第6話 撃退
夜風に当たりたいなんて適当なことを言って出てきたが、本心は一人になりたいだけだった。その証拠に夜風の冷たさに俺の身体は少しだが震えている。
いろいろと衝撃的な事実が色々と発覚したわけだが、一番驚いていることは事態に対して異様に落ち着いて居る自分に対してだ。
思い返してみても今日1日話していて激しく動揺するようなことはほとんどしていない。取り乱したとすれば美波の血を見た瞬間くらいだ。
薄々感じていたが、一人になってみて改めて確信した。とんでもない適応力でこの状況になじんでいる。これも吸血鬼化の効果と考えていいだろう。自分の認識がどう考えたって変化している。
そのせいで人間か吸血鬼かなんてことで余計に悩まずに済んでいるのは一つのラッキーだが、反対にそこまで意識が希薄なことに自分で不安を覚える。
「やってらんねえよなあ本当に」
バイク事故から瞬く間に話がファンタジーに。俺は後輩に手を出しかけて、知らない美人と焼き肉屋でお食事。
俺が喫煙できる歳なら吸うたばこの数は1カートンじゃきかないだろう。それくらいのストレスを抱えている。
「とりあえず中戻るか」
あんまり長いこと外に居たって身体が冷えるだけ。だったら中に戻ってカノンに言われたとおり肉を食べる方が良い。
店の中に入って元々いた席を目指す。そこにはカノンが一人で座っているはず。
にも関わらず席が妙に騒がしかった。
なんとなく、遠目でこっそり席を確認してみる。すると案の定席に座っていたのはカノン一人では無かった。
なんというかチャラい見た目の男が6人ほど、カノンを囲むようにして俺達の席に座っている。
カノンが顔は笑っているが眼は笑っていない表情をしている辺り、会いたくない知り合いか、それともそもそも知らない連中だろう。
俺は意識を耳に集中する。
今の俺なら店の中の会話くらいはその気になれば全部聞けるはずだ。
「なあ、この後暇なら俺達と遊びに行かないか? 良いお店知ってるんだぜ俺達」
「せっかくのお誘いだけど、私には連れが居るの。あなたたちとは遊べないわ」
「そう言わずにさあ。自慢じゃ無いけど俺達この辺じゃ顔が良いって有名なんだぜ?」
「そうなの? その節操の無さの方が有名になりそうだけど」
カノンがそう言えば男達は笑った。あのナンパ男達は冗談だと思っているんだろうがカノンはおそらくマジでうんざりしている。
というかナンパのやり方がやけに古風すぎる。いったいいつの人間なんだあいつら。
このままカノン一人にしておくと俺の良心が痛むのでここは割って入って追い払うなり店を出るなりなんとかしよう。
「おい兄ちゃん、邪魔するんじゃねえよ」
「……6人も居てまだ仲間居るのかよ。アイドルグループ並の大所帯じゃねえか」
席に近寄ろうとしたら大男と言っても遜色無いような厳つい風貌の男に肩を掴まれた。しかも後ろには男が4人控えている。ナンパしてる連中と合わせれば合計11人。
女を引っかけるには多すぎる人数だ。
「一緒に外に出ようか」
「ここまで来たらこんなのお遊びに感じるよ」
そう呟いたら足を思い切り踏まれた。
かと思ったら強引に店の外に出される。
そしてそうこうしている間に裏の路地まで連れて行かれた。もしかしなくてもこいつらは物盗りだ。その手にナイフなんて持ってるから間違い無い。
学生がターゲットなんてケチだとは思ったが、本命はカノンの方だろう。高級車に乗っている女性なんていかにも金を持ってそうだもの。
「おい、有り金全部出せ。でなきゃ女は無事じゃいられねえぞ」
「あんたらにどうにかできるとは思わないけどなあの人を」
何せバイクに轢かれようが、崖から飛び降りようがピンピンしてた人だ。チンピラにはどうやっても傷つけられるとは思わない。そんな本心からの言葉だったが、こういう文句は連中には琴線に触れる言葉だったらしく、あっという間に大男の顔が真っ赤になった。
「この野郎!」
思い切りぶん殴られた。でも全く痛くない。どうやらチンピラに傷一つ付けられないのは俺の身体も一緒らしい。
……これもしかして、殴り合っても余裕で何とかなるのでは?
「ボコボコにされたくなかったらさっさと――」
「悪いけど、余程のことが無かったらもうボコボコにもならないんだよ!」
一発、大男に拳をぶち込んでやった。
顔面にジャストミートのその一発は男の身体を軽々と吹き飛ばした。その威力はやった俺が思わず口をあんぐり開けてしまうほどだった。
「た、田中君! しっかり!」
大男の取り巻きは一気に騒ぎ始めた。一番騒ぎたいのは俺だがここで騒ぐとタダでさえややこしい事態が取り返し着かなくなる。
「て、てめえ! よくもやりやがったな!」
他の取り巻きが次々と襲いかかってくる。でもその動きの全てがスローに見える。どうやら動体視力までしっかり上がっているらしい。
ゆっくり動いてるような奴が相手なのだから、喧嘩にすらならない。一発ずつ重い一撃を確実に命中させていく。奴らを取り押さえるまでには本当に一瞬だった。
今ならハリウッドのアクション俳優並みに動ける自信があるくらいに身体が軽い。それに殴る蹴るの威力も半端な物じゃ無い。軽く捻るというのはこういうことをいうのだろう。という感じで難なくチンピラ達を撃退した。
「あーあー、派手にやっちゃって」
「カノン? そっちにくっついてた奴は?」
「同意のもとお帰りいただいたよ。まあ多少は強引な手使ったけど。そっちもそっちで派手にやったわね」
「まさかこんな風になるとは思いもしなくて……」
周りの惨状を見てもイマイチ自分がやったという実感が持てない。カノンはそんな俺の肩に手を置いた。
「まあとりあえず今日はお開きね。家まで送って行くわ」
とにかく前途多難と言うことだけは確からしかった。