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 結婚の挨拶というものは、よく聞く。

 生憎と私自身には経験のないことだが、日本の現代では「娘さんをください」と言われてドラマのように猛反対する親の話を、なかなか耳にしなかった。ちゃんとしている人だと、正式な挨拶の前にちょこちょこ顔合わせなどの機会を作ったりして、家族に心の準備をさせていることが多いし、特に家業を継ぐという問題もなければ、親は子の意志を尊重してまかせてしまうのが普通だろう。

 まあ段取りがどうであれ、相手の家を訪れた時点で少なくとも、本人どうしはすでに意志を固めているものである。家族はその意志を受け、己の見解を述べるのだ。

 そこで、さて、今回の場合である。

 突然やって来た将軍様は、うちのリル姉に結婚を申し込みたいと言う。

 これ、返答に困る。

 申し込みたい、って言われても。『たい』って。本人以外がなんと返したらいいの。こっそり付き合ってて「僕たち結婚します!」って言われたほうが、まだ対処に困らない。

 椅子に座ったまま身を前に倒してリル姉を覗き込んでみると、完全に機能停止していた。だめだ、不意打ちのダメージが大き過ぎた。

「えっと、結婚、できるんですか?」

 会話を放置するわけにもいかず、私が沈黙を破る。一応、保護者代表として将軍の真向かいに座っているのはジル姉で、将軍もおもにジル姉に向けて話しているのだが、初対面であり、なおかつここに至るまでの経緯を大まかにしか知らないジル姉に、話を進めてもらうのはあまり適切でない。

 将軍の視線は、声を発した私に移った。

「その覚悟はしてきた」

 こちらを射貫くような強い眼差しで、はっきり言われる。 

 大体、私がこれまでに見てきたこの人は、リル姉の前で腑抜けて頭にお花を咲かせているか、私の攻撃で青ざめているかだったが、今はそのどちらでもない感じだ。

 意志が明確に、強固になった。これまでリル姉に言い寄って来ていた人たちよりも、芯が太く通って見える。

「・・・身分の差は重々承知している。そのために生まれる困難と障害が少なくないこともわかっている」

 将軍は語る。

「貴族の家に連れて行けば、慣れぬことで苦労をかけるだろう。不名誉な噂を立てられ、そしりを受けることもあるだろう。だが、何があろうと私はリディルを守り抜くと誓う。それでも、リディルが嫌な思いをすることを避けられぬのなら、その何倍もの幸福を返すことを約束する。もし、リディルが私の傍にいてくれると言うならば」

 最後はリル姉を見つめた。

 リル姉は、ちゃんと聞いている。だが、まだ言葉が出て来ない。

 再び、私がかわりに問いかける。

「今日は、その覚悟を示しに来てくれたわけですか?」

「いや。私は武人だ。口で覚悟は示さない」

 そう言って、将軍は鞘に入った自分の剣を体の前に持ってきた。

「近々、闘技大会が行われる。私はそこに出場する」

 おっと、この流れは。

 なるほど、武人らしい提案だ。―――と私が先回りして納得したところで、彼は予想外のことを言い出した。

「今回は魔剣を用いた個人戦だが、私は魔剣の力を一切使用せずに戦う」

「・・・え?」

「その上で優勝できた暁には、結婚を申し込む権利を与えてほしい」

 将軍は半ば据わった本気の目をしていた。

「エメが魔技師であるのは幸運だった」

 場の困惑をよそに、将軍は私に話しかけていた。

「そなたに、私が本番で使う魔剣が発動しないよう細工を頼みたい」

「は・・・あ、ええっと」

 急いで頭を回し、考える。

「発動させないのに、魔剣を使うんですか?」

「ただの剣を構えては相手がやりにくいだろう。本気でかかってきてもらわねば覚悟など示せない」

 きっぱり言い放つ将軍。彼の中で、私が協力することはもう決定されているんだな。別にルールブックがあるわけじゃないが、一応、不正だと思うんだが。

「――それだけの覚悟と強さがあるかを、ご自身に問われるわけですか」

 ここで、ジル姉が口を開いた。将軍は深く頷く。

「この程度の試練も乗り越えられぬのならば、必ず守り抜くなどという言葉は到底信じられまい。返事をもらうまでもなく、私はリディルにふさわしからぬ者だ」

 さらに、続く。

「今、語った話はすでに我が父に通してある。そちらにも覚悟を示すことを約束し、認めさせた」

 それは、まさか、と言いたくなるような内容だった。

 ――あぁ、でも、そっか。

 私が要求した通り。この人は本気で、覚悟を決めて、正面突破に挑んできたんだな。だったら、受けて立つべきは私じゃない。もちろんジル姉でもない。

 全員の視線が、リル姉に集まる。

 リル姉は膝の上でぎゅうっと両の拳を握り、何かを言おうとして、将軍の目を見てやめて、うつむいて、そんなことを二度繰り返した。

 すると将軍が立ち上がる。そのままテーブルを回ってこちらに来たため、私は咄嗟に椅子を持ってジル姉の後ろまで逃げる。

 あいた横のスペースに将軍は跪き、うつむくリル姉を見上げた。

「一度拒否されたというのに、押しかけてすまなかった」

 優しい顔で、優しい声で、将軍は詫びていた。私たちのほうに背を向ける形になっているリル姉の表情は見えない。

「ここ数か月の間、そなたが最も幸せであることはなんなのか、ずっと考えていた。・・・しかし、そんなものは結局わからなくてな」

 将軍は自嘲していた。

「貧しい中を必死に生き抜き、努力で掴んだ今の生活こそが至福であるのかもしれん。家族と共にいる以上の幸せを、私が与えてやれるのかもわからない。この身が確実に保証できる唯一は、そなたが傍らにいてくれることで、私の中に自然と生まれる喜びを、分け与えることのみだ」

 胸に手を当て、彼は愛しい人を見つめる。

「それがどの程度の価値を持つのかは、己では測れなかった。よって、判決をそなたに委ねる。もし、わずかにでもこの哀れな者にかける慈悲があるのならば、私が再びこうして跪き求婚するまで、返事を待ってもらえるだろうか」

 どうかこの場で断らないでくれという懇願は、リル姉にとっての猶予でもある。

 リル姉はずっと、将軍との仲を否定し続けてきた。そもそもの身分が違うからと、自らを自らで将軍の対象から除外していた。

 だけど、こうしてプロポーズの予告をされた今、そんな言い訳はもう通用しないのだ。

「――沈黙は幸いだ」

 将軍はリル姉の左手を取り、指にキスをした。おい、そこまで許してないぞ。

 しかしこちらが咎める暇もなく、将軍が爽やかな笑顔で立ち上がる。

「用件は以上だ。此度は大変失礼をした。次は祭りの後日に、詫びの品を持って参る」

 とまあ、このくらいの挨拶で、風のように去ってしまった。

 後に残されたのは、真っ赤な顔をテーブルに突っ伏すリル姉と、もはや苦笑するしかない私とジル姉である。

「おわり?」

 モモが二階から下りて来て、私は浮かべた苦笑をそちらに向けた。

「ようやく始まったとも言える」

「なんだそれ? よくわかんなかったけど、リル姉がキゾクとケッコンするってことか?」

「大体わかってるじゃないか」

 ジル姉がやはり笑いながら言う。

 こうなることを、望んでいたわけじゃないが。以前、青い顔してうじうじ悩んでいた時に比べれば、あの人を見直してもいいような気にはなった。

「さてリル姉。祭りが終わるまでにしっかり考えておかなきゃね」

 突っ伏すリル姉の肩に触れると、一瞬震えて、そろそろと頭が上がる。

「考えるって、言ったって・・・」

 なぜだか泣き出しそうな顔。可哀想に、混乱しているんだろうが、ごめん、なんかおもしろい。

「嫌いなら嫌いでいいんだよ。好きなら好きでいいし。まず結婚するかどうかは置いといて、リル姉は将軍をどう思ってるの?」

「・・・オーウェン様は、お優しい方だわ」

「そこが好き?」

 がた、とリル姉の椅子が音を立てた。

「そういうわけじゃっ」

「それじゃあ、嫌いなところは?」

「っ・・・ない、けど」

「え、一つも? 絶対に告げ口しないから遠慮しなくていいよ?」

「その言い方だとお前はあるように聞こえるぞ」

「や、嫌いとまでは言わないけど、大概なところあるじゃん。さらっと私に協力押し付けたり」

「・・・優し過ぎるなあ、って、思うことは、あるけど」

 リル姉は小さく唸り、まだ悩んでいる。

 この場で問い詰められてすぐ答えを出せる程には、気持ちを固められていないのだろう。一回、固めたのだとしても、刺激でほぐれたのかもしれない。

「私はリル姉がお嫁にいっちゃうの嫌だから、あの人のことはあんまり好きじゃないけどさ」

 なのでこの場では先に、私の気持ちをリル姉に伝えておく。リル姉は下げた顔をまた上げて、こっちを見てくれた。

「あの粘り強さには感心してる。リル姉に言い寄ってきた人の中では最長記録じゃない? 身分の差とか、色々と問題は多いけど、あの人は逃げずに自分の意志で道を選んでここに来た。だからリル姉も、今度は自分の中にある理由と意志に従って選ばなくちゃ。決めるまで苦しいかもしれないけど」

 その決定は誰も肩代わりできない。残念ながら。

「でも大丈夫。どの道を選んだって私たちはリル姉を全力で援護する。そこはまかせて」

 笑顔で強く宣言しておく。

 闘技大会の結果に意味はない。リル姉が最終的に何を望むかだけが、重要なんだ。

「・・・うん。ありがとう」

 か細い声のお礼を聞いた、直後だった。


 再び、ノック音が響く。


「また誰か来た?」

 あるいは将軍が言い忘れたことでも思い出して戻って来たか。今度は私が一番に出迎えにいった。

 すると扉の向こうにいたのは、顎髭をたくわえた渋いおじさん。

 詰襟のジャケット、足元に届くマント、腰に帯剣。貴族、そして軍人の格好だ。高いところから厳しく見下ろしてくる眼差しを、どこかで見た覚えがある。

「・・・まさか、これなのか?」

 小さく、何やら失礼なことを口走られた気がする。嫌な予感がし、下腹に力を込めた。

「どちら様でしょうか?」

 相手は鼻から大きく息を吐き出す。

「大将軍ガレウス・ソニエール。名乗れば用件まで伝わるか?」

 嫌な予感しか、しない。

 そうだ、この目、この雰囲気。中央宮殿にある英雄の彫像そっくりだ。

 すなわち新たなる来訪者は、創国時代のその名高き大将軍、アルダス・ソニエールの孫にして、オーウェン将軍のお父さん、だ。

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― 新着の感想 ―
[一言] オーウェンさん、どう考えてもリディルが辛い思いをしながら生きてく未来しか見えませんよ。屋敷に二人で暮らすわけでもないだろうに、せっかくエメ、ジゼル、リディルが3人で暮らし始めたのに
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