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第2話 無傷の少年

 実際のところ、次に眼を覚ますことは無いと思っていた。覚ましたとしても予感していたように身体のどこかは前までのように自由に動かせないと思った。


 けれど結果は大きく違っていた。


「まさかほとんど無傷とは……」


 病院で眼を覚ました時、俺の身体は信じられないくらいに綺麗だった。

 事故のせいでそこら中ボロボロだったのにもかかわらず、包帯一つ巻かれていないし、ギブスを着けられてもいない。

 そんな自分の身体を見た時は病院側が職務怠慢でもしたのかと思ったが、もっとちゃんと確認して気付いた。

 そもそもそんな処置をする理由、すなわち怪我の痕が殆ど無かった。あったのは派手にバイクで転んだとは思えないようなちょっとした打撲の痕くらい。


 医者に話を聞いても元々気を失っていただけで、身体に傷という傷も無く、骨も折れていなかったので後は眼を覚ますのを待つだけという状態だったようだ。

 一応人生初のMRIで脳に異常が無いかも調べたが問題なし。けれど念のために何日か検査入院することになった。


 しかし身体は健康そのもの。辛くも無いのに病院のベッドに寝かされるというのは退屈この上無い。なのでやることと言ったらベッドに寝転がってスマホをポチポチ触るだけ。最初は病院と聞いてスマホを触ってはいけないと思っていたが、どうやら個室ではマナーモードにさえしていれば使っても良いらしく、暇つぶしのお供として働いてもらっている。


 とはいえ、こんな状況でゲームに興じるほど俺も呑気ではなく、調べているのは専ら交通事故についてだ。俺の間違いでなければ俺は生身の誰かとぶつかっている。空から降ってきた人を轢いたときの責任の割合は分からないが、バイクに乗っていたのは俺の方なので全くの無罪放免とはならないだろう。きっと責任を負うことになるはずだ。


「憂鬱だなあ……」


 そんな風に呟いたその時、部屋をノックする音がした。

 そして返事をする間もなく、その人物は病室に入ってきた。


「カズー起きてっか?」


 入ってきたのは中年の男性だ。


「大宮さん! なんでこんな所に」

「達也からお前が入院したって聞いてな。ちょうど今日は休みだったから見舞いにでも行ってやろうと思って」


 大宮さんを一言で説明するとこの辺のワルには大層恐れられている刑事だ。

 その昔、ちょっとしたワルだった俺の父親、米倉達也とはそれはもう長い付き合いで親父はいつも大宮さんに迷惑をかけていたらしい。

 それでもって親父があるきっかけで更正しようとしたときも大宮さんに面倒を見てもらったらしく、それいらい友好な関係が続いており、その縁で俺も大宮さんとは何度か食事に行っている。ちなみに俺自身は仕事中の大宮さんに世話になったことは無い。


「話には聞いたが何も無さそうで良かったよ。ったくこうなるから馬鹿みたいにスピード出すのは辞めろっていつも口を酸っぱくして言ってんだろうが」

「その件については深く反省してます」

「まあ単独事故で器物損壊も特に無かったから犯罪にはならないけど、あのバイクは廃車確定だ。親父には謝っとけよ」

「……え?」

「なんだよどうかしたか?」


 今おかしなことを聞いた気がした。というかありえないことを聞いた気がした。

 あれが単独事故?


「ちょっとそれはおかしいって。俺は上から降ってきた女にぶつかって事故したんだから」

「おいおいそれこそおかしいぞ。現場に居たのはお前一人だけだったんだぞ。他に人が倒れていたようなことも無かった。そもそも上から降ってきたとは言うけどあそこの森は誰にも入れないってお前も良く分かってるだろ」


 たしかに大宮さんの言う通りだ。あそこの山道は森に囲まれているが、あまりにも坂が急だったり崖になったりしたりしているので人が入るのは不可能に近い。そのせいで荒れ放題になっているのも毎日のようにあの道を走っている俺はよく知っている。


「嘘だ。確かにあそこには誰か居た。だって俺は実際にあそこで女の声を聞いたわけだし」

「だったらそれこそおかしいだろ。あの崖から飛び降りて馬鹿みたいにスピード出してるバイクと衝突して、それでも話せるくらいにピンピンしてたってことになるぞ」


 その言葉に俺は言い返せなかった。確かに俺の体験を言葉に纏めれば常識では考えられない事ばかりが浮き彫りになる。


「疲れてて幻覚でも見たんじゃないか。そしてそれがきっかけで操作を誤って事故を起こした。考えられるとしたらそんなところだろ」


 そんな大宮さんの言葉は俺の記憶とは大きく異なるものだ。でも俺の記憶とどちらが現実的かと言えば、大宮さんの話だろう。


「まあそのうちちゃんとした人間が調書を取りに来ると思うから、その時にちゃんと話せるように考えを纏めとけ」

「分かりました。それにしても大宮さんって確か一課の刑事ですよね?」

「そのくせになんでバイク事故調べてるんだって言うんだろ? 個人的に心配だったから後輩一人捕まえて喋らせたってだけの話」

「それって大丈夫なんですか?」

「まあ何とかなるだろ」


 そう言って大宮さんは笑ったのでこれ以上は気にする方が野暮だ。世の中には見て見ぬ振りをした方が良い案件は星の数ほどあるのだ。

 とりあえず事故に関する話はここいらで切り上げよう。そう思っていると病室のドアがノックされた。今度は勝手に入ってくるようなことをしてくる人ではなかったので「どうぞー」と中に入るように促した。

 医者かと思っていたが入ってきた人間を見たとき、それが間違いだと気づいた。



「せ、先輩失礼します……」


 入ってきたのは女子高生。


 肩の辺りで切り揃えられた茶色い髪、第一印象は決まってクールなそいつは俺が所属していた部活の後輩。そして事故の直前に電話を繋いでいた相手。

 葉山美波だ。


「美波! なんだよわざわざ来てくれたのか?」

「ええまあ。そちらの方は?」

「別に気にしなくて良いよ。俺はもう行くから。あ、見舞いの品のフルーツの盛り合わせ置いておくから良かったら食べてくれ」

「え? もう行くんですか? さっき来たばかりなのに」

「馬鹿野郎男なら空気読めっての」


 それだけ言って大宮さんはさっさと帰ってしまった。


 後に残されたのはベッドに寝転がる俺と、恐る恐る俺の傍にあった椅子に座る美波だ。


 なんとなくだが、妙な気まずさがある。


「先輩。この間の事故のことなんですけど、ごめんなさい私のせいで」

「ごめんなさいって、別に美波が謝ること無いだろ。俺が勝手に事故しただけなんだから」

「それでも私が電話なんかかけなかったら事故なんて起きなかったんじゃなかったのかなって」


 それを聞いて美波が何を考えているかだいたい分かった。

 美波と通話していたことによって俺がの注意力が散漫になったことでハンドル操作を誤って事故を起こした。そしてその電話は美波からかけてきたものであるから、すべての原因は美波にある。そんなところだろう。


「いくらなんでも考えすぎだろ。そもそもバイク運転してたのは俺なんだから、電話さえ取らなきゃ良かったんだよ」

「でも私だって先輩がまたどうせバカみたいに走ってるんだろうなって分かりながら電話しましたし……」

「この流れでさりげなくdisるのは良くないと思うぞ俺は」

「あ、ごめんなさい」


 美波は更に申し訳なさそうな顔をした。このままだといよいよ美波が沈んでしまいそうなので強引にフォローすることにした。


「分かったよ。なら今回のことは貸し一つってことにするから今度返してくれ」

「貸し、ですか?」

「ああ。今度どこかに一緒に遊びに行くとかでどうよ?」

「……先輩がそれでいいなら、それで」


 とりあえずはこれで納得してもらえた。

 まあどこまで行っても俺の自滅なので本当は貸しにするのもしたくはないが、それはそれで美波がズルズルと後に引き摺りそうなのでこのあたりで折り合いをつけておく。遊びに行ったときにこの辺のわだかまりは改めて解けばそれで万事オッケーだ。


「あっそうだ。良かったらそこのリンゴ剥きましょうか?」

「やってくれるならそりゃありがたいけど、ナイフあるの?」

「かごの中に入ってましたよ。あのおじさんが置いてくれて行ったんだと思います」


 そう言って美波はリンゴを剥き始めた。普段から家事はやり慣れているらしく、手際はとても良い。そういえば前に独り暮らしで自炊をしているという話を聞いた覚えがある。

 俺はというと実家暮らしで親の脛をかじりまくっているのでこの辺りしっかりしているなと思う。


「でも見に来て安心しました。電話じゃ結構すごい音してたので、死んじゃうんじゃ無いかと思いましたけど、先輩元気そうで」

「それは俺も同感だわ。まあ運が良かったってことだろ。病院の先生にもやたらと驚かれたし」

「私だって驚いてます。次に会ったときに全身包帯ぐるぐる巻きのミイラになってたらどうしようって本気で心配してましたし」

「やめてくれよ。想像しただけで寒気してくる」


 まあ色々と不可解なことは残っているが、とりあえず結果だけ見れば最高と言って良いだろう。念のためにしばらくは無茶な運動をしないようにとは言われているが、身体は健康そのものだ。

 歩くこともできれば走ることもできる。だから特に心配事は無い。まあしばらくはバイクに乗れないのが残念なくらいか。とはいえ俺自身、色々な人に迷惑をかけてしまった分、しばらくは自重しようと思っているが。


「痛っ」

「急にどうした?」

「ナイフで指切っちゃったみたいで」

「大丈夫か? もし必要だったら俺の財布に絆創膏が――」


 ふと、美波の傷口が目に入った。そこまで深く切ったわけではないようで、切り傷ができているだけに留まっていた。ただ、そこから血がわずかに垂れていた。


 別にそのことは普通のことだ。なのに何故だろうか。血が垂れている指に俺の目が釘付けになっていた。


「先輩? 急に黙っちゃってどうかしました?」

「え? ああ、いや悪い悪い。何か急にボーッとしちゃって」

「先輩の方こそ大丈夫なんですか?」

「大丈夫だって。ほら、出血大サービスで絆創膏2枚やるから、水道で指洗ってこい」

「分かりました。先輩もその、無理しないでくださいね」


 今のは一瞬の事とは言え、変な感覚だった。まるで血以外の全てのものが視界に入らなくなったようなそんな異様な感覚だ。

 でもそれは本当に一瞬だったので事故のせいで調子を崩してるせいだと思い込むことにした。




 その考えが大きな間違いで、俺の身体にはある変化が起きていたなんて事は神ならぬこの時の俺には知る由もなかったのだ。


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