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 スリの件はギートたち兵士にまかせ、私たちはやっと目的地に辿り着く。

 『プティの店』は、軒先に花を飾った可愛らしいところだった。小さい建物で、人通りの少ない、閑静な住宅街の中にある。

 開け放たれた戸口の奥は様々な色彩の布であふれ、それらに囲まれた三つ編みのお姉さんが一人いた。

 カウンターに布を広げて何かの作業をしていたが、私たちに気づいて顔を上げる。その目に瞬時に頭から足元まで見られた。

「いらっしゃいませ!」

 わざわざカウンターから出てきたお姉さんは、なんだか嬉しそうだ。開店初日だからかな。なぜか首に紐を巻いてると思ったら、近くで見るとメジャーのようだった。

「こんにちは。服の相談に来たのですが」

「ええどうぞ! うちは女性のための仕立て屋ですから」

「? 女性のため?」

「そうです。申し遅れました、私は職人のプティと申します」

 お姉さんは自信に満ちて名乗った。その名は店の名前と一緒だ。ということは、この妙齢の女性が店主なのだろうか。ちょっと驚き。

「こちらご覧ください」

 プティさんはさっそく、壁にかかった薄緑色の服を指す。それはワンピースだったが、普段着のものとは違い、ドレスのようだった。しかし貴族の着るものとはまるで形が違う。腰回りにふくらみがなく、フリルやリボンなどの装飾もない、細身で簡素であるかわりに、流れるような美しいひだがある、膝丈ほどのドレスだった。

「私が考案した庶民用のドレスです。布地と装飾を減らし、補正下着なしでも着られるものなので、非常に安価にご提供できますっ」

「庶民用の、ドレス?」

 すられたことに軽く落ち込んでいたリル姉も、興味を示した。するとプティさんがさらに勢いづく。

「私は常々思っていました。ドレスは貴族女性だけのものなのか、と。確かに一級品の布と高度な技術で縫製されたものに、庶民の手は届きません。でもだったら、私たちが買える新しい型のドレスがあればいい。なければ自分で作ればいいの! お金がなくたってオシャレはしていいはずよ! 手始めにこの王都で流行らせ、いずれはティルニやガレシュにも進出してうちは大金持ちに――」

 最後のほう言わなくてもいい思惑が漏れちゃってる。素朴な顔立ちながら、なかなかの野心を持つ人のようだ。

「――それはさておき。さ、どんなドレスをお作りいたしましょう?」

 すでにドレスを作るものとプティさんの中で決められてしまっていた。

 私は一応、連れに確認を取ってみる。

「リル姉、ドレス欲しい?」

「え? うーん、素敵だとは思うけど、特に必要ないから・・・」

「ジル姉、着る?」

「着れるか」

 ジル姉は即答。私もまあ、今のところ必要ないかな。ドレスを着る機会って、そうそうないよなあ。貴族が普段からドレスを着ていられるのは動かなくていいからだ。私たちはそういうわけにいかない。

 プティさんの心意気は素晴らしいと思うが、庶民の間に浸透させるにはまだまだ時間がかかりそうである。

「ここでは他の服も作ってもらえます?」

 改めてこちらの希望を伝えると、プティさんの顔から微笑みが消えた。

「・・・まあ? ご要望とあらば? 作りますけど? 作りますけどね? せっかくなら誰も持ってないような服を着たくない?」

「あー、私が欲しいのも、ある意味でそういう服です」

「え?」

 圧の強い彼女の前に、家でメモしてきたものを差し出す。

「こんな服作れますか?」



**



 十日後、私は一人で再びプティさんのお店を訪ねた。

「こんにちはー、プティさん。服できてますか?」

 今日も静かな店内。彼女はカウンターでなんだか据わった目をしてる。そして無言のまま奥に行き、戻ってきた。

「――あのねえ!」

 ばん、とカウンターに服を叩きつけ、プティさんは怒っていた。

「私はドレスを作りたいの! なのに、よくもこんなダサい服を作らせてくれたわね!?」

 彼女の手元に潰れているのは、私が適当にデザインして作成を頼んだ、いわゆる『ツナギ』だ。広げて体にあててみればぴったり、頑丈そうで、見事に望み通り作られていた。

「ちゃんとお金払ってるんだからいいじゃないですか」

「よくない!」

 商売人とは思えない口調と態度で責めてくる。そんなにダサいかな?

 作業服といえばツナギだ。ポケットがたくさんあるから、小さな工具やメモを入れておくことができて便利だし、やはりズボンのほうがスカートよりも気を使わずに動ける。王都の古着屋を覗いてもこういう型の服はなかったのだ。

「ツナギは機能的で素晴らしい服ですよ?」

「絶望的に地味! 体の線すらわからない! 肌の少しも出そうよ若いんだから!!」

「作業着なんで」

「じゃあもう一着作らせて! 今度こそドレスを!」

「特に着る機会がないんですよ」

「いつ着たっていいじゃない!! お願い、思ったより客来ないし来ても逃げるしで暇なのーっ!!」

 たぶん、立地とプティさんの接客が悪いんだろうと思うが、正論は火に油を注ぐだけになりそうなので今は黙っておく。

「プティ。お客様に失礼だよ」

 絶叫するプティさんを、内扉の向こうから、のほほんとしたおじいさんが叱った。聞けば、プティさんの祖父だそうで、彼がこの店の本来の店主であるらしい。孫の名前を店名にしているところに愛情を感じる。

「いいじゃあないか、便利そうな服で」

 カウンターまで出て来て、おじいさんも話に加わった。

「これ、他の客に勧めてもいいかねえ?」

「もちろん、どうぞ」

「おお、そうかいそうかい。ありがとう」

「私はもう作らないからね!?」

 プティさんは再び叫ぶが、おじいさんはまったく孫の声が聞こえていないように見えた。まあ、着飾るためだけでない服を作っていくことも大事なんじゃないかな。

「ドレスに興味がありそうな人がいたら、この店を紹介しておきますから」

「ほんとね!?」

「ええ」

 知らない形の服を見事に作ってくれたプティさんの腕は確かであると思うから、安心して人に勧められる。彼女に約束し、ツナギを小脇に抱えて店を出た。


 すぐに家には帰らず、辺りを少しぶらついてみる。たまには、ゆっくり一人で散歩するのも悪くない。特に考え事をしたい時は、軽く体を動かすほうがアイディアがよく出るものだ。

 静かな通りに人影はあまりない。帰りは露店の並ぶ通りで、夕飯の材料でも買っていこうとぼんやり考え、何の気なしに目線を横の建物などに向けた時、まるでその一瞬を見計らったかのように誰かがぶつかってきた。

 どこから、いつの間に現れたのかわからない、赤い頭が視界の端をよぎる。即座に、私は自分の腰から伸びている紐を掴んだ。

「っ、う!?」

 走り去ろうとしていたその子供は、小さな手にしっかり握った財布に後ろへ引っ張られ、転んでしまった。

「おー、釣れた」

 もしかしたらかかるかなあと思い、ベルトから繋いだ紐を財布に付けて、ポケットに入れておいたのだ。

 おそらく、この子は先日リル姉の財布をスった子だ。私たちみたいな、あまり怖そうじゃない油断した相手を選び後をつけ、兵士の姿がないところで仕掛けてきたのだろう。

 素早く起き上がったその子は引き際が非常に悪く、なおも財布を引っ張り逃げようとしている。相手が冷静さを取り戻す前に、私はその細い手首を掴んだ。

「ほら、いい加減に放す」

「っ!!」

 赤い瞳が、きつく睨みつけてくる。その幼い顔立ちを見る限り、おそらく十歳には届いてない。とても短い髪をしているが、女の子のようだった。手首なんかはうっかり折ってしまいそうなほどに細い。昔の私たちのように、ボロきれを着ているというわけではなかったが、ズボンも上着もくたびれていた。

「そっちこそ、はなせ!」

 なおも財布を放さず、腕を振って暴れたり、こちらの手に爪を立ててくる強気な態度は、確かに私に少し似ているのかもしれないと思った。

「痛い痛いやめて。あんまり騒ぐと兵士が駆けつけてくるよ」

 ぴたりと子供の動きが止まる。

「・・・どっちにしろ連れていくんだろっ」

 高い可愛らしい声のわりに、その子はやけに男っぽい口調で言った。

 私がか弱い乙女とはいえ、こんな痩せっぽちの子供よりは力があるから、市場を巡回している兵士のところまで引っ張っていけないこともない。いざとなれば胸元に付けた魔石もある。

 だけど、それが目的で引っかけたわけじゃなかった。

「私の質問に答えてくれたら、連れていかないであげるよ」

「・・・え?」

「どう?」

 心底不審そうな顔をしつつ、その子は渋々、取引に応じてくれた。

「なに?」

「まずは自己紹介から。私はエメ。王宮に仕える魔法使いで、一の門近くに魔道具の店を出してる。君の名前は?」

 その子は目をぱちぱち瞬いて、ひとしきり私の自己紹介に驚いてから、次に自分の名を口にした。

「モモ」

 どこか和風なその響きに、私のほうも驚く。よく聞く日本人の名前、というわけではないが、それっぽい。ますます親近感が湧いてきた。

「? なに笑ってる」

 そうしたら、気づかないうちに頬が緩んでいたらしい。眉をひそめられた。

「いい名前だなと思ってさ。この間、私の連れから財布をスったのはモモ?」

「・・・」

「正直に言えば兵士に突き出さないであげる」

 モモは、小さく頷いた。

「あのお金でお腹いっぱいになれた?」

「三回は食べた。けど、もうなくなった」

 リル姉はあんまり中身を入れてなかったと言ってたからな。全財産を持ち歩く人なんかいない。

「ねえ、もっと割のいいこと教えてあげよっか」

「・・・? なに、それ」

「スリなんて、誰がいくら持ってるかわからないし、いつも成功するとは限らない。どれだけ器用で足が速くても、現にこうして捕まった。その先には罰がある。こんな非効率的で割に合わないことないよ。もっと他に、お金をたくさん稼げてお腹いっぱいになれる方法がある。知りたくない?」

 モモは一瞬、期待に輝く瞳を私へ向けて、しかしすぐに警戒心を露わにした。

「なんかウラがあるんだろっ」

「それはないけど、条件が一つある」

「やっぱりっ」

「君が財布をスった人、私の姉に、心から謝ること」

「・・・へ?」

 私はモモを放し、呆けたままの彼女の手から財布を外した。

「おいで。きちんとごめんなさいが言えたら、うちの店で雇ってあげるよ」

 お腹を空かせた人には魚の釣り方を教えてあげろってね。

 ずっと悩んでいた人手不足を解消する方法を、私は一つ思いついていた。

※お知らせ

 1月12日に、転生不幸2巻発売します。よろしくお願いします。

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