喫茶もふもふ
吾輩はもふもふである。名前はまだない。ただ、とある人間の女から大いに頬ずりされまくっているだけの存在である。
「婦長様のばかやろーっ! もう、このもふもふの癒しがなきゃやっていけないわー」
この女はここに来るたび、同じような愚痴をこぼしている。つくづく人間は同じことを繰り返すのが好きなようである。一方、我が主は苦笑を浮かべてうなずくだけであった。いつも通りである。
我が主が言葉を発したのは、店じまいの時間になり、女が帰った後のことだった。
「今日もありがとう」
吾輩と白君、三毛君は、そろって「×××」と鳴いて返した。
我らもふもふ属は、魔力を有する聖獣である。その魔力は毛が短いほど強い。最大魔力を持つもふもふは不毛と呼ばれ、人間は非常に重宝しているようである。しかし、優雅さも気品もないあんなつるっぱげのどこに魅力があるのか、理解に苦しむばかりである。
一方、吾輩や白君、三毛君の長さまで毛が長いと、魔力はないに等しく、「毛布」と呼ばれる。防寒具にしかならぬという揶揄である。
しかし、我が主人はその揶揄など物ともしなかった。不毛を買いあさり、毛布を処分するのが常であった人間の中で、我が主人だけは吾輩たちを拾い、喫茶店の中で餌を与えてくれた。曰く、かわいかったからつい、と。
喫茶店に来た客たちは、今まで流通したこともない毛の長さの吾輩たちを見るや、顔をデレデレさせて撫で回した。触らせてなるものかとも思ったが、嬉しそうに火照る主人を見て、撫でさせてやることにした。そして次第に、さきほどの女のような吾輩たち目当ての常連客ができたのである。
主人は店じまいをすると、奥の居間へと入っていった。珈琲を入れて椅子に座り、今日も楽しかったねと言う。主人は、他者がいないところではよく喋った。
人前で喋ることを不得手とする我が主人は、どうやら学生時代にも苦労したようである。底辺高校の出身らしく、「馬鹿の門人」との悪口はよく聞いた。しかし、我が主人は腹を立てない。ただ、少し寂しそうな顔をしながら言うだけである。
「不毛も毛布ももふもふのうち。人間だって、一緒よ」
このような見方をする人間が如何程いるのか、吾輩は知らない。よくいるのかもわからない。しかし、君が疲れたときには、吾輩と吾輩の主人に会いに来てみるのも一興であろう。目印は、大きな看板と小さな入り口――我らが店の看板は「喫茶もふもふ」である。