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第5話 焼き肉と吸血鬼

「ほら、食べないの?」


 どういう訳か俺は吸血鬼――カノンと一緒に焼き肉屋に入っていた。

 しかも彼女と彼女が乗っていた車にはどうしてもイメージに合わない全国チェーンの食べ放題の店だ。値段は90分食べ放題で税込み2980円。手頃と言えば手頃だろう。


「もしかして遠慮してるの? どうせ私が奢るんだから気にせずに食べたら良いのに。というか食べ放題なんだから食べなかったらもったいないわよ。ここの店時間制限結構厳しいからすぐ追い出してくるし」

「いや、お金がどうこうっていうよりは何で焼き肉屋なのかって疑問が止まない訳で」

「それはそうかもしれないけどさ。とりあえず食べちゃおうよ。話はそれからでもできるし。それに心配しなくたって話を煙に巻いたりしないから」


 そうは言っているが機嫌良さそうにビールを頼んだりしているのでイマイチ頼りない。でも大前提として今俺が頼れるのはあくまでこの人だけだ。だったら意地でも着いていくしか無い。


 ひとまず言われたとおりに肉を食べることにする。机の上には内臓の肉の皿ばかりが置いてあり、網の上も同じくだ。


「俺、内臓系苦手なんだけど」

「いいから一つ食べてみて。大丈夫、味は私が保証するから」


 皿にいくつかの肉を取り分けて渡されて、更にダメ押しのように目で食べるように促された。そこまで言われて食べないのも失礼だと思うのでここはひと思いに食べてみる。


「あ、美味い。それもめちゃくちゃ。ここのお店もしかしてこっそり良いお肉使ってるんですか?」

「いいや。普通のチェーン店レベルよ。変わったのは君の方」

「どういう意味?」

「今のあなたは動物の内臓が好きで好きでたまらない身体になっちゃったってこと」


 相変わらず軽い口調で話しながらカノンは自分の分の肉を食べている。


「それってもしかして吸血鬼になったのと関係ある?」

「当たり前よ。順を追って説明させてもらうけど、吸血鬼ってのはその字が表すとおりに血を吸う生き物な訳だけど、じゃあなんで血を吸うか分かる?」

「気にしたことも無いけど……草食動物が草しか食べないのと一緒でそこに意味なんて無いんじゃ?」

「いや草食動物が草を食べるのにもちゃんと意味はあるのよ? まあそれは今は置いておきましょう。吸血鬼が血を好むのはね、血液と共に生き物の体内を巡る魔力を吸収するためよ」

「魔力……?」


 聞いたことが無い単語、と言えば少し違うか。俺だって人並みくらいにはゲームやアニメをたしなんでいるからその言葉が何を意味しているかはだいたい分かる。

 ただ、この大真面目な話でそんなファンタジー用語が出てくれば困惑は隠せない。


「まあ魔力っていうのは物の例えよ。科学的なアプローチでは絶対に解明できない不思議な生体エネルギー。まあカルト教団が信じてる不思議パワーみたいなものだと思っておいて」

「一気に話が陳腐になっちゃったよ」

「仕方ないでしょ。実際そうなんだから。それでこの魔力は普通は認知できないだけで全ての生き物に存在している。中でも人間が持っている魔力は他の生き物に比べて多い。だから生きるために魔力を積極的に取り入れる必要がある吸血鬼は人間の血が吸いたくてたまらないというわけね」

「その吸血鬼は魔力が無いと生きていけないって話はどこからでてきたの?」

「順を追って説明するって言ったでしょ。ほら、お肉あげるから少しは落ち着いて」

「俺はペットか何かかよ……」


 次から次に俺に肉が与えられていく。というかずっと話している間も肉を焼く手を止めない辺り、この人は結構器用な部類に入るんだろうなと思う。


「それで魔力と吸血鬼の話だけど、これは吸血鬼の起源に大きく関係しているの」

「吸血鬼の起源?」

「そ。まあこればかりは私が見たわけじゃ無くて、他人から聞いた話だからイマイチ正しい保証はできないからそのつもりで聞いて。1000年以上前、この世に最初に生まれた吸血鬼はね、赤ん坊の頃は普通の人間だったの。けれどもある時に突然変異したのよ」

「それで?」

「まあ最初の吸血鬼って言うぐらいだから吸血衝動に歯止めが利かないわ、元々粗暴な性格だったわで瞬く間に人間達に駆除されたみたい。そしてそいつに噛まれて吸血鬼化した人間達も全員殺されたのよ。でもそれで一安心してたら同じ村に住んでた人間が次々と吸血鬼に変異した。そうなると根本の原因を叩かなかったら意味が無いって事で村人達は必死になって調査したみたいよ」

「それで見つかったの? その原因は」

「ええ。村の地下深くに埋まっていた水晶。そこから漏れ出ていたエネルギーが人々を吸血鬼に変えていた。このエネルギーの正体こそが魔力よ」


 一気に色々聞いたせいでキャパオーバー寸前だが、とりあえず地下深くの水晶から漏れた魔力のせいでただの人間が吸血鬼になったという部分だけおさえておけば良いだろう。


「ということは、吸血鬼はその誕生に魔力が大きく関係してるのもあって、普通の人間よりも魔力が必要だから血を吸うことで補ってるってこと?」

「大正解。その代わりと言ってはなんだけど、吸血鬼は人間離れした身体能力を持ってるし、どんなに酷い傷でもすぐに治るし、魔力が枯渇でもしない限りは死ぬことは無い」

「それがあのとんでもない吸血衝動の秘密ってわけか」

「そういうこと。ついでに言っておくと、内臓が美味しく感じるのはそこに生き物の魔力が蓄積されていくから。できるだけ生焼けで食べるのが効率よく魔力を吸収するコツ」

「人間じゃ無くても良いの?」

「人間がベストだってだけで人間じゃ無きゃダメってことは無いから。牛とか馬でも替えは利くわ」


 そういえばさっきまであまり気にしていなかったが焼いて食べている肉のほぼ全てが生焼けだ。自分でも不思議だが、さっきまで全く気にすること無く食べていたということはどうしようも無く自分の身体が変わっているという証拠だろう。


「まあ他の動物でも生のままが一番なんだけど、正直それは美味しく無いし。あと一回焼き肉屋で生肉を焼かずにバクバク食べてたらお店の人にめちゃめちゃ怒られた」

「まあ端から見たら非常識だし、店側からしたら食中毒起こされたら営業停止くらいかねないし」

「吸血鬼だから大丈夫ですとは言えないし、言っても理解して貰えないしね。とにかく、内臓の肉食べてれば無性に他人の血を吸いたいなんてことには滅多にならないから安心して」

「それを聞いて少しだけホッとした」

「そう。他に質問があれば答えるわよ」


 そうは言われたが、何も思いつかないのが現実だ。

 いきなり色々なことを教えられてからすぐに質問はありませんかと聞かれても、自分の中に知識として定着したかも曖昧で、自分で何が分かっていて何が分からないのかも定かでは無い。


 だから、少しで良いから時間が欲しかった。


「ちょっと夜風に当たってくる」

「え? 時間制限付きの食べ放題なのに?」

「5分もしないで戻ってくる。というか時間はまだあるし」

「まあ無理矢理引き留めはしないけどさ。なら少し休んでおいで。私は待ってるから」


 手を振る吸血鬼の言葉に甘えて俺は席を立ち、店の出口の扉に向かうのだった。

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