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 残念ながら闘技大会はオーウェン将軍の優勝で幕を閉じ、最後まで大盛り上がりのまま祭りが終了した。

 あいにく私は聞いていなかったが、大会の場でリル姉はプロポーズを受け入れ、観客たちと王に祝福されたらしい。

 望んだ結果ではなかったが、予想していた結果ではあった。

 私は負けた。認める。彼の粘り勝ち。

 だから祭りが終わった翌日、約束通り、一連の非礼を詫びに将軍が家にやって来た時、私もジル姉もなんら拒みはしなかった。

 そう、私たちは。

「ごめんなさいっ!!」

 店奥のダイニングスペースで、今、私の背中にリル姉がひっついて、必死に隠れながら叫んでる。

 そして私の目の前に、石化した男が一人いる。

 婚約者へのプレゼントとおぼしき花束が、ぱさりと軽い音を立てて床に落ちた。ジル姉がそれをそっと拾ってテーブルに置く。そこではモモが、詫びの品として将軍が持ってきた焼き菓子をさっそく頬張っていたのだが、今はその手を止め二人の様子に目をぱちくりさせていた。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!」

 リル姉はずっと半泣きで謝り続けてる。

 まあ、昨夜から様子はずっとおかしかったのだ。

 大会直後は気もそぞろで、家に帰ると急に赤くなったり青くなったり。今朝はオーウェン将軍の訪問までずっと部屋に籠ってなかなか出て来ず、なんとか引っ張り出したらこのありさま。まるで合わせる顔がないとでも言うように、私にしがみつき肩の辺りに額を付けている。

 将軍は何の脈絡もなく死刑宣告を受けたみたいに、驚愕のまま石化していたが、しばらくして顔面の筋肉だけ解けた。片頬をひくつかせ、震える声で問う。

「リディル・・・? な、なぜ、何を謝っているんだ・・・?」

 どんな攻撃を受けても怯まなかった、大会の時のあなたはどこに行った? しっかりしろよ。

 リル姉は私の肩に顔を伏せたまま、こちらも震える声で話す。

「あ、あの時のことは忘れてください! 私、勢いで、とんでもないことをっ・・・!」

 どうやらリル姉、我に返ったらしい。魔法は一夜で解けてしまうもんだね。

 私は、ごめんなさいと忘れてくださいのコンボにやられ膝から崩れ落ちた将軍を見下ろし、ぷるぷるしてるリル姉を見やり、最後にジル姉を仰いだ。

「もう二人にまかせて見守ってればいいんだよね?」

「・・・ここまできて意地悪してやるな」

 はいはい、まったく仕方がないなあもう。

「リル姉、いいことを教えてあげる」

 私はリル姉の頭を優しくなでて言う。

「『クーリングオフ』って三回唱えてみて。これでどんな約束もなかったことにできるよ」

「なんだその呪文!?」

 将軍が床に両手をついたまま叫ぶ。

「エメ、やめて差し上げろ。ほんとに」

 願うジル姉の目には将軍に対する同情があった。

 本音を言えば、マジで返品したいところなんだけどな。潔くなりきれてない自分がまだ少しいるもので。

「まあ、それは冗談として。リル姉、気にしてるのがソニエール家のことなら、あんまり心配いらないよ」

「え・・・?」

 そろっ、とリル姉が顔を上げる。

 私は順番に、この度行った根回しの数々を説明してあげた。あの公衆の面前でのプロポーズがどういった効果を及ぼしたのかということ、レナード宰相が提案してくれた後見人の話、お願いする前にノリノリで援護を申し出てくれたオリヴィア妃のことも。

 将軍もまた目を丸くしてそれらを聞いていた。

「――というわけで、むしろ大将軍のほうから我が家に来てくださいって懇願しにくる状況だよ。ざまあみろだよねー。ここで鮮やかにフってあげても、私はおもしろいと思うけど。なんせ、あれだけ失礼なことをリル姉に言ってくれたわけだし」

「・・・」

「でも、とりあえず、だよ?」

 困惑を顔に浮かべるリル姉に、別の提案をする。

「何も今日明日に結婚するって話じゃない。まずは普通に付き合って、やっていけそうか判断してみたら?」

 遠慮しいのリル姉の本音を引き出すために、大会では勢いがつく流れにしたわけだが、本音が引き出された後は、もっとゆっくり進んでいいのだ。というか、そうでなくちゃだめ。勢いで結婚なんかさせねえよ。

「でも、そんな、勝手なこと・・・」

「全然勝手じゃないよ。リル姉自身の将来のことだ、じっくり考えて決めることの何が悪いの? 貴族社会にだって婚約期間というものはありますよね?」

 後半は将軍に向けた問いかけだ。彼は真剣な表情で深く頷いた。

「だってさ。ほら、ここまでは私がリル姉の気持ちに関係なく勝手に進めちゃったけど、ここからは、リル姉が好きなように進めていけるよ。うまくいってもいかなくても、リル姉の帰る場所はここにあるから、絶対なくならないから、やりたいようにやってみて」

 そして最後に大事なことを付け足す。

「また嫌な想いさせられたらすぐ言ってね。その時は今度こそ、名実ともにソニエール家ぶっ潰してやる」

「エメ」

 すかさずジル姉が咎めるように私を呼ぶ。しかしそれは気にせず、オーウェン将軍を見る。

「何一つ欠けることなく望みを叶えたければ、せいぜいうまく戦ってみてください。ここからが本戦ですよ」

 あなたの応援はしませんけどね、と憎まれ口を叩いてやった相手は、本当に憎らしいくらい、嬉しげな顔を私へ向けた。

「・・・そなたには、いくら礼を言っても足りんな。頭が上がらないとはこのことだ」

「どうぞ頭は上げたままにしてください。あなたに感謝なんかされたくありませんので」

 心の中であっかんべして、横に身をずらす。

 リル姉は付いてこなかった。将軍の前に身を晒して、胸の前でぎゅっと自分の手を握っている。その目は戸惑うように揺れて、でも彼をちゃんと見ていた。

「一つ、訂正させてくれ」

 まず、将軍はそう切り出した。

「そなたの気持ちを聞かず事を急がせたのは、エメではなく私だ。罪はすべてこの身にある。その償いというわけではないが・・・これからは、そなたの気持ちを最優先に行動する。どんなことでもいい、偽らざる望みを教えてくれ。――だが、もし叶うのであれば、私は」

 ふと、彼の目が鋭くなる。

「あの時、私の求婚に応えてくれたことが、単なる勢いではなかったと言わせたい」

 リル姉の肩が、びくっと跳ねた。たぶん、怯えてるわけでも怖がってるわけでもなく、硬直してる。

 オーウェン将軍はそれを和らげるように、目元を緩めた。

「ろくに計画もないのだが、それでもよければこの後、私に付き合ってくれないか?」

 右手をリル姉に差し出す。リル姉はまだ戸惑って、こちらをちらりと見てきたので、私は肩を竦めた。

 いいよ、好きにして。今日は定休日だもんね。

「・・・はい。私も、ちゃんとお話がしたいです」

 逡巡の後、リル姉は将軍の手に、そっと指を乗せた。

 やれやれ、ほんとに世話が焼ける。


「暗くなる前には返してくださいね」

 二人が出て行く前に、念のため注意だけはしておく。

「あと必要以上の接触は禁止です。もちろん不埒な真似はもってのほか。もしこれらのことが守られなければ、もぎます」

「・・・何を」

 将軍へ、私はただにっこり笑ってみせた。

「節度を守って、楽しくデートして来てください」

 うっすら冷や汗を額に浮かべ、将軍はか細い声で「・・・承知、した」と返した。こういうことは家族がきっちり脅迫、もとい牽制しておかなくちゃね。若気の至りとか許さんからな真面目に。

 二人を見送って、一つ安堵の息を吐く。

「こんなもんでいい?」

 隣に評価を仰ぐと、頭をなでられた。

「よくやった。やり過ぎなところはあったが」

「そう? 私にしてはかなり甘いほうだったと思うけど」

「十分だ。二人のことであまり気を揉まずに、お前はゆっくり休んでろ」

「うん、しばらくは普段の仕事に専念するだけにしておくよ。しばらくはね」

「? なんだ、いやに強調して」

 怪訝そうに眉をひそめるジル姉。 

「ここまでやったなら、もうちょっとお節介焼いてもいいかなーって、思うじゃない?」

 そう言えば、途端に嫌な予感でもしたのかジル姉は顔をしかめ、またお菓子を食べ始めていたモモが首を傾げた。

「まだなんかやるの?」

「状況を見つつね。ほらお菓子は一旦置いて、作戦会議だけ先にやっとくよ」

 なんだかんだ言っても、リル姉のことでは世話を焼かずにいられない私だった。

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