80
人を増やして数か月、小さな問題や諍いなどはありつつつも、順調に店は回っている。
手先が器用で細かい作業が得意な人、飲み込みの早い人によって単純に人手が増えて助かっただけでなく、新しい人々は新しいアイディアをもたらしてくれた。
例えば、魔法陣を石に写す際のスタンプを作る、など。魔石は不思議と熱を通さないため、焼印のように押し付けて魔法陣を写すことはできないのだが、かわりにインクで魔石の表面に魔法陣をスタンプし下書きとしておけば、よりスムーズに誤字なく魔石に魔法陣を彫り込んでいける。天然で採れる魔石のサイズはまちまちであるものの、選別して大きさをそろえたものに関しては共通のスタンプを使用できる。
こうしていい感じに効率が上がってきたため、修理と調整のみを行っていた店でも魔道具作りができるようになり、王宮の工房での作業は最初に魔力を移して使える魔石を作り、最後にできた魔道具を起動する、ということになってきた。少しは楽。
そんなこんなで、現場がある程度こなれた秋のはじめの頃である。
お客や従業員の意見を取り入れた新しい魔道具について、フィン老師に相談すべく工房を訪れると、うず高く積まれた剣の山を目にした。
「お、来た」
剣の前に立っているコンラートさんが、手招きしている。老師がその隣に椅子を置いてちょこんと座り、他の魔技師たちも傍で魔剣から魔石を取り外す作業を行っていた。
私は招きに応じ、コンラートさんの隣に移動する。
「もう魔剣整備の時期ですか?」
「いや、整備というか改造。お前が来るのを待ってたよ」
「改造?」
「あー、ほら、王女殿下がご婚儀を挙げられただろ?」
「? はい」
フィリア姫がトラウィスを発ったのは春の終わり頃で、すでにだいぶ前のような気がするが、ガレシュに到着し、つつがなく婚儀を挙げたとの報が王宮に届いたのは、七日ほど前。国民にもお触れが出て、それを知った日は、うちで従業員も交えて普段より少し良いものを食べた。もっとも、実際に婚儀が行われたのは二か月近く前だったのだが。光ファイバーとかないから仕方ない。
「その記念に祭りが開かれることになったろ?」
「そうですね」
秋はちょうど収穫の時期。盛大な祭りになるだろうと予想されているが、それと魔剣の山との関連性は如何に。
「その時に闘技大会もやるから、使う魔剣の選定と威力調整をするようにとのお達しが来たんだよ」
「闘技大会? へえ」
王都の東には闘技場がある。確か前の建国記念の祭りの時にも、そこで大会が開かれていたと思う。特段興味がなかったので覗きにいかなかったが。
「あれ魔剣で戦うものなんですか」
「いや。普通の剣でも戦うし、集団で模擬戦してた時もあったな、確か。今回は魔剣になっただけ」
「何か理由が?」
「魔力が尽きそうな魔剣が溜まってる」
と、コンラートさんが山を指す。
「大会で在庫処分してるんですか?」
「物のついでだよ。魔剣のほうが戦闘が派手になって盛り上がるんだって。要はこういうのって民衆のご機嫌取りが目的だろ? 観客が楽しめれば万事問題なしだ」
単なる見世物なのか。だから威力調整しろとのお達しなのだろう。もともとは殺傷範囲を広げ、一振りでより多くを攻撃できるよう設計されている魔剣である。それで観客に危害を与えるようなことがあってはいけないし、出場者に洒落にならない大怪我を負わせるわけにもいかない。というのも、おそらく、
「出場者は全員兵士なんですよね?」
「そう」
闘技大会は祭事のみに開かれる催しで、剣奴というものをこの国では聞かない。出場できる人なんて兵士くらいしかいないのだ。あんまり大きな怪我を負わせて、業務に支障が出てはまずいだろう。
ジル姉はそこで名を上げたらしいから、兵士にとっては晴れ舞台であるのかもしれない。
「事情はわかりましたけど、私を待っていたというのは?」
「ほら、最近増えた新人ばっかでまともに魔法陣いじれるのが俺と老師くらいしかいないだろ? お前に手伝ってほしいなー、と。他に教えながらじゃ残業するはめになりそうで」
工房のほうはコンラートさんの担当、とはいえ、私にも義務は当然ある。王宮主催の催しだ、他の魔道具作りより優先順位が高くなるのは仕方ない。
山から一つ、まだ石を外されていない魔剣を手に取る。
「これらを処分したら、また新しいのを作らなきゃいけないんですよね」
「・・・赤ん坊のおしゃぶりみてえなもんじゃろ」
自分の膝に肘をつき、老師が漏らす。
「ないと具合が悪くなるんだろうよ。見世物に使うならまだ可愛いもんじゃ」
「いっそ殺さずに無力化する武器の開発をするのもいいかもしれませんね、この機会に。捕獲に使えるものとか」
「いい加減、次から次に仕事を増やすのやめてくれ」
思いつきを口走ると、先輩が切実に訴えてきた。うん、コンラートさんがすでに、とてもがんばってくれているのはわかってる。新しいことは現場の状況を見つつだな。
「――ところで、こんなに出場者がいるんですか?」
山となっている剣は数える気にもならない。ここに配属されたばかりの頃を思い出す。
「さあ。なんか、魔石が赤っぽくなったやつ全部持って来られた」
「人数は毎度ぎりぎりにならんとこっちまで知らされんぞ」
コンラートさんと老師が交互に教えてくれた。
「調整を先にやっとけってことですか。納期いつです?」
「当日まで。本番に会場まで運んでって、適当に剣を配る」
「それで大丈夫なんですか?」
魔剣の効果には種類がある。どんな効果があるかわからないまま試合をするとは、かなり博打的だ。
「あー、魔剣の訓練を受けた人しか出ないから、扱いに関する心配ならいらないぞ。試合開始前に効果を確かめておく時間もある」
「へえ。でも、それだけですぐ戦えるなんて器用なもんですね」
「威力を弱めるだけで、効果自体はそれほど変えんからの。訓練通りにすればいいんじゃ。ま、派手に見せるために無駄な効果を付け足しはするが」
「あ、今回も発動時に刀身光らせたりします? 俺、けっこう好きなんすよねえ。いらん効果ガンガン付けていきましょうよっ」
「お前さんはこういう時だけやる気を見せるのう」
うきうきしているコンラートさんに老師は呆れ顔を見せていた。
舞台裏に来てしまった私は、もう純粋に大会を楽しませてはもらえないんだなあ。思わせぶりに剣が光り出しても、「あれ意味ないんだよな」と思ってしまうわけか。
どうせ大して興味があったわけではないから、いいんだけどね。
所詮こんなイベントは仕事の一つ。
せいぜい、知り合いの兵士たちを脳内に浮かべ、彼らは参加するのだろうか、するのなら応援くらいはしてあげようと、ぼんやり考える程度のことだった。
―――まだ、この時は。
**
「エメ見ろ!」
休日の昼下がり、背後から突然タックルを喰らい、テーブルで書いていた字がずれた。
「・・・あのさ、モモ」
「細かいことはいいから!」
振り返るのも待てずに、モモが目前に紙を掲げてくる。それは私が作ってあげたミトア語の単語を答える問題用紙である。さっきまで二階の部屋で解いていたのだろう。
手に取り、ざっと眺めて確認してみる。
「おぉ、全部合ってる。すごいじゃん」
「よっしゃ!」
急いで見せに来たのは、自分でも自信があったからだろう。モモは自国の文字も知らなかったのだが、余裕がある時にぽつぽつ教えていたら、あっという間に吸収していき、最近ではミトア語にも手を出している。どうやら勉強が性に合ったらしい。店でも魔石の彫り込みをなかなか器用にこなしてくれるため、将来有望と見てる。
「休みの日も勉強なんて、モモは偉いわね」
リル姉がそう言いながら、淹れてくれたハーブティーを私と向かいのジル姉の前に置く。
「モモもお茶飲む?」
「飲む!」
モモは私の隣に腰かけ、リル姉からカップを受け取った。
「なあ、次のくれよ」
「明日まで待って。っていうか、休みの日くらい外で遊んできたら?」
「エメだって遊ばないじゃん」
するとジル姉がカップの縁で笑い声を漏らした。
「言い返せないな?」
「私のは半分趣味だからいいんですー」
先日、コンラートさんが考えた『かっこいい魔法』を実現すべく、魔法陣をいじっているうちに、私も趣向を凝らしたくなってしまったのだ。せっかくやるなら、ね。魔技師の仕事をアピールできる場でもあるわけだしね。
「それじゃあモモ、今日は私の仕事を手伝う?」
するとリル姉が気をきかせてくれた。
「リル姉のしごと? くすり作ったり?」
モモの声が少し弾んでいる。興味があるようだ。
ちなみに、すっかりうちの子と化したモモは『リル姉』『ジル姉』といつの間にか呼ぶようになったのだが、なぜか私のことだけ呼び捨てなのである。釈然としない。
「そうねえ、傷薬作るのを手伝ってもらおうかしら」
「いいよ、いっぱい作ってやるっ」
「お茶を飲んでからね」
すぐに席を立つモモをリル姉がやんわりと押さえた直後、ノックの音がした。
「? 客か?」
「私が出るわ」
ジル姉より先に、リル姉が店のほうに行く。モモが後を付いていった。
「なんだろ? 看板も出してないのに」
「さあな」
間もなくして、モモだけが首を傾げながら、内扉を開け戻って来た。
「なあ、キゾクさまが来たぞ。前に会った、あの、なんだっけ? 金ピカの」
「は? ・・・え?」
思考が一瞬止まる。その間にジル姉が席を立って、店のほうに行く。
私も我に返って後を追った。
すると、入り口で固まっているリル姉がいて、ドアの向こうに、オーウェン将軍、その人がいた。
「・・・誰だ?」
初めましてのジル姉は当然ながら怪訝そう。
「貴殿がジゼル殿とお見受けする」
リル姉の頭越しに、オーウェン将軍は堂々たる声を発した。
「お初にお目にかかる。私は西将軍オーウェン・ソニエールと申す者。此度はしかるべき紹介もなく、礼を失した訪問となり、まことに申し訳ない。しかし、なんとしても貴殿と貴殿の妹君に聞いてもらわねばならぬ重大事であったがゆえ、どうかご容赦願いたい」
ぽっかーん、としてしまうご立派な挨拶を、店先で彼はかましてくれた。
・・・まったくこの人はほんっっとに、予期せぬタイミングで突撃を仕掛けてくる。
まあ、ともかく、だ。
「――中へどうぞ、オーウェン将軍」
私は来訪者に声をかけると共に、まだ固まっているリル姉の肩を叩いた。
「今、片付けますので」
衝撃で跳ね起きたリル姉を軽く押して脇へずらし、客を招く。店先でその重大事とやらを話されては面倒なことになりそうだ。
「失礼する」
リル姉のことは見ずに、中に乗り込む将軍。
テーブルのカップと書類を適当に片付け、内扉に近いほうに将軍、その正面にジル姉、隣にリル姉で、私はやや後ろに椅子を引いてリル姉の隣に待機した。狭いため、モモには二階にいるよう言いつけたが、階段の上に隠れているのが少しだけ私のところからは見える。いいけど別に。
こうして一同がひとまず落ちついたところで、先ほど奇襲により機先を制した将軍が、改めての攻撃を繰り出した。
「リディルに、結婚を申し込みたい」
短くはない時間、場を沈黙が支配した。




