第8話 ゴーレムマイスターと呼ばれる者
「よく来たの」
目の前には白髭を蓄えた老人もとい学院長がソファーに座って、柔和な笑みをこちらに向けている。
老人らしい優しい雰囲気を醸し出しているが、何度か話したことがあるから分かる。
あの顔は何かを探るときの顔だ。
何故呼び出されたのか分からないから正直怖い・・・。
教室を出て、ラウン先生に嫌々連れてこられた場所は学院長室だった。
薄々予想はしていたのだが、少しは俺の意思も尊重してほしいものだ。
今、部屋の中には俺と学院長の二人だけが部屋の真ん中に据えられたソファーで向かい合わせで座っている。
ちなみに連れてきた張本人は学院長室の前でどこかに行ってしまった。
「お久しぶりです、学院長。何故僕が呼びだされたのでしょうか?」
「堅いの~、堅い堅い。今は他の先生もいないことだし、いつも店で接する時みたいに接してくれていいんじゃぞ」
さすがに学院長なので、一人称から変えてみたのだが、気に入らなかったらしい。
店というのはアリアナおばさんの家で経営している喫茶店のことだ。俺もよく店を手伝っていた。このじいさんは店の常連だったので、何度か話したことがあるのだ。
まさか、学院の学院長をしているとは思わなかったが。
「了解、じいさん。それで何故俺が呼ばれたんだ?」
店での口調に戻す。店で客に対しこんな口の聞き方をすれば、間違いなくアリアナおばさんから説教を食らっているだろう。
正直、早く図書館に行きたいので、先を促すとじいさんはニターと笑った。
「クラス分け先でお主が負ける姿は中々面白かったぞ。まさか魔拳まで出して思わなかったがな」
「仕方ないだろ、相手は人や動物違ってゴーレムだったんだから」
「ほほぅ、今の言い訳をお主の師匠が聞いたら何て言うかの」
なっ!師匠を引き合いに出すのは反則だ。あの人にすればゴーレムだろうが何だろうが関係なく敗けとして認識してしまう。だから今回の負けが知られたら確実にお怒りコースだ。もしかしたら、荷物も持たずに山に放り込まれるかもしれない。
平気な顔で山に置き去りにされる様子が容易に想像できてしまった。
このままでは俺の身が危ないな。
何とか話を切り替えなければ
「そんなことで呼び出した訳じゃないよね?」
苦し紛れに無理矢理話を変えていく。
今の話もじいさんの中では世間話、本題に入る前の準備運動みたいなものだとは分かっている。
だから、今回の件は師匠には言わないはずだ。
言わないはず・・・・・言わないでほしいな~
と、そんなこと今はどうでもいいんだ。
何よりも、俺は早く図書館に行きたいんだ!
「つれないの。まぁ、暇なときはこれからいつでも呼び出せるからいいか。」
爆弾発言をされるがスルーだ。
「ちなみに呼び出しに応じなければ、留年させてやる」
チラチラ俺の顔を伺うなよ。
そんなに構ってほしいのか?
あと留年は困るので、そんな大人げないことはしないでほしい。
「まぁ、留年の話は置いておくとして・・・アルよ、あれからクレールから連絡はあったかの?」
先ほどまでのニタニタ顔から一転、真剣な顔になる。
若干、声音も低くなった気がする。
「残念ながら連絡の類は一切来ていない」
「そうか」
じいさんは残念そうに口から言葉が出ていた。
脳裏には俺を色々な街に連れて行き、街の事件にどんどん首を突っ込む人であり、魔拳の原理を教えてくれた師匠が思い描かれている。
「それにしても何でまた師匠のことを?」
「以前、国王陛下を交えたゴーレムマイスターの集会があったのだが、あのばばあが欠席しおったのじゃ」
今度は怒りに身を宿しているようだ。忙しいじいさんだことで。
しかも、師匠のことをばばあ呼ばわりしてるし。
俺の師匠であるクレールもまた、じいさんと同じくゴーレムマイスターに選ばれ、国の安全に従事している。
俺が師匠と最後に会ったのは11歳の時。ちょうど1年ぐらい前になるのか。その際に”ちょっと故郷に帰るわ”と割とあっさりしていたのを覚えている。
そうか、まだ誰にも連絡を入れていないのか。
自分勝手な師匠のことだから、故郷で案外楽しく過ごしているのかもしれないな。
「連絡が来ていないのなら仕方がない。あいつのことじゃ、気が向いたら帰ってくるじゃろう。それよりも、お主のことだなアルよ」
俺の話題になったので、またからかってくるのかと思ったが違うようだ。
じいさんの真剣な雰囲気が崩れていなかった。
「やはり、この学院に来たのは”アルフ村の悲劇”について調べるためか?」
アルフ村は都市に近い場所にありながら、緑が豊か村だった。
ゴーレムなんて便利なものが存在しなかったがそれでも大人は毎日畑を耕したり狩りに出かけ、子供は親の手伝いをする。
村人は全員精一杯暮らしていた。
そんな村に一つの悲劇が起きたのだ。
一晩にして村の周囲にある緑は全て焼かれ、村に住んでいた人々も忽然と姿を消した。そう、消えたんだ・・・遺体も、逃げ去った跡も全くなく、だ。
残ったのは荒廃した土地が残るのみだった。
今ではこの事件を”アルフ村の悲劇”と呼んでいる。
現在でも、村のあった場所には一切木々が生えてこない現象が起こっている。また、消え去った村の人達の行方は分かっていない。
その中で俺は村で唯一の生き残りとして保護されたのだ。
発見された場所は村から少し離れた森があった場所である。
当時のことはほとんど記憶にない。覚えているのは自身に纏わりつく恐怖心と両親が最後まで何かから必死に俺を守ろうとしてくれていたことだけだ。
「そのつもり。この学院には歴史書や魔物に関する資料がたくさんあるからね。それにここに居れば国外に出られる可能性があるのもポイントかな」
暗い話にならないように少し明るめに話を進める。
じいさんも何か考えているのか険しい顔になっていた。
「そうか。まぁ、学院の生徒なら不可能ではないの。分かっていると思うが国外に出て活動ができる者は学院順位が一桁の者。若しくは学院が認めた生徒のみ。しかしお主はクレールの弟子でセレナの息子なんじゃ。きっと良い成績を残してくれるじゃろう」
”セレナ”という名前を聞いて俺は少し反応してしまった。
仕方ないよな。だって今はいない俺の母さんの名前なんだから。
子供の頃から優しく、そして最後まで笑顔だった母さんの記憶が頭をよぎった。
過去の記憶を辿りつつ、一つの疑問に思い至る。
「じいさん。母さんのことをどこで知ったんだ」
俺の母さんのことはアリアナあばさんやリーナ姉ちゃん等、一部の親戚にしか知らせていない。
ましてや、今の両親はおばさんということになっているのだ。
学院長に母さんのことを漏らした覚えはない。
おばさんも恐らく話していないだろう。
なら何故両親のことを知っているんだ?
「ほっほっほ。そう怖い顔をするでない。セレナ本人からお前のことを聞いていただけじゃ」
ソファーから立ち上がったじいさんが、学院長室に置いてある事務机の引き出しを開け、束になった封筒を運んできた。
どれも宛先が”ロンドベル先生”となっている。
一番上の手紙を裏返し、俺に見せてくる。
送り主が”セレナ”となっていた。
「セレナはこの学院の卒業生じゃぞ」
卒業生?アリアナおばさんからそんな話を聞いたことがないんだけど・・・
「そんな話聞いたことがない」
惚けたような声が出てしまったみたいで、じいさんが笑いこけていた。
「悪い悪い。お前がそんな声を初めて聞いたものだからついの。笑った詫びに一つ教えてやろう」
笑いながら話すじいさんに対し、こちらは話についていけなかった。
まさかこんな形で母さんの思い出に出会えるとは思わなかったからだ。
「お主の母セレナは過去に類を見ないほどのゴーレム使いじゃったぞ」
どうやら俺の母さんは凄い人だったようだ。
・・・・・・・
ロンドベル視点
「ふぃー」
緊張で凝り固まった体をほぐすべく伸びを行う。
この歳にもなって、座りながらの作業はちと厳しいの。
今し方アルベルトが退出したので、部屋の中には儂しかいない。
誰かが来るわけでも無いので、部屋の中は静かなものだ。
リラックスするとつい先ほどのアルベルトの顔を思い出してしまう。
「無意識じゃったんだろうな」
”アルフ村の悲劇”を口にした時、顔に憎しみと恐怖心が伺えた。
アル自身は当時の事件を吹っ切ったつもりでも完全には直っていないみたいじゃった。
事件の発端が分かればなりふり構わず突っ込んでしまう。そんな危うさが感じられた。
そして何よりも”国外に出れる可能性があるのもポイント”と言ったのだ。それは、両親を殺した敵を探し出すということ。若しくはもっと先、殺すことを考えているのかもしれない。
「アルベルトを頼む、か」
セレナから送られてきた手紙の下から一枚の封筒を取り出す。
中には一枚の紙切れが入っており、送り主はクレールとなっている。紙には"私は用事で今の場所を離れられない。だから、私の代わりにアルベルトを守ってくれ"と書かれている。
この手紙を読んだときは何を言っているのか理解していなかったが、アルと一対一で話してみて確信に変わった。あの子は過去にとらわれている、と。
「ラウンよ。どこかで聞いているんじゃろ?出てこい、先ほどから視線が刺さってしんどいんじゃ」
「立ち聞きも失礼かと思ったのだが、これから俺の教え子になる子だからな。悪いけど聞かせてもらった」
悪いとは思っていないような様子で返事を返してくるラウン。
「まぁ、何でもいいわい。それよりもこれからお主にはアルの面倒をしっかり見てもらうからの」
さて、アルが無事この学院を卒業できるのを祈るばかりじゃな。