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第一話凡才の意地



皆は幼かった時の夢を覚えているだろうか?あの頃は色んな夢を見られた。スポーツ選手。歌手。警察官。どんな夢だって叶えられる、そんな気がして仕方がなかった。

 でも、それも歳を取るにつれて限界があることを知っていく。自分には才能がないんだということに気づいてしまう。

 僕もそんな自分の限界を決めてしまった一人だった。でも、夢を諦め切れなかった。これはそんな僕の夢を追った物語だ。

僕の夢はプロ野球選手だった。リトルクラブに入った頃はすぐに周りの選手を追い越してレギュラーを取ることができた。でも、中学生になった時、僕はあまり身長が伸びなかった。でも、ほかのチームメイトはどんどん成長期で身長が伸びていって、完全に体格とパワーで勝てなくなってしまった。スポーツにおいて体格に差というのは実力の差以上に開いてしまうものだ。

 でも、僕はそれでも、ホームランが打てなくても試合で活躍するために技術を身につけていった。誰よりも早く、力強くバットを振ることは出来ないけれど、誰よりもうまく送りバントを決めることは出来た。早くて重いストレートは投げられなくても、ストライクゾーンぎりぎりにコントロールされたストレートは投げられた。

 だから、僕は僕自身を信じられたし、少なからず自信もあった。試合にも毎試合出場していたし、監督からも信頼されていた。僕の役目は1番バッターか2番バッターだった。決して試合の要ではなかった。けれども、主役じゃなくてよかった。脇役がいてこそ主役は輝けるんだから。

 このまま、野球を続けてプロになる。僕はどこか確信みたいなものを持っていた。

 でも、その夢は簡単に破られることになった。

 中学三年になると、全国から強豪校のスカウトマンが視察にやってきた。優秀な選手を自分の高校に推薦で招待させるために。

 もちろん僕も、どこかしらの高校のスカウトマンの目に留まる自信はあった。いくら体躯が小さくても、中学校三年間の通算打率は4割を超える。一流のプロ野球選手でも3割を打てればいいといわれている中でジュニアリーグと言えでも優秀な成績だ。バントの成功率も9割を超える。ピッチャーとしても僕の投球で壊した試合もほとんどなかった。

 正直言って逸材だという自負があった。決して天才なんかじゃない、努力の結果だ。人の何倍も練習をした。体も鍛えた。経験も積んできた。僕はプロ野球選手になるのだから。 

 正直チームメイトでも不真面目なやつは沢山いる。練習をサボったり、監督やコーチが見ていないときは手を抜いたり、挙句の果てには煙草まで吸っているやつもいた。そんなやつらに僕は体が小さいというだけで見下されてきた。  

 必ず、こいつらを見返してやるんだ。僕が推薦で行った高校を甲子園に連れて行くんだ。

恵まれた体格を持ちながら努力しないやつらがにくくて仕方がなかった。

 でも、僕の期待とは裏腹に、僕以外のレギュラーメンバーは着々と推薦を得ていった。

 どうして努力をしていないのにあいつらが選ばれるんだ。どうして僕は選ばれないんだ。

 悔しかった。このやり場のない怒りと悔しさでどうにかなってしまいそうだった。僕したあいつらに見下される。体格だけなはずなのに、その体格の差というのは才能の差とでも言いたげに僕を馬鹿にする。

 そんなある日、僕は監督に呼ばれた。どこかのスカウトマンから連絡が来たのかもしれない。一抹の期待と不安を抱いて監督の下に向かう。

 監督室の扉をノックして声を出す。

 『失礼します。』

 埃の臭いと湿気の臭いがするこの場所は普段は誰も使っていない場所だった。

 『おう、入ってきなさい。』

 中から少し低めの男性の声が返ってきた。

身長は僕よりも20cm程高く、表情はいつもポーカーフェイス。正直言ってかなり厳しい人だ。高宮謙一、元プロ野球選手だった。

 『すまんな、いきなり呼び出して。』

 『大丈夫です。それで用件は何でしょうか。?もしかしてどこかの高校から推薦でも来たんですか?』

 監督はふっと息を吐いて、いつもより落ち着いた声で僕に話しける。

 『ああ、そうだ。お前を必要としている高校があってだな。推薦状が届いている。』

 やっぱり僕の勘は当たっていた。これで僕を見下したやつらと並んだんだ。

 『ありがとうございます!それで一体どこの高校なんですか?瀬戸高校ですか?それとも厳輪とかですか?。』

 瀬戸高校にしろ厳輪高校にしろ、このあたりではかなり有名な強豪高だ。どちらかの高校が毎年甲子園に行き、またどちらの高校からも毎年のようにプロ野球の門を叩く選手が現れる。このどちらかの推薦を受けられるということはプロの世界がまた一歩近づくということだ。

 舞い上がっている僕をよそに監督は黙っている。僕が黙ると冷静に告げた。

 『お前を必要としている高校は、龍谷高校だ。』

 それを僕にとってもっとも聞きたくない学校名であり、もっと縁の遠い場所だったはず。けれども、その場所との距離がこの数分ですれ違いぎりぎりまで来てしまった。

 やっぱり僕には才能がないのか。周りに見下される存在なのか。努力じゃ才能には勝てないのか。いろんなことが頭の中を廻っている。プロ野球からはもっとも遠い場所に行くことになるのか。

 『どうして僕がそこなんですか。あんなに練習をサボっていた久川が瀬戸なのに。』


 とにかく納得がいかない。あいつは監督がいない時はとにかく手を抜いていた。挙句の果てに煙草にまで手を出していた札付きの不良だ。

 『僕は、監督が知ってるように誰よりも真面目に練習してきました。ホームランは打てませんけど打率だって優秀な数字を残しました。それなのに。』

『お前の気持ちは痛いほどわかる。だが、強豪が欲しているのはエースと4番バッターなんだ。確かに古川、お前は真面目で、試合でも結果を残してきた。だがな、限界が見えてしまってるんだ。』

限界が見えてきてしまってる?そんなはずはない。まだまだ技術を磨けば打率もあげられる。盗塁数も増やせる。変化球の球種だって。限界なんてまだまだ見えていない。

 『正直、どのスカウトもお前には一目を置いていた。だかやっぱりその体躯では厳しいだろうと判断されてしまった。』

 やっぱりそういうことだった。僕に唯一足りないもの。それを補うためにどれだけ努力したところで体格というのはどうにかなるもんじゃなかった。

 『高校で大きくなるやつも沢山いる。俺からお前に言えるのはプロになることを諦めないでほしい。まぁ、今すぐ決める必要はない。今週いっぱいしっかり考えてくれ。』

 そう言って監督は僕の肩を叩き監督室を出て行った。

 『ふぅー。』

 溜息が漏れてしまう。よりによってこの関西地区で最弱と言われている龍谷高校とは思いもしなかった。それなら普通の公立高校の野球部に入ったほうがましかもしれない。そう思ってしまうぐらいにこの高校は弱かった。

 龍谷高校といえばこの地区の人なら必ず知っている学校だった。公式戦の連敗記録の日本記録を持っているからだ。72連敗と言う不名誉な記録を。

 確かに毎年予選のくじ運は最悪で、必ずといっていいほど厳輪か瀬戸と当たる。そうじゃなくても強豪校とぶつかる。

 その驚異的なくじ運の悪さを差し引いても弱かった。ここに通うと言うことはプロの世界を諦めるようなものだった。

 とにかく今週いっぱい時間はある。今日も今日とて、僕はあいつらに負けないために練習をする。


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