09
「エメ、シルクできた?」
「できたよ。はい」
絹ではなく乾燥させた広葉の、私がせっせと粉砕しておいたものをリル姉に器ごと渡す。リル姉は手元の乳鉢にそれをぱらぱらとまぶし、擦り棒を使って粘着質の物体とねりねりまんべんなく混ぜる。傷口に塗って炎症を抑える軟膏だ。
ジル姉の元に転がりこんではや五年。私十歳、リル姉十七歳、近頃は簡単な薬なら調合をまかされるようになりました。
私もリル姉もこの店で扱うほとんどの薬を把握して、もはやベテラン店員である。ジル姉が薬草の仕入れに出かけている間、調合しながらの店番だってお手の物。例えば、いきなり客が駆け込んで来たって問題ない。
「助けてくれリディル!」
片腕を押さえ、若い男が大げさに現れた。私は溜息を、リル姉は素直に驚いた様子を見せる。
「まあ、ロッシ。今度はどうしたの?」
「荷運び中に台車が倒れて、擦り剥いちまったんだ。薬塗ってもらえないか?」
「はいはいどれ?」
リル姉より先に私がこやつの腕を取る。途端、ロッシはあからさまに不服そうな顔をするので、お前の魂胆はわかってんだよと笑みを返してやる。こいつは運送屋の息子で、店の常連だ。毎度毎度あの手この手で怪我をしてきては、リル姉に看護してもらいたがる。
リル姉が年頃になってから最近この手の客が多いんだよなあ。店が儲かるのはいいが、そう簡単にリル姉に触れると思ってもらっちゃ困る。さらにはお約束通り本人が自分の魅力に無自覚ときてるから油断ならん。
「ちょうど擦り傷に効く薬を作ってたところよ」
「じゃあそれをリディルが塗って・・・」
「瓶に詰めてやるから自分で塗れ。ここは治療するとこじゃないよ。あ、一瓶3000ベレね」
「いつもより高いぞ!?」
「薬草が不足してるの。ごめんね」
「ぅ・・・」
リル姉が少し弱ったような顔で謝れば、ロッシも強く出られない。いや別にムカつくからぼってるわけじゃないんだ、ほんと。良心的な商売してますから。
「あの、ところでリディルは今夜痛っ!?」
買い物を終えたロッシが不穏なことを言い出したので足を踏ん付けてやった。付き合ってもいない分際で夜に女を誘うな非常識野郎。
「なにすんだ妹!」
「あんたの妹じゃない。用が済んだならさっさと帰ってよね。あと、わざとケガしてくるのは必死過ぎて傷ともどもに痛々しいからやめたらいい」
「ななななななにゃにを!?」
気づかれてないと思ってたのか。純粋なやつ。でもリル姉をまかせるには不安過ぎる。
ちょうどその時、ジル姉が入り口をくぐって帰って来た。するとロッシは急に慌て出し、上ずった声で「じゃ、じゃあまた!」とあっさり出て行った。
「またロッシが来てたのか」
ジル姉も呆れた顔で見送っている。
「あいつ、ジル姉がいないとき狙って来るよね。きっと怖いんだ」
「そんなんじゃだめだな」
「うん。だめだ」
「何がだめなの?」
リル姉の鈍さもちょっと不安になるんだよな。きょとんとしてるの可愛いけどさ。
「ところでジル姉、薬草が本格的に足りなくなってきてる」
ロッシのことは遥か彼方に置いといて、現在直面している問題に話題は移る。
「何が足りない?」
「軟膏に使うものが軒並み足りないわ」
「あとカプツの実にザロクと、あとユノラもなくなった」
「ユノラはお前が《実験》に使ったものだろう」
「ついでにあったらいいなあと」
研究者だった名残かな、どうもうずうずしてしまい、一般に薬草として使われていない植物にも有効成分はないか、暇を見て様々な抽出法を試し、捕まえたネズミに摂取させる実験を行っていた。前例もプロトコルもない手探りの実験が大いに私のチャレンジ精神を煽ったのだ。そしたらまあ、殺鼠剤ができた。おかしな色の液体を作り続けていたせいなのか、ジル姉の信用を失い、私一人では薬の調合をさせてもらえなくなった。リル姉には許してるのに。私が触ると毒になると思っているらしい。でも殺鼠剤は意外と売れ筋だ。
「行商が来るのを待つより、自分たちで採りに行ったほうが早いな」
ジル姉自身でも改めて在庫を確認してそう言った。採取場所は街を出たところにある森で、これまでも行商の到着が遅い時には採りに行っていた。ただし、私は幼いことを理由に留守番ばかりさせられている。だが十代の仲間入りをしたことだし、今回は連れて行ってもらおう。野外実習大好き。




