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閑話(おまけ2)

80からお読みください。

 王宮の中央宮殿において、髭を生やした男が二人、その面を互いの正面に据えてソファに座っていた。

 普段は宰相が執務を行うための部屋であるが、本日は人払いがなされ、書類のかわりにテーブルには茶が置かれている。

 レナードは淹れたばかりで湯気の香るカップに口を付けるが、招かれた軍部の長、大将軍ガレウスは腕組みを崩さない。立派な口ひげの間から、しきりに溜め息を吐いている。

「なぜこのようなことになる?」

 もはや苛立ちを通り越し、ガレウスにはただただ疲れがあるばかりだった。

「自業自得でしょうねえ」

 レナードが本音を漏らすと、ガレウスが先祖にそっくりな目で睨みつける。

 カップを置き、レナードはいつもの人当たりの良い笑顔でそれに応じた。

「やり方がよろしくなかったかと。弱い立場の者に強いるなど、貴人のすることではないでしょう」

「やむを得ずだ。陛下はなぜここまで小娘どもに助力されたのだ」

「そういえば、あなたはご存知ありませんでしたか」

 レナードの物言いに、ガレウスは眉をひそめる。

「なんだ」

「なに、姫の件で、例の姉妹が陛下のお役に立ったことがございましてね。そのことへの格別な恩義があった上で、貴殿のやり方にいささか不快感を抱かれたようにございます。いずれにせよ、貴殿を含め何人なんぴともあの場で異議を申し立てなかった以上、今さら婚姻を反故にしてはソニエール家の悪評が立ちましょう」

 ガレウスを悩ませているのは、まさしくそのことだ。

 高い地位にある者に対抗するため、エメは『世間』という味方をつけた。もし姉が男との未来を望んだ時は、後押しとなるように。一人の平民を無視することはできても、大勢たいせいに歯向かうことはできないと見たのである。

 一種の賭けに近かった。度胸、弁舌、コネ、交渉、知識、技術、持てるものをエメは余さず、姉の未来を切り拓くためにつぎ込み、そして見事、賭けに勝ったのである。

 不利な戦況を自力で戦い抜き、正々堂々たる求婚を果たしたソニエールの嫡子は、王の御前で民衆に祝福された。ここまでの大事にしてもなお結婚させぬとすれば、そちらのほうが家の面目を潰すことになりかねない。

 そんなことは当然ガレウスもわかっている。わかっているが、納得しきれない貴族の心情をレナードは把握していた。そのために、今日はガレウスを招いたのである。

「ソニエールは王家の親戚筋にあるのだぞ。その家の嫡男が平民を妻に迎えて良いものか」

「リディルは賢い娘です。あれで度胸があり、礼節をわきまえている。派手な妹の影に隠れがちですがね、貴族の妻とするには十分な器量を有していますよ」

 人を見ることにかけて、レナードは己に自信を持っている。語る言葉に嘘はない。

「ご子息は良き目を持っておられる」

 これにかえってガレウスは嫌味を言われたように感じ、眉間の皺を深くする。

「馬鹿な息子だ。救いようのない・・・どうしてああなったのか」

「はあ」

 レナードは気のない相槌を打った後、天井を見上げて呟いた。

「しかし、あちこちに女を作ったおかげで大いに揉めた方よりは、幾分ましかと思いますがね」

「・・・」

 ガレウスは黙り込んだ。

「懐かしいですねえ。まさかの王命を受け、火消しを手伝わされたことは今でもよく覚えておりますよ。それこそ、平民の娘は大好物だったではございませんか。貴殿に比べればご子息は実直で一途、手間がかからず大変よろしい」

 レナードとガレウスはどちらも長く王宮に勤めている。友と呼べる仲ではなくとも、互いのことは嫌という程よく知っていた。

 遠慮なく、レナードは畳みかけていく。

「リディルは王にも認められた最強の兵士の妹。武門の嫁としては悪くないでしょう。どうしても身分をお気にされるのならば、私がリディルの後見人となりましょうか。養女でも構いませんよ。もとより私が見出し、娘のように可愛がっている子ですから」

 様々な障害が取り払われつつある中で、ガレウスは苦渋の色を浮かべる。

「しかし、アレがなんと申すか・・・」

「アレが奥方のことを指しておられるのでしたら、そちらは今頃、王妃殿下のお茶会に誘われている頃かと存じます」

 ガレウスの妻は王のいとこにあたる。王家のほうから説得があれば、耳を傾ける可能性は高かった。

「・・・王妃殿下のもとにまで根を回しておるのか」

「むしろあちらから察知され、積極的に加わって来られましたよ。よほどリディルを気に入られたご様子で」

 ガレウスは思い知る。彼が敵に回した者が何者であったのかを。

 膝の間に俯き、大将軍は本日一番の大きな溜め息を吐く。

「・・・あんな娘に引っかかることになるなら、遊びも教えておけば良かった」

 今になり、鍛錬しかさせてこなかったことを父親は後悔した。

「同じ轍を踏み、奥方に頭が上がらぬ夫にしないための処置だったのでしょう? ご安心召されよ、貴殿の教育は間違っておられませんよ」

 レナードは腹を抱えて笑いたい衝動を堪え、お疲れの大将軍を穏やかな笑みで励ました。

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