伝説のコミケ雲
【アレイン視点】
暑い。やはり暑い。
タマのスペースにいた時は魔法で周囲の温度を下げていたから良かったが、隣のホールへ入った途端にむわっとした熱気が俺の肌に襲い掛かる。
「アイスフ……何だっ?」
氷結魔法を使おうとしたが、ふと天井辺りに信じられない物を発見した。
雲だ。紛れもない雲が立ち込めていた。
「なっ? 屋内だぞ! 何故雲がっ?」
まさか天候を操る魔法か? 天候操作など熟練の魔法使いが集団で行う魔法だぞ! しかしタマの話ではこちらの世界に魔法使いはいないはずだっ!
「お兄さん、コミケ雲を見るのは初めてかい?」
口をあんぐりと開けて雲を凝視していたら、近くで出店していたサークル主が声を掛けてきた。身なりのいい壮年の男性だ。
「コミケ雲?」
「ああ。オタ汁をたっぷり含んだコミケ雲さ。ここにいるむさ苦しい連中の、文字通り汗の結晶だよ」
「ここにいる人間達の、汗?」
「雲のメカニズムを知らないのかい? 簡単に言うと、水分を多く含んだ空気が冷えると雲になるんだ。みんなの汗が水蒸気になって天井に漂う。天井付近は空調のおかげで温度が低いから、水蒸気が冷やされて雲が出来るって訳」
「ほう、その雲が更に冷えると雨になる、という事だな」
もしこのコミケ雲が雨になったなら、汗が降り注いでくるという事になる。想像したくないな。
「そうそう、物分かりがいいじゃないか」
元の世界では俺も博識で通っていたが、こちらの世界の基準では無学もいいとこだろうな。謙遜ではなく否定しておく。
「いや、無知で恥ずかしい限りだ。教えてくれてありがとう」
「私は雲が好きでね。こんな本まで出す始末だ。良かったら見てくれよ、雲の仕組みについても詳しく解説してあるから」
壮年の男性が差し出した少し厚みのある本を受け取る。
入道雲ばかりを集めた写真集だった。
写真とは実際の風景を紙や記録に残せる発明だそうだ。
ページをめくっていくと、壮大で表情豊かな雲の写真が紙面を埋め尽くしていた。
「ほう、夏らしくていいな。幼い頃を思い出す」
ゆったりとした入道雲を眺めていると、ノスタルジーを感じるのだ。少年の頃から決して変わらないものが空にはある。
「お、わかってくれるかい? 入道雲を見ると童心に帰るというか、田舎を思い出すんだよなあ」
「一冊貰おう。いくらだ?」
「五百円だ、ありがとう!」
タマから貰った小遣いで支払い、そのスペースを後にする。
漫画やアニメの本ばかりかと思ったが、こういうのもあるんだな。
よく見てみると、特にこのホールは漫画以外のものが多い。
世界各地の石について書いた物とか、ラーメンなる食べ物の美味しい店をランキング付けしたラーメンマップ本。
他にもこの世界の歴史についての考察を記した物など、多種多様で、それでいてマニアックな本が沢山あった。
漫画であっても、その趣味についてのレポート漫画や体験記がほとんどだ。
同人誌といえば、糞太郎先生の作品のような性描写の激しい作品ばかりと世間からは思われているらしいが、それは極端な一例だ。
同好の士に向けて、趣味全開の好き勝手に作った本、それが同人誌なのだ。
しかし、本当に色んなジャンルがあるな。その中でもグルメ系が若干多いか。食への探究心が強いという事は、この国が豊かな証拠だ。実に尊い事だと思う。
ゆっくりと各サークルを見ていると、『焼肉大全』という本が目に止まった。
タマが奢ってくれるという焼肉。もともとはただ肉を焼くだけのものだったが、最近では牛の肉の部位による味の違いを楽しむものらしい。
贅沢な事だ。
今まで肉なんて食えればそれで良かった。部位なんて意識した事もない。
その同人誌には各部位の特徴や焼き方の指南などが詳しく記してあった。この本も購入し、まだ見ぬ焼肉に思いを馳せたのである。
【今回のお詫び】
何も考えずにあらすじに(一日目)と書いてしまったけど、三日目が相応しいと気付きました。ごめんなさい。このお話は夏コミケ三日目です。あらすじも変更させて頂きます。
【今回の教訓】
日にち毎に東館の出店ジャンルがあらかじめ決められているぞ。
ざっくり言うと
一日目 ゲーム系
二日目 ファンコミック(非エロ)、女性向け
三日目 成人向けどエロ、マニアック系、評論系
開催毎に変わったりするから自己責任でチェックしてくれ。
サークル申込みの時には、自分の頒布物の内容で自動的に日にちが決まってしまう。ちゃんと確認しよう。
この作品に出てくるサークルをC94に当てはめると、ローリングもーみんぐは二日目、肥溜めは三日目、雲や焼肉も三日目って感じ。
また、三日目のマニアック系、評論系は本当に色んなものがある。個人的にはこの辺を適当に物色するのが大好き。
同人誌はエロや二次創作ばかりじゃ無いのだ。