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終結

「誰に口をきいているのかと、訊いているの」

「あ、あの……っ」


 私の雰囲気が唐突に変わったからか、それとも魔力の圧力を感じているのか、パジー、ウィンカ、マリーは表情をこわばらせて冷や汗をかき始めた。


「『早く対応しないと、他の生徒たちからも見くびられてしまいます』?」


 ウィンカの言葉をオウムのように繰り返して、私は片眉を吊り上げた。


「見くびられたって私は構わないわ。だって――」


 そこで一歩踏み出して、真ん中にいたウィンカの顔すれすれまで近づく。

 ウィンカは息を呑んで無意識に後退しようとしたが、綺麗に結った髪を優しく掴んで動きを封じた。


「見くびられたら、こうやって私の力を思い知らせてやればいいだけだもの」


 猫のような妖しい瞳でウィンカを見つめ、笑った。

 いや、笑うつもりはなかったのだが、魔力の形をちゃんと掴めている感覚が楽しくて、勝手に唇の端が上がってしまったのだ。


 そして無理やり押し込むようなイメージで、私の魔力を彼女にじわりとぶつける。


「あ、あ……っ」


 ウィンカは一瞬息を詰めてから、ぐるりと目を回して昏倒してしまった。


 床に倒れた彼女の胸がちゃんと上下に動いているのを確認しながら、恐怖で震えているパジーとマリーを無視して、こちらも同じく全身を震わせているチーナに向き直る。


「あなた、この三人に言われて私にぶつかったのね?」


 魔力をほとんど持たない者には私の濃い魔力は辛いだろうと、獣人の生徒たちのところにはなるべく魔力がいかないよう努力した。


 とはいえ、私もまだ感覚を掴んだばかりで上手くはできず、彼らの周りを完全な魔力の空白地帯にするのは無理だった。

 チーナも私の魔力にあてられているのか、それとも単純にウィンカを昏倒させた私が怖いのか、魔女と相対したみたいに限界まで目を見開きつつ、何度も首を縦に振った。


「そ、そうで、すっ……、パジー様たちが、あの……自分たちがベ、ベアトリス様の気を引くから、その間にトレーを持ったまま、ぶ、ぶつかれって……」


 チーナは隣りにいるウォーに支えられながらやっと立っているような状況で続けた。


「ごめんなさい、私っ……こわくて、こ、断れなくてっ……! み、耳にハサミを当てられてっ、『断ったら切っちゃうわよ』って、『ベアトリス・ドルーソンより私たちの方が恐ろしいのよ』って言われて……っ、それに他にも、ううっ」


 チーナはそれ以外にも色々とパジーたちに酷い事を言われて脅されたようだが、口に出すのも辛いのか、それ以上は喋れずに声を上げて泣き出してしまった。

 

「そう、三人が酷い事をして悪かったわね」


 私がチーナに謝罪すると、食堂にいる生徒全員が息を呑んで驚いた。

 ドルーソンの孫が獣人に謝るなんて、と思っているのだろう。


「ベ、ベアトリス様」


 パジーは私の謝罪を好機だととらえたようで、声を震わせつつも、ここぞとばかりに反撃してくる。


「獣人なんかに謝るなんて、正気ですか? ドルーソンの名を持つ者としての自覚が足りないのでは? ベアトリス様のお祖父様がお知りになったらどうなるか」

「パジー、おまえにドルーソンの事まで心配される筋合いはないわ」

 

 パジーのこういう負けん気の強いところは嫌いじゃない。最後までみっともなく喰らいついてくるなんて、根性もある。

 だけど今この場面で、私に対してそれをするのは許さない。


「ドルーソンもお祖父様も関係ない。私は私の好きなようにやるだけ」


 わがままな公爵令嬢らしい口調を意識しながらも、心にもない事は言わないよう気をつける。

 嘘があると、言葉が軽くなってしまうからだ。


「悪かったと思えば、相手が獣人でも人間でも謝るわ。そして獣人でも人間でも、敵ならば同じように報復するの。ねぇ、分かるかしら――」


 食堂に広がる私の魔力がより一層濃くなると、あちこちでばたばたと生徒が倒れていった。気絶するまでいかない生徒も息を詰めて顔を青くしていたり、冷や汗を吹き出したりしている。

 他の生徒に対してここまでする予定はなかったけど、ちょうどよく魔力を加減するのは難しい。


 なのでもう開き直って、全ての生徒にこのまま私の力を見せつける方向でいく事にする。


 力で抑えつけるのはお祖父様のやり方と同じで嫌だけれど、パジーたちを始めとする貴族の子女や獣人たちなど、ややこしい生徒も多く通うこの学園で私が足元をすくわれないためには、最初に力を誇示する事も大切なのかもしれない。

 優しさだけで他人をまとめられるなら楽だけど、それはきっと無理だから。

 

 私はパジーを見つめながらも、この場にいる全生徒に聞こえるよう宣言した。


「――私はお祖父様とは違って、差別はしないのよ」


 身じろぎする事さえはばかられるような静寂。

 私の魔力に当てられて倒れる者以外は、皆動けずにいる。


「意見を言われるのは大歓迎。議論にはなるべく応じるわ。だけど私を貶めようとするのなら、相手が獣人であれ人間であれ、同じように反撃する。獣人だけを嫌ったり、人間だけを優遇したりはしないし、もちろん逆も同じよ。獣人だけに同情したり、人間だけを非難する事もない」


 獣人だから。人間だから。貴族だから。庶民だから。

 それを考慮に入れることはあっても、それだけで物事を判断するのは稚拙なやり方だ。

 私はパジーをきつく睨んで、ゆっくり口を開く。


「私には、獣人も人間も関係ないの。――敵は“差別せず”、容赦なく潰す。それをよく覚えておいて」


 最後の言葉を言い終わるか終わらないかのうちに、パジーはその場にへたり込んだ。

 私に睨まれて腰を抜かしたのか――それだと少しショックだ――魔力の強さに恐れをなしたのか、戦意を喪失した顔をしている。


 私も怒りは収まり、食堂いっぱいに広がっていた魔力も波が引くように体内に戻ってくる。

 体の中にある磁石が磁力を取り戻し、砂鉄のような魔力を再び引きつけ出したみたいだった。

 

「床は冷えるわよ」

 

 少しやり過ぎたかと、私は悪い公爵令嬢の顔を取り去ってパジーに手を差し出したけど、


「ひぃ、ごめんなさい……!」


 青い顔で仰け反られてしまった。手を差し伸べて謝られるというのは、おかしくないだろうか……。

 だけど脅した自覚も、思いきり威圧した自覚もあるので、パジーの反応は当たり前だ。


 怯えるパジーとマリー、倒れたままのウィンカから、周囲の生徒たちの方へ顔を向ける。

 全員にビクッと肩を揺らされた気がするが、これも仕方がない。これからは今まで以上に怖がられるのかと思うと少し悲しい。

 けれど単にドルーソン家の令嬢として、私の背後にお祖父様を見て敬遠されていた今までとは少し違う恐れられ方をするだろう。

 そしてそれは私にとって悪い事ではないような気がした。


 次に獣人の生徒たちの方を見ると、チーナを始め、半分以上の生徒が気を失っていた。

 そちらにはなるべく魔力が行かないようにしていたが、いつの間にか忘れてしまっていたみたい。

 しかし意識を保っている獣人生徒でもふらふらと覚束ない中で、イライアス・ウォーだけは私の魔力に影響される事なく、他の生徒の体を支えながらしっかりとその場に立っている。


 視線を感じてウォーを見るとばっちりと目が合ったけれど、一瞬で私の方から視線を逸らした。なんとなく、居心地が悪い。

 気を取り直し、食堂にいる生徒たちを見渡しながら声を上げる。


「昼食の最中に騒ぎを起こしてごめんなさいね。皆、協力して倒れている生徒を医務室のベッドに運んであげてくれる? ……獣人のあなたたちも、巻き込んでしまって申し訳なかったわ。ちゃんと医務室へ行くのよ」

 

 獣人の生徒たちは、演習で怪我をしても自分たちで適当に手当をしたりしてあまり医務室を使おうとしないから、そう念押ししておいた。

 おそらく最初は普通に使っていたのだろうが、人間の生徒に「獣人は医務室を使うな」とでも言われたらしく、それに反発して意地でも医務室を使わないようになったのだ。

 元々体が強くて病気にはかかりにくいし怪我の治りも早いから、医務室を使う必要性も薄かったのだろう。

 けれど今回は私がこうやって「医務室を使え」と発言したから、他の人間の生徒も獣人生徒を追い出したりはしないはず。仲良く使ってくれればいいけれど。


「ベッドが足りないと思うから、先生に言って第一実習室に毛布を出してもらって」


 指示を出し終わると、意識を保っていた生徒たちが戸惑いつつも協力して動き出してくれた。

 とはいえ皆、多少なりとも私の魔力に当てられているので、まだ体がこわばっているみたい。

 パジーたちのように行動を起こしたりしないまでも、心の中で私を侮っていた生徒たちに釘を刺すにはいい方法だったと思うけど、そんな事全く考えていなかった生徒たちの事は、一緒に威圧してしまって申し訳ないと思う。


 ティーカップより重いものを持つ事はほとんど無いので――鞄もヴァイオレットが持ってしまうし――腕力は全くないんだけど、私も倒れた生徒を運ぶのを手伝おう。

 まずはウィンカをと思って、ヴァイオレットたちに声を掛ける。


「ヴァイオレットにリーチェ、ウィンカを運ぶのを手伝ってくれる?」


 ヴァイオレットとリーチェはぱちぱちとまばたきをしてから、私の声にハッとなった。


「ベアトリス様、かっこよかったですよぉ。キレた悪の親玉って感じで~。言ってた事は悪くないんですけど、どうしてそう見えるんでしょうね。顔立ちのせいかなぁ」


 調子を取り戻して軽口を叩くリーチェを軽く睨みつけながらウィンカを抱き起こそうとすると、


「ベアトリス様、私が運びます」


 ヴァイオレットが一人でウィンカを持ち上げてから、こちらを向いて頬を染めた。


「あの、ベアトリス様の魔力を感じられて嬉しかったです」


 よく分からない喜びを打ち明けられたので、私も「そう、よかったわ」と適当に返してヴァイオレットとウィンカを食堂から送り出す。

 続いて、腰を抜かしているパジーに肩を貸そうとしたのだが、


「い、いいです平気ですごめんなさい!」


 やっぱり全力で拒否されてしまった。


「遠慮しなくていいのに」


 私が本気でそう言っても怖いだけらしく、パジーはマリーと一緒に膝を震わせながら、逃げるように医務室に向かった。

 仕方がないので他の生徒たちに手を貸そうとするものの、やはり皆怯えつつ遠慮する。


 生徒たちの私を見る表情はそれぞれ微妙に違い、先ほどの私の魔力の威圧感に戸惑って恐れを深める者もいれば――私はお祖父様にたびたびそうやって威圧されていたけど、初めてこういった魔力攻撃を受けたなら混乱するのだろう――、私がお祖父様のような獣人差別主義者ではないと知って安心しているらしい者、私がやっとパジーたちを諌めた事でどうやら見直してくれているらしい者もいた。

 

 獣人の生徒からの印象も少しは改善されたようだが、相変わらず警戒されているような空気も感じる。

 簡単には心を許してもらえないようだ。


 だけど、これくらいの距離感が今の私にはちょうどいい。

 お祖父様の手前、あまり獣人の生徒と仲良くなり過ぎるのはまずいから。


 今回の騒動の事もいずれはお祖父様の耳に入るだろうが、私は決して「獣人差別はしない」とは言っていない。

「敵は獣人であれ人間であれ差別しない」とは言ったけど。

 歯向かう者は誰であれ容赦しない、というやり方はお祖父様の好むところでもあるし、今回の事がお祖父様の知るところとなっても、学園を辞めさせられるという事はないだろう。

 それどころか、上手く説明すれば逆に「よくやった」と褒められると確信している。

 他人から変に話が伝わってしまう前に、私から「今日、私に歯向かってきた生徒をちょっと脅してやったのよ」とでも説明しておこうと思った。


 なんにせよパジーたちの件は片付いたので、しばらくは平穏な学園生活が送れるだろう。

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