4―闇からの脱出法―
実花の葬式を終えた後、真名はスケッチブックを脇に抱え、山の土道を登っていた。
目指すは骨董屋だ。
上に行くにつれ、人と会うことがなくなってきた。
真名は今度は気付いた。
けれど今から行く場所が場所なだけだと、思い直す。
骨董屋に入る前に、大きく息を吸い、吐いた。
そして引き戸を開ける。
ちりんちりーん
「っ!」
前回よりも強く、鈴の音が頭の中に響いた。
「いらっしゃい。前回からあまり時間が経っていないのに、再び来ていただけて嬉しいですよ」
「嫌味は結構だ! それより見てもらいたい物がある」
真名は魅弦に例のスケッチブックを見せた。
「このスケッチブック、処分する方法を知っているか?」
「おや、珍しい物をお持ちで。少々拝見」
差し出されたスケッチブックを受け取り、魅弦はページを捲った。
「ほお。珍品中の珍品ですね。コレの処分をお望みで?」
「ああ、この世から消してほしい」
強く言い放つ真名を正面から見つめ、魅弦は笑みを浮かべたまま首を傾げた。
「何か事情がおありのようで。よければ話してくれませんか?」
「…話せば処分してくれるのか?」
「内容にもよりますが」
あくまでも笑みを浮かべ続ける魅弦を、真名は力の限り睨み付けた。
「お前…キツネかタヌキなのか?」
「内情をよく知らなければ、着手しない主義なだけです」
「チッ!」
忌々しく舌打ちする真名の態度を了承と受け取り、店の奥を手で示す。
「では奥へどうぞ」
魅弦に案内され、通された店の奥は広い和室だった。
座布団に座り、少し待つように言われた。
真名はテーブルに置かれたスケッチブックを取り、ページをパラパラと捲った。
いろいろな人間が描いたのだろう。
たくさんの絵が描かれてあった。…死体の絵が。
そして今は最後のページに、実花の絵が…。
「…こんな絵を遺作にするなんて…おバカめ」
声に出すと、気持ちと共に涙が溢れる。
「お待たせしまし…」
戻って来た魅弦の方を見た時、思わず涙がこぼれてしまった。
そしてその瞬間を、見られてしまった。
「あっ、気にしないでくれ」
そう言いながら手で頬を擦った。
「えっええ」
珍しく動揺しながら、部屋に入った。
「粗茶ですが」
「お茶うけは大福か」
「はい。お好きでした?」
「甘いもんは基本的に好きだ」
皿に付いてきた楊枝を使わず、真名は手掴みで大福を一口で食べた。
口の周りを粉まみれにしながら咀嚼し、飲み込む。
満足顔で粗茶をすすり、ため息をついた。
「美味いな、この大福。怪しげな商売は金回りが良いと言うが、本当らしいな」
「言うことはそれですか…。全くもって、あなたは女子高校生らしくないですね」
さすがの魅弦も苦笑しながら、白いハンカチで真名の口元を拭いた。
「ん~」
されるがままになっていた真名だが、拭き終わると笑顔を浮かべた。
「ありがとな」
「不思議な人ですね。大人なようで子供の一面を持つ。学校ではおモテになるのでは?」
「生憎と恋愛には興味ない。骨董品を見てたり、美味い菓子や飲み物を食していた方が心が落ち着く」
真顔になり再び茶を一口飲み、深く息を吐いた。
「…緊張が取れたようですね」
「まあ…な。それじゃあ、手付金として、語ろうか。このスケッチブックのことを」
「ぜひお願いします」
そして真名は語って聞かせた。
まず、学校の友達から聞いたスケッチブックの都市伝説のこと。
そして親友で幼馴染の実花が実物を手にし、自ら命を絶ったことを…。
最期の願いとして、このスケッチブックの処分を任されたことを、細かく説明した。
「…そうでしたが。ご愁傷さまです」
静かな表情で頭を下げる魅弦に対し、真名は目礼で応えた。
「全ては済んだことだ。問題はコイツだ」
忌々しげに見つめる先は、例のスケッチブック。
「まさか実在しているなんて思わなかった。しかし存在しているのならば、消すことは可能だろう?」
険しい視線を、今度は魅弦に向ける。
「そうですねぇ。…正直、勿体無いと思いますけどね」
「生憎と私には必要の無い物だ。いくら親友から譲り受けた物とは言え、使う気にはなれん」
「そうですか。でもこのスケッチブック、あなたを主と思っていますよ?」
「…はあ?」
魅弦はスケッチブックに手を置き、軽く目を伏せた。
「はじめてこのスケッチブックに触れた時、強い憎しみを抱いていませんでしたか?」
「…抱いていたとも。コイツをこの世から消し去るという思いを」
「そのせいと言うかおかげと言うか。あなたの憎しみに反応して、すっかり主をあなただと思っているみたいです」
「じゃあ…何か。実花が手紙に書いた通り、焼こうが水に付けようが破ろうが捨てようが」
「ええ、あなたの元に、元の姿で戻ってきます」
「げっ」
心底イヤ~な顔をして後ずさる真名だが、ふと考えてみる。
「…なら私が使わなければ、このスケッチブックはその力を発揮することはないな?」
「そうですね。しかしあなたよりも強い恨みの心を持つ者が現れれば、持ち主はそちらへ移ります」
「随分移り気な物だな」
「そういうふうに作られているんですよ。そして憎しみの念を吸い込み、その力を発揮するんです」
「しかし…」
真名は実花の手紙の内容を思い出した。
「持ち主だけの憎しみを吸い取るわけじゃないんだろう?」
「お察しの通り」
魅弦は何故か嬉しそうに頷いた。
「この物は描かれた人物の憎しみをも吸い込むんです。その念の形を、霊と呼ぶ人もいるみたいですけどね」
「それじゃあ…このスケッチブックの本当のあり方はこうか?」
真名は顔をしかめながら、頭を働かせた。
スケッチブックの持ち主となれるのは、強い憎しみの心を持つ人間のみ。
スケッチブックに憎い相手の死体を描けば、その相手は描いた通りに亡くなる。
描く時には赤い色を使わなければならない。
しかし描いた相手が亡くなった後、殺された憎しみをスケッチブックは吸い取る。
持ち主はそれを見ることができてしまう。
やがて持ち主は精神的に耐え切れなくなり、自ら命を絶つ絵を、このスケッチブックに描き、亡くなってしまう。
「…と言うことか?」
「ご名答! 素晴らしいですね」
魅弦は感心した表情で、パチパチと手を叩く。
…軽くバカにされている感じもしなくもないが、説明疲れで真名は目で睨むだけにしといた。
「で、追加としては、元の持ち主よりも強い憎しみを持つ者が新たな持ち主となる…か。だが未使用・使用に関わらずか?」
「う~ん、どうなんでしょうね? 使った方は亡くなっていますから、そこはよく分かりませんね」
「例外なく、か。まあ自分が描いた絵のせいで、人が本当に死ねば、正気でいられないだろう」
「あなたはいられそうですね」
「なら試してみるか? モデルはお前で」
「それは謹んで遠慮します」
本気で土下座をする魅弦の姿を見て、真名は鼻を鳴らした。
「はっ。お前に憑かれるなんてイヤだからな。こっちから願い下げだ」
「ああ、それは良いかもですね。四六時中、あなたと一緒にいられるなら」
「キモいわっ!」