第29話 レム平原③
今回もクレサ視点で物語が進行します。
次回の話でアルベルト視点へ切り替えを行いたいと考えてますので、今回はクレサ視点をお楽しみください。
グリル君を追いかけて、休憩所に到着した私が見た光景は異常でした。
草原は地肌が露になり、地面の所々に抉られたような跡が残っていました。
「うぅ」
低く、くぐもった声が少し離れた場所から聞こえてきました。
嫌な予感がします。
急いで声のする方向に駆け付けると、二人の生徒が横たわっていました。同じクラスメイトのユーリさんとリリアナさんです。
ユーリさんは全身にかすり傷を。リリアナさんは足の一部がほんのり紫色に変化して、顔も真青です。
二人に共通して言えることは、意識を失っているにも関わらずこの世の絶望を目の当たりにしたような表情をしていることです。
「ユーリ、さん。その傷は、どうした、のですか!」
私は比較的に傷の軽いクラスメイトに声を掛け、状況の確認を行います。それと並行し、背中に背負っているリュックを下ろし、解毒草と水、すり鉢を取り出します。
足が紫色に変化している様子からほぼ間違いなく一人の生徒には毒が回っているからです。
”怪我人が複数人いる場合は冷静に判断し、優先順位を決めなさい”
昔、薬師のおばあちゃんに口ずっぱく言われた言葉です。
今ならよく分かります。
優先順位を間違えると、死人を出してしまうということが。
「怖い・・・来ないで、来ないで!」
ユーリさんが目をさますと、すごい勢いで暴れだしました。
私が見ていない場所で何かが起こり、そして、その何か結果を思い出し完全にパニック状態。
よほど、恐ろしいものでも見たのか完全に我を失っているみたいです。
「ゴーレム、さんお願い、します。彼女、を一時的、に拘束して、ください」
ゴーレムさんは私の命令通り、取り乱しているユーリさんを拘束し、動けないようにしました。
昨晩召喚したゴーレムさんを召喚したままにしておいて正解でした。あのまま暴れてしまうと、かすり傷から傷口が広がる恐れがありました。それに下を噛んでしまう恐れも。
今の結果は私が何も考えずに彼女を起こしたばかりに・・・。ごめんなさい、ユーリさん。
「よし、出来、ました」
ユーリさんの一件もありましたが、私は黙々と解毒薬を作り、紫に変色している部分に塗り込みました。
これで、解毒は完了です。
「次、は・・・」
私はゴーレムさんに絡めとられ、身動きが取れないユーリさんに視線を向けます。
(早く、傷の手当を終わらせないと)
急ぎ、ユーリさんに傷薬を作り、傷口に塗り込んでいきます。
全てに塗り終わってから、私はユーリさんの顔に手を触れます。ユーリさんの顔に触れた瞬間、彼女の体が小刻みに震えだしました。
「んん!」
ユーリさんは何かを必死に伝えようと口を動かしていますが、彼女の口には、ゴーレムさんの一部を喰い込ましているため、うまくしゃべれないようです。
私は、ゴーレムさんに命じ、口の拘束を解きました。
「あいつが来る。逃げないと!」
彼女の震えが強くなりました。一体、何から逃げるのでしょうか。
「今はラウン先生が抑えている。けど、それも長くは持たない。その前にここから逃げないと」
「待って、ください。ユーリ、さん。何から、逃げるの、ですか」
「レム平原に熊の魔獣が出た。それも複数。ラウン先生は私達を逃がすために魔獣達と戦っている。だからその間に逃げないと」
少し冷静さを取り戻したのか、急ぎではありましたが、詳しい情報を教えてくれました。
私達が到着する少し前に、5匹の熊の魔獣が出現したそうです。魔獣の出現で既に休憩所に戻っていた生徒たちはパニックになりましたが、休憩所で待機していたラウン先生が退治してくれたため、全員無事に済んだそうです。
亜人とは言え素手で魔獣を倒す先生の圧倒的な強さを目の当たりにして、生徒たちは安心したそうです。
魔獣は滅多に出ないと言われていましたが、あくまで滅多に出ないだけで、魔獣が出現する可能性があることは校外学習の行われる事前段階で知らされていました。そのため、この程度の数が出現するのは想定内でした。先生も久しぶりに腕試しが出来て、良かったと喜んでいたそうです。
では、どうして私達が到着した際に草原は地肌が露になり、地面の所々に抉られたような跡が残り、リリアナさんとユーリさんが負傷していたのかです。
「今、先生が相手をしている魔獣の数は20。これだけの数が出てくるなんてありえない。先生もそう判断して、私達を逃がすべく、あそこで戦ってくれている」
ユーリさんがさした方角に視線を向けると、
「GuOooon」
私達から離れた場所で巻きあがる砂煙と今まで聞いたことが無い生物の断末魔が聞こえてきます。
しかも、この方角はグリル君が走っていった向きと一緒です。
魔獣の怖さを直接目にしたわけではありませんが、地形を変化させるだけの力を持っているのは確かです。となると、グリル君が大けがを負っている可能性が高いはず。助けに行かないと。
幸い、リリアナさんも解毒は済ませているので、安静にしていれば症状は治まります。ユーリさんも同じく。
この場所は私が行えることは全て行いました。
「ユーリ、さんの傷は深くはないので、無理を、しない程度、に動く分には問題ない,ので、この場所からリリアナ、さんと一緒、に逃げてください。私は、これから、ラウン先生のい、る場所に向か、います」
状況確認を終え、ユーリさんにこの場所を離れることを告げ、グリル君が向かったであろうラウン先生のいる場所に向かうべく、駆け出そうとしました。
「あなた一人があそこに行って何が出来るの!私達と一緒に逃げよう」
ユーリさんに背中を向けたあたりで、服の裾を引っ張られました。
後ろを振り返ると、ユーリさんが怯えた目をこちらに向けていました。
「グリル、君がラウン、先生のところ、に向かって、いるので。怪我を、していた、ら治さな、いと」
「この状況も理解せずに、ラウン先生の元に向かった奴なんてただの命知らず。そんな奴のためにあなたが危険を冒す必要はない」
魔獣を直接見たユーリさんが言っていることは正しいと思います。
正直私があの戦場に入って、何が出来るのかと聞かれると何もできないと思います。
むしろ、ラウン先生の足を引っ張ってしまう。
それでも・・・
「怪我、をしている、かもし、れない人、を見捨てる、ことは私には、できません」
おばあちゃんが最後に私にしてくれた時のように。私はこの状況から逃げてはいけない。そんな気がします。
「ごめん、なさい」
そう言って私はユーリさんが握っている手を強引に引きはがし、ラウン先生のいる、引いてはグリル君がいる場所に向かいました。
ユーリさん達と別れ、ラウン先生が魔獣と戦っている場所に向かった私は、あまりの光景に目を見張りました。
だって、体長が3mに届きそうな魔獣を背負い投げするラウン先生が見えたのだから仕方ありません。
「まだまだ行くぞ!」
背負い投げを行った魔獣が砂となって消え去るのを確認したラウン先生は、他の魔獣に向き直りながら獰猛な笑みを浮かべてつつ、魔獣の群れに突っ込んでいきました。
あれ?この様子だと私が来る必要性はなかったのかもしれません。
残りの魔獣は10匹。ユーリさんが教えてくれた教えてくれた魔獣の全体数が20匹なので、ラウン先生一人で半分を倒したことになるんです。
私達人族だとゴーレムさんを召喚して一緒にゴーレムと戦うか、ゴーレムさんの恩恵を使える方はその恩恵を用いて戦う。
一方で、ラウン先生は亜人族のため、ゴーレムさんと契約を結べませんが、圧倒的な身体能力で相手を追い詰めていきます。
なので、ラウン先生が行っている魔獣の倒し方が素手で殴る蹴る、投げると言った接近戦で倒すなんて、滅多に見れるものではありません。正直驚きです。
あっ、今度は正拳付きで魔獣を倒してしまいました。
緊張感が完全に抜けた私はラウン先生の戦闘を見つつ、グリル君を探します。
探してみると、グリル君は割とすぐに見つかりました。
というよりも、ラウン先生が平原で戦っていますが、その場所から少し離れた場所に半径5m程度の大きな岩が横たわっていました。グリル君はその岩の陰からラウン先生の戦闘を見ているようでした。
無事みたい良かったです。
私は、そのままグリル君の元まで歩いて向かうことにしました。
「ここ、から逃げ、なくて大、丈夫です、か?」
「うわっ!」
私がグリル君に話しかけると、すごい勢いで飛び跳ねられました。
私、そんなに驚かれるようなことしました?
「クレサさん、なんでここに?」
「グリル、君が怪我、をしてい、るんじゃな、いかと思いま、して」
「怪我?あぁ問題ない。俺も初めは死ぬかもしれないと思いながらここまで来たが、あの様子を見るとな」
そう言いながら、嬉々としながら魔獣を追いかけまわすラウン先生に指を向ける。
そうですね。私もあの光景を見ると緊張感がなくなりました。でも、私は先ほどのグリル君の言葉で許せないことが一つありました。
「グリル、君?」
「どうした?クレサさん・・・ひっ!」
「死ぬかもしれな、いで行動しない、で下さい」
「え、あ、・・・はい、分かりました」
あれ?どうしてグリル君は私を見て怯えているんでしょう?
ただ、私は治す側の意見として無駄に死んでほしくないでの、今の言葉を伝えただけなのですが。
まぁ、本人も自分の過ちに気付いてくれたのでよしとしましょう。
「それで、グリル、君は逃げ、ないの、ですか?」
「俺は、少し思うことがあるのでな。魔獣との戦闘風景はこの目でしっかりと焼き付けておきたいのだ」
グリル君の震えが治まるのを待ってから私は避難を促しましたが、あっけなく断られてしまいました。
私には分かりませんが、グリル君的に何か思うところがあるのかもしれません。
確かに安心して魔獣との戦闘を見られる機会は少ないので、ゴーレム使いを志す生徒なら見たいものだと思います。
私は戦っている人が傷つく様子を見たくないので、早く終わってほしいと思ってしまいました。
「そうです、か。それ、でしたらこの戦、いが終わるま、で戦闘の邪魔、にならない程、度で見守りま、しょう」
「そうだな」
私達は岩場の陰からラウン先生の様子を確認しようと顔を出した直後。
半径5mはある岩が私達の前から消え去りました。
そして、岩のあった場所には体長5mは軽く超えている熊の魔獣が私達を見下ろしていました。