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もしプロレスだったら、入場曲にヘビメタ的な重低音のものをかけてみたい。
たぶん似合うと思うんだ。
この、なぜか上司に対して異様な殺気を放つ忠臣には。
『王都最強を決める栄えある決勝戦、出場者の一人、ラウル・アクロイド選手の登場です!』
ガラガラドンなら頼みの三人目。ここまで魔剣の力を使わず勝ち上がってきた、アクロイド家の長男に怪物退治を期待して呼び込むと、抑えきれない高揚を邪悪な笑みにして出て来たものだから、なんかもう引っ込んでほしい気がした。怖いので。
しかしそうも言っていられない。これは決勝戦。後がないのだ。
『そしてもう一人は、オーウェン・ソニエール選手!』
呼び込むたび、生傷が増えていく姿は、最後の戦いに際して整えられていた。直前の試合まであった痛々しさが払拭されている。でも、右足の様子がやっぱりちょっとおかしかった。
主従は向かい合って立ち、お互い静かに闘志をぶつけている。
等しく魔剣の力に頼らず戦ってきた二人だが、ラウルさんには目立った負傷がないため、アドバンテージは部下のほうにありそうだ。
・・・ところで、威力を弱めているとはいえ、魔剣との試合にこうも容易く勝たれてしまうと、いよいよこの武器の存在意義がわからなくなってくるんだが。いいけども。
気を取り直し、仕事を続ける。
『ラウル選手はオーウェン選手の側近であり、奇しくも決勝は主従対決となりました。せっかくですので、試合開始の前に、お二方にそれぞれお言葉をいただきましょう』
マイクを片手に、対峙する二人のもとへ臆せず寄っていく。まずは近くにいたラウルさんのほうへ。
『ではラウル選手から、意気込みなどをどうぞ』
私としては、せいぜい一言か二言を望んだだけだった。が、ラウルさんは盾を足元へ置くや、ごく自然な流れでマイクを奪い取る。
『私は御身に勝利します』
剣の切っ先を上司へ向け、彼は大胆不敵に宣告した。
要求もしてないパフォーマンスに観客席が盛り上がる。急にどうした。
『私も、御身と同じ覚悟を持っております』
将軍の肩がぴくりと跳ねた。
「? 同じ覚悟?」
尋ねたのは私だが、ラウルさんは将軍から視線を逸らさない。
『昨日、意中の娘に、優勝すれば結婚してくれるよう申し込んで参りました』
おぉぉ! とまた歓声が上がる。
昨日プロポーズしてきたの!? わざわざ!? そこの条件そろえる必要あったか!?
「・・・誰に申し込んだんです?」
『サルアの店に勤めるベルという娘だ』
マイクを口元から離さないまま、答えてくれた。名前まで公言しちゃったよ。誰だかわかんないけどベルさん、ごめん。
しかし厳密に言えば、オーウェン将軍は求婚させてくれと言っただけで、結婚してくれとまで踏み込んで言ってはいないんだけどな。同じようなもんではあるものの。
『ゆえに、私が勝利します』
再度念を押し、ラウルさんはマイクを返してくれた。
えー、では、仕切り直して。
『なんということでしょう! まさかの両選手ともが、それぞれの結婚をかけた対決となりましたっ! 続いてオーウェン選手にもお言葉をいただきましょう!』
傍へ駆け寄り、高いところにある口元にマイクを近づける。
将軍のほうはそれを奪うことなく、ただ、低い声で言った。
『問答は無用』
浮ついた空気を押し潰すように重く、強い言葉だった。
『互いに譲れぬものならば、どちかが果てるまで剣を交えるのみ』
彼はすでに臨戦態勢に入る。ラウルさんのほうも、盾を拾って構えた。
どうやら、茶番はここまでらしい。
『お二方とも、ありがとうございます。それでは決戦の準備を』
急ぎ、席まで退却する。
たった二人の男が放つ気迫に圧倒され、あれだけ盛り上がっていた観客たちが固唾を飲み沈黙している。そんな中で、私は右腕を高く振り上げた。
『―――決勝戦、始めっ!』
**
空気がびりびり震えている。比喩じゃない。
青白い鞭が走り、将軍を打った。
『オーウェン選手に雷が直撃ぃっ! 怖いっ!!』
つい心の声まで漏れてしまうのは仕方がない。自分で作った魔剣とはいえ、やはり雷はまだトラウマだ。
剣を落としかけた将軍に、ラウルさんは喜々としてかかっていく。ラウルさんの周りには常に、剣から放出されている青白い電気の筋が取り巻き、標的のみならず地面や壁まで襲っていた。
『観客の皆様は、どうか手すりから身を乗り出しませんように。さもなくば、剣に宿りし神の雷が、誤って罪なき人をも襲ってしまいます』
注意喚起のアナウンスを流しておく。観客席までは届かないと思うが、一応ね。
『こちらの魔剣も新作! 威力は弱めに調整しておりますが、打たれれば体に痺れが走り、しばらく身動きしにくくなります。どうかお気をつけください』
最近、呪文開発部のほうで実用化されつつある雷の魔法を、老師と相談して魔法陣に応用してみたものである。
雷、つまりは電気を魔法で操ろうというアイディア自体は、魔法使いたちが古くから試みてきており、魔力を電気に変換するミトア語も知られているのだが、これを攻撃に使おうとするとなかなか厄介で、今まで実用化には至っていなかった。
まず、通電しにくい空気中に電気を走らせることが大変。さらに、電圧が高いところから低いところに落ちる性質を持つ雷を、狙った場所に落とすのが大変。位置指定をしても途中で曲がってしまうことがある。
それが最近、新たな呪文の形式を導入したことで、問題解決の糸口が見えたらしい。実用化に向けた詰めの段階に入ったものを、マティに頼んで拝借してきたのである。
多少は周りに放電してしまっているものの、魔剣から迸る雷撃はまっすぐ将軍へ向かう。この正確な追尾機能はうちの部のオリジナル。魔石どうしで魔力をやり取りするための陣を応用し、ラウルさんの剣と将軍の剣を見えない導線で繋ぐことで実現できたもの。
要するに、ラウルさんの雷撃は必ず将軍に当たる。
将軍の剣に嵌め込まれた魔石を裏返せば、そこに魔法陣が彫られている。うん、実は嘘ついた。将軍の魔剣は最初からずっと、雷を引き寄せる魔法を発動しているのである。我ながら、だいぶ汚い手を使っていると思う。
瞬きの間に届く攻撃を、人間の反射速度で避けられるはずがない。
ただし、これは殺し合いではないから、非常に高い電圧に対して、電流はごく低く設定している。一撃二撃喰らったくらいじゃ気絶もしない。
だけど、冬にドアノブを触った時のような鋭い痛みを、将軍は全身に感じているはずだ。また、雷撃を受けた筋肉はどうしても一瞬強張って動かなくなってしまう。
そこで生じるわずかな隙が、ラウルさん相手には大き過ぎるハンデとなる。
将軍はかなり強い。その彼に見込まれ護衛をまかされているラウルさんが、半端な強さであるはずがないのだ。
剣と盾がぶつかり、まさしく火花が散る。
将軍は両腕を胸の前で折り曲げている閉じた構えから、左へ斬り込んできたラウルさんの剣を盾で殴りつけるようにして受けた。と同時に、右手の剣を水平に薙ぐ。
防戦一方に見えた将軍からの、初めての反撃だ。
だがラウルさんはまるで予期していたかのような素早さで、カウンターを盾で受け止める。
「遅いっ!!」
怒鳴る部下は、すっかり敬意を忘れてる。
「色に腑抜けて衰えましたかっ!」
そして上司を蹴り飛ばした。色っていうか、この場合は電撃にやられて調子を崩してるのだと思うが。
後ろへ下がり、将軍は剣を構え直す。
「愛しい者を想って衰えはせん!」
吼え、剣と一体となり敵に突っ込んだ。恥ずかしいばかりの甘い言葉を吐きつつも、その剣は峻烈だ。
しかし、魔法の雷撃はどんな達人よりも速い。
切っ先が届く前に、ラウルさんの放った雷が身を打ち、狙いをぶれさせる。立て直す暇もなく、将軍の剣はラウルさんに跳ね退けられた。
『オーウェン選手、攻撃が決まりません!』
『相手の反応が早い。将軍はただでさえ右足を負傷されています。隙が見えても届く前に反撃されるのでは、攻めようがありません』
この状況、そして力、もはや理不尽と言っていいだろう。
私にとって、雷は理不尽の象徴だ。突然に私を殺し、わけのわからない世界へ連れて来た。神の意志だか単なる偶然だか知らないが、死ぬ前は怖いものなどなかった私に恐怖を植え付けてくれた。
最も苦手なものを、敵にぶつける。個人的に最高の嫌がらせ。
「―――」
すでに何度目かになる雷撃を喰らい、将軍は足元をふらつかせている。
「降参なさいますか」
攻撃を止め、ラウルさんが無表情で挑発する。
将軍はすぼめた口から長く息を吐いた。
「今日はよく喋るな」
ラウルさんが盾の向こうで小さく頭を下げる。
「申し訳ございません。尊敬する御身と戦えることが嬉しく、つい」
「ふむ。普段からもっと相手をしてやったほうが良いか?」
「いえ、他に優先すべき職務が山とございましょう。今後は私も家庭を持つ身となりますゆえ、どうぞお構いなく」
また挑発。というより勝利宣言か。俺のほうが勝って結婚してやんぞっていう。にしても、こんなわけわかんない人の求婚をベルさんとやらは受け入れてくれるんだろうか。一体どんな人なんだろ。ちょっと興味が湧いてきた。
「お前がそのような自信家であるとは知らなかった」
将軍が笑みを含んだ声音で言うと、ラウルさんは急に剣先を上司へ向けた。
「何者にも怖じず、恥じず、磨いた刃に相応しい矜持をもって斬りかかれとの御身の教えに従っております」
その座右の銘を一般化すれば、努力を重ねた己を誇れとの意味だろう。おそらくは、平民出身で将軍の側近となったラウルさんを励ます言葉だったのだと思う。
彼にとって将軍はいい上司であり、師であるのかもしれない。だからこそ、この戦いに誰よりも気合いを入れていたんだろう。
「そうだったな」
将軍が笑みを消す。
それを合図に、小休止が終わりとなった。
ラウルさんが再び周囲に雷をまとう。雷撃を放つと同時に、兵士は疾駆した。
決して避けることができない魔法を、将軍は亀のように縮こまって二撃受けた。負傷した右足が踏ん張りきれずに、体が傾ぐ。
「――っ」
将軍は耐えた。おそらくは歯を食いしばって、折れそうな膝を伸ばした。
しかし、雷撃に耐えてもすぐ次にはラウルさんの剣が迫っている。まるで死神の鎌のように、上段から無慈悲に振り下ろされる剣撃だ。ラウルさんは容赦しない。容赦しないことが、彼にとって最大級の敬意なのだろうから。
将軍は盾の陰から剣先を差し出し、かろうじて攻撃を受けた。だが体は麻痺している。受けきれるはずもない。
『オーウェン選手の剣がっ――』
落ちた、と言おうとして、私は言葉を失った。
将軍は剣を放した瞬間に、ラウルさんの腕に右手を絡め、盾を振りかぶった。
何か大きな音がし、柄からきらきらしい破片が落ちる。途端に、ラウルさんの周囲に飛んでいた光が消えた。まさか。
『魔石を叩き割ったーーっ!?』
高いのに! 苦労して作ったのに! 壊すのは一瞬だなちくしょう!
将軍は、そのまま背負い投げの要領で部下を投げ飛ばす。ラウルさんがきれいに受け身を取って立ち上がる間に、自分の剣を拾って体勢を整えてしまった。
単なる金属を打ち合わせる二人。
すると今度はラウルさんのほうが押し負け、後ろへ引いた。
『どうやら先程の攻撃で、アクロイド選手は右腕を痛めたようですね』
目敏くロックが気づいた。盾で魔石を割られた時、腕にもダメージを受けたか。
『足と腕では、どちらの負傷がより不利ですか?』
『踏み込みの足と利き手の負傷なら、どちらも致命的です』
つまり五分五分? 互角ならば、まだ勝機はある!
『波乱の中で、とうとう魔法の力が消えてしまいました! 実力が伯仲している二人の選手、果たしてどちらが勝利を手にするのでしょう!?』
観客はすでに総立ちだ。
私もテーブルに手を付き、身を乗り出して勝負の行方に目を凝らす。
そして―――
「っ!」
一人が地に手を付いた。
首筋に刃が添えられ、もう一人を見上げる。
視線の先に立っているのは、金色の将軍だった。
『――勝負あり! 勝者、オーウェン・ソニエール選手!』
地響きに近い歓声が、天へ上がる。
私は大きく、息を吐いた。
・・・ま、こんなもんか。
これまでどの選手にもそうしていたように、将軍がラウルさんに手を貸して立ち上がらせているところへ、私はマイクを持って近づいていく。
『惜しかったですねー、ラウル選手』
まずは敗者のほうにインタビュー。ラウルさんは特段悔しそうでもなく、当然の結果だとでも言うように涼しい顔をしていた。
『ご結婚は諦めてしまうのでしょうか?』
『仕方がない』
すっぱり言い切る。だらりと下がった右手が、向けられたマイクを奪うことはなかった。
「・・・悪いな、ラウル」
すまなさそうに将軍が言う。自分のために人の幸せを阻んでしまったわけだからなあ。しかし当のラウルさんはどう見ても残念そうでない。
『どうか将軍はお気になさらず。これが勝負の結果です。潔く年内中の結婚は諦め、来年に引き延ばすことと致します』
・・・おぅ?
私も将軍も観客も、誰もが同時に首を傾げた、と思う。
『あの、ラウルさん? 結局、結婚はされるんですか?』
『本人から承諾を得ている以上は、当然する』
『待ってください? 話おかしいですよ? もう相手から返事もらってんですか?』
『そのつもりはなかった。だが、話を持ちかけた際に、優勝云々に関係なく一緒になりたいと言われてしまった。よって優勝できれば年内、できなければ来年に持ち越すという約束にした』
じゃあごめんっ、全然将軍と条件同じじゃなかったね! 要はとっくに恋人同士なんだろ!? こっちより二歩も三歩も関係を先に進めているんじゃないかっ!!
『ですので将軍、どうかお気になさらないでください』
将軍は、何か色々と言いたいことを堪えたようだった。
「・・・わかった。まっったく気にせぬこととする」
『ありがとうございます』
断言できる。ラウルさんは、おかしな人だ。ベルさんはどうしてこの人と結婚してもいいと思えたんだろう。マジでどんな人なのか気になる。今度お店に行ってみようかな。
『えー、では皆さん、負けた幸せ者にどうか祝福の拍手を!』
ブーイングと苦笑が織り交ぜられた喝采に、ラウルさんは深々と頭を垂れて退場した。
それから、私は将軍を振り返る。
『―――さて、最後は闘技大会の優勝者にお言葉をいただきたいところですが、ここで陛下より重大なお知らせがございます』
「? 知らせ?」
将軍は眉をひそめ、王族の席を見上げた。
観客に見えるよう、手すりの前まで出て来た王が、マイクを手にそんな将軍へ言葉をかける。
『まずはここまで勝ち上がったことに、称賛を。ソニエール将軍、そなたは英雄の子に恥じぬ素晴らしい武人である』
しかし、と王は続けて民に語りかけた。
『皆は覚えておらぬだろうか? つい十年程前まで、この王都に最強を冠した武人がいたことを。六度の大会で優勝し、不敗の記録を打ち立てた伝説の兵士を。我はよく覚えている』
会場がどよめいた。ピンと来る人来ない人、きっとどちらも大勢いる。
『伝説が王都に帰還せし今、かの者を倒さぬ限り、真の最強は名乗れぬのではなかろうか?』
王が、宣言する。
『これより、王都最強を決める特別試合を行う』
続きは私が受け継いだ。
『ご登場いただきましょう。蘇りし不死身の戦士――その名も、ダウテ!!』
仄暗い通路の奥から、我が家の絶対守護神が日の下へ現れる。その巨躯を覚えている人は、歓喜の雄たけびを上げた。
これが最後。ほんとの終わり。
うちの最終秘密兵器、とくとその身に味わうがいい。




