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 王都東の、一の門近く。

 その辺りに近頃できた店に、人々が入れかわり立ちかわり訪れていた。

「こちら大陸初の、魔道具のお店でーす! 寄らなきゃ大損! 世にも不思議な魔法の力が今、あなたの手に!」

 明るく元気な売り子の声が、通りから店の中にまで響き渡っている。それに誘われた人がさらに覗きに来て、店の中はいっぱいで、店員どうしのやり取りも大声を出さないと聞こえないほどだ。

「エメさーん、簡易竈ご注文のお客様がいらっしゃいました!」

「はーい! 調整できてます!」

 ヴェルノさんに呼ばれ、私は店奥の作業場からカウンターに作成した魔道具を持って行く。

「もし不具合が生じましたら無料で修復しますので、店までお持ちください」

「へえ、そいつは気前がいいな」

「壊れない自信がありますからね。お買い上げありがとうございます!」

 客を一人さばくと、すぐさま目の前に紙を出される。

「注文いただきました! 貴族屋敷で暖色系統のランプが欲しいそうです!」

「了解です!」

 注文票を受け取り、奥へ戻って柱にかけたボードに針で刺し止める。そこにはすでに数十枚の注文票が刺さっている。

 店奥は修理と簡単な調整のための作業場。私は決してずぼらな性格ではないつもりなのだが、今は魔法陣と魔石と工具が机の上に乱雑に散らかり、床に表面を削った際に出た魔石の粉が散らばって、ローブの下のスカートにまでくっつき、妙にきらきらさせてしまっている。

 姫の花嫁行列を見送ってから間もなく開店し二か月、おかげさまで千客万来。開店からひと月ほど経ったところで、用意していた分が飛ぶように売れてしまい、早くも生産が追いつかなくなっている。

 一番売れているのはやはりランプ。値段は外装を含めて一万ベレで金貨一枚。蝋燭の五倍の値段であるが、一年間は使える設計だから消費量を考えれば断然お得。取り換え用の石だけなら半値。クズ石を利用できなきゃ、石だけで原価五万はかかるところから、だいぶ落とせた。

 もともと裕福な人が多い王都では、このくらいの出費をしてくれる人は大勢いる。まして官営の店、すなわち王のお墨付きをいただいている店であれば、信用は最初からあるようなもの。

 魔道具展覧会という派手な宣伝をした効果もあり、平民貴族問わずに注文が殺到している。今や、王宮の工房でも魔技師たちによって毎日、彫り込み作業が行われているのだがちっとも間に合わない。魔技師を増員してもらっても足りてない。

 正直、もっと人を増やしたい。手ごろな値段になった魔道具はこれからどんどん需要が増えていくだろうし、他にも、開発研究に費やす時間的な余裕が欲しいところなのだ。この問題は、魔法使いの総数が少ないことが原因である。早く平民でも気軽に魔法使いを目指せる体制が整えばいい。具体的には、試験を受けるための勉強を教えてくれる学校を作るとか。その辺はレナード宰相にがんばっていただくしかない。

 ま、ともかくも商売繁盛しているのは、何よりなことである。



 忙しいとはいえ、魔道具の店にも休日はある。じゃなきゃ世間にブラックだとそしられる。いくら注文が溜まっていようが関係ない。そこは官営であるところの余裕だ。

 が、私に限って言えば、なかなかゆっくりする気になれないのが現状である。

「エメ、今日も仕事?」

 朝ごはんを食べた後、片付けたテーブルの上に魔法陣の設計図を広げ唸っていると、店先にいたリル姉が戻って来た。

「んー、まあ、リル姉たちも仕事してるし、私もがんばろうかと」

「こっちは終わったわ。もうお昼過ぎよ?」

「え、そんなに経ってた?」

 驚いてテーブルから顔を上げる。昼の鐘が鳴ったのにも気づかないほど、集中していたみたい。

 今日は薬屋も定休日。だが、薬草の整理や加工など少しはやることがあるため、午前中、リル姉たちは店のほうで作業していたのだ。

 薬屋もまた順調に繁盛している。当初は人を雇おうかという話も出ていたのだが、リル姉がひと月前に王宮のほうの仕事の後任が見つかって円満退職したため、特には新しい人をいれていない。私は元王宮薬師がいる店なんだと魔道具店に来てくれたお客などにさりげなく宣伝し、こっそりささやかに営業を手伝っている。

「新しい魔道具か?」

 ジル姉も内扉の向こうからダイニングに戻って来て、設計図を覗き込む。

「うん、一般販売するものじゃないんだけどね。金属の製錬に魔法を使えないか、ってアレクに相談されてさ。もっと簡単に効率よく純度の高い銅なんかを作れるようになったら、悪銭をなくせるかもしれないって。あと製錬する時に出る粉塵吸い込んだりするのよくないから、そういう過程をあわよくば省略できないか考えてる」

 製錬技術の発達は、何かちょっと戦争的な、危うい側面を持つが、流通する貨幣が足りないのは困るし、人々の生活に必要な技術であることには違いない。どう使っていくかが問題なのだ。

 それを考えると、つい難しい顔を作ってしまう私に対し、ジル姉はかすかな笑みを見せた。

「いつの間にか大物になったもんだな」

「そんなことないって」

 トラウィス最強の元兵士に比べれば、私なんてまだまだである。

「でもエメ、大変なのはわかるけど、たまには息抜きもしたら?」

 見やれば、リル姉が心配そうな顔をしていた。

「もし急ぎの仕事じゃないのなら、今日は出かけてみない? 気になるお店があるの」

 そう言って、リル姉はポケットから折りたたまれた紙を取り出す。それはチラシなのだろう、『プティの店、本日開店』と女性らしい字で書いてある。

「仕立て屋さんみたいよ? 午前中に通りに出たら配ってたの。開店記念で安くしてもらえるんですって。エメはそろそろ新しい服が必要なんじゃない?」

 リル姉が指すのは私のスカート。繊維の間に入り込んだ魔石の破片を取ろうとして、洗濯の時によく擦るから、生地がだいぶ傷んでしまっている。ローブの下の私服と作業服を区別していないのは、そろそろよくない気がしてきてる。

「そうだね。特別に急ぎの仕事ってわけでもないし、行ってみようかな」

「ついでに外でお昼を済ませて、ゆっくりしましょ。ジル姉はまだあんまり王都を見て回ってなかったでしょ?」

「ああ」

 というわけで、この休日は久しぶりに家族で出かけることになった。



**



「さすがに十年も経てば変わるもんだな」

 市場の屋台で簡易な昼食を済ませ、新しい仕立て屋を目指して歩く間に、ジル姉が呟いた。

「そんなに変わってる?」

「店の数と配置が変わった。人も増えて、より華やいでる」

 ならば、良い方向に発展していっているということだろう。市場のある通りは気をつけないと人にぶつかるほどだ。

「あっ、ごめんなさいっ」

 そうこうするうち、リル姉がぶつかったらしい。短い赤毛の子が、謝りもせずに走り去る後ろ姿が見えた。ま、怪我はないようだ。

「大丈夫?」

「ええ」

 リル姉は私に答えた後、なぜかくすりと笑みを漏らした。

「今の子、小さい頃のエメに似てた」

「そう?」

 チビで赤毛というだけでは? と思うが、顔を見てないから私にはわからない。

「ちょろちょろ走り回るところはそうかもな」

「それ子供全般に言えることなんじゃ」

 と、ジル姉に自分で言ってから、そういや私って生まれた時から精神的には子供じゃないはずなんだよなと思い出す。ま、まあ、仕方がない。三つ子の魂は百までだから。

「――ねえエメ、手を繋がない?」

 するとリル姉から急にそんな提案をされた。

「なんだか懐かしくなっちゃった」

 どうやら、昔のようなお姉ちゃんをしたくなったらしい。だんだんリル姉に追いついてきたこの体では気恥ずかしいが、無邪気に差し出された手を跳ねのけることができようはずがない。やや苦笑しながら、右手を繋いだ。

「昔はよくこうして街を歩いたわよね。家を追い出された日も」

 家、というのは私たちが生まれた場所のことだろう。リル姉はうんうん頷きながら、小声で「幸せ幸せ」と何度も呟いていた。

 ・・・どうしたんだろうか。

 リル姉の頭を越えてジル姉と目を合わせると、わずかに首を傾げられた。ジル姉もよくわからないようだ。

 最近、時々だが、リル姉の様子がおかしくなる、気がする。ふと見た時にぼーっとしていたり、自分に言い聞かせるような調子の独り言を呟いていたり。なんか疲れてんのかな。

「その仕立て屋はどの辺りなんだ?」

 今はそっとしておくことにしたらしいジル姉に尋ねられ、リル姉の意識が戻った。リル姉は右手に持っているチラシを見直し、

「ええと、裏通りに入ったところにあるんだと思うわ。たぶん」

 市場を出たところの横道を指した。自信なげなのは、チラシの手書き地図がわかりにくいためである。作成者の技量の問題というより、おそらく店の立地が悪い。大通りと違って路地裏は慣れないと迷いやすい。私たちはだいぶ慣れているほうだが、分かれ道では一度立ち止まってよく確かめないといけなかった。


「――あ、おい、何してんだ」

 人に怪しまれるようなことは何もしてない、が、道に立ち止まっていたところ、声をかけられた。

 見れば、それは眼帯をしている知った顔だ。

「ギート、久しぶり。お疲れー」

 鎧姿の彼は仕事中だろう。ちょうどいいところに。

「ねえ、この辺にできた新しい仕立て屋の場所知ってる? プティの店っていうの」

「仕立て屋? あー、この先を右に曲がったところになんかの新しい店があったが、それよかお前、その人は」

 訝しげな視線がジル姉へ注がれている。そうだ、この二人は初対面だった。

「紹介するよ。この人こそ、君の憧れのダウテその人です」

 長い、長い、沈黙の末に。

「・・・・・・・・・・・・は?」

 ギートはやっと一音、疑問を発した。

 彼の頭が動き出すまで、私は先にジル姉にギートのことを紹介しておく。以前送った手紙にギートのことを軽く書いたことがあったので、ここはスムーズにいけた。

「・・・待て、一回待て。どういうことだ?」

 やがてギートが我に返ったところで再開。

 騒動後、ジル姉は『ジゼル・ダウテ』と名乗ることを王から許された。最強の元兵士が生きてたぞー、なんて喧伝することはしないが、しいて隠す必要はないとされたのだ。ただ、姫とのごたごたについてだけは緘口令が生きている。ま、これを言う言わないは王室問題の以前にデリカシーの問題だ。

 ジル姉は単に女だったから兵士を辞めることになったが、性別を偽っていたことの咎めを食らわずに今は薬屋として暮らしている、ということを、ギートにはざっくり説明してあげた。

「・・・そのダウテがお前たちの姉で、って、あー、待ってくれ。わけわかんねえ」

 とうとうギートが頭を抱える。うん、驚きの情報過多で混乱するよな。

 その様子を眺めている当のジル姉本人は苦笑していた。

「どうせダウテは過去の人物だ。死んだと思ってても間違いじゃない」

「それはありえませんっ!」

 突然、ギートが声を張った。

「ダウテは絶対に死なない!」

「・・・そんなことはないぞ?」

 冷静にジル姉が訂正を入れたが、ギートは聞こえてないように頭を激しく掻いた後、素早く気をつけをした。

「すみません、俺、今は混乱してます。後で改めて、話を聞かせてもらっていいっすか。お家に伺いますんでっ」

「・・・まあ、構わんが」

「ありがとうございますっ」

 素早く、九十度まで腰を折る。そのうち跪くんじゃないだろうか。喜んでもらえて何よりだ。ジル姉はどこか痒そうにしているが。

「ところで、今日は街に出ている兵が多いような気がするんだが、何かあったのか?」

 ごまかすため、ではないかもしれないが、ジル姉がギートに尋ねた。

 王都はいつでも警衛兵が繁華街を見回っているが、そういえば今日は確かに、市場で見かけたその数が多かったかもしれない。普段はせいぜい一人か二人、見ることがある程度なのだ。

「最近、スリの被害が頻発してるんです。俺もほんとは王宮の警護担当なんですが、駆り出されてます。たぶん、職にあぶれた奴の中に手癖の悪いのがいるんです。お前ら気をつけろよ」

 最後は私とリル姉に向けて、粗雑な注意をくれた。この扱いの差よ。

「ぼーっとしてぶつかられて、財布抜かれんじゃねえぞ」

「はいはい、わかって――」

 る、と軽くあしらおうとして、ふと何か引っかかり、リル姉を見やった。

「リル姉、財布ある?」

「え?」

 スカートのポケットを探ったリル姉の表情が固まる。

「・・・ない」

 

 さっきの子供ぉーーー!!


 絶叫したところで、相手が目の前に現れるはずもない。ギートには、やれやれといった感じの溜め息を吐かれた。

 幸い、リル姉はあまり大きな額を入れていなかったらしく被害は少なかったものの、とんだ休日になってしまった。

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