08
寝てる間に売り飛ばされた。
とかはなかったよイェーイ! いやー、あんまりとんとん拍子に話が進んだもんだから、はっとなって朝に飛び起き、そのままベッドに寝かされていたのに妙にびっくりしてしまった。人を疑うのが癖になってていかんね。
優しい元兵士さんの名前はジゼル。話をするうちにリル姉の目が覚めたので事情を説明した。リル姉、泣いて喜んでました。で、やっぱりジゼルさんが女と聞いてめちゃ驚いてた。ジゼルさんはすっかり慣れている様子で、怒るでもなく苦笑していた。ちなみに昨夜、私たちにベッドを占拠された彼女はソファで寝ていたみたい。申し訳ない。
てなわけで、みなしご改め薬剤師見習いとして再スタート。もちろん住み込み食事付き。見習いというのはジゼルさんが「どうせならコキ使う」と宣言し、私たちに薬のことを叩き込んだためである。
「薬と毒は同じものだ。半端な認識で触ってもらっちゃ困る」
悪人どころかジゼルさんはまじめな人だった。当たり前だが、どんな物も過ぎれば害になるのは同じ。水にさえ致死量があるわけで、薬ならばなおさら慎重さが必要だ。
私たちが触る薬の原料や効果について、ジゼルさんは根気よく丁寧に教えてくれた。聞いただけでは覚えられないので、メモを取りたかったのだがなにぶん私たちは字を知らない。ひとまず日本語でメモを取り、リル姉に読み方を教えていたらジゼルさんに見つかって怪訝そうにされた。前世の話をしてもぽかんだろうから、自分で考えた文字を使っているのだと言ったらますます変な顔をされ、その後お店が終わってから文字を教えてくれるようになった。
それぞれの薬効を覚えつつ、同時に加工や調合、あと接客の仕方も習った。この店で扱っているのは生薬に限られている。現代日本では伝統医学と言われる類、漢方薬と一緒だね。西洋風な世界だが、体を切り開く発想は生まれていない模様。麻酔がないんだろうな。
調合を習っているとは言ったが、実際店に出す分を作っているのはジゼルさんで、私たちだけで任されるのは天日干しなどの簡単な加工と接客である。客に尋ねられた時にきちんと答えられるよう、一通りのことを覚えておく必要があったのだ。もともと農学部で植物生育のことだけでなく、天然資源からの有効成分の抽出などの研究を勉強したこともあった私は、大いに興味をそそられ何も苦ではなく、むしろ久々に知的好奇心を刺激されて楽しかった。だがリル姉はしばしば頭から煙を噴いていた。下地がないものな。なので毎晩二人で復習をし、リル姉が理解しやすいよう情報を整理してあげた。
毎日、時間が経つのが早く、気づけば居ついてひと月ほど過ぎ、私たちは雇い主を「ジル姉」と気安く呼ぶまでになっていた。略すまでもない短い名前だがリル姉と合わせてね。姉さんよりは姐さんっぽいが。
お試し期間としては十分だったと思う。店を閉めたその夜に、思いきって聞いてみた。
「おいださないよね?」
ストレートに、重要な点に絞った質問をぶつけると、ジル姉はよく私に対して見せる苦笑顔になった。
「わかってて言ってるだろ」
「だよね! わたしたちのおかげで、おきゃくさんふえたもんね?」
今までジル姉の容姿が怖くて特に女性客が、薬を買いに来るのをためらっていたようだったのだ。だが、可愛い姉妹が店先をうろうろしていたら、強面だって優しく見える。あと私たちがジル姉と呼ぶもので女店主であることが周りに知れ、ますます敷居が低くなりついに常連が生まれた。
そしてなにより、毎日寝食を共にして自分を姉と慕ってくる子供に情が湧かないわけがない。すべて計算通り! 懐に入れた時点であなたの負けだ!
「お前、姉さんより悪知恵が働かないか?」
「エメはとっても賢いのよ」
「甘やかすと調子に乗るぞこいつは」
なんだか失礼なことを言われているが、追い出されないならどうでもいいや。