尊み秀吉
尊い。尊すぎる。
無事に東館へと入った俺は、タマが設営とやらをしている間に彼の描いた本や、彼の知り合いが置いていった本を読ませて貰っていた。
『おっさん魔導士、女騎士に拾われる』
という作品の二次創作パーティーがこの辺りには集まっているらしい。
この作品の主人公、おっさん魔導士ことレインが俺によく似ているのだ。
タマが絵描きギルドの掲示板で売り子を募集したところ、レインの格好を真似るという男から応募があり、雇ったらしい。
入口で待ち合わせていたら俺を発見し、勘違いして連れてきたという事のようだ。
異世界に転移した時はどうなる事かと思ったが、三つ、神に感謝せねばならない。
一つ、タマと出会わせてくれた事。
タマが本来雇うはずだった男には悪いが、タマと出会わなければあの灼熱地獄で右往左往せねばいけない所だった。
雇用関係にあるとはいえ、タマは俺に気を使ってくれる。頼るものがない俺にはありがたい。
二つ、翻訳の指環を手に入れていた事。
空中庭園に眠っていた古代遺産、神の産物であるこの指環は会話だけではない。知らない文字を理解する事も出来る。
折角異世界の本を目の前にしても読めなければ意味がない。助かった。
三つ、ディアンナに出会えた事。
『おっさん魔導士、女騎士に拾われる』のヒロイン、女騎士ディアンナ。
このキャラクターが見事俺の好みにはまってしまった。
というか、アンナだ。アンナそのままだ。
俺を土壇場で裏切り殺そうした、俺の恋人アンナに瓜二つだ。
赤い長い髪にルビーのような緋い眼。スラッとした長身ながら、出るとこは出ているナイスバディ。
見た目だけではない。いつも強がってばかりでツンケンとしているのだが、芯は暖かく、母親になる事を夢見ている心優しい女性だ。そんなところまでアンナとディアンナはそっくりなのだ。
アンナだけじゃないな。俺とレインもそうだし、ディアンナを姉の様に慕う美少女シーフのラヴィーンもまるでラヴィの事だ。
ここまで似ていると、ひょっとしたら異世界から観察されているのではなんて怖くなるな。
「どうレインさん? 気にいったかい?」
「ああ、ああ! 素晴らしいな! 始めはなんていかがわしい本だ、なんて思ったが、性描写などおまけに過ぎん。ディアンナの心情が細かく描かれていて、もう、なんというか、尊い!」
心に広がっていくほんのりとした暖かさ。これを『尊い』と呼ぶのだとタマが教えてくれた。
尊い! 実に尊い!
「嬉しいなあ。生の声を聞けるのがコミケの醍醐味だけど、そんなにも誉められると照れちゃうよね」
「む? やはり面と向かって感想を言われた方が嬉しいものか?」
「そりゃあね。机に向かってずっと作業していると、自分でもこれでいいのかわかんなくなってさ。人に見せるのってすげー怖いんだよ。けど、直接、良かった! って言って貰えたらそれだけであと十年は戦えるよ」
そうか、そういうものか。
ならば、行かねばなるまい。
「タマ殿、まだ時間はあるだろうか? 是非この作者に会って感想を伝えたいのだ」
タマの知り合いが描いたという一冊の本。
『ディアンナくっ殺サイレント』
これが実に尊い。
どんな魔導書よりも価値がある。黒龍のローブと交換だと言われても、躊躇せず交換するだろう。
「ああ、排泄物糞太郎先生の。それ最高だよね。ディアンナの表情がたまらないんだ」
「そうなのだ! レインとの初めての夜を描いた話は特に素晴らしい。信じられるか? サイレントなんだぞ! 台詞が全編通して一言もないのだ! しかし、言葉など不要だ! レインのそのたくましい男の部分をその身に受け入れる覚悟を決めるシーン、そのディアンナの表情で全てがわかる! 今までレインと築いてきた信頼、二人で乗り越えてきた苦難、その全てがこのたったヒトコマの、唇を少し噛んだ表情に全て込められている! なんという技量だ! この感動、直接排泄物糞太郎先生に伝えねば俺の気がすまない!」
普段俺はこんなに喋らない。しかし、この作品への思いは止まられない、止められないのだ。
「そっか。そこまで感動したんなら行ってくるといいよ。あと十五分ぐらいあるから」
「本当か? かたじけない、恩に着る!」
タマから貰ったサークル配置マップを握りしめ、排泄物糞太郎先生のもとへと向かうのだった。
【今回の教訓】
コミケは作者と会える滅多にない機会です。
作者に会ったら是非、全力で、好きを伝えてあげてください。
同人作家は自家発電だけで生きていけるエコな生き物ですが、感想はビタミン剤です。
彼らのモチベ維持の為にお願いします。
差し入れもください。私はマカロンが大好きです。だから私にマカ(ry
更に言うと、ショートカットの女の子からの差し入れだと嬉しすぎて死にます。だから私にショートカットの女(ry