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おまけ その後の話1

ちょっとした小話です。

三話で終わります。


第九話『私の狼』の後の話です。

 食堂での騒ぎから数日が経った。


「おはようございます、ベアトリス様」


 朝、学校の玄関前では、相変わらずヴァイオレット、リーチェ、パジー、ウィンカ、マリーの五人が頼んでもいないのに私を待ってくれている。

 

「お鞄をお持ちします」


 馬車を降りた私が近づくと、ヴァイオレットは一歩前に進み出た。友だちなんだからそんな事しなくていいのにと思うが、鞄持ちの仕事を奪うと悲しそうな顔をするので結局今日も渡してしまう。

 そしてリーチェは、


「ベアトリス様、今日は魔女みたいに髪を下ろしてないんですね~! そうやって一つに結んでいると学生らしく見えますよぉ」


 私を怒らせるような事を言っては睨み返され、何故か嬉しそうに笑うという、よく分からない事をする。

 ヴァイオレット、リーチェの二人は食堂での騒動前と特に変わりはないが、パジー、ウィンカ、マリーの三人は少し様子が違った。


「ベアトリス様! おはようございます」

「今日も素敵ですね」

「いつも通りお美しいです」


 一見、私を適当に持ち上げているようにも見えるが、以前と違ってこちらを小馬鹿にしているような様子はない。わりと真面目に私の機嫌を取ろうとしているらしい。


 私が怖いなら取り巻きをやめればいいのにと思うが、あのまま『ベアトリス・ドルーソンに制裁を与えられた三人』という立場のままではいられない、挽回しなければと思っているのだろう。

 学校中の笑い者になったり、ドルーソンに逆らった影響が家の方にも出る事を恐れているに違いない。


「そんなに一生懸命持ち上げなくてもいいわよ。もうあなたたちの事は怒っていないし、私のお祖父様に言いつけるつもりもないから」


 私のお祖父様、という言葉に三人はビクッと肩を揺らした。パジーたちも一応貴族なので、貴族社会の重鎮であるお祖父様の恐ろしさはよく知っているのだ。

 顔を青くしている三人と、私たちのやり取りを愉快そうに眺めているリーチェ、そして私の鞄を宝物のように抱きしめているヴァイオレットに、私はため息をつきながら言った。


「ほら、教室に行くわよ」


 玄関に入ると、私はいつもさり気なく周囲を見回す。昼の食堂と朝の玄関では、イライアスに遭遇する確率が高いからだ。

 以前はよく遅刻をしていたようだが、最近はほぼ毎日私と同じ時間にイライアスは登校してくる。


(きっと偶然じゃないわね)


 私は軽く顔をしかめた。イライアスは私に会うため、登校時間を合わせているのだ。

 愛する人の姿を朝からひと目この瞳に映せれば、その日一日幸せな気分になる。それはイライアスを愛している私もよく分かる。

 けれど、私たちの関係が周囲に露見したらどうするのかと思うと心配で、その辺りをしっかり考えていなさそうなイライアスには思わず眉根を寄せてしまう。


 獣人であるイライアスと、獣人差別主義の祖父を持つ私が付き合っているのは誰にも秘密なのだ。

 私がお祖父様に対抗できる手段を得るまでは、決して誰にも知られてはならない。


 知られたが最後、それがお祖父様の耳に入れば、私は学校をやめさせられ、家に軟禁され、お祖父様が選んだ人間と早急に結婚させられるだろう。

 そして一代貴族でしかないイライアスの家には、強い圧力がかけられるに決まっている。


「イライアス・ウォーだわ」


 と、その時、パジーがウィンカ、マリーに小声で言っているのが聞こえてきた。

 振り返ると、若干眠そうな顔をしたイライアスが獣人の友だちたちに囲まれて玄関に入ってくるのが見えた。

 イライアスは友だちの話を聞いている振りをしながら視線を巡らせて私の姿を探している。


 そうして私と目が合うと、一瞬優しく表情を緩める。そんなに甘い顔をしたら周りに気づかれるでしょ! と今すぐ注意したくなるような顔だ。

 けれどイライアスも一応気を遣ってくれているので、私が睨みつけるとすぐに目を逸らした。


「ベアトリス・ドルーソンだ」


 イライアスの友人たちは私を見ると、山の中で熊に出会ってしまった旅人のような顔をする。つまり怯える。

 けれど食堂での騒動以来、「獣人も人間も差別しない」と言った私の事を、ほんの少し見直してくれたような気もする。

 イライアスの隣を歩いていたネズミの獣人のチーナは、私を見てぺこりと会釈もしてくれるようになった。


 チーナと言えば、頭についている先祖返り(アポカルト)の大きなネズミの耳が特徴だったが、今はそこに獣の耳はない。あるのは、オレンジ色の石がついたピアスを付けた普通の人間の耳だけだ。

 私が魔術をかけたあのピアスをつける事によって、悪目立ちしていたチーナのネズミ耳は人間の耳に変化するのだ。


 チーナはあの特別なピアスを作ったのが私だとは知らないので、ピアスに対するお礼の意味で会釈をしているのではないはず。

 おそらく食堂で私にぶつかった事に対する謝罪の気持ち、そして私がパジー、ウィンカ、マリーに制裁を与えた事でこの三人からいじめられなくなった事に対する感謝の気持ちから会釈してくれているのではないだろうか。


 と、チーナが小さい体をさらに小さくしてイライアスの後ろに隠れた。どうやらパジー、ウィンカ、マリーの視線が気になったらしい。

 けれど彼女たちが注目していたのはチーナではなくイライアスのようだ。


「イライアス・ウォーは、最近は早めに登校してくるわね」

「毎日のように姿を見てしまって、朝から嫌な気分だわ」

「本当よ」


 言葉とは裏腹に、三人の表情は少し嬉しそうだ。人間の貴族としてのプライドが邪魔して、獣人であるイライアスの事を素直に褒められないらしいが、素敵だと思っているのは間違いない。

 文句を言いながらも熱心にイライアスを見ている三人とは反対に、私は獣人には興味が無いという顔をして、さっさと教室に向かったのだった。



 午前の授業を終えると、昼食を取るために、ヴァイオレット、リーチェ、パジー、ウィンカ、マリーを引き連れて食堂へ向かう。

 私が歩くと、廊下を歩いていた他の生徒はみんな端へと避けて行くのももう慣れっこだ。


 しかし食堂まであと少しというところで、私の行く先に立ちはだかる生徒が現れた。短い黒髪の、大柄な生徒。

 それは毛むくじゃらの熊の足を持っていた獣人のテイド・グルーだ。

 彼も今は私の魔術がかかった靴下を履いているため、足は普通の人間と同じような形になり、ちゃんと靴も履いている。


(また……)


 今日こそは私に声をかけるぞ、という意気込みが顔に出ているテイドを見て、眉を寄せる。

 テイドはチーナと違い、イライアスを介して自分に靴下を送ってくれた人物が私ではないかと気づいている様子なのだ。

 それで確証を得るために、私に話しかけようとしてくる。きっと「この靴下をくれたのはあなたですか?」と訊きたいのだろう。イライアスが口を割らないので私に直接尋ねるしかないと考えているらしい。


「やだ、またあいつだわ」


 後ろにいたパジーたちもテイドに気づいて、嫌そうに口を開く。


「ベアトリス様のストーカーみたい」

「気持ち悪い」


 私がちゃんとテイドに対応しないから、彼はパジーたちに気持ち悪いと罵られてしまっている。

 けれど私は彼に正体を明かす事はできない。今はまだ。

 先祖返り(アポカルト)症候群で悩んでいる獣人を救うような魔術を私が開発したなんて、お祖父様は許さないだろうから。


「あの……! ベ、ベアトリス様っ」


 テイドは熊の獣人らしく体は大きいが、気は小さいようで声も小さい。特に今は緊張しているせいで低い声はモゴモゴと篭っていて、聞き取りづらかった。

 いつもは一瞥するだけでさっさと通り過ぎてしまえば諦めるのだが、今日のテイドは少しだけ粘り強かった。


「すみません、あの、お聞きしたい事が……っ」


 早足で歩く私を追いかけてきたのだ。しかし――


「ちょっと! あなた何なの?」

「獣人でしょ? 獣人が気安くベアトリス様に話しかけていいと思ってるの?」


 パジーたちに「しっしっ」と追い払われた挙句、ヴァイオレットにも「おい、それ以上ベアトリス様に近づくな」と牽制されて心が折れたようだった。

 しょんぼりと肩を落として足を止め、去っていく私たちの後ろ姿を見送ってる。


「可哀想~」


 リーチェが笑いながら言う。表情と発言が合っていない。

 

「靴下をあげたのは自分だって、認めてあげればいいのにぃ」

「今は駄目よ」


 小声でそう伝えてくるリーチェに、私も小声で返した。リーチェは鋭いので、私の出したヒントを元に、あの靴下に魔術がかかっている事も、あれをテイドに贈ったのが私である事にも気づいたのだ。


(テイドには困ったわね)


 靴下を贈った人物が私であるという可能性に、まさかテイドが思い至るとは思わなかった。

 私は心の中でため息をつきながら、食堂へ向かうために淡々と足を進めたのだった。

 


 一日が終わって、放課後。

 私はいつものように教室に残ってかなり先の授業の予習を済ませると、すっかり校舎にひと気がなくなったのを確認して、学園内にある小さな森へと向かった。


 森に入ると、青灰色の毛皮を持つ大きな狼がすでに私を待っていたので、私はほほ笑みながら彼に近づく。

 この毛皮を撫でるのが、狼姿のイライアスに会った時の楽しみの一つなのだ。

 

「おいで、イライアス」


 ハンカチを敷いて地面に座ると、イライアスはただの犬のように扱われるのには不満な顔をしながらも、素直にその場に伏せて、私の膝の上に顔を乗せてきた。

 放課後の森での、こののんびりとした時間は癒やしだ。


 イライアスはしばらく大人しく私に撫でられていたけれど、ひくひくと鼻を動かすと、やがて鼻筋に皺を寄せて低い声で呟いた。


「あいつの匂いがする」

「あいつ?」


 私は小首を傾げて尋ねる。


「あいつだ。あの雄犬」

「……ああ、スポッティの事ね」


 スポッティとは、うちの屋敷で飼っている白い中型犬の名前だ。貰ってきたのはお母様だが、私も可愛がっている。

 一方、お祖父様はスポッティを撫でたりはしないものの、従順に命令をきくただの犬はそれほど嫌いではないらしく、追い出したりもしない。

 私は呆れたように続ける。


「ちゃんと名前を呼んでよ。あいつだとか、あの雄犬だとか言わないで」


 私がそう注意をしても、イライアスは聞いていない振りをして大きな頭を私の体に擦り付けてくる。自分の匂いをつけているのかもしれないが、制服に毛がつくのでやめてほしい。


「ちょっと! 舐めたわね!」


 どさくさに紛れて首筋を舐められ、思わず顔を赤くする。両手でイライアスの顔を押し返して怒ると、反省していなさそうな顔をしてイライアスはペロリと自分の鼻を舐めた。


「もう。スポッティと張り合わないでよ」


 家に帰ったら、きっと今度はイライアスの匂いに気づいたスポッティに匂いを上書きされるのだ。また毛だらけになる。


「だけどスポッティの匂いに気づくなんて、イライアスは鼻がいいのね。獣人は皆そうなのかしら?」

「そうだな。皆人間よりは嗅覚が鋭いが、俺は狼だから中でも特別鼻がいい。ビーの家に居候してる雄犬にだって負けない」

「だから張り合わないでったら。それにスポッティは居候じゃなくて家族よ」


 私がそう言うと、イライアスはお座りをしたまま拗ねたように顔をそらした。困った狼だ。

 頬を撫でてなだめようと手を伸ばすが、肉球付きの大きな前足を使って拒否される。

 

「そうやって拗ねるなら今日はもう帰るわ。スポッティの新しい首輪を買いに行かないといけないのよ。今つけているものは古くなってきたから」


 犬と張り合って拗ねるイライアスはまるで子どもだが、スポッティの話題を続ける私も意地が悪い。だけど手を払われたのはちょっと傷ついたのだ。


 私が立ち上がるとイライアスも立ち上がり、歩き出そうとした私の行く手を邪魔してきた。猫のように足に擦り付いてくるので上手く歩けない。

 そしてついには、こちらに寄りかかってくるイライアスに押されて私はその場で地面にお尻をついてしまった。

「もう!」と苛立ちながら、イライアスの顔を両手で包んでこちらに向ける。大きな藍色の瞳と目を合わせると、私は片眉を上げて言った。


「悪い狼ね。あなたにも首輪が必要かしら?」


「それは嫌だ」という返事が返ってくるだろうと予想して言ったのだが、どうやらイライアスは私が思っている以上に〝重症〟らしかった。

 

「ビーがくれるものなら何だって欲しい」


 もうイライアスは手遅れだ。

 私は呆れたようにぐるりと目を回した。

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