インフルエンザは家にいろ
あ~! 心がぴょんぴょんするんじゃ~!
スキップもどきの軽いぴょんぴょんとした足取りでタマのサークルスペースに戻る。
鼻歌まで出てしまい、端から見たら完全に怪しい奴である。
しかしそれもしょうがない。
なんと、このTシャツとかいう白い服の背中に、大きくディアンナを描いてもらったのだ。勿論、排泄物糞太郎先生にだ!
しかもアレインさん江と名前入りだぞ!
描いてもらってから、この服はタマに借りているものだと思い出したが、もう絶対に返さない。これは俺のものだ。
「Tシャツぐらいなら普通にあげるけど」
「本当か! かたじけない! これでいつもディアンナと一緒なのだな!」
「見事に狂ったね……こんなに早く堕ちるとは思わなかったよ。っと、もうすぐ開場だ。一度軽く説明しておくよ」
タマから売り子の仕事の説明を受ける。なんとかなりそうだな。こっちの世界の金など見たことはないが、丁寧に紙幣も硬貨も数字がわかりやすく書いてある。すぐに覚えられた。
「あの、タマ殿。こんな事を言っても信じられないかもしれないが」
「何?」
「俺は今日、異世界からこの会場にやって来たのだ。『おまひろ』そっくりな世界から」
ここに来るまでの経緯を話した。
『おまひろ』のレインと同じように冒険者をやっていて、黄金の地下迷宮の最深部で恋人のアンナに裏切られ、死ぬかと思ったが黄金水晶の力でここにやって来たのだと。
タマは途中で否定することなく、黙って最後まで俺の話を聞いてくれた。
「そっか。アレインさんは本物の魔導士レインなんだ」
あっさりと、タマは信じた。
「おいおい、そんな簡単に信じてくれるのか?」
「『おまひろ』の薄い本をあんなにも気に入ってくれる人が悪い人だとは思えないし、それにこのマントの事もあるしね」
「――! 使ったのかそのマントを!」
Tシャツと交換でタマに渡したマント。あれもSランクの装備品である。
「レインと言えば隠者のマントだからね。よく出来てるなあと思って羽織ってみたら驚いたよ。誰も僕に気付かなくなっちゃったんだから。トイレに並んでいたのに、みんな僕を無視して抜かして行っちゃうんだもん」
隠者のマントは装備すると他者から認識されなくなる。魔力を流すことでオンオフを切り替えられるが、魔力を通さないとずっとオンの状態になる。
「ひょっとしてさ、その黒龍のローブと賢者の腕輪も本物なのかい? 当然、魔法も使えるんだよね?」
魔力は少しだが回復しつつある。氷結魔法を構築し、指をパチンと鳴らして発動させる。
冷気が立ち込め、一瞬で周囲の温度が下がった。
「涼しい! 今の『アイスフロスト』だろう? すごいや、本当に魔法が使えるだなんて! じゃあさ、マンガにあった冒険も実際にあった事なのかな? 海底神殿とか空中庭園とか」
「ああ、海底神殿も空中庭園もアンナと一緒に踏破した」
「本当? 詳しく聞かせてよ! って、もう開場の時間だね。そうだ、終わったら打ち上げに行こう。焼肉おごるからさ、そこで色々聞かせてよ」
目を爛々と輝かせ、タマはひどく興奮していた。
「タマ殿、その、俺が怖くないのか? どう見ても不審だろう?」
「え? 何で? だって天変のレインが目の前にいるんだよ? 最高じゃないか」
ふっ、この狂信者め。
「確かに、マンガやアニメと似すぎているのはひっかかかるけどね」
そう、俺の世界は『おまひろ』とあまりに同じなのだ。
原作のマンガを一巻だけ読ませて貰ったが、冒頭の俺とアンナが出会うシーンも全く同じだった。
とある街の貴族のバカ息子の、目に余る我が儘にムカついた俺は、ついそのバカ息子をぶん殴ってしまった。すぐに兵士に捕まりボコボコにされ、身ぐるみを剥がされ、全裸でスラム街に捨てられてしまった。
そこをアンナに拾われたのである。
あの時の俺を見るアンナの表情も上手く描かれていた。汚物でも見るような不快感を露にした冷やかな眼差し。いかんいかん、思い出すとゾクゾクしてしまう。
まるでどこからか俺を見ていて、そのままマンガにしているかのようだ。
「あー! アレインさんが今現在ここにいるって事は、SNSで募集したレイヤーさんはずっと外で僕を待ってるって事?」
タマはヤバいヤバいと呟きながら、スマホと呼ぶ機械の板をいじりだした。
こちらの世界は魔法がない代わりに機械の進歩が凄まじい。電波がどうのとか説明されたが全く理解出来なかった。
ん? 会場にいるほとんどが魔法使い、というのは俺の勘違いだった。しかし、先程誰かが魔法を使った形跡というか、微かな魔力の流れを感じたのだが……気のせいだろうか。
「彼、熱が出ちゃって今日は来れないってメールが来てたよ。良かった、って熱が出たのは良くないんだけど、外でほったからしにしてなくて良かった。ま、これも縁って事で。アレインさん、改めて今日はよろしくね」
「ああ、こちらこそよろしく頼む」
再度、俺とタマは強く握手を交わす。
そしてアナウンスが開場の合図を告げ、鳴り響く拍手の音と共に、コミケの幕が上がった。
【今回の教訓】
同じ職場の後輩(T@MAのモデル)が、コミケではないが大規模な同人イベントに行って、そこでインフルエンザを拾ってきてしまい、職場の皆に感染しまくり会社が機能しなくなる寸前までいったことがある。
私はうつらなかった側。
出社したら二人しかいなくて一週間デスマーチだった。
絶許。
気持ちはわかる。どうしても行きたい気持ちはわかる。でもどうか、熱があるときは外に出ないでくれ。
あれだけの人が密集する。確実に感染る。
コミケのスタッフも言っていた。
「本よりも命が大事でーす!」