好みの同人誌がない? じゃあ作ればいいじゃない
【排泄物糞太郎=高坂優里視点】
『完売しました。留守にします』
そう書いたポップを机に置いて立ち上がった。
髪の色と合わせた水色のテーブルクロスの上にはポップの他には何もない。おかげさまで用意した同人誌は完売。
読者と直にふれあえてエネルギーもチャージしたし、また明日から執筆を頑張ろうっと。
さて、完売はしたけどまだやる事はある。
企業ブースへの挨拶と、アレインを探して黄金水晶を確保しなきゃ。
アレインの居場所の目星はついている。
お客さんに『完成度の高い、まるで本物みたいなレイン』を見たか聞いたら、何人かが教えてくれた。
ついでに『完成度の高いディアンナ&ラヴィーン』の情報もゲットしたけど、とりあえず黄金水晶がどこにあるかの確認が最優先。企業ブースは後回しにしよう。
お客さんの話によると、どうやらアレインはT@MA先生のサークル、「ローリングもーみんぐ」で売り子をしているみたい。
うーん。気が重いなあ。
T@MA先生は悪い人じゃないんだけど、ロリコンが過ぎるのがね。
サークル名のローリングだって、転がるっていう意味じゃなくて、ロリに進行形のINGをつけただけの『ローリング』なのだ。『もーみんぐ』についてはおっぱ……、自作小説のエロ同人描いてる私が言える資格ないけど、要するに彼は変態なのよ。
私の事も年増扱いするの。勿論、面と向かってババアとか言ってくる訳じゃないんだけど、態度が露骨なの。旬を過ぎましたね的な視線がムカつくのだ。
誤解の無いように言っておくけど、私はまだ二十二歳なのよ? 自分で言うのもなんだけどピッチピチよピッチピチ。ババア扱いされる筋合いなんて無いのよ。
彼、絵は物凄く上手いんだけどなあ。以前は作画の仕事もしてたんだけど、今は「ロリ以外は描かない!」って商業の話が来ても断ってるみたい。
はあ。気が乗らない。
けど、アレインがいるのなら行くしかない。
重い足取りで『ローリングもーみんぐ』へと向かった。
◇◆◇◆◇
「お疲れ様ですT@MA先生」
『ローリングもーみんぐ』のスペースでは、T@MA先生が一人で番をしていた。
「これはこれはおば……糞太郎先生。お疲れ様です。ひょっとしてもう完売されたんですか?」
おい、おばさんって言おうとしただろコラ。
「ええ、おかげさまで。新刊ありがとうございました。ラヴィーンが元気いっぱいで可愛かったです」
「いえこちらこそ。『くっ殺サイレント』最高でした。まるでレインとディアンナの初夜を実際に見てきたかのようなリアル感。さすがですね」
だって見ていたも……ゲフンゲフン。何でもない。見てない、断じて見てないわ。
「ありがとうございます。開場前にお会いしたレイヤーさんがこちらで売り子をしていると聞いたものですから、良ければ写真を撮らせてもらおうと伺ったのですが……」
生憎アレインは席を外しているようだ。待ってた方がいいかな。
「ああ、アレインさんなら西館の深川文庫の企業ブースに行きましたよ」
「ええ? アレイン、企業ブースに行っちゃったの?」
うーん、なら企業ブースに直行すれば良かったなあ。仕方ない、私も西館に行こうか。
「アレイン? レインじゃなくて?」
う、しまった。
「あ、レイン。って言ったんです……」
「ぷっ。あはは。無理矢理過ぎるでしょその誤魔化し方。アレインさん本人から聞いたんですよ、本物の魔法使いだって。ご存知なのでしょう? 原作者の高坂先生」
う。排泄物糞太郎が『おまひろ』の原作者の高坂優里だ、って事は大っぴらにしてないんだけどなあ。やっぱりバレてた。
そして、アレイン達をネタにしてる事もT@MA先生にはバレてると。
うん、降参。正直に話して協力してもらおう。
「バレてるならしょうがない。そうだ。私が高坂優里だ。朝はまさか本物のアレインだとは思わなくて。もう一度会わなきゃいけないんです。今から私も西館に向かいますけど、もしすれ違いになってここへ戻ってきたら、私に電話をして欲しいの」
電話番号をメモした紙を渡そうとするが、彼はすぐには受け取らない。腕を組んでわざとらしく首をかしげて、悩んでいる振りをした。
「うーん。どうしよっかな~。そうだ、条件があります」
「条件?」
生粋のロリコンが出す条件なんて嫌な予感しかしないが、聞くだけ聞いておく。
「今日、打ち上げ一緒にやりませんか? 糞太郎先生どうせ一人でしょ? アレインさんも誘ってるんです。糞太郎先生が一緒なら彼も喜ぶだろうから」
あら、まともな条件だったわ。
「そういう事なら喜んで」
「本当ですか! いやあ楽しみだ。アレインさんにはラヴィちゃんも誘うようにお願いしてあるんです。ワクワクしてきました」
この人はラヴィが居ればそれで良さそうだ。
だけど、T@MA先生以上に私もラヴィに会いたい。アンナに会いたい。今の私を見てもらいたい。T@MA先生から見たら旬をとっくに過ぎた、二十二歳の私を。
「私も彼らとは一度、一緒にご飯でも食べながらゆっくり話したかったんです。ちょうどいいわ」
「そうですか、了解しました! また連絡しますね」
「はい。お願いします。あと、ラヴィと仲良くなりたいなら私には優しくしておいた方がいいと思いますよ」
「ああ、アレインさんが言ってました。ラヴィちゃんと糞太郎先生は瓜二つだとか。なるほどなるほど、肝に銘じておきます」
口ではこう言っているが、私を見る目は相変わらず興味無さげだ。別にこの人に恋愛対称として見られたい訳じゃないけど、なんだか悔しい。
まあ気にしたら負けだ。
お互いに電話番号を交換した後、アレインを追って西館へと向かった。
【今回の教訓】
先行入場したいがために頒布物をろくに用意しないでサークル申込みをする、いわゆるダミーサークル。
度が過ぎると通報されて以降のサークル抽選で落とされてしまう。
頒布物の準備が間に合わなくて不本意ながらダミーサークルになってしまうサークルも毎回いくつかある。余裕を持って計画的に準備しよう。