第5話 クラス分け戦
入学式が始まるまでは雑談で盛り上がっていた体育館内部であったが、ゴーンという鐘の音が鳴り響くと静寂に包まれた。
いよいよ入学式が始まるみたいだ。
「これより、ゴーレム育成学校入学式を執り行います」
司会進行役である女性が開式の宣言を行う。
式の進行手順は、開式の言葉から始まり、在校生による歓迎の言葉。次いで新入生主席による挨拶、担任教諭の紹介があり、最後に学院長の言葉で式を締めくくるそうだ。
司会役の女性の声が体育館に広がる。
天候は晴れ、日が徐々に昇り、気温が上昇する時間帯である。
その中で、新入生は座ったままただ話を聞くだけ。
一番前に座っているため、周りの生徒の様子は見えないが、恐らく何人かは船をこいでいるだろう。
かく言う俺も開始数分で既に眠気を催していた。
その中で開式の言葉が終わり、在学生による歓迎の言葉に移る。
司会の女性により、一人の学生が脇に控えていた教師陣の中から姿を現し、登壇した。
「新入生の皆さん初めまして。私はディアスといいます。」
透き通る声が壇上から聞こえた瞬間、後ろに座る学生達から声援が飛び交う。
眠気を催していた俺はその声で、完全に目が覚めてしまった。
何事かと思い、壇上に目を向ける。
赤みがかった金髪が太陽に照らされ美しく輝いている。
目は力強く前を見据え、強者のみが持ついい知れない雰囲気を醸し出していた。
一見、誰だか分からなかったが、直ぐに思い至る。
今朝、朝食時に相席をした学生だ。食堂での優しい雰囲気は一切感じさせない、今の彼では別人のように見える。
「学院では”瞬光”の二つ名を頂いており、学内序列で1位を担当させていただいています。私から皆さんに言えることは一つ。この学院では学業はもちろんのこと、国に対する貢献度によって序列が決定されます。学内序列はこの学院にいる間は絶対であり、強者は白、弱者は黒として扱われます。学院が私たちに望む物はただ一つ。常に強者であること。ただそれだけです。新入生の皆さん、どんなに苦しくても辛くても最後まであきらめずに足掻き続けてください。以上です。」
軽くお辞儀をした後、ディアス先輩は壇上を降りた。
周囲の生徒からは、やる気に満ちた雰囲気が感じられる。
確かに先輩の言っていることはこの学院内では正論だと思う。しかし、スピーチが終わる直前に何故、俺の方を向いて微笑んでいたような気がする。気のせいかな?
まぁ、式が終わってからディアス先輩に聞きに行けばいいか
次は新入生主席による挨拶である。
そう言えば新入生の主席は誰になっているのだろう?
特に情報らしい情報は入ってきていないので、詳しくは分かっていないのだ。一つ聞いた話だと女性であるということだった。
「次は新入生の挨拶。シルビアさんお願いします。」
俺の斜め左後ろで席を立つ音が聞こえる。
通路側に座っていたため、主席の生徒が俺の横を通過する。
顔まではっきり見えなかったが、なかなか性格の強そうな子だ。
「私はシルビアといいます。新入生で学年主席としてこの場に立っています」
壇上に上がった女性の声は透き通っており、辺り全体に声が届いているだろう。彼女は今自信に満ちた表情をしている。ディアス先輩の演説に感化されているようだ。
その彼女は自己紹介の後、一拍おいて壇上から新入生全体を眺めている。
一通り眺め終わると、自身の手に持っていた紙をポケットにしまっていた。
「私はこの学院で頂点に立ちます。あなた達のことは正直、なんとも思っていません。強いて言うなれば、私に近寄らないことです。・・・だって、弱い者がまとわりつくと面倒ですから。これから、よき学院生活でありますよう心よりお祈り申し上げます」
笑顔で学院生に言い放ったのだった。
んー、かわった生徒だな。
一瞬、の静寂が体育館を支配する。
しばらくすると新入生の中から一つ、また一つと罵声が帯びだした。
その声で我に返った学生が次々に批判の声を挙げている。
”一度主席に立った程度で調子に乗るな”とか、”お前なんかは直ぐに主席から引き落としてやる”や”もう一度、今度はゴミ虫を見るような目で!”等である。
さっきの話を聞く限りだと、そんな批判的な言葉が出るのも無理ないと思う。あと変態発言している生徒がいるが、今後近づかないようにしよう。
周りの批判を軽く受け流したシルビアは何事もないかのように壇上から降り、席に着いた。
周りの雰囲気は彼女に対する批判的な雰囲気が満載だ。
学院はこの空気どうするのだろうか?
気付けば司会役の女性が再度登壇ていた。
「突然で申し訳ありませんがプログラムを一部変更させていただきます。最後の学院長の言葉を繰り上げさせて行います。学院長お願いします。」
司会役の女性と入れ替わるように壇上に登ったのは一人の老人であった。
「えー。今年は中々元気な新入生がいるようで、これからの学院生活が楽しみじゃ。儂はロンドベル、自分で言うのはちと恥ずかしいがこの国で六人しかいないゴーレムマイスターの一人だ。」
ゴーレムマイスターという単語を聞いた生徒は先ほどの雰囲気もなりを潜め、尊敬の眼差しをロンドベルに向けている。
ゴーレムマイスターというと、ゴーレムを用いて国に多大な貢献を行った者だけが国王から直接与えられる称号だったか。確か、ゴーレムと契約できる者にとって最高の称号だったはず。
「今の皆の気持ちはよく分かった。お主等にチャンスをやろう。」
先ほどまで真面目な雰囲気だった老人がニヤニヤと顔をゆるませる。
あの顔は絶対何か企んでいる顔だ。
実はこの学院長とは家の関係で何度か会話をしたことがあるのだが、ニヤニヤしている時は絶対何か企んでいることを俺は知っている。
なので、内心でかなり緊張していたりする。
「これから10分の間に新入生諸君が胸に付けているバッジを取り合ってもらう。個数制限は設けないので、存分に奪い合ってくれ。相手が死ななければどんな方法を用いてくれても構わん。最後にバッジの獲得個数によってクラス分けを行いたいと思う。それではクラス分け戦、始め!」
生徒が学院長の言葉を飲み込めていないことをいいことに、話を最後まで持って行く学院長が恐ろしいと思う。
「バッジを寄越せ!」
開始の合図から30秒が過ぎた頃、やっと状況の整理ができた者が近くに座る学生のバッジを奪い始める。
クラス分けも懸かっているため、声が必死である。
この声をかわぎりに次々と取っ組み合いが始まっていく。
まさかと思うが、昨日のクレス先輩や壇上で演説を行っていたディアス先輩が不自然な笑みを浮かべていたのはこのことを知っていたためか!
もしかしたら、今の現場を離れた場所から見ているかもしれないな。
なんだか、ドッキリにはめられた気分だ。
「隙あり!」
一人の学生がバッジを奪いに来ている。
直線的な動きで来るため、一歩左にずれ最小限の動きで攻撃を躱す。
避けられると思っていなかったのか、学生は態勢を崩して地面に激突していた。
ゴーレム育成学校なのだから、ゴーレムを出して戦えればいいのだが、召喚方法は学院の一年生で習う内容のため、ほとんどの学生は召喚できないのだ。
もちろん、俺も召喚のやり方は分かっていない。
俺は下のクラスでも別に構わないので、高みの見物でもしていようかな。
醜い争いをよそに、学院長に視線を向ける。ワクワクした様子で生徒の様子を確認していた。
おっ、こっちに気付いたみたい。何故か人差し指をこちらに向けている。
何だろう?
後ろに振り向く直前、無意識にしゃがみ込んだ。
直後、風が頭を撫でる感覚があった。
視線を上に向けると、全身鉱石で包まれた人型の物体を捉える。左足が僅かに上がっていることから蹴りを繰り出されたようだ。
周りには10名程度の生徒が倒れている。
恐らくこいつにやられたのだろう。
さっき、俺に絡んできた学生もいるようだ。
「今の攻撃をよく避けましたね」
生徒の声が聞こえたので、声の方向に視線を向ける。
椅子に座った状態で、読書をしている女性がいた。
たしか新入生主席の生徒だ。
「これはシルビアさんが召喚したゴーレム?」
鉱石に包まれた人型の物体を指しながら尋ねる。
「ええ、そうです。詳しく言うなら召喚の先、契約まで行ってますわ」
少し自慢したいのか、本を閉じて俺に視線を向ける。
「あなたはゴーレムの召喚を行わないのですか?」
「あいにく俺は召喚方法が分からないからゴーレムは出せないよ」
シルビアが尋ねてくるがそもそも、現段階で召喚できる彼女が特殊なだけだ。
俺の返答にややがっかりした様子の彼女は再度本を開き読書を始めてしまう。俺に興味を失ったようだ。
最後に話した言葉が”コード1番。早くその生徒のバッジを奪いなさい”だった。
向こうから聞いてきたのに全くひどい話だ。
鉱石に包まれた人型の物体が主人である彼女の命令を受諾すると俺に向かって距離を詰めてくる。
右手で俺のバッジを掴みにきたので、左に避ける。
拳圧に押され僅かに体が逸れる。
最強クラスのゴーレムは1体で1国を相手に戦えるだけの戦闘力を有していると聞く。恐らくこのゴーレムもそれに近い戦闘力を有していると考えた方がいいみたいだ。今は手加減されているため、何とかなっているが少しでも本領を発揮されると人族では手も足も出なくなる。
俺も師匠の元で5年間修行を重ねてきたが、ゴーレム相手では勝ち目がなさそうだ。
気が付けば残り時間は1分を切っていた。
このまま時間いっぱい使って、このバッジを死守することは簡単ではないにしろ達成することは出来るだろう。
けど、本当にそれでいいのか?
この学院に入って初めての戦闘。しかも相手は格上のゴーレムだ。
今後、こう言った格上と戦うことは多くなるはずだ。
なら、残り時間でやらないといけないことは決まっている。
相手の撃破だ。
思考を整理すると自ずと気持ちが落ち着いてくる。
そして、気付いた。
いつの間にか顔が笑っていることに。
知らず知らずの間に今のピンチを楽しんでいる自分がいるみたいだ。
ならひたすら突き進むのみ。
俺は迷うことなく、ゴーレムに向かい走り出す。
直線行動だと攻撃が当たりやすい為、ジグザグに走る。
右、左、右、左
低姿勢のまま左右交互に駆け抜ける。
これまでのやり取りで、ゴーレムの攻撃はどれも振りが大きかった。
つきいる隙があるとすれば、相手が攻撃した直後の僅かな停止時間を狙うほかない。
交互に移動しているだけなので、数回同じ動きを行えばゴーレムも動きに慣れてくる。
案の定、こちらの動きにある程度予想をつけたゴーレムが俺の次の着地点である左側に向かって右手を振り降ろす。
待ってました!
俺は急ブレーキをかけてその場で静止する。
ドン!
本来俺の着地していたであろう場所では鈍い音を立てて砂埃が舞い上がっていた。
砂埃からは地面に拳を突き立てたまま停止するゴーレムが確認できた。
ゴーレムにできた最初で最後の隙。
このチャンスを逃すとこちらが殺られる。
覚悟を決めた俺は右手に魔力を集中させる。
魔力を溜めた右手には七色に輝く光が灯される。
光が強くなるにつれて、自身の拳が堅くなってくるのが伝わってくる。
今できるのは体内にある魔力の2割を右手に集中することで貫通力、一撃の重さを跳ね上げる攻撃だけ。
「魔拳」
俺はゴーレムの左脇腹めがけて拳を打ち抜いた。
やっとゴーレムを出せました!
ゴーレムの詳細は今後ゆっくり出していこうと思ってます。