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おまけ 前日譚

狼の正体がイライアスだと気づかないまま、ベアトリスが森に行くようになってしばらく経った頃の話です。

「時間だ。この試合は引き分けとする」


 授業終了の鐘が学園中に鳴り響くと、教師は手を広げて私とウォーを静止した。

 私とイライアス・ウォーの対戦は過去二度の演習の時と同じく授業の最後に時間を設けられたのだが、今日は一◯分では決着がつかなかった。お互いの腕にはまだリボンが残っている。


(悔しい)


 今日もウォーに勝てなかったと、私は歯噛みした。過去の対戦は二回とも負けているので、今回こそはと思っていたのに。

 前回の反省を活かして作戦を変えているのに、ウォーは毎回簡単に私の攻撃を避けてしまう。彼の実力の底を私はまだ見られていない。

 一体いつになったら彼の本気を引きずり出せるだろう。卒業までにイライアス・ウォーの焦った顔を見られるだろうか。


(なによ……)


 いつもは試合が終わればさっさと仲間の獣人生徒の元へ戻っていくウォーが、今日は自分で自分のリボンを外しながら私の方を見ている。

 これまでは、こちらの事なんて眼中にないというように私と目を合わせようとはしなかったから、こうやって視線が交わるのは珍しい。

 何を考えているのか読めない瞳だが、私は引き分けに終わった試合の悔しさもあったので、きつく睨み返しておいた。

 

 魔術で誰かに負けた事などなかったし、練習だって人一倍やってきたので、私には自惚れではない確かな自信があった。

 それなのに、その魔術を使ってもウォーには勝てないなんて。


 私はウォーを睨んだまま、教師がリボンを解いてくれるのを待った。ウォーに悔しさをぶつけるのは八つ当たりに近いし、幼い行為だ。こんなふうに睨みつけるのもよくないとは分かっている。けれど、今までの人生で同年代の子に負けた事などなかったので、この気持ちをどう消化していいのか分からない。


 教師が私のリボンを解いてくれている間――かたく結んであるため、なかなか外れない――ウォーは自分のリボンを取って教師に返すべくこちらに近づいてきた。私の視線を受け止めながらも、気分を害している様子はない。そういうところにも器の大きさみたいなものを感じてしまって、小さな自分と比べてしまう。


 ウォーはリボンを教師に差し出すと、去り際にもう一度私をじっと見つめた。

 彼の瞳を間近で見たのは初めてだけど、その綺麗な藍色にはなんだか親近感を覚えた。


(誰だったかしら?)


 同じ色の瞳を持つ親しい人がいた気がするが、お祖父様やお父様、お母様でもなければ、ヴァイオレットやリーチェも違う。

 答えが見つからずにもやもやしながら、私は試合を見守っていたヴァイオレットたちの元へ戻ったのだった。






 最近では、放課後が楽しみな時間になりつつあった。

 理由は一つ。あの狼に会えるからだ。


 今日もしばらく教室に残って予習をしていれば校舎の中に生徒はほとんどいなくなっていたので、私は注意深く人目を忍んで、学園の敷地内にある森へと向かった。

 最初は迷惑そうな顔をしていた狼も、近頃では私がやって来るのを待ってくれている。


「今日も素敵な毛並みね」


 いつも私たちが会う森の中の開けた場所で、狼はすでに待機していた。

 私は嬉しくなってにっこりとほほ笑む。普段の学園生活ではこんなふうに自然に表情を崩す事はない。

 これは私の気のせいかもしれないが、私がこうやって笑うと、いつも彼――もしくは彼女――は驚いたように少しだけ目を見開く気がする。


 私は芝の上に腰を下ろすと、狼の背を撫でてその毛皮を堪能した。手触りは少し硬く、毎日手入れをされている愛玩動物ほど柔らかくはないが、それでも私のささくれだった心を和ませるには十分だ。


「今日もイライアス・ウォーに勝てなかったのよ」


 普段は誰にも言えない弱音を、言葉が理解できないのをいい事に、狼にだけはいつも吐露してしまう。


「私は自信過剰だったのかしら。自分の才能を理解しているつもりだったし、自主練習だって手を抜かずにやってきた。作戦だって今回は三日かけて考えたのに、それでも駄目みたい。……自信を無くしそう」


 ぎゅっ、と狼の首元に抱きつくと、彼はどうしていいか分からないというように身を固くした。


「ごめんなさい、嫌だった?」


 狼同士ではどんなふうにコミュニケーションを取るのかしらと思いながら体を離す。そして独り言として、先ほどの話を続けた。


「だけどいくらウォーが強くても、やっぱり私は勝たなくちゃいけないわ。時間切れによる引き分けという結果ではお祖父様も満足しないだろうし、私も悔しい」


 俯いていると、狼はそっと鼻先を寄せてきてくれた。どうやら励ましてくれているらしい。


「ありがとう。あなたはやっぱり優しいし、頭がいいのね。人の気持ちを理解しているみたい」


 鼻先を撫でて、キスを落とす。相手が動物でも、愛おしいものにはキスをしたくなるのだと最近気づいた。

 狼はキスという行為の特別さを分かっているかのように、気まずげに視線を逸らす。嫌がっているふうではないけれど、バツの悪そうな顔をして首をすくめると私から離れていった。


「もう帰るの?」


 そういえば何日か前に頭にキスをした時にも、その後すぐに狼は帰ってしまったんだった。

 寂しくなって思わず立ち上がり、狼を見つめる。すると彼も振り返って私を見つめた後、躊躇するようにうろうろと大回りでこちらへ戻ってきた。

 正面に立って私を見上げた時にも、藍色の目には少しの迷いが浮かんでいた。


(あら? この瞳の色……)


 そこでふと、昼間見たウォーの目を思い出す。

 そうか、狼と一緒の色だったから親近感を覚えたのだ。


(そういえば毛の色も、ウォーの髪と似た色だったわね)


 それは前から思っていたけれど、獣人は動物に変化する事なんてできないと知っていたから、この狼はただの狼だと思っていた。

 しかしウォーは狼の獣人でもあるし、毛の色も目の色も同じだとなれば、両者は何か関係があるのかもしれない。たとえば、この狼は実はウォーに飼われているペットだとか?

 いや、それでは同じ色を持っている理由にはならないか。


 狼とウォーは同一人物である、という考えは前から私の頭の隅に浮かんでいたのかもしれないが、常識的に考えてありえないと無意識に却下していた。

 先祖返り(アポカルト)症候群の者以外、獣人は人間と変わらぬ見た目をしていて、その姿を変える事はできない。完全な動物の姿になんてなれないのだ。

 また、人間の魔術師なら変化の術を使って動物になる事もできるが、獣人は魔術は使えないからそれも無理な事。その常識があったために、私は狼をイライアス・ウォーだと判断する事はなかった。


 けれど次の瞬間、私は狼がいたはずの場所にイライアス・ウォーが立っているのを見て、悲鳴を上げる事になった。

 

 立っている私を見上げていたはずの狼は、一瞬で人間に姿を変えて、今度は私を見下ろしてきたのだ。


 頭が真っ白になるというのは、こういう状況の事をいうのだろう。私は口を開けて目を見開き、後ろめたそうな顔をしているウォーを見た。


 あの狼の正体は、本当にイライアス・ウォーだった?

 どうして彼は体を変化させる事ができるの?

 いや、それよりも彼はどうして――


「ベアトリス。俺は……」

「きゃあああ!」


 混乱のあまり、私は悲鳴を上げると同時にウォーの頬を思い切りぶっていた。誰かを叩いた事なんて初めてで、力の加減などできなかった。


「どうして裸なのよ!」 


 そして私は咄嗟に目をつぶり顔を真っ赤にしながらそう叫ぶと、あわてて体を反転させてその場から逃げ出した。

 ウォーがその後どうしたのかは知らないけれど、少なくとも裸のままで私を追ってくる事はなかった。





 その日の夜、私はベッドに入ってもなかなか眠りにつけなかった。あの狼の正体がイライアス・ウォーだったという事実は、私に強い衝撃をもたらしたのだ。

 

(よりによって、ウォーだなんて!)


 一番弱味を見せたくない相手に自分の精神的な弱さを晒し、無防備に笑顔を見せて、あまつさえ彼を撫でて抱きしめ、キスまでしてしまった。

 

「私……! 私ったら!」


 枕に顔をうずめて、じたばたと悶える。

 もう二度とウォーには会いたくない。明日から一体どんな顔をして学園に行けばいいのだろうか。

 他人の記憶を消す魔術がなかったかと本気で自分の記憶を探るが、都合よく一部の記憶を抹消できるようなものはなかったはずだ。いっそ自分で開発してしまおうかとも考えるが、完成まで何年かかるか分からない。


(ウォーは私の事を誰かに話したりしていないかしら?)


 ベアトリス・ドルーソンは、実は俺に勝てなくて放課後にめそめそと弱音を吐いているんだとか、狼相手に悩みを相談している痛い奴なんだとか、そんな事を生徒たちにバラされたら、私は恥ずかしくて学園に通えなくなる。

 本当は陰でウォーも笑っていたんじゃないだろうか。

 やっぱり私は誰にも弱音なんて吐くべきじゃなかった。王子殿下が愚痴を言っているのを見た事がないように、公爵令嬢という立場にいる私も、誰にも悩みを打ち明けてはいけないのだ。たとえ相手が動物であっても。


 私はため息をつくと、何とかウォーの事を頭の中から追い出そうと努力しながらベッドに潜り込んだのだった。





 翌日、私は戦々恐々としながら学園に向かった。

 しかし馬車から降りて玄関に向かっても、取り巻きの五人が並んで待っているいつもの風景が広がっているだけだ。


「おはようございます、ベアトリス様」

「おはよう、ヴァイオレット、リーチェ、パジー、ウィンカ、マリー」


 生徒たちの中には遠くからこちらを見てひそひそと何かを話している者もいるけれど、それは今までもよく見た光景だし、嘲笑しているような感じではない。

 よく考えてみれば、私が狼の正体を知ったのは昨日だったけれどウォーはもっと前から私の無様な本当の姿を見てきたわけで、もし彼がその真実を学園中に広めるつもりだったなら、とっくに噂は広まっていたはずだ。


「ねぇ、リーチェ。何か私についての噂を耳にしていない?」

「ベアトリス様のですかぁ? 気に入らない生徒を裏で処分しているとか教師を買収しているとか、そんな噂なら山ほど聞きますけど、でもそんなの今さらですよね~?」

「そうね、ありがとう」


 顔の広いリーチェも知らないという事は、どうやら本当にウォーは放課後の森での事を誰にも話していないようだ。

 けれど、狼の姿で近付いて私の弱味を握ろうだとか、ウォーにそういう思惑がこれっぽっちもなかったとしたら、彼も今まで頭を撫でられたりキスをされたりして、かなり困惑していたのではないだろうか。

 だから時々気まずげな顔をしたり、抱きしめたらぎこちなく硬直したりしていたのかもしれない。

 正体を知らなかったとはいえ、私はウォーにかなりの迷惑行為をしていたのでは?


(だけど嫌だったら、ウォーは森には来なくなっていたはずよね……)


 座っている私の脚の上に頭を乗せて気持ちよさそうに眠る事もあったし……とそこまで考えて、狼の姿のウォーを人の姿のウォーと置き換えて想像してしまい、私は一人で顔を赤くした。


「ベアトリス様、どうかされましたか?」

「何でもないわ、ヴァイオレット」


 しかし運の悪い事に、今日に限って朝から玄関でウォーと遭遇してしまった。

 彼は始業ぎりぎりに登校してくる事が多いようで、朝に会う事はあまりなかったというのに。

 私がウォーを見つけるより先に彼は私を見つけていたようで、こちらが視線を向けた時には、相手もこちらを見ていた。

 一瞬どきりと胸が鳴った気がしたけれど、私は動揺を周囲に悟られないようウォーから自然に視線を外す。


「まぁ、見て」

「イライアス・ウォーだわ」

「本当ね」


 朝から嫌な人物を見てしまったという口調で、ウィンカやパジー、マリーが言うが、表情はウォーに見とれていると言ってもいいくらいだ。本音では正反対の事を思っているのだと簡単に予想できる。


「ねぇ、あれ」

「どうしたのかしら?」


 パジーたちが注目したのは、ウォーの左頬に浮かんでいる赤い痣だ。よく観察すれば、人の手の形にも見える。

 どうやら昨日私が平手打ちをしたせいで痕が残ってしまったらしい。申し訳なくて居た堪れない気持ちになり、一人苦い顔をする。

 するとそこへやって来た獣人生徒が、ウォーに気軽に声を掛けた。


「うお、イライアス! どうしたんだよ、その顔!」

「大丈夫? 誰にぶたれたの? 酷いね、かわいそう……」


 獣人女子生徒の同情の声に、私はますます気まずくなる。

 しかしそこで他の獣人生徒が口を挟んだ。大人っぽいが軽い雰囲気の男子だ。


「ばーか、こんなの痴話喧嘩でぶたれたに決まってるだろ。イライアスが何かして、相手の女を怒らせたんだよ。だろ? イライアス」

「え、女って……! イライアス彼女いたの!?」


 女子生徒がショックを受けたように尋ねるが、ウォーは何故かまんざらでもなさそうに左頬を晒したまま笑うだけだ。


「彼女って誰なの?」

「俺も気になるなー、イライアスの彼女」

「てか、何してぶたれたんだよ」

「キスしようとしたとか?」


 仲間の質問には答えないけれど、ウォーの機嫌は悪くなさそうに見える。

 というか、むしろ上機嫌だ。


「くだらないわ」

「すぐに別れそう」

「もう別れたんじゃない?」


 反対にパジーたちは不機嫌になったようだ。


「放っておきなさい。行くわよ」


 私は冷や汗をかきながら三人を促すと、ヴァイオレットとリーチェと共に足早に教室へと向かったのだった。





 昼食の時も、食堂では決してウォーたちの席を見ないようにしながら、何とか放課後までいつも通りの学園生活を送る事ができた。

 教室に一人残り、なかなか集中できないまま予習を終えると、すでに日が暮れかかっていた。森に行こうかどうしようかとぐずぐずしているうちに無駄に時間が経ってしまったみたいだ。


 できればこのまま帰りたい。昨日までの事は無かった事にしてもう狼とは顔を合わせたくないけれど、頬をぶってしまった事は一応謝っておかないといけないだろう。そして明日からはガーゼか何かで痕を隠してきてほしいと頼むのだ。私が居た堪れないから。


 校舎を出て森に向かうと、中に入るまでもなく、その入口でウォーは待っていた。狼の姿ではなく人の姿で、木に寄りかかって立っている。

 私は素早く周囲を見回して人がいない事を確認した。私が放課後にウォーと話をしているところを見られたら、一体どんな噂が立つか。


「もうここへは来ないかと思った」


 ウォーは私を見つけると、そう言った。

 私はそれに返事をせずに、校舎の方をちらちらと気にしながらこう返す。


「まずは森の奥へ。誰かに見られるとまずいわ」


 森の中に進むとウォーは黙って後をついてきた。狼の姿に馴染んでしまっていたから、森の景色の中に人の姿の彼がいる事に少し違和感を覚える。

 いつもの場所まで来ると、私は振り返ってまずは謝罪した。


「昨日はいきなり叩いてしまってごめんなさい。赤みが残ってしまったわね」

「これくらい何でもない」


 ウォーはそう言ってから、自分の特異な体質の事を説明してくれた。狼に変わると服のサイズが合わなくなるので変身前に脱いでいる事も、そのため再び人の姿に戻る時は裸になってしまうのだという事も。

 どうやら私が昨日ウォーをぶった理由は理解していて、全裸で目の前に現れてしまったのは仕方のない事だったと言いたいようだ。

 

「分かったわ。だけどこれからは気をつけた方がいいわよ。特に女性の前で変身する時はね。ところで今日ここへ来たのは……」


 一呼吸置いてから私は続ける。


「これまでの、この森での事を……誰にも言わないで欲しいとあなたに頼みに来たのよ。私があなたにした事、言った事も全て忘れて」


 ウォーは真っ直ぐ私を見て答えた。


「もちろんここでの事は誰にも言わない。言う必要がないからな。だが、忘れるのは無理だ」


 そうして一歩こちらに近付いて、そっと片手を伸ばしてくる。

 しかし頬に触れられそうになった私が思わず後ろへ下がると、ウォーは深追いせずに手を下ろした。


「あなたは私を騙すつもりはなかったのよね? 森で出会ったのも偶然だったし。ここで放課後何をしていたの?」

「獣の姿で走り回る事を楽しんでいただけだ。この姿の時より早く走れるから」


 ウォーは長い前髪をうっとおしそうにかき上げて続ける。


「正体を隠していた事は謝る。言うタイミングを逃したというのもあるが、言えばベアトリスはもう二度と放課後“狼”に会いに来る事はなくなるだろうと思ったから」

「どういう意味? ……私に会いに来てほしかったというの?」

「それ以外の意味があるか?」


 ウォーは強い視線で私を射抜いた。

 心臓がうるさく鳴って、そわそわと落ち着かない気分になる。


「お前が万年筆を落としてくれてよかった。最初は面倒な奴に俺の存在を気づかれたと思ったが、ここで会ううちに印象が変わった。あの爺さんにちっとも似ていない事も分かったしな」


 そう言うと、ウォーは冗談ぽく笑った。この大人びた控えめな笑顔が、獣人の仲間ではなく私に向けられている事が信じられない。私はベアトリス・ドルーソンであり、祖父は獣人差別主義者であるグルズ・ドルーソンである事を彼はちゃんと分かっているのだろうか。

 私は戸惑いながら言った。


「あなたの考えが理解できないわ。まるで私と親しくなりたいと思っているみたいだけど、私とあなたが友だちになっても、誰がそれを歓迎するというの? 私のお祖父様はもちろんだけど、あなたの家族や獣人の仲間たちも、あなたが私と友だちになる事を喜ばないと思うわよ」

「周りの人間が関係あるか?」


 ウォーは落ち着いた低い声で言った。


「俺は放課後にこうやってベアトリスと話すのが楽しいと思っていて、ベアトリスもそう思っているなら、明日もまたここで会えばいい」

「そんなに簡単な問題じゃないわ! あなたは獣人の英雄の息子で、私はドルーソンの孫娘なのよ」

「今の時点では、そんな事はどうでもいいだろ。俺が聞きたいのはお前がどうしたいのかという事だけだ」


 ウォーと目を合わせながら、数秒の沈黙が流れる。

 私は混乱したままで答えを出せない。ウォーを前にしていると心臓が高鳴って、冷静にものを考えられなくなるのだ。

 理性をかき乱すイライアス・ウォーから離れるべきだと、私はこの場から逃げ出す事にした。

 きびすを返して、森の小道を小走りで駆け抜ける。


「ベアトリス! 俺は明日もここで待っている。狼の姿の方がいいというなら、四つ足になって」


 最後に一度振り返ると、ウォーの藍色の瞳と目が合った。

 だけど私は足を止めずにまたすぐ前を向くと、森の出口を目指したのだった。







 その後、結局次の日は森へ行かなかったけれど、やっぱり一人で予習だけをする放課後は寂しくて、週明けから私は再び狼に――というよりウォーに会いに森へ通うようになった。


「待ってたぞ」


 彼は少しだけしっぽを振って、狼の姿で私を歓迎してくれたのだった。

読んでいただき、ありがとうございました!

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