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 祭りの日が近づくにつれ、王都の街中にも飾りが施されていく。徐々に華やかさを増していく街並みを横目に、私は日々の業務と大会準備に忙殺され、工房に泊まり込んだり、家に帰ってからも自室で夜更けまで作業を行うことが多くなっていた。

 それに反比例して、リル姉と話す時間は少ない。せいぜい食事時に顔を合わせる程度で、祭りが三日後に迫ったその日も、私は帰宅するとすぐ自室に籠って作業の仕上げを行っていた。

 扉をノックされたのは、夜がすっかり更けた頃である。

「・・・エメ? 起きてる?」

 扉越しにくぐもっていても、リル姉の声だとわかる。

「どうぞ」

 扉が静かに開き、寝間着姿のリル姉が部屋に入って来る。私は魔石を机の上に置いた。

 リル姉は枕に近いベッドの端にちょこんと腰かける。ランプに照らされるリル姉は浮かない表情で、両手を腿の上で組んでいた。

「どうかした?」

 リル姉は机の上の魔石を見やり、それから私に視線を向けた。

「・・・何をするつもりなの?」

 不安そうに訊かれ、私はごまかしの笑みを浮かべる。

「ソニエール家のメンツが潰れるくらい、オーウェン将軍を無様に負かしてやるの。リル姉は心配せずジル姉とモモと楽しんでて。私は仕事で一緒には観戦できないけど、将軍がリル姉たちのためにいい席押さえてくれたからさ」

「エメ」

 こちらの言葉を遮るように、リル姉が口を開いた。

「あのね・・・エメが、私のことをいつも一番に考えて、大切にしてくれてるのはわかってる。でも、こんなことはやめてほしいの。まるで、人を陥れるようなこと、エメにはしてほしくないわ」

 リル姉の訴えは切実だった。ただ非難されるよりも心にくるものがある。だけど簡単に折れるわけにはいかなかった。

「ごめんね。今回ばかりは、リル姉の言うこと聞けない」

「エメ・・・」

 リル姉に悲しそうに名前を呼ばれると、苦笑しか浮かんでこない。それでも開き直って、明るく言ってみた。

「ごめん、ひどいよね。誰もリル姉の気持ちに構ってない。付き合ってもないのに、いきなり結婚したいって言い出したり、結婚させないって言い張ったり。皆、勝手ばっかり。だからさ、リル姉もそうしていいんだよ」

「・・・私、も?」

「心のままに、好き勝手なことしていいよ。リル姉自身のこの先をどうしたいのか、まずはそれを決めて、はっきり示して。そうじゃないと私も止まれない」

 昔から、リル姉は自分の願望を言うことが少なかった。気兼ねなく我がままをたくさん言えるはずの年の頃、リル姉は生まれたばかりの私の世話をしなくてはならず、その後も苦労続きで、きっと、色んな気持ちを我慢する癖が付いてしまったのだと思う。

 リル姉は優しくて、よく周りを気遣える人。いつもにこにこ笑っているのが素敵。でもそれは、常に自分を押さえ、あまり感情を表に出さないようにしているのだとも取れる。そこがリル姉の美徳であり、悪癖でもある。

 人の心は見えないもの。積極的に示さない意志はないも同じ。だから私を含め、周りが図に乗り、勝手なことばかり主張し始めるのだ。

 そんな奴らに、リル姉が気を使う必要はまるでない。

「リル姉は全っ部、自由にしていいんだよ。空気読まずにもうお断りに行っちゃってもいいし? 私がボコボコに負かした後で、リル姉からおととい来やがれって言ってやってもいいし? その時は親父にも言ってやろうね。私は言うよ」

 おどけた口調で笑わせようとしてみたが、さすがにそれは叶わなかった。ただ、眉間が少しだけ緩んだ。

「エメは、絶対に将軍に勝つつもりでいるのね」

「当然。私も、たぶん将軍も、リル姉が自分を応援してくれると思ってるよ」

 私は机の魔石をリル姉に差し出した。

「あげる」

 手のひらサイズの赤い魔石を両手で受け取り、リル姉は怪訝な顔をする。

「なに? これ」

「リル姉が勝ってほしいって願ったほうが必ず勝つ魔道具」

 近頃開発したばかりの魔方陣が刻まれた魔石を見つめ、リル姉は目を瞬いた。

「ほんとに?」

「ほんとほんと。魔石は神様と繋がってて、願いを直接届けられるんだ。当日はそれを持って観戦してね」

 でまかせの説明に、リル姉は首を傾げていたが、要はお守りのようなものと理解してくれた。そして、困惑の眼差しを私へ向ける。

「エメは、結婚には反対なのよね・・・?」

「うん。だから全力で潰しにかかるよ。でも忘れないで。周りがどんな勝手をしてても、この戦いの審判はリル姉だ」

 最初に決めた、そのルールだけは無視しない。

「リル姉自身はどうしたいのか、必ず決めてね」

 私の要求に対し、リル姉はこの夜、まだ答えあぐねていた。



**



 王都東にそびえ立つ闘技場。フィリア姫の結婚を祝し、王都のあらゆる場所で人々が盛り上がる中、今日、そこが一番の熱気に包まれる。

 闘技場などとは言われているが、祭事がない時は貴族御用達の野外劇場として使用されている。全体はすり鉢型で、およそ二七〇度に広がる観客席の上から下まで老若男女で埋まり、大会開始前からそのざわめきが時雨のように響いていた。

「いいですかー! 今から魔剣を配ります! 出場者は並んでください!」

 特に扉などもなく、石畳の道の向こうに戦いの場を見ることができる選手控室には、外の盛り上がりが直接入り込む。私はそれに掻き消されないよう腹から声を出し、選手たちを呼び寄せた。

 今朝方、なんとか調整を終えられた魔剣を荷車に積み込み、研究所からここまでコンラートさんや後輩たちと運んできた。外の露店を回る余裕なんてありやしない。

 出場選手は多く、二ブロックに分けてトーナメント戦を行う。皆、ごつい体つきの兵士ばかりで、魔剣を受け取りに一斉に寄って来られるとおとこな匂いがきつかった。

「目に染みるわあ」

 魔剣を配った選手の名簿にチェックを入れているコンラートさんが、たびたび瞼をこすっている。

 そんな野性味の強い人ばかりの中であるためか。

 王族の血を引く、かの軍人が生まれつき持ち合わせている清廉な高貴さは、場で際立っていた。

 彼が現れると、野郎どもは自然と道をあける。やって来た人を見上げ、私は明るく声をかけた。

「調子はいかがですか? オーウェン将軍」

 対する相手は、会場のほうを見やる。

「天は雲の一欠けらもなく青く晴れ、まことにめでたい良き日だ。我が心もよく澄んでいる」

「つまり?」

「絶好調だ」

「それは何よりで」

 将軍は将軍で爽やかに返してくれた。口調や素振りから緊張は感じられず、かといって変に脱力しているのでもなく、静かに高揚しているようだ。

「こちらをどうぞ」

 後ろに隠していた一本を手渡す際、将軍に身をかがめてもらって耳打ちする。

「柄の魔石には何も彫られていません。どのように剣を振っても魔法が発動することは絶対にありませんので、ご心配なく」

「恩に着る。そなたには面倒をかけたな」

「お気になさらず。それから」

 将軍の胸元に、人差し指を突き付ける。

「直接戦わずとも、あなたの対戦相手は私です」

 宣戦布告、まだちゃんとしてなかった。

「楽に勝たせはしませんので、覚悟してください」

 手を下ろし、体勢を戻す。

 大将軍とのことを知らないだろうこの人は、怒りを潜ませた私の言葉を怪訝に思っているかもしれない。けれど驚いていたのは数秒のことで、やがて不敵な笑みを浮かべた。

「受けて立とう。私はすべての戦に勝つのみだ」

 将軍の地位にふさわしい矜持を示し、彼は私に背を向けた。次に普通の言葉を交わすのは大会が終わった後になるだろう。それまで、あの人と私は敵どうしだ。



「よぉエメ嬢!」

 将軍の次にやって来たのは、今日も陽気なカルロさんと、後ろにギートとラウルさんがいるアクロイド三兄弟だ。

「カルロさん、ちゃんと来てくれたんですね」

「出場すれば紹介してくれんだろ? くれぐれも約束を忘れてくれるなよ?」

「まかせてください」

 しれっと言って、魔剣を渡した。

 安易に喜び勇む男を脇にどかし、続いてラウルさんが前に出て来る。

「手筈通りに進んでいるのか」

「はい。ラウルさんと将軍は決勝まで進めば当たるようにしておきましたよ」

 これもまた、出場の条件として提示されたものだ。尊敬する上司とは決勝の舞台で相まみえたいというラウルさんたっての希望で、そのようになった。ラウルさんが勝ち上がれる保証はどこにもないのだが、本人がそうしたいって言って聞かないもんだから。

「感謝する」

 瞳の奥にギラギラの危ない光を宿し、ラウルさんは静かに笑ってる。喜んでいただけて何よりです。

 ただし、一つだけ注意がある。

「何度も言いますが、この魔剣は決勝以外で使用できませんので、くれぐれも気をつけてください」

 とある事情からラウルさんのものだけ、そうなってしまったのである。よって、彼には決勝まで将軍と同じく、自力だけでがんばってもらうしかない。

「案ずるな、エメ殿」

 はじめに魔剣の説明を受けた時のように、ラウルさんは自信に溢れた返事をくれ、ずずいと顔を寄せて来た。

「私は、負けない」

 一音ずつに目力を込めて、宣言された。近い、怖い、熱い。わかったから、そんな全力で安心させてくれようとしなくていい。

「はいはい、じゃあお願いしますね」

 ラウルさんを両手で押しやり、さっさと次へ。

「改めて、君が一番まともな気がするよ」

「消去法やめろ」

 ギートはしみじみ言う私に悪態を返して、頭を掻いた。

「まあ、なんだ。あんなんでもやり合えばそれなりに強い奴らだ、少しは期待しといてやれ」

「うん、大いにしてるよ。君にもね」

 頼ったのは知り合いだからというだけではなく、多少の根拠があってのことなのだ。

「将軍のいるブロックには他にも強いって評判の人を配置してるけど、ギートも負けずに目立ってよ。期待してる」

 魔剣を渡し、景気づけにギートの肩を叩く。ぱん、と良い音がしたが、ギートは魔剣を手にしたまま動かない。眼帯を取り去った両目で、じっとこちらを見てくる。

「? なに?」

「お前、なんで俺だけタダで働かせようとしてんだ」

 そんなことが不満だったらしい。ちっ、こいつもめんどくさい。

「ギートは最初から出るつもりだったじゃん」

「今はお前の私利私欲に協力してやってんじゃねえか。この大会の出場権取るだけでも、こっちはかなりの労力使ってんだぞ? それなりの誠意を見せろ」

 大会前には予選会のようなものが、軍部の中で開かれていたらしい。にしても誠意って、まるで悪徳クレーマーのような台詞。仕方がないなあ、もう。

「はいはい、将軍に勝ってくれたら、とびっきりのお礼を用意するよ」

「だから違ぇって」

 その時、ギートはにやりと笑った。

「戦いに勝った男がもらえる礼は、祝福のキスだろ?」

 以前のカルロさんのように、自分の口を指し示す。おー、ついに色気づいたか。

「はいはい、とびきりの美女に紹介してあげるよ」

「俺はお前でいい」

 適当に流そうとしたところ、不意を喰らってしまった。

「は、私? 本気で?」

「本気で」

 ギートはまったく照れずに言い切る。

 なんだ? 嫌がらせか?

「遠慮しなくても、他にもっといい人紹介するよ?」

「他の奴が相手じゃ礼にならねえよ。いいじゃねえか、キスの一つや二つ、お前にとっちゃ大したことじゃねえだろ?」

 うわあ、以前に言ったことの揚げ足取られた。すごく可愛くない。

 ギートはまるでこっちを挑発するような笑みを浮かべている。ほんの少し前まで、このテの話題でからかわれると顔を赤くしていたくせに。さては悪いことを覚えたな。

「いやー、大したことないからこそ、そんなのをお礼にするのが申し訳ないっていうか」

「だったら、大したこと・・・・・してくれよ。もちろんお前がお前自身を使ってな」

 あ、良くない。これは良くない。

 逆手に取って逃げようとした言い訳を、さらに逆手に取られた。なんだか路地裏のチンピラにからまれてる気分。

 うーん・・・これ以上続けても墓穴を掘るだけかもしれない。

「わかった、キス一つね。将軍に勝ってくれたらするよ」

 どうせ土壇場になったらこいつは照れる、と思う。

 仕方なく妥協してやると、ギートは純粋にお礼の内容を喜んだのか、はたまた私を言い負かせたのが嬉しかったのか、わかりやすく浮かれてくれた。

「絶対逃げんなよっ」

 念を押して去って行く後ろ姿を指し、私はまだ横に残っているカルロさんに尋ねた。

「アレ、どうしたんですか」

「開き直っただけさ」

 カルロさんは私の頭をなで、けたけた笑いながら行ってしまった。

 それを見送り、私は一人、腕を組む。

「・・・ついに来たか、モテ期」

「なんだそれ」

 呟いた世迷言にコンラートさんが反応した。

「それって誰にでも来るもん?」

「大概、年頃になれば」

「・・・俺の年頃って?」

「これからですよ」

「慰めは聞きたくない」

 背中を丸めて、先輩は名簿にチェックを入れる作業に戻った。



「これで終わり、ですね」

 最後の選手に魔剣を渡し、コンラートさんから名簿を受け取る。

「んじゃ、裏で健闘祈ってるよ」

「ありがとうございます。荷車のほうはお願いしますね」

 どの選手がどういう効果の魔剣を持っているかが書いてある資料と、別に用意した分厚い資料の二つを持って、私はコンラートさんたちとは反対方向へ足を踏み出す。

 石畳を通り、会場へ。

 決戦の場となる、地面が剥き出しのリングの端を通り、向かうは観客席と対面になる形で特設された長机。白いテーブルクロスをかけたその前に、友人の姿があった。

「ロック、早いね」

 闘技大会は王家も見物する。私たちがいる場所のちょうど後ろにある、薄絹と花で飾られたテラス風の特別な観戦席を見上げるが、そこにはまだ王一家の姿がない。

 今日だけ主の傍を離れている従者は、まるで「仕方がない」とでも言うように、わずかに肩を竦めた。

「主命とあらば、ぬかりなく果たさねばなるまい。本意ではないが」

「ありがとう。魔法はともかく、剣技について私は素人同然だからね、頼りにしてるよ」

 これに対してロックは何も言わず、机の後ろに回って私を促した。

「そろそろ時間だ」

「それじゃあ始めようか」

 私もロックの隣の席に回り、ポケットから魔石が先端に付いた棒を取り出し、開封して口元に近づけた。


『紳士淑女の皆々様、お待たせいたしましたー!!』


 魔道具によって何倍にも大きくなった私の声が響き渡る。時雨のような客の声はぴたりとやんだ。

『これより、王宮主催闘技大会の開会式を執り行います!』

 このリングに最も近い《解説席》が、本日、私が立つ戦場だった。

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