1―始まり―
「…って、そのまんまじゃん。内容に対して、呼び名軽いわ」
「あっアタシ達に言わないでよ! そういうふうにみんな呼んでいるんだからさ!」
「そうよ。都市伝説の一つなんだから」
「はいはい」
興味の無さそうに返事をしながら、神代真名は二つ目のジュースを手にした。
「…しっかし真名、紙パックのジュース、好きねぇ」
「今日で何個目よ?」
「まだ二個目。さすがにカロリー考えてるから、一日に三個までにしてる」
「それでも飲みすぎ~。太るよ?」
「その分、運動している。それに飲んでいるのはスポーツ系・果実系・野菜系の三種類だから栄養はバッチリ」
「何かそれ、間違っていない?」
友人達が苦笑する中、真名は素知らぬ顔でピーチジュースをすすった。
しかしふと、ストローから口を離し、疑問を出す。
「…でもさぁ、さっきの話だけど」
「スケッチブックの話? 何か気になることでもあった?」
「うん。持ち主も必ず死ぬってところ。手にした人は、それを分かってて使うのかな?」
すると友人二人は互いに顔を見合わせ、首を傾げた。
「さぁ…。そこまでは分かんない」
「でもさ、そうしてまで殺したい相手がいるんなら、使うんじゃないかな?」
「破滅の道に引きずり込むってか? おっかないねぇ、人の思いは」
ぐふっとゲップをしながら、真名は遠い目をした。
「…真名はそういうの、無さそうだよね」
「逆に絵にも描かれないでしょうね。…この性格だもの」
「どういう意味じゃ!」
平凡ながらも平和な毎日。
高校生活を楽しんでいるようなシーンが、この教室の中ではあった。
その心の中は知れないが…。
この教室の中にいるのは、どこにでもいるような高校生ばかり。
しかし一人だけ、どこか変わった雰囲気を持つ女子生徒がいた。
それが神代真名、十七歳だった。
漆黒の髪は肩の辺りで切りそろえ、メガネをかけている。
学校指定の赤を基調とした女子用のブレザー制服をちゃんと着こなし、一見は真面目な女子生徒。
しかし口を開き、出る言葉の数々はとても女子高校生とは思えないほど年寄りくさい。
というより、何かを悟っているような口調が多い。
だからなのか、真名は人に強く憎まれるタイプではなかった。
しかしそれは逆に、深く愛されること・思われていることがないとも言える。
…が、基本的に面倒な人付き合いを苦手としている為、本人にとってはどーでも良いことだった。
学校帰り、友人達とカラオケに寄った後、家の近所をブラブラと散歩するのが真名の日課だった。
この街には中学に上がった頃に引っ越してきた。
元々マンション暮らしだったが、父親がここに一軒家を建てた。
…までは良かった。
しかし真名が高校に上がる頃、父にアメリカへの海外転勤の話が持ち上がってしまった。
心配する両親を海外にやり、真名一人だけが一軒家に住むことになった。
静かな住宅街の中、夕日を見ながら散歩するのが真名は気に入っていた。
そして自由気ままな一人暮らしも。
この街は道が多く、いつも違った道を歩くのが楽しかった。
「今日は山の上に入ってみるかな」
山の上にも家は建っている。
土道を登り、ひたすらに歩き続ける。
すれ違う人がほとんどいないが、真名は気にせず歩き続ける。
やがて、一軒の店の前で立ち止まった。
『骨董屋 闇夜想』
「…骨董屋の名前にしては、随分暗い名前だな」
古い木に大きな黒字で書かれた店の名前に、思わず真名の顔が複雑に歪む。
しかしガラス窓越しに中を見ると、ちょっと好奇心を引かれる。
父方の祖父が骨董好きで、幼い頃からこういう店によく連れてきてもらった。
だからか真名は、骨董に少々興味を持っていて、店を見て回るのが好きだった。
「…はじめての所だし、見てみたいな」
結局好奇心には勝てず、店の扉に手をかけた。
引き戸を開けると、
ちりんちりーん
戸に付けられていた鈴の音が、店内に鳴り響いた。
決して不愉快ではないけれど、どこか耳が痛くなる。
「いらっしゃい。…おや、珍しい。女子高校生のお客さんですか」
中から出てきたのは、和服を着たおじいさん…ではなく、私服姿の美しい青年だった。
見た目からすると、成人は迎えているだろう。
黒髪は少し長く、切れ長の黒い眼は力強い光を宿している。
普通の女子高校生ならば、一瞬にして恋に落ちそうなほど甘い笑みを浮かべている。
だが相手は真名。
青年が出す雰囲気に、得体の知れない不気味さを感じ取っていた。
それは下手をすれば、自身を危険にさらすほどの不気味さ。
その正体はきっとアレだろうと、真名は思い当たった。
「胡散臭い雰囲気」
「考えが口からもれていますよ?」
「ああ、失敬」
真名は肩を竦めて見せた。
「あなたはこの店の店主?」
「ええ。魅弦と申します」
「女みたいな名前だな」
「この店の店主として、相応しい美しい名前でしょう?」
「………」
「…え~、ツッコミは無しですか?」
「ほぉ。今のはボケだったか」
「ええ、まあ…。若い女性のお客さんは、ウケてくれるものなんですけどね」
「生憎と私は見た目は若くとも、精神的に老けている。そういうのは期待しないでもらいたい」
「そうですか。それは失礼しました」
恭しく頭を下げるも、白々しさは隠せない。
真名は軽く眉をひそめると、店内を見て回りだした。
「この店はできて長いのか?」
「大正時代から存在しています」
「…長いな」
そのわりには店内は綺麗で、建物もしっかりしている。
置かれている骨董品は、歴史を感じる物から、近年の物と思われる物までいろいろだ。
それらが違和感なく、店内にそろっている。
「古くからあるようだが、店名は変えたのか?」
「いいえ、創立当時から変わっていません」
「変えることをオススメする。あまり良い名とは思えないが?」
「そうですか? 気に入っているんですけどね」
「ちなみに何て読むんだ?」
「あんやそう、です。闇の夜を想うと書いて、そう読みます」
「何を思って名付けられたんだが…」
「それはウチの商品のイメージにピッタリだから、ですよ」
そう言われて、真名は周囲の商品を見回した。
「古い…という意味か?」
「まあそんなものです」
「ふぅん」
店内には真名と魅弦の二人しかない。
真名が骨董品を見て回る姿を、魅弦は笑顔で見ている。
見られていることを分かりつつ、真名は骨董品を見て回った。
その中で、白く小さな器が目を引いた。
真名は魅弦を見て、器を指さした。
「コレ、何に使うんだ?」
「おや、お目が高い。それは昔、中国で使われていたんですよ」
「へぇ」
「中国の貴族の女性が、美容の為に動物の生き血をその器に入れて、飲んでいたそうです」
それを聞いた真名は、すぐに器から視線を外した。
そして次に気になったのは、古そうだが美しいアンティークの指輪だ。
大きなダイヤモンドがはまった指輪。
家何件分かと計算できるほどの価値がありそうだ。
「じゃあコレは?」
「良い物に目を付けられますね。その指輪の石は、『呪いのダイヤモンド』と申しまして…」
「もういい」
青い顔で説明を遮り、何かまっとうな物はないかと探した。
さっきの二つは見た目にも古そうだった。
ならば新しい物であれば、大丈夫かもしれない。
そう思い、今度は腕時計を指さし、魅弦を見た。
何も言わずとも気付いたらしく、説明を始めた。
「ああ、それは特注の腕時計です。世界に一つしかないんですよ」
「そうなのか?」
「ええ、何せオーダーメイドですから。作られたのは日本でして、その腕時計一本を残し、お店が火事で全焼…」
「だーっ! この店にはそういういわく付きの代物しかないのか!」
「はい、そうです」
「…え?」
魅弦は笑顔で肯定した。
「この店には、そういういわく付きの商品しか置いていません」
きっぱりと言われ、真名の足は出口に向かった。
「邪魔したな」
「おや、お気に召しませんでした?」
「そういう趣味はない。ついでに言うと、買う金も無い」
「それは残念。ですがお客さんはまたここへ来ますよ」
確信に満ちた言葉に、思わず足が止まる。
「ここへ来て、俺と話をしました。つまり縁ができたということ。宣言しましょう。あなたはもう一度、この店へ来ます。その時こそ、何かを買われていくのでしょう」
「…呪い、か?」
「いえ、俺の一方的な願望ですよ」
真名は振り向かずとも、魅弦がぞっとするような妖艶な笑みを浮かべていることに気付いた。
「ではその時の為に、小遣いを貯めておくことにしよう」
「それは嬉しいことで。…ああ、お客さんのお名前を聞いても?」
真名はグッと歯を噛み、振り返った。
「真名だ。神代真名」
「良きお名前で。しかし…皮肉なお名前でもありますね」
一瞬顔を歪めた真名だが、すぐに苦笑する。
「そうだな。私もそう思う。―ではな」
「はい、また」
そして今度こそ、店を出た。
外に出た真名は、改めて店を仰ぎ見た。
真っ赤な夕日に照らされ、店は不気味な影を生み出していた。
その影から逃げるように、真名は駆け出した。