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「リル姉、ジル姉、早く!」

 座っている人の隙間を縫い、モモが後方から苦労してやって来る姉たちを呼ぶ。

「モモ、静かにしろ」

 ジゼルは腕を伸ばし、勝手に行ってしまうモモの襟首を掴んで引き寄せる。先程までざわめきが大きかった観客席だが、国王が拡声器を使って開式の辞を述べている現在は、皆が集中してそちらを見つめており、遅れて会場にやって来た彼女らはやや浮いた存在だった。

 ジゼルの後に付き、リディルは下方の選手が出て来る入り口を見やる。その近くにエメが王子の従者と並んで座っており、その後ろに演説中の国王や王妃や王子の姿がある。まだ、出場選手の姿はない。

 『彼』の姿がないことに、リディルは一瞬安堵したものの、いずれ開会式が終われば、かの人が魔法を封じられた剣を持って現れ、戦うのだと思うと、胸に鉛の重しを落とされたように感じる。『彼』がこんなことに挑むのも、妹がまた人の注目を浴びてしまう場所に自らを投じているのも、すべて自分が煮え切らない態度でいるせいだ。今は周りに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


 リディルはずっと考えている。どうすることが一番『正しい』のか。

 周りが彼女のことを無自覚な奴だと呆れて見ていた頃にも、『万が一』をまったく考えていなかったわけではない。特に用事がない時でさえ顔を合わせれば足を止めてくれたこと、リディルが畏まらないよう、いつも穏やかに語りかけてくれたこと、時に驚くほど心配し気遣ってくれたこと、自分や妹の味方になってくれたこと―――それらのことが、なんでもない当たり前のことなのだと、リディルとて本気で思っていたわけではなかった。

 『彼』が周りに向ける表情や眼差しや声音が、自分に向けられるものとどれも違うことに気づかないわけがない。それでも気づかないフリを、し続けてしまった。リディルにとって、その結論はあくまで『万が一』のことであり、到底確信できることではなかったのだ。

 なんにせよ、どうにもならないことだと思っていた。だからこそ自分の気持ちを深く追究してこなかった。

 それに、時とともに人の心が変わり果ててしまうことを、リディルは己の両親を見てよく知っていた。そのせいで妹と死にかけるほど苦労した経験は忘れられない。

 不確かな心に従ってしまった未来をリディルは恐れている。何よりも大事にしてきた家族を、そして『彼』を、不幸にしてしまうくらいなら、このまま同じ場所に留まり変化しないことが最良に思えていた。

 しかし今、事はリディルを置いてけぼりにし動いてしまっている。『彼』の行動によって、万が一の可能性だったものが確信せざるを得ないものに変わってしまい、目を背けたものに向き合わなければならなくなった。

 どうすべきかなど、正しい答えはもう知っている。

 結論はすでに出した。なのに、なぜか身動きができない。

 スカートのポケットには妹にもらった魔石が入っている。神に願いを届けられる魔道具だと言われたが、リディルは何を願うべきなのかをこそ、神に問いかけたかった。


 その時、どん、と大きな音が空に響いた。

 席でうつむいていたリディルは驚き、顔を上げる。するともう一度大きな音が鳴り、青空に大輪の花が咲いた。花を成すそれぞれの小さな光粒は観客の上に降り落ち、消える。再び音が鳴ると、空に花開く。

 一瞬で思考をすべて奪われ、リディルはただ目を丸くした。

 そこへ、ひたすらに楽しげな声が響く。


『――さあ、戦いの始まりです!』


 呆気に取られていた観客たちが娘の声につられて沸き立ち、歓声と拍手が巻き起こる。モモは前の手すりに片足を乗せ、「おー!」と叫びながら腕を振り回した。

「そう難しい顔をするな」

 隣の頭に手を置き、ジゼルは軽い口調で言った。

「適当に楽しめ。今日は馬鹿になって騒ぐ日だ」

 リディルは目を瞬く。

 彼女がまだ呆然としているうちに、下では早くも選手が姿を現していた。



**



 会場の裏手に設置した魔法の花火が打ち上がり、大会開催は堂々宣言された。

 試合前から観客の盛り上がりは上々。拡声器やらの魔道具の操作や、魔剣の効果について試合中に解説できるからと大将軍らに屁理屈こねて、ちゃっかり司会役に就いた私も、テンション高めで進行中。

『本日、僭越ながら大会の進行を務めます私は、王宮魔技師のエメと申します! ただいま東の一の門付近で魔道具店を営んでおります。ご用の際はお気軽にご来店くださいませ! 便利な魔法の新商品が、大変お求めやすい価格で続々入荷中でーす!』

「勝手に宣伝を入れるな」

「王宮主催の大会で王宮の店の宣伝したっていいでしょ」

 すかさずロックに注意されたため、マイクを口元から離して言い返しておく。続けて観客に隣を手で示した。

『また、皆様により試合を楽しんでいただくための解説役として、特別に王室近衛隊から、王子殿下側近のロデリック・バスティード様にお越しいただいております!』

 ロックは紹介を受けて立ち上がり、背後の王家と観客に簡単な礼をする。ロックが解説役なんかを押し付けられた経緯は、アレクのところに協力を要請に行った際のノリと流れでなんとなく。本当はロックにも刺客になってほしかったのだが、「馬鹿げたことに付き合っていられない」と断られたので半分腹いせ。残り半分は、大将軍の影響下にない友人が相方だと、私が助かるためである。


『では、さっそく試合に参りましょう! 記念すべき第一試合は、なんと名門ソニエール家の嫡男、王宮軍の四翼の一を担う西将軍、オーウェン・ソニエール選手です!』

 くどいほど言葉を飾って大々的に呼び込んでやる。建国の英雄の家名を知らぬ人は、まあ中にはいるだろうが、多くの人は知っていて一緒に騒いでくれる。

 呼び込みを受け、選手控えに繋がる通路からオーウェン将軍は現れ、黄色い声が混じる観客ににこりともせず進み出る。私のほうを見ることなく、前のみを向いていた。

 いきなりのメインディッシュの登場は、むろん作戦の内である。単純に一番手はやりにくいだろうってこと。こういう地味な細工がじんわりとでも効いてくれたら、いいな。

 淡い期待を胸に、手元の資料を見ながら次を呼び込む。

『対する相手は、先祖代々王の庭を守護してきた影の名門、アクロイド家次男、王都第五小隊所属カルロ・アクロイド選手!』

 こちらの一番手は、最もお気楽でプレッシャーなどには縁遠い人。カルロさんが周囲の歓声に手を振り、陽気に現れた。

 開始のゴングを鳴らす前に、私は左方を見上げ、最前列の席を確認する。

 はしゃいでるモモ、腕組みしているジル姉、その間で両手を膝の上に置いて固まっちゃってるリル姉の姿がある。よし、ちゃんと来たな。

『さて、ここでは階級も過去の名声も、物の役に立ちません。頼りにできるのは身一つ、剣の一振り、盾一つ』

 選手二人はすでに鞘から抜かれた剣を右に持ち、左に鍋のフタに似た小さな盾を持っている。他に身を守るものは胴体を覆う軽鎧と兜。

『それと、少々の魔法。精強なトラウィスの兵士たちには、研鑽を重ねた武技を存分にご披露いただきましょう! それでは第一試合、用意!』

 かけっこのスタートみたいに、私が片腕を振り上げると、二人が剣を構える。

『始め!』

 振り下ろすと同時に、ゴングがわりのトランペットが高く鳴り響いた。

 途端、将軍が一挙に間合いを詰める。

 先手必勝とばかりに突き出された鋭い剣先を、カルロさんは左の盾で殴りかかるようにして受けた。そして盾の陰から剣を突き出す。

 次の瞬間、将軍の体が後ろに吹っ飛んだ。

 観客から悲鳴が上がる。将軍は背中で着地したものの、すぐに起き上がった。どうやら直接の衝撃は前に構えた盾で防いだようだ。装備から剥がれ落ちた氷の欠片が、彼の足元の地面にぱらぱら落ちる。

 カルロさんの魔剣の先から飛び出した太い氷柱が、将軍を吹っ飛ばしたのだ。

『お見事! カルロ選手、オーウェン選手の初手を防ぎ魔剣を発動させました! カルロ選手の魔剣には、氷を発生させる魔法が込められているようですね。これについてはいかがでしょう、ロデリック様』

 様付けで呼ぶと、やはりちょっと痒そうに顔をしかめつつ、ロックはマイクを取った。

『軍でも初めて見る効果の魔剣であり、対応が厄介となるでしょう』

 一応、アレクや他の貴族たちも会場にいるため、ロックは丁寧に解説をしてくれる。

『カルロ選手は、王宮の魔道具開発部がこの大会のために考案した新作魔剣を引き当てたんですね~』

 なんて、白々しく述べる。もとは製氷機でも作ろうかなあと思って考えていた魔法を、戦闘用に手直しして魔剣に組み込んだのだ。他にも新作がいくつか紛れている。事前に、カルロさんたちをテストの名目で研究所に呼び、扱いを練習してもらった。

『オーウェン選手がどのように戦うのか、見ものですね~』

 体勢は立て直したものの、早くも土を鎧に付けてしまっている将軍。相撲じゃないから、この程度で終わりにはならないし、場外もない。片方が降参を宣言するか、あきらかに勝負がついたと言える状況になるまで戦いは続けられるのだ。

「すみませんねえ、将軍。一兵卒ごときがご尊顔を汚しちまいまして」

 戦場の最も近くにある解説席には、カルロさんの声がかすかに届いた。

 リラックスしきった態度は、まるで弟をおちょくっている時のよう。将軍は左腕で土の付いた頬を拭い、愉快そうに笑う男を見据えた。

「どうか怒らないでくださいよ? あなた様が欲しがってるお花にゃあ、俺みたいな虫がわんさか寄って来るんです。ここで追っ払う練習しときましょーや」

 言われた将軍の動きが一瞬止まる。事情を知っている口ぶりに驚いたか。

 っていうかカルロさん、もしかして適当にやって追い払われる気なのか? それでは困る。逆に追い払ってくれなくちゃ。

『えー、なんでもカルロ選手は独身だそうで』

 手元の資料を読み上げるふりをして、試合の合間に関係のない情報を挟む。

『現在、可愛い恋人募集中とのことです。王都に住まうお嬢様方、この戦いでカルロ選手が見事下剋上を果たしました暁には、ぜひぜひお茶などご一緒してやってくださいませ!』

 どっと笑いが観客席の中に起こる。それで察したらしいカルロさんが、慌ててこっちを見た。

「まさか、美女を紹介してくれるってそういう――っ」

 私はにっこり笑い返す。

 美女「に」紹介すると言ったのであって、美女「を」紹介するとは言っていない。こんなに溢れるほど観客がいれば、中には美女もまざっているだろうさ。彼女らに後で言い寄ってもらえるかは本人のがんばり次第。運命の赤い糸は自力で手繰り寄せなきゃね。

「詐欺だっ!」

 完全に勝負そっちのけで抗議してくるカルロさん。焚きつけるつもりではあったが、冷静さまで欠かせてしまったか?

 では、敵にも同じことをやってやろう。

『また、オーウェン選手も今回の大会に、ある願いをかけて挑んでいるそうです』

 その時、将軍が素早くこっちを見た。が、すでに手遅れだ。

『なんと、この魔剣を使って競う今大会において、魔法の力に一切頼らず優勝することができたら、さるご令嬢に結婚を申し込むのだそうです!』

 おぉ! と観客がいい反応をくれる。

 さて大将軍、どこかで聞いているか? 見ているか?

 私が大人しく口を噤んでいるとでも思ったか? 吹聴すればリル姉に迷惑がかかるから?

 いいや、甘い。

 リル姉の名前を出さずとも、かっこつけて結婚を果たせなかった情けない名家の男を世人に知らしめることはできる。

 負けて家名ごとたっっぷり泥をかぶってもらおうじゃないか。

『どうぞ皆様、お好きなほうにご声援を!』

 色恋沙汰に景気づく会場の空気とは裏腹に、オーウェン将軍は苦虫を噛み潰したような顔で唸った。

「・・・どうやら、お互い無様な姿を晒すわけにはいかないようだな」

 将軍は緩んだ構えを再び引き締める。

「~~っしゃーねえなあもうっ!!」

 カルロさんが叫び、二人は剣をぶつけ合った。

 彼らの戦い方は、剣道などとはちょっと違うように思える。まあ、真剣と盾を使ってるんだから、そりゃ違って当然なのだが。見合って見合って一瞬の隙を打ち込み勝負をつける剣道に対し、彼らはまず剣を合わせるところから始めている。刀身の擦れる音がうるさい。

 また、やたらに盾で殴ろうとする。

『おおっと危ない! オーウェン選手、カルロ選手のカウンターをかろうじて避けたー!』

 はじめ、将軍の攻撃を剣のほうで受けてしまったカルロさんは、そのまま腰をひねって盾と剣を同時に横へ薙いだのだ。それによって将軍の剣が押しやられ、カルロさんの盾が将軍の鼻っ柱を狙って惜しくも空振りした。

『オーウェン選手に比べて、カルロ選手は盾を積極的に活用していますね?』

 将軍もまったく活用していないわけではないが、カルロさんのほうがうまい感じがなんとなくしたので、隣に解説を求めた。

『おそらく、馬上で指揮することが多い将軍は長剣のほうが扱い慣れているのでしょう』

『長剣というと、この大会で使用されている魔剣よりも刀身が長いものでしょうか?』

 剣の種類など私はよく知らず、ロックは「そこから説明しなきゃならないのかよ」という無言の不平をくれた。それが今日の君の仕事なんですよ。

『・・・魔剣は一般の兵卒が使う片手剣です。通常、左手に盾か短剣を持つため、両手で扱う長剣よりも短く、なおかつ軽量に作られています』

『そうなると、戦い方がまるで違ってしまうわけですか?』

『そうなります。しかし、騎兵が白兵戦を不得手とすることはありません。勝機は十二分にあるでしょう』

 通常の剣どうしの戦いであれば、きっと取るに足りないハンデ。であればやはり、魔法の力をどれだけ有効に使えるかが勝機となる。

 ロックの解説に私と観客一同が納得しているうちに、試合は動いていた。

「うおっ!?」

 カルロさんの剣が、オーウェン将軍に叩き落とされた。

『ああっとぉ!?』

 思わずマイクに叫んでしまう。豪快な動きが多い大柄な兵士の隙を、将軍は虎視眈々と狙っていたのだ。

 終わりか、と諦めかけた直後、カルロさんは落ちた剣を素早く掴んだ。

 ばきん、と音がした。剣先から地面に氷柱が走り、傍にあった将軍の右足を挟み込んだのだ。

「っ!」

 将軍は自らの凍りついた右足に一瞬でも注意を奪われた。その隙に体勢を立て直したカルロさんが、罠にかかった獲物へ迫る。

『勝負あるか!?』

 期待した、その次の瞬間。

「ぅぐっ・・・!」

 カルロさんの引きつった呻き声。

 気づけば、カルロさんは首に刃を押し当てられて、背中を地に付けていた。

『勝負あり』

 事態の変化に私も誰も付いていけず、一瞬の沈黙が降りたところへ、ロックが静かに宣言した。

 何が起きたのかわからずとも、結果は誰の目にもあきらかだ。 

『・・・勝者、オーウェン・ソニエール選手っ!』

 これも仕事。腹に力を込め、勝者の名を宣言する。

 それを合図に、観客が一気に沸き、称賛の拍手が降り注いだ。非常に悔しいが、私もちょっと興奮してしまってる。

『まさかの逆転に次ぐ逆転劇でしたねえ! 今の、何が起きたのかわかりましたか?』

『剣を受けた際に盾を捨て、左で相手の右の手首を掴み、体勢を崩したのです。本来は横へ引き倒しながら、首に添えた刃で喉元を切り裂く技です』

 それ本気で殺しにかかってるじゃないか! わかってたけど真剣でやるの危ないよ!

『はあ、剣技と言うより、まるで格闘技のようですね?』

『敵と肉迫する戦場では当たり前に行われる戦闘術です。アクロイド選手が右手に盾を添えて防御していれば、この反撃はなかったでしょうが。勝負を焦ったのでしょう』

 ロックはどこまでも淡々と解説してくれている。カルロさーん、なんか言われてますよー。

 あーあ、残念。ぎりぎりいけそうな気がしたんだけどなあ。

『解説、ありがとうございましたー。というわけでっ、二回戦進出はオーウェン・ソニエール選手に決まりました! 健闘したカルロ・アクロイド選手にもどうか盛大な拍手を! そしてこの中に心優しいお嬢さんがもしいらっしゃいましたら、ご飯にでも誘って慰めてやってくださいませ!』

 再び失笑を買うカルロさんにも、黄色くはないものの、女性の声が届けられた。それらに手を振っている時には、負けたことも騙されたことも忘れたように彼ははしゃいでいたので、なんだかんだで可愛い人だよなあと思う。ちょろいとも言う。


『――さて、オーウェン選手は勝利し、愛しいご令嬢との未来へ一歩近づきました』

 会場整備のために出て来た魔法使いに、凍った足を溶かしてもらっている将軍。こちらを見やる彼に、私は微笑みで応えた。

『自らに枷を嵌めたまま、かのお人はどこまで戦えるのでしょうか? 観客の皆様、どうぞ期待を込めて、勝負の行方を見守って参りましょう』

 まだまだ、こんなの小手調べ。

 見ていろ。残りの刺客で、必ず片を付けてやる。

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