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「――という計画っ」

 窓から明るい昼の日が差す、王宮の一室。政務が行われている中央宮殿はいつ来ても静かだが、王子の執務室は人が少なく、さらに静寂で満ちている。おかげで声がよく響く。

「魔技師は必ずしも魔法使いである必要はない、か。なるほど」

 企画書を広げたテーブルを挟み、アレクは熱心に耳を傾けてくれていた。

 今日は魔技師の増員について、彼に相談に来たのである。場にはアレクとロックがいるだけだが、密談ではない。ちゃんと所長に許可をもらった謁見である。

 店の雇い人に関する裁量は私に一任されていることではあるのだが、今回の企画が通れば魔法使いでない人が魔石加工に携わることになるため、安全性などについて、実行前に一応、上に説明しておく必要があると判断されたのだ。相手が王様じゃないのは、あっちは他にもたくさん謁見があって忙しいのと、魔法の基礎知識をがっつり身に付けている王子のほうが断然話が早いため。

「今、店の二階を従業員の休憩所にしてるんだけど、あそこ家具入れれば住めるから、最初は少ない人数を雇って様子見てみる」

「そうか」

 仕事中だが、他に人もないので結局、敬語をまったく使わず説明し続けてしまってる私。もはやロックも咎める気がすっかりなくなっているようで、アレクの後ろに無言で立ち、視線だけちらちらと書類にやっていた。

「彼らが魔技師になるまで、衣食住は保障できそうなのか? ある程度、時間がかかるのだろう?」

「大体一か月くらいあれば、簡単な魔法陣は誰でも彫れるようになると思うよ。ランプとかね。研修中は衣食住を保障するかわりに、給料は安めにさせてもらう。一人で一個完璧に仕上げられるようになったら正式採用で給料上げる。他の魔法陣は働きながら覚えていってもらうよ。一人覚えれば教える人が増えるから、効率はだんだんよくなっていくと思う。で、さ」

 ここで内緒話をするように身を乗り出すと、アレクも笑みを浮かべて、同じように身を乗り出した。

「なんだ?」

「ミトア語を覚えてもらう必要は特にないって言ったけど、余力のある人には働きながら勉強してもらうの。もしかしたら、その中に魔石の声を聞き取る人が出て来るかもしれない。その人には試験なしで魔法学校の入学資格を与えるっていうのはどう?」

「それはいいな」

 捕らぬ狸の皮算用、ではあるけれど。まったく可能性がない話ではないのだ。

 いわば魔法学校外で魔法使いを育てるようなものかな。入学の際に課せられる膨大な量の暗記テストは、やっぱり庶民には敷居が高いと思うから。

「ちょうどこの間、ミトア語を普通の学校で教えてはどうかレナード宰相と相談したところだ」

 すると、アレクからも関連した話が出てきた。

「それができれば、魔法学校の入学試験では石を開封できるか見るだけでいい。試験問題を作る手間もミトア語を教える手間も省けて、すぐに魔法使いの修業へ移行できる」

「それいいねっ。メリーなんか試験があるたびに徹夜で問題作って採点して、死んだ魚みたいな目になってるもん。教育部からも感謝されると思うよ」

 普通の学校でミトア語を教える人もまた、魔技師同様、魔法使いでなくていいから簡単に人数を増やしていける。私の知らないところでも、色々考えられて計画が進んでいるようだ。

「平民が通える学校は本当にできそうな感じなの?」

「水面下で準備は進んでいる。反発や不安はまだあるが、不変のままでは緩やかに衰えていく一方だ。流れは着実に変わってきている」

「おお、すごいね」

 他人事のように感嘆すると、アレクは思わずといった感じで小さく吹きだした。

「その変化の中心にいるのが君なんだが」

「え?」

「おそらく自分で思うよりも、君の存在は大きな影響力を持っているよ」

「そう? でも、私は魔道具のことだけで全体には関わってないし、中心にいるって言うのはさすがに厚かましいよ」

「お前にそんな殊勝な心があったのか」

 こちらも思わずといった様子で、ロックが漏らした。本気でびっくりした顔してんじゃねーよ。

「あるけど何か?」

 睨みつけても、仕事モードのロックは「失礼致しました」と主に詫びて知らんふり。アレクがとりなすように言い添えた。

「エメが先陣を切って動いたからこそ生じた変化だ。いずれにせよ、もっと自分を誇っていい。私は君を誇りに思っている」

 相変わらず、優しい言葉をくれる人だ。調子に乗るな等の苦言を呈されることのほうが圧倒的に多い分、率直に褒められるとちょっと照れる。

 しかし、アレクの言葉はまだ終わっていなかった。

「君がひらいた道に多くの者が今、続こうとしているんだ。きっと自覚はないのだろうが、信念を持って生きている姿は人を強く惹きつける。特に衆人の前で想いを語っている時の君は凛々しく、美しい。その一方で、普段はこうして愛らしい笑顔を見せてくれるのだから、ますます君が好きになる」

「待ってアレク、そこまで要求してない!」

 人がどう返そうか迷っているうちに、つらつら出て来た殺し文句に慌ててストップをかけた。

「いきなり口説くのやめてっ」

「え? ――ああ、すまない。うっかりした」

 アレクは言われて初めて気づいたかのごとく、自分の口を押さえた。うっかりってなんだ。背後のロックが、かなり引きつったすごい顔してる。

「もう心を隠す必要がないのだと思ったら、つい、気が緩んでしまったというか」

「・・・気が緩むと褒め殺すの?」

「いや、思ったことが口に出てしまっただけで、他意はないんだ。不快にさせてしまったのなら謝る。すまなかった」

 そう言って律儀に頭を下げてくる彼。やはり口説いているような文句が入った謝罪を、天然でやってるんだと思うとおそろしい。そのとぼけた感じが、おかしくもあった。

「ううんっ、謝ってもらうことはないよ。褒められるのは単純に嬉しい。まあ、でも、あんまり言われると照れくさいんで、ほどほどにしてくれると助かるかな」

「わかった。ほどほどになら口説いてもいいんだな」

 ・・・ん?

 ソファの背にもたれ、アレクは妙ににこにこしている。

「あれ? 今のそう聞こえる?」

「可能な限り、都合のいいように解釈した。嫌ではないのなら、エメに恋人がいないうちは、気を緩ませたままでいよう」

 いつの間にか口説いてもいい許可出したみたくなってる。なんだろう、この罠に嵌められた感。やるな、アレク。

「・・・まあ、いいけど念のため、妃にはならないよ?」

「もし気が変わったら教えてくれ。前にも言ったように、こちらはいつでも大歓迎だ」

「ありがとう。でも他にお嫁さん探してね」

「エメはまるでぶれないな」

 そう言うアレクはなぜか非常に楽しそう。

 なんだか余裕が増した感じ。『いい大人』になった彼は、きっと『いい男』にもなるんだろうと思えた。


「――じゃ、話を戻すね。ロックが変顔から戻れなくなっちゃう前に」

「そうだな。安全性が確保できることについては理解した」

 スイッチを切り替えるような素早さで、緩んだ空気が締まる。けじめ、大事。

「今回、少人数の雇用で試験的に魔道具を作成する案は妥当だ。なお、随時こちらにも状況を知らせてほしい」

「わかった」

「採用候補にはこれから会いに行くつもりなのか?」

「うん。最初だけはこっちから声をかけるつもり。失業者の救済がもう一つの目的だからね」

 するとアレクはやや難しい顔になった。

「場所が場所だけに、君とその案内人の少女だけで行くのは不安だな。兵士を連れて行くといい。すぐに手配する」

「やー、兵士なんているほうが邪魔だよ。モモが怖がるしさ、周りにもいらない警戒されるよ」

「では、兵士とわからない格好をさせよう。やはり、荒事に対処できる者が付いていたほうがいいと思う。万が一ということもある」

 滅多なことはないと思うのだが、その後もアレクが熱心に勧めてくれたため、この場はありがたく好意をいただいておくことにした。

「なるべく優しそうな顔の人にしてもらえる? 威圧感のない人がいいな。・・・あー、手っ取り早くジル姉でもいいんだけどね?」

「それは一番安全かもしれないが、彼女はもう王宮の兵士ではないんだ。仕事を頼むのは気が引ける」

 アレクは苦笑気味に言っていた。ま、それもそうだ。

「護衛は一人いれば十分だよ。っていうか、護衛の手配なんてアレクに頼んでいいことなの?」

「何も問題ない。明日、家まで迎えに行かせよう」

「ありがとう。助かるよ」

 話がきれいにまとまったところで、テーブルの上を片付け、席を立つ。せっかくだから出口まで送るとアレクが言い、ロックも引き連れ一緒に部屋を出た。



「今度、時間を作って研究所に行く」

 仕事の話が終われば気兼ねなく雑談できる。人気の少ない廊下を行く間、アレクと並んでお喋りだ。

「ん、何かあるの?」

「この間クリフに会った時、新しく開発された魔法を教えてもらう約束をしたんだ」

「へえ! やる気だね」

「私も魔法使いの一人として、皆に遅れを取るわけにはいかないからな」

「そっか。研究所に来るなら、メリーたちにも会えるね。そうだ、今、マティがおもしろい呪文作ってるんだよっ。でもまた行き詰まってるらしいから、アレクも励ましてあげて」

「どんな呪文なんだ?」

「えっとね、」

 言いかけたその時、

 

「――リディルっ!!」


 大声がしたと思ったら、乱暴に肩を掴まれ振り向かされた。

 私たちの後ろにはロックがいた。よってその声の主は、優秀な従者が反応できないほどの速度と勢いで、いずこかより現れたようだ。

 その人を、私は口だけで笑みを作り見上げてやった。

「私はエメですがっ、姉に何かご用でしょうか? オーウェン将軍っ」

 力強すぎて肩もげたかと思ったわ。

 近頃、背格好がだいぶ似てきたとはいえ、リル姉はローブなんて着ないしそれ以前に王宮にいるわけないし何よりも、私たち姉妹をよく見知っている人なら間違えるはずもない。

 しっかり私の顔を確認したオーウェン将軍はまず驚き、続いて落胆し、最後にようやく慌てた。

「す、すまない。遠目に赤い頭が見えて、それで咄嗟に、見間違えた・・・」

「そうですか。それはともかく、こちらに王子殿下がおわします」

「っ!」

 呆気に取られているアレクたちの視線にも、私に言われてようやく気づく。どんだけ視界が狭い中で生きてるんだ。

 将軍は一歩下がり、アレクに対して非礼を詫びた。その間も、絶望が滲み出た表情および雰囲気で、この人、リル姉に会えなくなって凄まじく落ち込んでるんだろーなというのが痛々しいほど伝わってきた。なんとなく、エールアリーで会った時より痩せたような気がしなくもない。・・・大丈夫なのか?

「殿下は、どちらへお出かけですか?」

 一通りの謝罪を述べ、将軍は覇気のない声でアレクに尋ねた。

「宮殿の外へ、エメを送る途中だ」

「エメを・・・そうですか。であれば、後は私が引き受けましょう。私も先ほど陛下への報告を終え、軍部に戻るところですので」

 本来は誰にも送ってもらう必要などないのだが。つまり、将軍は私と話がしたいのだろう。

 アレクが無言で「どうする?」という視線を送ってくれて、仕方なく、私は頷きを返した。

「――わかった。ソニエール将軍にまかせる。ではエメ、いい知らせを待っている」

「はい、必ずや」

 気を使ってくれたアレクに心の中で感謝し、将軍と連れ立って歩き始めた。


「で、何かご用ですか?」

 促してやると、将軍はまず咳払いをした。

「その、久しぶりだな。変わりないか?」

「ええ。姉ともどもに元気でやっております」

「リディルも、か」

「日々、快活に楽しく過ごしていますよ」

「・・・そう、か」

 将軍の顔に落ちる陰がさらに濃くなった。この程度で落ち込むなよ。武将のくせにメンタル弱いなあ。

 ま、実際、リル姉が心底楽しく過ごしているのかは、家族であってもよくわからないことではあるが。

 将軍はしばらく、落ち込んだまま口を閉ざした。その様子は憐れであり、不憫であり、うっとうしくもある。

「まだリル姉のこと、諦められないんですか?」

 もう直球でいっちゃう。こういうウジウジしてるのも回りくどいのも苦手なんだ、もともと。

 将軍は礫を喰らった鳩みたいな顔になっていた。

「いい加減、見切りつけたほうがいいと思いますよ。仮に付き合えたとしても、どうせ結婚まで漕ぎつけられないんですよね? 物のわからない子供じゃないんですから、将来への見通しがなければフられるのは当然です。ここできっぱり諦めましょう」

 二発、三発、投げた礫は確実に将軍の心にめり込んでいるように見えた。やわいメンタルだ。

「わかっている・・・わかっては、いるんだ・・・」

 すると胸を押さえ、何かぶつぶつ言い始めた。

「無理を押し通せば、彼女を不幸にさせてしまう。理不尽な非難を浴び、ひどく傷つけられるだろう。わかっている、彼女を引き込んではならない、わかってはいるんだ・・・」

「っていうか大前提として、リル姉があなたを好きかどうか定かじゃありませんけどね。フられてますし」

 なぜか最後の一発は足にきたらしく、将軍はその場に崩れ落ちた。

 両手を床につき、うつむいて、まるで土下座。もしこの状況を人に見られたら、将軍にこんな格好をさせてる私は何者と思われるだろうか。

 ――やれやれ。

 溜め息を吐き、将軍に合わせて私もその場にしゃがんだ。

「わかりました。きっぱり諦められるように、思い知らせてあげます」

 首を傾げ、うつむいた顔を覗き込む。

「明日、お時間ありますか?」

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― 新着の感想 ―
[良い点] ミトア語の教材を広めて試験に出すのではなく、わざわざ暗記能力から測って門を狭めていたのには、それなりの理由があると思ったんだけどな。 ぽっと出の思いつきをあまり考えずに改革進めているように…
[良い点] 恋によって、崩れ落ちる将軍! 若いなぁと思いつつ、羨ましい限りです。追い討ちかける妹、容赦してあげて! [一言] アレク頑張れ。
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