第9話 図書館にて
学園長の話も早々に切り上げ、俺は図書館に向かっている。
母さんの話には興味があったが、詳しいことは教えてくれなかった。
学園長室をでる前にじいさんが何か言い掛けていたが、何かあれば再度呼び出されるだろう。
図書館は学院校舎の地下に造られていた。
地上部分では夕日の明かりで階段を照らしていたが、地下に入ると太陽の光が一切入ってこない。そのため、ライトストーンと呼ばれるほんのり光を発する石がまばらに敷き詰められた階段を使い地下まで降りる。
図書館の入り口は地下1階。
階段を下りきると正面に”図書館玄関口”と書かれた木製ドアがあった。
中に入ると、受付と思しき場所に女性が一人座っていた。
暇なのだろうか、コクンコクンと首が縦に揺れている。
受付の横にゲートが設置されていることから、女性を介して中に入ることができるようだ。
「すみません。図書館に入りたいのですが」
うたた寝している女性に話かける。
よく見ると整った顔立ちをしている。年齢は30代後半位だろうか。
俺の存在に気付いていなかったようで、ふぇ!という声を漏らした後、僅かに顔を赤らめつつもコホンと咳払いを一つ行う。まじめな雰囲気を醸し出す。
「図書室へようこそ。本の返却ですか、それとも入館手続きですか?」
まじめな雰囲気を醸し出すお姉さん。
しかし、俺は知っている。
頬に涎の後が出来ていることを・・・。
指摘してあげた方がいいのかな?
「入館手続きでお願いします。それから、本を借りることも出来るんですか?」
「はい、可能です。新入生の方ですか?よろしければ図書館のルール説明を行いますがいかがですか?」
図書館にルールがあるのか。聞いておいて損はないことだし、聞いておくか。
お願いしますと告げると説明を始める。
「まず、基本ですが館内では静かにお願いします。それから飲食も禁止としています」
ルールは基礎的な部分から始まり、毎日開館していること、館内の本は全て貸し出し可能であること等の説明が行われていく。
「最後に。本の場所が分からなければ、各階に設置されている検索用クリスタルで調べて下さい。手を掲げて調べたいワードを述べてもらうと検索してくれます」
受付の棚からクリスタルを正方形の紙の上に置く。そのまま女性が手を掲げる。
「ゴーレム」
女性が検索ワードを述べるとクリスタルが紅赤色に輝く。
輝きは次第に収束していき、下に敷かれていた紙に文字が浮かび上がっていく。
紙を取り出した女性がこちらに向かって紙を見せてくれた。
そこには”BF4ー20”と書かれていた。
BF4は地下4階、20は本棚の番号なのだそうだ。
受付の女性が質問はありますかと聞いてきたので、
「口の横に涎の跡が付いてますよ」
教えて上げることにした。他の人に見られると恥ずかしいだろうし。
女性は慌てて鏡を確認していた。
最後にごゆっくりどうぞと言って、ゲートを開けてくれたのでそのまま中に入った。
中は静かな空間だった。俺しかいないような、そんな錯覚に落とされそうになる。
図書館内部の中央には円柱状にガラス張りされた空間があり、それを基準として本棚が扇形に並んでいる。
ガラス張りは地下5階である最下層まで続いており、中には何かの植物が植えられていた。
いわゆる中庭みたいな感じだろうか?
地下1階部分しか見ていないので分からないが、学院で用いる教本や歴史本、新聞、趣味の本等ざっと50万冊程が収納されているようだ。
これだけ多いと目的の本棚の場所が分からないな。
俺は辺りを見渡して例の物を探す。
見つけた。
ゲート近くの壁際。
そこには検索用クリスタルが設置されていた。
先ほど受付の女性が手本で見せてくれたように、手をかざす。
検索ワードは
”アルフ村の悲劇”
クリスタルが紅赤色に輝き、次第に落ち着きを取り戻す。
紙を取り出すと数点載っていたがほとんどが”BF5ー15”と書かれていた。
その中で2点だけが赤文字で閲覧不可となっていた。
閲覧不可?
全て見られる訳じゃないんだ。どうやったら見れるのだろうか?
考えていても埒があかないため、今調べられる資料を探すことにする。
図書館にはエレベーターが備え付けてあったので、地下5階まで楽に降りることが出来た。
エレベーターから降りると、最下層というだけあって中央のガラス窓から巨大な植物を間近で見ることが出来た。
中央に一本の木が生えており、その周りに草花が咲き誇っている。よく見ると所々に苔が生えていた。
中央の木は高く、地下1階まで伸びている。
何故かその光景に引かれ、目を離すことが出来なくなっていた。
始めてみるはずなのにどこかで見たことがあるような・・・懐かしい感じがする。
しばらくこの光景に意識を持っていかれていると、
ゴン!
後ろで重い物が地面にぶつかる音で現実に引き戻される。
振り返ると、一人の女生徒がアタフタしていた。
足下には両手で抱えないと運べないほどの分厚い本が落ちていた。
音の出所はあの本で間違いないだろう。
それに、女生徒も見知った人物であった。
「こんばんは、かな?クレサさん」
銀髪のロングヘアに加え、前髪で目元まで隠された女生徒はかなり印象的だったから、よく覚えている。
「えと、えと。こんばんは、です。・・・すみません。クラスメイトの方、ですよね。名前をまだ覚えてなくて」
何故かモジモジするクレサ。
モジモジが伝染しそうな勢いだ。
「仕方ないよ、まだ初日なんだし。俺はアルベルトっていうんだ」
「クレサ、です」
本日二度目の自己紹介を行いつつクレサを見る。
一番目立つのはやはり彼女の腕に抱えている本だ。
「クレサさんも何か探しに来たの?」
「・・・はい。少し薬草について知りたくて」
手に持っていた本を見せてくれる。
渡すときにクレサさんの腕がプルプルしていたが、本自体はそれほど重くはなかった。
タイトルを確認すると”薬草辞典”と書かれていた。
「薬草に興味あるんだ?」
「はい。祖母が薬師なので薬師になるのが夢、なんです。その勉強のために少し調べているんです。ア、アルベルト君も何か探しに来た、のですか?」
会話をする毎に顔が赤くなるクレサさん。
人と話すことに慣れてないのかもしれない。
「俺もクレサさんと似たような感じかな。本を探しに来てるんだ」
「そう、なんですか。私の本は見つかってるので、一緒に探しましょうか?」
赤面ー顔が前髪で覆われていて見えないーしながら手伝いを申し出てくれる。
「本の場所は検索クリスタルで確認しているから大丈夫。」
「そう、ですか。分かりました」
お互いやりたいことがあるだろうからと思って断ったのだが、クレサさんは少しうなだれているように見えた。
どうかしたのだろうか?
クレサさんがエレベーターに乗り込むのを見届けた後、目的場所であるアルフ村の悲劇に関する棚にたどりついた。
この棚には書籍が並ぶと言うよりも、当時の新聞記事がファイリングされていた。
棚に向かって左側から順に最新の記事に移り変わっているみたいだ。
アルフ村の悲劇は5年前の冬。
数ある資料から新聞記事を読み進めていく。
ほとんどが関係ない記事ばかりで、流れ作業のように進めていった。
そしてついに見つけた。
ページの隅に小さく設けられた記事。
タイトルには”アルフ村壊滅か!”と書かれている。
タイトルを見た瞬間、僅かに心臓の鼓動が早くなったことが分かる。
それが、恐怖から来ているのか、または過去に対する怒りなのか、はたまた街を、両親を破壊した何者かに対する憎しみなのか。
その時の俺にはこの感情の正体が一切分からなかった。