美人エロ作家もたまにいる
熱い。熱すぎる。
マンガとは何と熱い物だろうか。
絵にフキダシというものを使って台詞を書き込んでいく。
たったそれだけの事なんだが、大発明だ。革命的だ。
そりゃあ狂うはずだ。日頃から魔法戦で精神攻撃に慣れている俺でさえ一瞬でやられてしまったのだ。俺の世界に持ち込んだらたちまちに人々の心を乱すだろう。
ん? 俺は元の世界に帰るつもりなのか?
俺を殺そうとしたアンナがいるあの世界に?
嘘であってほしい。
何かの間違いであってほしい。
何故なら、今も愛している。アンナを愛している。
刃を向けられても尚、俺はアンナを愛しているのだ。
最近はラヴィがアンナにべったりだから一緒に寝る機会も減ったが、別に愛情が冷めた訳ではない。
アンナとの付き合いは長い。トムエ火山の時も、空中庭園の時も、海底神殿の時も、文字通り背中合わせで死線を共にくぐり抜けてきたのだ。アンナがいなかったらとっくに俺は魔物のエサになっていただろう。
これからもずっと共に生きていけるのだと思っていた。
黄金迷宮を踏破したら、結婚を申し込むつもりだったんだ。
それが何であんなことになってしまったんだ。
まだ信じられない。受け入れられない。
おっと。考え事をしていたら迷ってしまったな。
この配置マップという奴が非常にわかりづらい。タマがここだよ、と排泄物糞太郎先生のパーティーをペンで囲ってくれたが、目的地どころか今自分がどこにいるのかがわからないのだ。
「迷ったんですか? 私で良ければ案内しましょうか?」
キョロキョロと挙動不審にしていると、一人の女性が声を掛けてくれた。
「あ、ありがたい。すまないがここへ行きたいのだが……ラヴィ?」
その女性はラヴィそっくりだった。帽子を深く被り、眼鏡をかけて目立たないようにしていて、髪だってラヴィの様に青ではなく黒いが、あの美少女シーフと見間違えるほどに可愛らしかった。ラヴィを少し大人っぽくした感じだ。
「ラヴィーン? 『おまひろ』の?」
『おまひろ』とは、『おっさん魔導士、女騎士に拾われる』のファンの間で呼ばれている略称らしい。最近は長ったらしい説明口調のタイトルが流行りらしく、どれも略すのが普通のようだ。
「あ、いや、何でもない。申し訳ないが案内を頼めるだろうか? このサークル、『肥溜め』に行きたいのだ」
ラヴィがこんな所にいるわけがない。時間もないし、深くは説明せず案内を頼んだ。
「肥溜めならわかりますよ。ついてきてください」
「かたじけない」
女性の後について歩き出す。
しかしすごい名前だな。排泄物糞太郎に肥溜めなんて。この女性も恥ずかしげもなく肥溜めなどと言い放てるのだから、なるほど狂信者の集まりである。
「コミケは初めてですか?」
「ああ、圧倒されっぱなしだ」
俺の答えに、ラヴィによく似た女性はクスリと笑った。
「フフフッ、初めてならびっくりする事ばかりでしょうね。でも開場したらこんなものじゃないですよ。身動き出来ないほど人で溢れますから」
先程の外で待っていた連中が全て中に入ってくるのだからな。とんでもない事になるだろう。
「貴殿は慣れているのだな。よくこの机の迷路をすいすいと歩けるものだ」
「んー、確かに毎回来ていますが、私も感覚で歩けている訳ではありませんよ。ほら、各机にサークル配置のコードを貼ってくれているでしょう? あれとマップを照らし合わせながら自分がどこにいるか把握するんですよ」
なるほど、貼っていない机もあるが、大体のサークルの机に配置コードが目立つように貼り出してある。
俺のパーティーではマップ管理や探索はラヴィの仕事だった。こうして彼女の後ろをついていると、本当にラヴィの様に見えてくる。
「はい。Eー32a。ここですよサークル『肥溜め』」
『肥溜め』に着いたが、生憎誰もいない。
「む。誰もいないようだ。出直すとしよう。排泄物糞太郎先生にお会いしたかったのだが……」
「排泄物糞太郎は私ですけど?」
なんと! この可愛らしい女性が排泄物糞太郎先生だと言うのか!
確かにあのディアンナの表情は女性でなければ描けないかもしれない。いや、それよりもこの思いを伝えなければ!
「これは失礼しました排泄物糞太郎先生! 自分は先生の作品に大変に感銘を受けまして!」
俺は膝をつき頭を床に擦り付けたのだった。
【今回の教訓】
列整理とかをしてて明らかにヘルプの人かなあと思ったら、その人が尊敬する先生本人だった、というのはコミケ三大あるあるの一つ。
難しい事だけど、お目当てのサークルだけでなく、周辺のサークルの情報も頭に入れておくと迷う確率がグッと減るぞ!