲気のする中堅どころの店だ。
「うわ…ここ高いよ? 大丈夫、お兄ちゃん?」
店の前のボードに書かれている値段を見て不安そうな声が発せられる。
しかし、都合の良い事に、今日は残弾がタップリ有る。
「心配するな、今日は余裕が有るんだ。ガシガシ食って構わないからな。」
この狩り場クラスなら少しばかり的が多くても撃ち漏らす事は無いはずだ。
ミクルちゃんは『良いのかなぁ?』という顔で店の中に付いて来る。
店員さんに案内されてカウンター席に横並びに座る。
ミクルちゃんは浄解しっぱなしなので横並びに為らざるを得ない為、テーブル席だと座席が無駄に余る事になるのでカウンター席でも不満は無い。
運ばれて来た水を飲んで一息付いてから、店員さんに黒毛和牛一〇〇%のハンバーグステーキをコースで二つ頼む。
しばらくしてオードブルサラダとスープが運ばれて来た。
「うわぁ、すっごい! これ、本当に食べて良いの、お兄ちゃん?」
「ああ、背が伸びる様にイッパイ食って栄養分を補給しろよ?」
「わぁ~い! じゃあ、頂きま~す!」
ミクルちゃんが意気込んでサラダに手を付けようとする。
しかし、浄解を続けている為に、片手が塞がっている為に、もう片方の手だけで補給活動を処理しようとする所為で上手く目標を捕らえられない様子だ。
「ありゃ? う~ん…。 とりゃ! あぅぅ…。」
拙い得物の捌き方の所為で、目標を上手く捉えられないどころか皿が動き出す始末。
浄解中の手の位置的に利き手の方が塞がっているのが一番の敗因だろう。
仕方ない、此処は助け舟を出すか。
「ミクル、オレが口に料理を運んでやるから、アーンしてろ。心配しなくても熱いのはフーフーしてやるから、火傷させたりはしないからさ。」
「え…でも…それってちょっと恥ずかしいよ…。」
「ミクルの片手が塞がっているのはオレの所為なんだから、オレが自分の不出来な身の尻拭いをしないと帳尻が合わないんだ。是非やらせて欲しい。役得だと思って身を任せてくれよ。」
「う~ん…じゃあ、お願いね、お兄ちゃん。」
「よし、キッチリ任されたぞ。」
手始めにサラダを口に運んでやる。
口内に入って来たフォークから料理をミクルちゃんが咥えて取ったのを見て得物を引き抜く。
もきゅもきゅと、ハムスターの様に、ほっぺを膨らませて幸せそうに噛み締める姿を見て、自分の方が役得だなコリャと思ってしまう。
続けてスープ。
これは流石に熱いので、言った通りにフーフーしてミクルちゃんの口に運んでやる。
ツルンと飲み込んでニコニコ笑顔で此方を見て、親鳥の捕まえたエサを求める雛鳥の様に、またアーンと口を開く。
やべぇ! 本気で可愛いぞ、この娘⁉
この愛い小動物の仕種に気分が高揚して来て嬉々として暫し補給を手伝い続ける。
何度目かの皿とミクルちゃんの口との間の往復をこなしている内に、店内の騒つく雰囲気を感じた。
少し周りを見回すと、店内の男連中が少々殺気立った様な風に、この補給作業を見ているのに気付く。
電波さえ無ければミクルちゃんは、子役タレントとかしていてもオカシク無いクラスだもんなぁ。
よくよく考えればオレがこの娘とこうしているのは、ある種のファンタジーと言える位の奇跡かもしれない。
客観的に考えて釣り合いの取れているカップルだとは自分でも思えないが、ギュッとオレの腕を抱きながら嬉しそうに口を開けて補給物資を求める姿は、仲睦まじい関係にしか見えないワケで…。
周囲の野郎共の羨望の眼差しに仄かな優越感を感じて、ちょっとイジワルをしてみたくなった。
オードブルが片付いて、本命のハンバーグステーキが置かれたところで、ミクルちゃんの目はランランと輝く。
『早く、早く!』と言わんばかりに、口を開けてハンバーグの投下を待っている。
一口サイズに切ったハンバーグをフォークに刺し、さっきまでと同じ様にフーフーして熱を取ってからミクルちゃんの口元に運び、直前で方向転換して自分の口に運び、唖然としている目の前で美味しく頂いてみる。
「う~む、美味、美味。やっぱし黒毛和牛一〇〇%ってのは美味いもんだなぁ。」
「うわぁッ⁉ ミクルのハンバーグがぁッ⁉」
「ハハハ、ミクルがあんまりにも無防備に口開けて待っているから、ちょっとイジワルしたくなってね。あ~でも、これ本気で美味いからオレが独り占めしちゃおうかなぁ?」
「うわ~ん! ダメだよ! ミクルもハンバーグ食べたいよぉッ‼」
お預けどころか食い扶持が無くなると聞いてミクルちゃんは必死だ。
流石に可哀想だから、そろそろ譲ってやるか。
「ウソだよ、ウソ。ちゃんとミクルにも食わせてやるから、もう一度アーンしてな。」
「うん。アーンするから絶対だよ?」
『ちゃんと運んでくれるかなぁ?』と、不安そうにしながら、再度アーンと口を開ける。
今度こそ運んでやってフォークを引き抜く。
美味しそうにモキュモキュと頬袋を動かして幸せそうに安堵しているところで、更にもう一つ用意していたイジワルという爆弾を投下してみる事にする。
「いやぁ、これで間接キッスが成立したワケだ。ミクルの口に運んだフォークでオレが食って、またミクルの口に運んだからなぁ。間接キッスだけど、これはかなりディープだよね?」
「ゴホッ、ゴホッ!」
ハハハ、驚いてむせちゃっているよ。
いやぁ、役得、役得。
周りの野郎共の視線も更に強くなって来ていますな。
「ちょ…フォーク! フォーク代えてもらぅ~!」
「まぁまぁ、そんな慌てんなよ。それとも何か? そんなにオレと間接キッスになったのが嫌だったのか?」
「え…その…そんな嫌っていうワケじゃないけど…ただ…恥ずかしくて…。」
周りからの視線は、殺気立つどころか『視線で射殺す!』と言わんばかりに強くなる。
この辺で止めとくか。一人で路地裏とか歩いている時に知らない野郎に撲殺とかされたくないしな。
「仕方ない。新しいフォークを貰ってやるよ。」
店員さんに新しいフォークを用意して貰い、補給活動は速やかに再開された。
ここに来て思う。やっぱしこの娘は電波さえ封印しちゃえば最高だと。
#3#
つつがなく補給活動は済み、オレ達は次の目的地に向かって進む。
狙いはショッピングモール。
映画は当たり外れがあるし、カラオケは二人で廻すと会話の時間が潰れる。
ゲームセンターは色々な遊びを提供してくれるので美味しいのだが、この時間にミクルちゃんの様な年齢の娘を連れまわしていれば補導などが怖いので今回はパス。
ショッピングモールでのウィンドウショッピングなら、モノの好き嫌いがあっても、色々な店を回っているうちに、好みのモノが見つかり会話が弾む事も多いはずだ。
人の流れの多い箇所ではあるが、ゲームセンターを回るよりは補導員の目も強くない。
それに何より絶対に何かを買わないといけないワケでも無く、見て回るだけで楽しめるのだから財布に優しい。
本来なら、そっちを回ってから飯、というパターンの方が良かったが、彼女と出会った時間と、オレの燃料タンクの都合で、順番がズレてしまった。
しかし、お互いに胃がもたれた風も無く、臨戦態勢はバッチリだ。
「ミクルは何を見たい? オレは新しいコートとか見て回ってみたいんだが?」
「うーん…小物とか見て行きたいかな。携帯のストラップとか、カワイイのが有ったら良いなって。」
「そんなので良いなら買ってやるぞ? 今日は、まだ財布に余裕が有るし。」
「ううん、さっきの店であんなに出して貰ったんだから良いよ。」
そこでミクルちゃんの額にデコピンを一発見舞ってやる。
奇襲気味の一撃だった為に回避運動も儘ならず見事に直撃する。
「痛ッ⁉ 痛いよ、お兄ちゃんッ⁉」
「オマエさぁ…。オレはオマエの何だ? 言ってみろ。」
「お兄ちゃんは…ミクルのお兄ちゃんだよ?」
「なら、兄貴に甘えてみろ。良いかミクル? 兄というモノは妹を可愛がるモンなんだ。甘えて貰うと兄として嬉しいのさ。逆に甘えて貰えないと兄として自信が無くなるんだ。だから、遠慮せずにオレに買わせろ。むしろ、オレを喜ばす為に、買いたいモノをガンガン言ってくれ。」
デコピンを直撃させた箇所を撫でてやりながら緩やかに言葉を繋いで行く。
ミクルちゃんは目を大きく見開いてからコクコクと頷き…、
「じゃ、じゃあ、そこの小物屋さんにあるイルカさんのストラップが欲しいよ。」
オレの申請にオーケーサインを出した。
「ホイ来た、じゃあ手始めにまず一つだな。」
言われた店に入り、イルカのストラップを二つ頼む。
会計を済ませてから、ミクルちゃんの携帯に付けてやってから、自分のにも装着させる。
「えへへ、コレでミクル達、お揃いだね。」
「ああ、コレで兄妹じゃなくて恋人に見られるかもな?」
「うわ⁉ うわわわッ⁉」
顔を真っ赤にして、アタフタと良く分からないジェスチャーをプシューと蒸気の上がる勢いでしてから、その場に凍り付く。
何とも初々しい反応で思わず噴出しそうになる。
「ホラ、次に行くぞ。今度は何が良いんだ? バンバン言ってくれよ?」
作らずとも出て来た素の笑みを浮かべながら次の攻撃目標地点を聞いてやる。
「えと、えと、じゃあ、あっちの店を見てみたいよ。」
安上がりだと思ってウィンドウショッピングにしたワケだったが、この娘と、こんな心踊るデートという、オレには出来過ぎなファンタジーを送れるのなら、この際だ、出費は気にしないで行こう。
「ほいさ、了解ですよ、お嬢様。」
それから数軒の店を二人で渡り歩いてミクルちゃんの所望品たちをドンドン謙譲して行った。
店の一軒一軒で、店と店の間の路地で、二人で所望品の品評をして笑い合ったり、『コレが似合っている、似合っていない』と、語り合ったり、たまにミクルちゃんをイジってショートさせたりの、飽きの来ない楽しい時間。
直々、道行く野郎達がミクルちゃんのプリティーフェイスに振り返り、更にオレを見て、『何で相方がコイツなんだ?』と、疑問に思い、悔しそうな羨望の目でオレを見て来る。
くすぐったい様な、何とも言えない優越感。
一〇七回もの失恋回数という偉業の為に、長く味わった事が無かったこの感触に、思わず頬が綻ぶ。
降って湧いた様な奇特な出会いだったが、この娘とこうしていられるこの夢の様なファンタジーに感謝したい。
だが、このファンタジーを維持する為のお財布の残弾がそろそろ心許無い。
具体的にはオレの見て回ろうとしたコート等は望むのが困難になって来た頃だ。
しかし、ここでオレがコートを買うのを諦めればミクルちゃんに要らぬ良心の呵責を与える事になる。
「う~んと…これはあの店のコースだな。」
うんうんと納得して見せて、新たな進路を取ろうとしてみる。
「あの店? お兄ちゃんの探したいって言っていたコートがあるとこ?」
「ああ、そうだ。ここから暫く歩くとな、白鷺橋っていう、南区の工場地帯に通じる人通りが少ない上に無駄に長い、全長一キロもある橋があるだろ? その橋を渡り切ったとこにあるんだけどな。南区は工場が中心で、そこの従業員さんたちも仕事の利便性から工場地区のアパートに住んでるのが大半な上、普段は繁華街の中央区や一般住宅街の西区から訪れる用事もほぼ無いって事で、交通の便が悪い上に、中央区とかの繁華街やショッピングモールからも遠い。工場の仕事の関係で橋の下を通る船も平日は良く通るんだけど、どうもその橋を通る船が休日に限って何度も事故を起こしたとかいう事があったみたいで市民からの苦情があったとかで、何でそんな無駄なことをってオレは思うが、市の偉いさん方が南区の休日の船の行き来を禁止したとかで、橋なのに今日みたいな休日は船すら通らない。その上、橋の高さが十五メートル程もあるのに、安全ネットが無くて安全面も悪いって事で、橋そのものの人通りも少ないんだ。だから、橋の先にある目的の店も、パッと見た感じ、流行って無さそうな上に、古着屋なんだけど、南区の工場や住居自体は発展してて、あの区に住んでる工場の従業員さんたちが割と訪れてくれてて、中々の品質の物とかも売りに出されてるのも多いし、結構良いのが揃っていて、思いのほか人気のある穴場なんだよな。」
オレのその説明に、
「古着って、前に誰かが着ていたけど、要らなくなって売った中古品って事でしょ? そんなので良いの?」
ミクルちゃんは、向かう先の橋の無駄な長さより、古着である事に疑問が湧いた模様。
「ミクル、古着を舐めちゃダメだぞ。結構ブランド物とかも入っている事があるし、場合によっては新品よりも良いのが置いている時もあるんだ。それでいてリーズナブル。まさに至れり尽くせりの素敵スポットなんだ。」
「そうなんだ。じゃあ着いたらミクルも良いの無いか探してみようかな?」
期待に胸を膨らませたホクホク顔で、ミクルちゃんも楽しそうだ。
さて、良いブツが入荷していますように…。
と、進路の途中の橋の中腹でミクルちゃんが手を強く引っ張ってきた。
「どうした、ミクル?」
「お兄ちゃん! あそこ! ワンちゃんが溺れているよ!」
指を指された地点を見てみると、橋の下の海の暗がりの中で、確かに一匹のワンコが浮いているのが微かに見えた。
「放っておけよ、犬ってのは犬掻きって言うくらい泳ぎは得意なもんなんだぜ?」
「ダメだよ、お兄ちゃん! あの子、きっと足か何処か怪我しているんだよ! 泳いでいるんじゃなくて、もがいている感じだもん! あそこまで飛び込んで泳いで行って助けて上げないとッ‼」
「いや、アイツ首輪しているから、飼い主が何とかするだろうし、オレ達が何かしなくても他の人が何とかしてくれるかもしれないだろ? それに、こんな高いとこから飛び込むなんて無茶だし、その上、この寒空の中で寒中水泳とかやったら確実に風邪引くって。オレたちに出来るとしたら、警察なり消防署なりに連絡して、あのワンコを助けて貰える様にお願いするくらいさ。」
「ここ、今は私達しか通ってないし、そんな連絡とかしている余裕無さそうだよ! ホラ、今も沈みそうになってる!」
「だからってオレ達が助けようとしても逆にオレ達が溺れるって事になりかねないだろ?」
「いいよ! 私、行って来る!」
「ちょッ⁉ ミクルッ⁉」
「あの子を護らないと! もう目の前で誰かが死ぬのは見たくないの! だから私は世界を救うと決めたの!」
ミクルちゃんが決意を秘めた眼差しで橋の下のワンコを見つめる。突貫の体制だ。
オレの左手から手を離し、荷物を降ろして上着を脱ぎ始める。
「待て、ミクル!」
「止めてもダメだよ!」
「違う、そうじゃない! オレが行って来る! オレが必ずアイツを助けて来てやる!」
「お兄ちゃん……。」
ミクルちゃんのさっきの言葉……。
彼女は昔に、目の前で誰かを亡くしたんだ……。
会った当初の”電波会話”も、きっとそれが屈折しちゃっただけなんだ……。
親しい人を目の前で亡くしてしまった……。
だから、もう世界中の人が悲しまない様に世界を変えたい……。
でも、そんなスケールのデカい願いは、この小さな身体では背負いきれない……。
だから自分のルール、自分の世界を作って、世界を救える幻影を見ようとしたんだ……。
そして今、生身の彼女は、あの犬を自分の力だけで救おうと挑みかかろうとした……。
この小さな身体でだッ‼
それをオレが指を咥えて見ている事なんか出来るかッ‼
正直、こんな高い所から飛び込むなんてした事もないし、寒中水泳なんかもオレは行った事が無い。出来たとしても、きっと凄まじい寒さだろうと思うし、更に自分が言った様にオレが溺れる事だって有り得る……。
だけど! この娘の願いを! 無垢な願いを踏みにじるなんて出来ないッ‼
それ以上に、この娘の、この小さな身体に、そんな苦難を与えてたまるかッ‼
「まあ、見ていろ。この高さから飛び込む事や、寒中水泳なんてのも始めてだけど、泳ぎは苦手じゃない! ミクルの救いたい世界、オレが支えてやるッ‼」
「うん……うんッ‼」
大きな瞳を見開いて、コクリと頷く。
よし、バトンタッチは完了した。
ここからはオレのターンだッ‼
まずは荷物を下ろして上着を脱ぐ。
ミクルちゃんの見ている前だが、ズボンも下ろす。
どこかで聞いた話で、『服を着て泳ぐと水が服に浸透して重くて動けなくなる』というのがある。
実際に試した事が無いから分からないが、用心に越した事は無い。
そして柔軟体操で全身をほぐす。
これもどこかで聞いた話だ。
『寒中水泳などは、先に身体をほぐしておかないと、ツってしまう』と。
時間が無いので手早く、それでいて隅々を伸ばす。
これで身体の準備は完了!
心の準備は、とっくに出来ているッ‼
「じゃあ、行って来る! 必ず連れて戻って来る‼」
「うん! お願い、お兄ちゃん!」
橋の柵から、掌を合わせて、真下に、頭から垂直落下!
大きな水飛沫を上げて身体が沈み込む!
まず、最初に感じたのは、高所からの飛び込みの衝撃や寒さより、喉を焼く様な痛み。
口の中に入った水が冷た過ぎて喉が霜焼けを起こしたみたいだ。
これは予想外の展開だ。
水面に顔を出して空気を吸い込むが、外の空気も冷たく回復が遅い。
続いて、身体中が火傷した様な感触が襲う。
身体の方も霜焼けを起こしてきた様だ。
これは心が折れそうになる。
今直ぐにでも陸に上がって暖を取りたくなる。
だけど‼
「なろうッ‼ この位の寒さで、ミクルちゃんの世界を壊せると思うなッ‼」
大きく叫んでから深く息を吸い込み、水の中を掻き分ける。
泳法はクロール!
一番早い泳ぎ方と言われるスタンダード!
自分でも驚く程のスピードで目標に進んで行く!
己に、これ程の躍動が宿っていたとは露と知らなかったが、今はそれが心強い!
「ガンバレ! お兄ちゃん‼」
ミクルちゃんの声援が背中を押す!
ハッ! コレで元気が出なくて、男の子かってんだ‼
目標まで、あと二十メートル弱!
コレなら行ける‼
大きなストロークと全力のキックで、目標まで、あと、五、四、三、二、……。
「要救助者確保ッ‼」
左手に溺れていた犬を掴んで、ミクルちゃんの方を振り返る!
よし、後は戻るだけ……。
そこで気付く……。
出発点は橋の上だったが、ゴールは岸だという事に……。
現在地は海中のド真ん中。
橋の下の海とはいえ、海の上にある『海と共に暮らすモデル都市』という売り込みの水上都市である樽中市の建築物の下にあるだけあって、此処、白鷺橋の下の水深は深い。
その上、この白鷺橋は、休日で船も通らない上に、さっきミクルちゃんが言った通り、橋そのものにも、オレたち以外の人通りが無い為、他の誰かに頼る事などまるで出来ない。
仮にもし橋を通る誰かが他に居て頼れたとしても、橋の鉄筋には、構造的欠陥としか思えず恨めしいが、何処にも梯子など無く、登るなど、長く丈夫なロープでも用意して貰え無ければ不可能。
だから、この橋の左右の橋の入り口に面していて梯子が用意されているコンクリ造りの橋の両岸。それらの人口の岸だけがゴール足り得る。
その上、出発地点が橋の中央だったせいで、左右どっちの岸もかなり遠い。
岸に上がる為には、左右どっちに進路を取っても、目算で五〇〇メートルは泳がないとならない感じだ。
「クッ! だけど要救助者はオレの手の中なんだ! 岸に上がれば、それで救えるんだ‼」
覚悟を決めて進路を左に取る。
左右どっちも余り変わらないが、こっちの進路の方が幾分マシに思える。
幾許か進んだところで更なる苦難を感じる……。
左手に犬を抱えたままだから右手でしか水を掻く事が出来ない。
その為に泳ぎ方は自ずと変形平泳ぎになりスピードが出ない。
しかも左手が重い!
犬は小型犬で数キロくらいの重さだろうけど、水の中で抱えるというのは、その数倍の重さの様に感じられる。
この犬も、一生懸命、犬掻きをしようとしているが、逆にコッチの泳ぎが妨げられる。
既に身体を刺す霜焼けが隅々まで発生しており、それらの霜焼けは治らず、途轍もなく厳しい痛みを全身の奥の奥まで伝わせる。
岸までは、後二〇〇メートル程……。
半ばは過ぎたが、正直キツい……。
「お兄ちゃん! もう少し! もう少しだよ‼」
ミクルちゃんが橋を移動しながら声援を掛けてくれる。
クッ…この位の難関で! 負けてたまるかよ‼
ミクルちゃんのお兄ちゃんなんだからよッ! このオレはッッ‼
気合を入れ直して速度を速める。
だが、体力も限界で、息継ぎの間隔も早くなる。
もう少し……。
あと一〇〇メートル……。
五〇……二五……。
「うおらァーーッ‼」
最後の気合で速度を更に速める。
渾身のキックで岸までの距離を一気に詰め!
「だっしゃァーーーッ‼」
今、ゴールインッッ‼
「ハァ…ハァ…ハァ……。」
勢いのまま梯子を上り、岸の上で、暫し空気を貪る。
犬の方も、やっと地面を踏み締められてホッとしている事だろう。
コイツ、やっぱり右足を怪我しているな。
泳いでいる時は確認する余裕が無かったが、コイツも良くガンバったもんだ。
「お兄ちゃん! スゴイ! スゴイよ‼」
そこでミクルちゃんが合流して来た。
ちょっと目が赤くなっている。
どうやら応援の途中で少し泣いちゃったみたいだな。
ハハ、そこまで応援してもらえたんだからさっきの苦難も何も文句は無いな。
駆け寄って来るミクルちゃんに、英雄の帰還とは思えない弱々しさで手を振って答えた。
#4#
ミクルちゃんが抱えて持って来てくれた自分の服を着てから、ハンカチで犬の右足をテーピングし、このワンコを警察に届けようと移動を開始する事にした。
その間、終始ミクルちゃんは『すごい、すごい』を連呼してオレを称えてくれていた。
正直、寒中水泳を敢行したせいで身体が悴んでいたが、この娘にコレだけ称えて貰えるのなら、この程度って気持ちになってくる。
派出所までもう少しというところで……。
「ラッキー‼ ああ……アナタ方がラッキーを保護して下さったんですね! ラッキー……‼ 無事で……無事で良かった……‼」
どうやら、このワンコの飼い主さんの様だ。
この寒い時期なのに汗を大量に掻いていて、どれだけ熱心に探していたのかという事と、このワンコがどれだけ愛されているのかが窺えた。
「この子の飼い主さんですね。たまたまボクたちがこの子を見付けて警察に届けるところでした。」
言って、ワンコを飼い主さんに差し出す。
飼い主さんは、ワンコを抱き留めてから頭を軽く撫でて……、
「本当に、ありがとうございます。」
深く頭を下げてお辞儀をし、ワンコに頬擦りをしようとして右足のハンカチに目を留めて……、
「ラッキー‼ 右足を怪我してて手当てして貰ってたのね⁉ それに、ちょっと身体が濡れている?」
飼い主さんは、ハッとした様に、コチラに目を向けて来た。
「その子、右足を怪我して白鷺橋の下の海で溺れていたんです。それで、お兄ちゃんが泳いで助けて上げたんです。」
「そんな事になっていたんですか⁉ 私、この子を乗せた車を運転していたんですけど、この子を後部座席に乗せて窓を開けていたんです。この子、窓から顔を出すのが好きで、窓を開けないと怒るんです。でも、ふと気付いたらこの子が居なくなってて…。多分、橋を通っている途中で、窓から落ちて、右足を怪我しながら、更に橋から海に落ちたんですね。」
なるほど、そういう事だったのか。
しかし、窓から飛び出したら足を怪我して、更に橋から海に落ちて溺れるという不運の大連鎖をしたワンコの名前がラッキーとは皮肉が効いている。
「でも、何はともあれ、大事に至らなくて良かったですね。」
「ええ、お二人のお陰です。」
飼い主さんが朗らかに笑って答える。
そこで…、
「お兄ちゃんのラトルミレショニーがイクトデシブしたからその子を助けられたんですよ。私は、ただエナジーウェーブを間接転送しただけで何もしてないです。全部お兄ちゃんの力です。」
ミクルちゃんの電波が炸裂する!
どうも興奮状態が続いた為にオレのでっち上げたイニシエーションという決まり事を忘れてしまったらしい。
飼い主さんの笑顔が、どんどん曇って行き、怪訝そうな顔になる。
しかし、飼い主さんは、何とか笑顔をもう一度作って…、
「な…何かお礼をしないといけませんわ。」
何とか言葉を紡いでいく。
しかし…、
「その子は、チャイファーのウルトアクティを私に送ってくれたから、もうお礼は頂いています。」
必死の抵抗を阻む様に放射される電波。
飼い主さんの顔が見る見る青くなっていく。
多分、ここで、オレが方向修正しないといけない場面なんだろうけど、今のオレは……。
「そういう訳で、もう、お礼は要りません。それに、オレ達は世界を救う為にやっただけですから。」
ミクルちゃんの世界を肯定する!
彼女の世界が、悲しい過去を乗り越える為のモノだと知ったのだから‼
そりゃ、いつかは『世界』を見詰め直さなきゃいけなくなるだろう。
このままでは通用しない。
でも、今はまだ支えてやる奴が必要なんだ。
それはオレであるべきはずだッ‼
だってオレはッ! ミクルちゃんの、お兄ちゃんなんだからッッ‼
飼い主さんはパクパクと口を動かして止まってしまう。
それを横目に、ミクルちゃんの手を取る。
「さぁ、行こうか、ミクル!」
「うん! お兄ちゃん!」
ニッコリと笑い合って出発する。
もう飼い主さんから声が掛かる事は無かった。
今日のこの事で、オレも電波野郎として噂されるかもしれないが、この娘とお揃いなら悪くない。
「まずは古着屋の方に、もう一度、向かおうか。」
「うん、ステキなのが有ったら、ベミラサイが、カスティアクニになるかもだしね!」
滑る様に流れる電波。
その意味は、やっぱり分からないが、今は笑って隣に居られる。
これから、この調子でダダ漏れの電波にまみれて過ごす事になれば、色々と問題も起こるだろう。
でも、追々、慣れて行くさ。
死別という悲しい過去と戦っている彼女を支えると決めたんだから!
幾何か歩いたところで、ミクルちゃんの手が離れた。
どうしたんだろう? また何か見つけたんだろうか?
「どうした、ミクル?」
オレの問いかけに、ミクルちゃんは、神妙な顔をし……、
「いま、お兄ちゃんの存在力が他に移ったわ。もう、アナタはタダの器に戻った。だから、これ以上アナタと話す事は無いわ。」
まさかの変化球で返して来た⁉
「ハァッ⁉」
困惑するオレを尻目に……、
「さぁ、早く次のお兄ちゃんの存在力が宿った器を探さなきゃ。じゃないと、一億年と二千万年前に、遥かアンドロメダの彼方で、私を庇って目の前で命を散らせたランティス=スターロ=メディライ=アクネバルタの…その行為が無為になってしまう。そんな事になったら、ガイト=キンバネス=クエルト=サリバンも悲しむわ! だから私は世界を救うの!」
トルネード投法も真っ青な鋭利な変化球でKマークを重ねるッ⁉
ちょっと待て!
目の前で亡くなったのが一億と二千万年前とかアンドロメダの彼方って……ッ⁉
それって……『その話そのものが既に電波だった。』って事かッ⁉
「じゃあ、さようなら、一つ前のお兄ちゃんの器さん。タダの一般人に戻ったアナタと、また会う事は、もう無いと思うけどね。」
そのままスタスタと離れて行く。
もうオレには何の興味も無いと言わんばかりに、一度も振り返る事無く、その姿は遠くなって行った。
後には、ポツンと残されたオレだけが、寒空の景色に取り残されていた。
しばし、その場で放心していたが、徐々に笑いが込み上げて来る。
オレは、ずっと彼女を制御していたつもりだったが、はじめから彼女はオレの手の外に居たんだ。
というか、そもそもの前提からして間違っていたんだ。
「ハハ…ファンタジーは所詮、夢だからファンタジーなワケで…。現実として続いたら、それはノンフィクションっていう、日常的で、いつでも見れるツマラナイ物になるってこった! ま、極上のファンタジーが突然降ってきて、突然消えただけだな‼ なんともファンタジーらしい終わり方じゃねぇかッ‼」
寒空の中で、オレの空しい叫びが木霊する。
あ~しっかし、これで失恋回数一〇八回かよ……ッ⁉ 煩悩の数かってんだッ⁉
それとも何か?
この一〇八回で、全ての厄が落ちたって事なのか⁉
ハッ‼ 最後の厄はデカ過ぎだったな、オイッッ‼