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友だち

 放課後、私は教室に残って、約束通りヴァイオレットと一緒に勉強をした。

 私の予習は先を行き過ぎているので、「今日の授業、難しかったです」とこぼしたヴァイオレットに合わせて午前の座学の復習をする。

 

「それでここがこうなって……聞いているの、ヴァイオレット?」

「あ、はい、えっと……申し訳ありません」

「聞いていなかったのね」


 私は軽く片眉を上げ、机を挟んで向かいに座っているヴァイオレットを見た。肩の上で真っ直ぐに切りそろえられた黒髪が揺れて、ヴァイオレットはしゅんと体を小さくする。

 

「ヴァイオレットは嬉しいのよねぇ? ベアトリス様と一緒に勉強できて~」

 

 言葉を挟んできたのはリーチェだ。

 私とヴァイオレットが一緒に残ると知ると、「私も~」と言い出したのである。ヴァイオレットは少し嫌がっていたがリーチェが押し切った。

 

「ヴァイオレットはベアトリス様が大好きだから~」

「リーチェ、黙れ!」


 ヴァイオレットが恥ずかしがってリーチェの腕を叩いた。

 が、ヴァイオレットは力が強いので小柄なリーチェは本気で痛がっている。


「痛ーい、ひどーい。ベアトリス様ぁ~」

「あなたたち、勉強する気あるんでしょうね」

「あります、もちろんっ……!」


 ヴァイオレットとリーチェは正反対の性格をしているようだけど、意外と馬が合うみたいだ。なんだかんだ言って仲良くやっている。

 

「それじゃあ続きからね」

 

 この二人の事は私も信頼している。ヴァイオレットが真っ直ぐに私を慕ってくれるのは嬉しいし、リーチェは愛情表現が少し歪んでいるけど、私に対する裏表が無いところが好きだ。

 


 その後、四◯分ほど集中して今日の復習を終わらせた。お世辞も入っているかもしれないが、ヴァイオレットからは「教師の授業より分かりやすかったです」と好評だった。

 一方リーチェは、「疲れたぁ」と息を吐いて机に腕を伸ばす。


「ベアトリス様は、平日はいつもこうやって放課後まで勉強しているなんて~。信じられなーい」

「だってこうやって努力をしなければ、他の生徒に抜かされてしまうもの」

「そんな事ないですよ~。ベアトリス様の頭なら授業を受けているだけでも、ある程度の成績は維持できると思いますけどぉ」

「ある程度じゃ駄目なのよ。私は一番でいたいの」


 教科書やノートを片付けながら言うと、リーチェは机に寝そべったまま、ちらりとこちらに視線を寄越した。


「公爵令嬢は大変ですね~。あのお祖父様に言われているんですかぁ? 常に一番でいろって」

「違うのよ。……いや、違うという事はないけど。確かにお祖父様には学園内でくらい一番であれと言われているわ。でも、常に上を目指すのは私がそうしたいから。完璧でありたいの」


 私は少しだけほほ笑んで続けた。

 こういう話をするのは初めてかも知れない。


「お祖父様はまだ現役だし、その次にはお父様もいるし、まだまだ先の話だけど、私は将来、公爵位を継承するつもりなの。優秀な旦那さんを貰ってもいいけど、今のところ私は自分で領地を治めるつもり。あの土地にも領民の人たちにも愛着があるから、他人には任せたくないのよね。だけど頭の悪い女領主なんて、領民たちが不安に思うでしょ? 他の有力者たちからも軽視されてしまう。だからちゃんと勉強をしておくのよ」


 私の答えにリーチェは「へぇ~」と一度納得したけれど、数秒考えてこう呟いた。


「でも、それだけじゃないですよねぇ?」


 私は瞬きをしてリーチェを見返す。


「今の答えじゃ不満かしら?」

「私、時々思うんです~。ベアトリス様って何かとんでもない事を企んでそうだなぁって」

「人聞きの悪い事を……」


 それは私が性格の悪そうな顔をしているから、そう見えているだけじゃないの?

 起き上がって姿勢を正したリーチェに、ヴァイオレットも「失礼な事を言うな」と怒っている。


「一体リーチェには私がどう見えているわけ? とんでもない事って何なの?」

「うーん、たとえばぁ……――あのお祖父様の失脚を狙っているとか」


 普段は間延びした口調で話すリーチェが、途中からすらすらと言葉を紡いだ。

 私は虚を突かれて目を丸くする。


「リーチェ、お前は先程から失礼な事ばかり……!」

「いいのよ、ヴァイオレット。リーチェはどうしてそう思ったの?」

「だってぇ、ベアトリス様ってあのお祖父様の話をする時、なんだか少し嫌そうな顔をするじゃないですか~。私、てっきりベアトリス様も獣人嫌いだと思ったのに、そうじゃなさそうだしぃ」

「何を言っているのよ、確かに私はお祖父様ほど過激派じゃないけど、考えは同じよ。獣人は……人間とは違うのよ」


 自分の気持ちに反する言葉を口にするのは、思ったよりも難しかった。

 これくらいの演技さらりとこなさなくてはならないのに、僅かに声が詰まってしまう。

 そして他の人は気づかないような小さな仕草や口調でも、リーチェは見逃さない。今までお祖父様の話をしていた時にも、こういうところをしっかり見られていたのだろう。

 リーチェは可愛らしく唇を尖らせた。


「もう~! ベアトリス様ったら、私たちにまでそんな嘘をつくなんて~! 私とヴァイオレットはベアトリス様がどんな信条を持っていようとも、あのお祖父様には告げ口したりしませんよ?」

 

 リーチェは唇を尖らせたまま、はちみつ色の丸い瞳で私を見つめた。

 ヴァイオレットもおずおずとこちらを見る。


 教室に流れる沈黙。

 リーチェもヴァイオレットも諦めそうにない。

 私に気持ちを打ち明けて欲しいと、二人は前から思っていたのではないだろうか。


 静かに息を吐き、心の扉をゆっくりと開ける。


 秘密を秘密のままにしておく事は大事だが、信頼している友には少しくらい打ち明けるべきなのかもしれない。相手を信じてこちらの気持ちを打ち明けない限り、相手もこちらを完全に信じてくれる事はないのだから。

 ここで適当に二人をあしらって、リーチェとヴァイオレットからの信頼を失うのは嫌だ。

 それに彼女たちならきっと、私の味方になってくれる。


「……そうね。あなたたちを信頼して話すわ」


 私は重い口を開いた。


「私はお祖父様の事は家族として愛しているけれど、獣人を見下して差別する姿勢には反感を持っているの」


 二人は私の話を一言一句聞き逃さないように、耳を澄ましている。


「うちの領地から差別をなくして、人間にも獣人にも住みやすくする事、そしてさらに豊かにする事が私の“野望”なんだけど、それを叶えるにはお祖父様が障害になる。私のこの野望を打ち明ければ、強く反発されるだろうから。だからね、その時にちゃんと立ち向かえる力をつけるために、勉強も魔術も社交界での付き合いも、手を抜く事はできないのよ」


 うちの領地は、獣人が住むには環境がよくない。領主が差別をしているのでその思想を当たり前を思っている領民もいるし、良心のある人間でさえもお祖父様を恐れて獣人に冷たく接したりしている。

 国で一番獣人に厳しい土地と言われている領地を、私は将来、獣人にも住みやすい土地にしたいのだ。


 お祖父様は領地から獣人が逃げ出していってもいいと考えているようだけど、力や体力のある獣人はいい働き手になってくれるし、人間には難しい仕事もこなせる。

 現実的な面を見ても、彼らに領地に留まってもらった方が私たちも助かると思う。


 私だってお祖父様と敵対したいわけじゃないが、考え方が違うから、いつかはぶつかる事になる。

 だから私はそれを覚悟して準備しなければならない。


「だけど別に失脚を狙っているわけじゃないし、身内で争うつもりもないのよ。話し合いで済めば一番いい。ただ、私のような小娘の説得でお祖父様が折れるとは思えないの」

「私たちからすればベアトリス様は完璧な人だけど、あのお祖父様にとってはまだまだ子どもですもんねぇ」

「そうよ。私はここを卒業したらお祖父様の仕事の補佐につくつもりだけど、未熟な人間の言う事を聞いてくれるはずがないもの。何の実力もない人間が『獣人差別はやめるべき』と言っても、お祖父様の考えは変わらないわ。『お前が私に意見するのは百年早い』と嘲笑されて終わりよ」

「笑われないためには、それなりの実力や実績がないといけないってわけですね」


 リーチェの言葉に一つ頷く。


「他にも、卒業したら事業を始めようかとも考えているの。獣人の力が必要になる事業よ。成功すれば、お祖父様は私の事も獣人の能力の高さも認めざるを得なくなる」

「色々考えてたんですねぇ」


 私はくすりと笑いをこぼしてから言った。


「だけど何をするにしても、まずは学園を無事に卒業してからよ。私の野望をお祖父様に打ち明けるのは、二年以上先の事になるわね。それまでは着々と説得のための準備を整えつつ、大人しくしていないといけないわ」


 今現在もうちの領地で肩身の狭い思いをしている獣人たちがいるので、彼らの事を思えばあまり悠長な事は言っていられないけれど、私がお祖父様に潰されてしまえば意味がないから、ただ急ぐだけでも駄目なのだ。


「考えなしに動いたんじゃ、簡単にやり込められちゃいますもんね~」

「そう。だから二人もこの事は内密にね。中途半端な状態でお祖父様にバレるのが一番まずいわ」

 

 話が終わると、リーチェは頷きつつも楽しそうに笑った。


「やっぱりベアトリス様っておもしろーい! 私一生ついていきます~!」

「わ、私もです!」


 リーチェに続いて、ヴァイオレットも頬を赤らめながら言った。ヴァイオレットはともかく、リーチェは面白がっているだけのような気もするが、それでも嬉しい。

 けれど、あまり巻き込みたくない気持ちもある。

 

「私といれば……確かに退屈はしないでしょうね。でもお祖父様はあなたたちにも手を出すかもしれないわよ」

「こわいけど、面白そうじゃないですかぁ。私、退屈って大嫌いだから。私でお役に立つ事があればいつでも協力しまぁす」

「わ、わ、私も! ベアトリス様のためなら何でもします!」


 ヴァイオレットも慌てて挙手をする。

 私はにっこり笑って言った。


「ありがとう。期待しているわ」 


 私の野望に付き合ってくれるというなら協力してもらうけど、二人をただの駒にするつもりはない。

 せっかく得た信頼できる友だから、いざという時は私が守らねば。

 そのためにはやはり、今は闇雲にお祖父様に逆らったりしてはいけないなと思う。


 私が放課後に狼と密会している事も、もちろん絶対にバレてはいけない。


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