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5―まとわりつく闇―

「とにかく、今すぐに何とかできるものではないんですよ」


「じゃあ時間がかかってもいいから、コイツを処分できる方法を探せ」


「分かりました。勿体無いとは思うんですけどね。あなただったら、コレを使いこなせると思うんですけど」


「残念ながら、私は憎しみの心が持続しないタイプなんだ。熱しやすく、冷めやすい」


ずずず~と茶をすすり、空になった湯飲みを魅弦に差し出した。


「おかわり」


「はいはい」


急須から注がれるお茶を見つつ、真名はふと不安を感じた。


「だが本当に、コイツを消すことはできるのか?」


「コレ、ならばできますよ。はい、どうぞ」


「すまんな。だがお前の口ぶりだと、こういう物の、似たような物はいくらでもあるんだな」


新たに淹れてもらったお茶を冷ましつつ、真名は軽く睨んだ。


「まあウチで扱う物にも、近い物がいくつかありますから。人間が憎しみを捨てない限り、いくらでも作り出される代物ですからね」


魅弦は笑顔で茶を飲む。


「憎しみか…」


例えこのスケッチブックを完全にこの世から無くしたとしても、似たような存在が人間を苦しめる。


しかしそういう物を作り出すのは、人間なのだ。


永遠に続く憎しみの連鎖に、真名は軽く目眩を感じた。


「…ならこのスケッチブックのはじまりは、何だったんだろうな?」


「そうですねぇ。憎しみに強く反応するところから考えると、同じように憎しみを持つ人間が作り出したと考えるべきですね」


「なら偶然にできたものか、それとも…」


真名は向かいに座る魅弦を、力の限り睨みつける。


「誰かが手を貸し、作り出したか」


「さあ、どうなんでしょうね」


魅弦は微笑むも、その眼は恐ろしいほど鋭い光を放つ。


真名は真正面から受け止めていたが、やがて視線をそらした。


「…まっ、何はともあれ、コイツのことは任せてもいいんだな?」


「報酬さえ頂ければ」


「分割で頼む。すぐに大金を出せる身ではない」


「いえいえ。お金じゃありませんよ」


意味ありげに笑う魅弦を、不気味なものでも見る顔で、真名は少し後ろに下がった。


「バイトしてくれませんか? ここで」


「はあっ?」


「いやいや。ここを一人で管理するのもキツクなってきましてね。そろそろバイトを雇おうかと思っていたところだったんですよ」


「…ここで、か?」


「もちろん。この骨董屋で、ですよ」


真名は顔を歪めながら、しばし考えた。


しかしどう考えても、このスケッチブックを処分できるのは、目の前の魅弦しかいないと結論が出てしまう。


「~~~っ! …本当にっ、コイツを処分できるんだなっ!」


「当店の誇りにかけて」


胡散臭さは滲み出ているが、アテはここしかない。


「分かった! コイツを処分できたのならば、お前の所で働こう。しかし学生であることを忘れないでもらいたいな」


「それはもちろん。学業優先で構いませんよ。では商談成立と言うことで」


「…悪魔に魂を売った気分だ」


「あはは。俺は悪魔じゃないですよ」


「人間でもなさそうだがな」


「………」


真名の言葉に、今度は何も言い返さなかった。


「…では、このスケッチブックですが、今はあなたが主です。イヤでも側にいることでしょうから、解決法が見つかるまでは持っててください」


そう言ってスケッチブックを差し出され、イヤイヤながらも真名は受け取った。


「そしてできれば他の人には触れさせないでください。万が一、あなたよりも強い憎しみを持っている人が触れれば、持ち主はその人になってしまいますから」


「その時にはもう、私の手元にはないと考えていいんだな?」


「そうですね。逆を言えば、何をどうしてもあなたの手元には戻ってこないでしょう」


「厄介なものだ。では、早めに頼むぞ」


「かしこまりました」


真名はスケッチブックを脇に抱え、立ち上がった。


「じゃあな」


「ええ、また」


真名は店を後にした。


しかし外に出てすぐに立ち止まり、


「…どうしろって言うんだ。このスケッチブック」


スケッチブックを見て、再びため息をついた。




翌朝。


実花の事件のことで、少し休みがちだったので、今日は学校へ行くことにした。


問題のスケッチブックを持って。


念のため、黒のビニール袋に入れて、チャック付の手提げバッグに入れるという、二重の封印をした。


「…頼むから、誰も触ってくれるなよ」


祈る気持ちでバッグを持ち、家を出た。


学校の友達は実花のことを知る人はいない。


だが休んでいた理由は葬儀としていた為、心配顔で迎えられた。


「真名! 大丈夫?」


「もう出てきて平気なの? 具合悪くなったら言ってね?」


「うん、ありがと。もう大丈夫だから」


苦笑を浮かべながら席に着く。


「あっ、もう戻ってきたんだ。オバアサン」


ぴたっと、真名の動きが止まった。


同じく、クラスの空気も凍りつく。


「…おや、新顔か?」


「誰がよ! 少し会わないうちに、ボケたの?」


「生憎と邪魔な記憶は残さない主義なんだ。で、何の用? 伊和未」


「覚えているんじゃない!」


ギャル風の格好をしている伊和未は、真名を毛嫌いしていた。


周囲に流されず、それでいてはみ出ない真名に、何かとつっかかる。


「頭の中身はお前より良いからな。それより何だと聞いている?」


「ふんっ。このまま来なきゃ良かったのに」


「残念だったな。お前と違って、真面目に学校に通うタイプなんだ」


「いちいちムカつくわね!」


「お前がつっかかってこなければ、私も言葉を交わさない。面倒だからな」


真っ直ぐに見つめる真名の眼の迫力にびびったのか、伊和未の表情が少し揺らぐ。


「聞いていると思うが、私は葬式疲れが出ているんだ。いつものように、余裕を持ってお前の相手はできない。本気で相手してほしいのか?」


「…ちっ! 行くわよ」


お取り巻きを連れて、伊和未は教室を出て行った。


途端に教室の空気も軽くなる。


「真名、出てきた途端、イヤなヤツに声かけられたわね」


「アイツ、真名を眼の敵にしてるから」


「何が不満なのか知ったことじゃないが、うっとおしいな」


不機嫌な顔で言い捨てた真名だが、視線を感じて、その方向を見る。


教室の入り口に、一人の大人しそうな女の子がこっちを見ていた。


だが真名が視線を向けると、すぐに行ってしまった。


「…何だ?」


童顔で可愛いコだった。


しかし、伊和未みたいなタイプには眼を付けられそうなタイプでもあった。


真名は背伸びをし、意識を学校へ向けた。


「さて、今日も一日頑張るか」


今日の授業内容は国語、物理、数学、日本史、そしてお昼。


むしゃくしゃしていた真名は、購買部で焼きソバパンとシーチキンと昆布のおにぎりを買って食べ、ミカン・グレープ・青汁の紙パックジュースを一気に飲んで、周囲をドン引きさせた。


午後からは体育に音楽と、移動教室が続く。この時間割の為、音楽の授業は体操着着用可になっている。


移動時間が短い為、特別に許されているのだ。


何せ体育館から五階にある音楽室まで移動するので、トイレに行く時間もない。


なので体育の授業の時にはすでに、音楽の教科書・ノート、文房具を持って移動する。


さすがにスケッチブックは持ち歩くには目立つので、教室に置いていた。


机の脇にかけていたが、多分大丈夫だろうと真名は思っていた。


無事に全ての授業を終え、真名はカバンとバッグを持って帰り道を歩いていた。


しかし予想もしていなかった人物に、声をかけられる。


「こんにちは。今お帰りですか?」


「っ!」


びっくりして振り返ると、魅弦がいた。


「お前…あの店から出れるのか?」


「別にあの店に囚われているワケではありませんから。それより良い知らせです。例の物を無効化する物を手に入れましたよ」


そう言って長方形の箱を見せてきた。


茶色の装飾がされた美しい箱は、大きさとしては筆箱ぐらいだ。


「…随分早かったな」


「知り合いに連絡してみましたら、ちょうど入手していたんですよ。コレもご縁ですかね」


箱を見ながらシミジミと呟く魅弦を見て、真名ははじめて会った時のことを思い出した。


「そう言えばお前、はじめて会った時に、次に来店する時は私が何かを買うと言っていたな」


「ええ。でも過信していましたね。まさか当店には置いていなかった物だとは思わなかったので」


「どちらにせよ、お前の店を通すんだから同じことだろう。それより、早速使うか」


「では俺の店にいらしてください」


「それもそうだな。また美味い茶と菓子を出してくれ」


「喜んで」


二人は並んで歩き出した。


「美味しいようかんを用意しましたよ」


「ようかん! なら、楽しみだ」


浮き立つ心を隠さず思わず笑顔になるも、改めてスケッチブックを取り出したところで、表情は曇った。


それは魅弦も同じだった。


「コレ…違うスケッチブックか!」


外見は同じだが、中は真っ白だった。


「そう、みたいですね。あのスケッチブックにあった憎しみが全く感じられません」


さすがに魅弦も驚きを隠せず、困惑している。


「くっ…! いつすり替えられたんだ?」


スケッチブックを床に叩き付け、真名は思い出す。


「…やられたとしたら、午後からだな。午前中は移動がほとんどなかったし、教室にはクラスメイト達が誰かしらいた。午後は移動授業が重なっていたから…。しかし何だって私があのスケッチブックを持っていることを知られたんだ?」


「う~ん…。考えられるとしたら、亡くなられたお友達ですかね」


「実花のことか? だけどあのコはそんなに交友関係は広くない。それに簡単に心を開くコでもなかったしな…」


しかし親友で幼馴染の真名が、実花の全てを知っているというワケでもない。


「生前、誰かにスケッチブックのことを話していたのかもしれませんね。そしてあなたのことも」


「…だとすれば、説明がつくな。実花と私の関係を知っていて、そして私がいつもは持たない物を持っていたならば、な」


「思い当たる人物はいませんか?」


「地元からはいないな。しかし…」


実花は絵の関係で、そっちの交友関係を築いていた。


真名が知らないなら、そっち方面だろう。


「美術関係か…。しかしウチの学校の誰が…」


と呟いたところで、今朝の女の子のことを思い出した。


伊和未との騒動があった後、自分を見ていた女の子。


実花と同じく、大人しそうな雰囲気があり、そしてイジメられるタイプに見えたあのコ。


「まさか…あのコが?」


「思い当たりました?」


「一人…。今朝、私を見ていた女の子がいた。私は知らないが、向こうは知っていたかもしれない」


もしかしたら、真名がスケッチブックを持ってきたのかもしれないと、教室まで見に来たのかもしれない。


そう考えると、全てのつじつまが合ってしまう。


「学校へ行ってみましょう。まだ絵が完成していないなら、止められます」


「そうだな」


真名と魅弦は立ち上がった。


学校までは歩いて二十分、しかし二人は走って八分で到着した。


「美術室は一階にある!」


「間に合えばいいんですけどね」


午後になってすぐに盗まれたのならば、絵は完成してもおかしくない。


だが今はまだ、誰かが死んだという話は聞こえてきていない。


己の失態を悔やみながら、真名は校舎の奥にある美術室に向かった。


扉を開けると、あの女の子が一人、座っていた。


逆光でよく見えないが、イーゼルにスケッチブックを置いて、絵筆で何か描いている。


次第に眼が慣れてきた。


描かれているのは、夕日の赤に負けないぐらい、赤い色に満ちた絵だった。


「っ!」


ふらつくも魅弦に支えられ、何とか立ち直る。


女の子が描いていたのは、真っ赤な地面に倒れる一人の女子生徒の姿だった。


何が起こったか分からないまま、息を引き取ったような顔をして倒れているのは…。


「伊和未…」


今朝、言い合った伊和未の姿だった。


思わず駆け寄り、女の子の腕を掴んだ。


「やめろ! 自分が何をしているのか、分かっているのか!」


「いやっ! 放して!」


暴れる女の子の手から、絵筆を取り上げる。


「お前が私からスケッチブックを盗んだ犯人か。…実花の友達だったのか?」


「実花ちゃんとは…中学の時に知り合ったの。きっかけは絵のコンクール大会で、はじめて顔を合わせたの」


女の子は俯きながら、語り出した。


「お互い、絵を描くことは好きだった。だからメル友になったの。高校は同じ所に行こうねって言ってた。だけど…!」


女の子の肩が、ぶるぶる震え出した。


「コイツのせいでっ、あたしは行けなかった!」


涙を浮かべながらも、それでも憎しみを込めた眼でスケッチブックに描かれた伊和未を睨んだ。


「コイツがっ、高校入試に必要だったあたしの絵をカッターで切り裂いたからっ! だからあたしはっ…!」


実花と同じ高校へは行けなかったのか。


「コイツのせいでっ! あの絵が無事だったらきっと、実花ちゃんも死なずに済んだのに!」


スケッチブックをイーゼルごと掴み、ガタガタと揺らす。


「…スケッチブックのことも、メールで聞いたのか?」


真名が静かに尋ねると、ぴたっと動きが止まった。


「実花ちゃんが悩んでいたのは知ってた…。そして噂のスケッチブックを手に入れて、使ったのも…」


「私のことも、メールで知ったんだな?」


「…ええ。あなたのことは実花ちゃんから聞いていたし、それに…目立つ人だから」


ふき出した魅弦を睨み付け、真名は絵を見た。


「まだその絵は完成していないな?」


「…いえ、今から完成するわ」


「させない、と言ったら?」


女の子は涙を流しながらも、恐ろしい形相で睨んできた。


しかし真名は正面からその視線を受け止める。


「私は実花から頼まれているんだ。自分と同じような人間を増やさないように、そのスケッチブックを処分してほしいと」


「実花ちゃんが…。ならせめて、あたしが描き終えるまで待って! 後は赤を塗れば終わりになるの! あなただって、コイツのことキライでしょう?」


…確かに。


伊和未が女の子の絵を切り裂くことなんかしなければ、実花は今も生きていたかもしれない。


だけど…!


「…キライだが、ムリだな。そのスケッチブックの最後の使用者は実花だ!」


「っ!」


女の子は唇を噛み、制服のポケットからカッターナイフを取り出した。


「まさかっ…!」


駆け寄ろうとした真名だが、遅かった。


すぐに刃を出し、自分の首に当て、女の子は引いた。


 バッ!

 

スケッチブックに、女の子の血が飛び散った。


「なっ!」


女の子の体が、ゆっくりと床に倒れた。


真名はポケットからハンカチを取り出し、女の子の元へ行った。


そして傷口にハンカチを当てるも、血は止まらず、床にポタポタと落ちていく。


「くそっ…! 救急車をっ」


 どすんっ!


「えっ…?」


「ああ…。完成してしまったんですね。その絵」


真名は立ち上がり、窓に近寄った。


窓の外には…伊和未の死体があった。


「場所はどうやらここだったらしいですね」


おびただしいほどの血の量が、地面に広がっていく。


絵のように、赤く染まっていく。


「うぐっ…!」


中と外の血の色と量に、吐き気がこみ上げてきた。


むせ返るような血の匂い…!


視界がグルグルと回る。


「しっかりしてください。―真名さん」


魅弦に名を呼ばれ、


 どくんっ!


心臓が高鳴った。


「がはっ…!」


思わず咳き込むも、しかし視界がクリアになり、呼吸も落ち着いてきた。


血の匂いはまだ鼻につくものの、冷静さを取り戻しつつあった。


「ぜぇぜぇ…。すっすまない」


「いいえ。立てますか?」


「何とか…」


魅弦に支えてもらいながら、立ち上がった。


「真名さん」


魅弦は例の箱を取り出した。


「ああ、分かっている」


真名は箱を受け取り、開けた。


中には一本の真っ白な筆が入っていた。


筆を取り、スケッチブックに近付く。


血の色に染まったスケッチブックの前に座り、筆を絵に当てる。


スッと筆を走らせると、絵が消えた。真っ白になる。


続いて筆を動かすと、絵は消えてゆく。


「一度描かれたものについては、もうどうしようもできません。しかしその筆の上から何かを描くことはできません。―二度と、ね」


後ろで魅弦が笑っている気配がした。


けれど真名は何も言わず、手を動かし続けた。


やがて伊和未の絵は消え、ページは真っ白になった。


女の子が描いた絵だけではなく、女の子の血の跡も全てが消えた。


「…とりあえず、ここではコレを消せればいい。人が集まってくる前に、店に移動しよう」


「そうですね」


真名はスケッチブックを閉じて、席を立った。



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