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 近頃の王都は天気が良い。

 三日間に及んだ展覧会もすべて快晴の下、無事に成功を収めた。他、ふったりふられたり、まあ、色々あったが、後味は悪くない。抜けるような青空が私たちの心を表しているかのようだ。

 しかし、全部めでたし、とはなかなか言い難いものがある。

 いや、めでたいことにはめでたいのだろうが、どうしても複雑な気持ちになってしまうことが、すぐ間近に控えていたのだ。

「――つくづく横暴だと思うんだよね。見も知らない相手と結婚させるなんて」

 夕食を終え、片付けたテーブルの上で石に文字を彫りこみながらぼやくと、正面で布を裁断しているジル姉が反応した。

「エメ、王も臣たちもお前と同じだ。誰も喜んで姫を送り出したいわけじゃない。これは仕方のないことなんだ」

「そうかもしれないけどさー・・・」

 騒動の後、フィリア姫の婚儀の準備は着々と進められている。一度、ちょっとした用事で中央宮殿に行った際、アレクに聞いた話では、部屋から出て来た姫は嫌がることなく準備に参加しているそうだ。本人は色々と吹っ切れたのかもしれない。

 婚姻によらない同盟でも良いんじゃないかとも個人的には思うのだが、ティルニとはそういう形式で同盟を結んでいるから、バランスが悪くなるんだろう。最初からそういうのやめとけば良かったのにーなんて言っても今さらだし、オリヴィア妃が嫁いで来なかったらそもそもフィリア姫もアレクも生まれてないしとなってあーもー。

「せめて幸せを祈るくらいしかできないのがもどかしいよ」

 所詮、友達にできるのはそのくらいってことだ。

「それでも、きっと喜んでくださるわ」

 つい我が身の非力を嘆くと、隣で布を重ねて縫い物をしているリル姉が口を開いた。

「姫のために、うんと良いものにしましょっ」

「もちろん。こうして武器以外のものに魔石を使えるようになったのも、姫のおかげだもん。持てる技術は全部注ぐ」

 これから魔法陣をあと数十個は彫らなくちゃいけないけど、たぶん今日は徹夜になるけど、そんなのは大した苦労じゃない。

 輿入れは三日後。丁寧ながらも急いで、私たちは祝いの品を仕上げていった。



**



 出立の日。

 空は青く、雲一つなく晴れていた。まるで姫の門出を天が祝福しているかのように。

 私とリル姉とジル姉はコネを駆使して今、フィリア姫を見送るため、アレクやオリヴィア妃、王とともに王宮大門の内側にいる。

「来てくれてありがとう」

 水色の美しいドレスに身を包んだフィリア姫は、とても明るい笑顔で、私たちに感謝をくれた。

 彼女が身動きするたびに、長い裾が柔らかく揺れている。全体的に優雅な印象のドレスだが、胸元や腰に白い花を模した飾りを付けているのが清楚で可愛らしくもあり、銀の髪飾りでまとめた金色の髪と合わせて、溜め息が出るほど、よく似合っている。

 薄布と花で飾られた白い馬車が傍に控え、何人もの輿入れのお供が行列を作り、先払いの者が門外までの道を整えていた。

「ほんとに行ってしまうんですね」

 改めて実感が湧いてきた。

 これで本当にいいんだろうかと思う私に、フィリア姫は、はっきりと頷く。

「私はトラウィスの王女ですもの」

 姫はどこか誇らしげに言い、ジル姉やリル姉や、彼女の家族を見回した。 

「私は、これまでわがままをたくさん言いましたし、迷惑もたくさんかけてきました。そんな私を、ここにいる皆や家臣の皆、そしてこの国の民が、大切に育て、守ってくれたのです。ですから今度は、私の番。もう守られているだけは退屈です。私は私の役目を果たします。私にしか、果たせない役目を」

 そして再び、私のほうに顔を向けて、にっこり笑う。

「ねえエメ、これってとても魅力的なことだと思いません?」

 悲壮感の欠片もない雰囲気に、私もつられてしまった。

「そうですね」

 自分にしか果たせない役目を持っている人なんて、この世に一体何人いるだろう。それがあることは確かに、誇らしいことには違いないのだ。

 開いた門の向こうへ、明るい姫の言葉は続いている。

「今、私は楽しみで仕方がないのです。この先に何があるのか、異国の地で何に出会うのか、何が私を待ち受けているのか、想像するだけでわくわくしますっ」

 新しい地への期待と高揚感。私もよく知っている。

 見慣れぬ人や景色は多くの感動と知識を与えてくれるだろう。たとえ困難が生じても、それに打ち勝てる力が自分にあることを信じている。

 彼女は希望を抱いて旅立つのだ。ならば、私が不安になってはいけない。友人として、彼女の幸福を祈りながら、笑顔で見送るんだ。


「姫、これを」

 ジル姉が、袋から贈り物を取り出した。

 土台を白や桃色の布で作った薔薇の花で飾られ、中心に五つの魔石を据えた、カサのない特製のランプだ。

「私たちからの贈り物です」

「まあ、ありがとう。魔法のランプですね?」

 姫が両手でそれを受け取り、リル姉が説明した。

「魔石はエメが、私とジル姉が周りの花を作ったんですよ」

「そうなのですか? とてもきれいにできていますね。――ふふ、ありがとう。ジゼルがお花を作っているところ、見てみたかったです」

「確かに、ちょっとおもしろい光景でした」

「何がだ」

 リル姉とフィリア姫は二人そろってくすくす笑っていて、ジル姉だけ眉をひそめていた。大きい体で小さな可愛らしい花を作っているのが、妙に微笑ましく見えたんだよね。

「姫、これはただのランプじゃないんですよ」

 私からは、機能についての説明を。

「手前の魔石を一つ触ってみてください」

「? はい。こうですか?」

 ほっそりした人差し指で、フィリア姫が魔石に触れると、他の石も連動して光りを放つ。そして、石の上に小さな少女と家のシルエットを映し出した。

「わ・・・」

 目を瞬くフィリア姫の前で、少女は歩き出す。それに合わせて背景が右から左へ流れる。

 好奇心いっぱいな少女は家を離れ、最初は平坦な道を行くが、やがて木々が現れ、森の中へ入っていく。

「これ、は・・・」

「オリヴィア妃作の冒険物語を、映像で再現した魔道具です。『幻影灯』と名付けてみました」

 幼い頃に、彼女たちが眠れなくなるほど夢中になったという物語。

 フィリア姫が瞬時に母を見る。オリヴィア妃は娘の視線を柔らかな笑みで迎えた。

「エメが、アレクセイを通して聞きに来てくれたのですよ」

「ちなみに、魔石は最高純度のものを特別、陛下に手配していただきました」

「そのくらいしか、しておらぬがな」

 王は自身に苦笑しているが、でもこれを作るためには、とても重要なアシストだった。

 なにせこの魔道具、たくさんの魔法陣を駆使して映像を動かすため、それに比例して魔力が大量に必要だったのだ。五つの魔石は全部にびっしりと隙間なく、魔法陣を彫り込んである。これらの陣の構成には老師からも助力を得て、何度も微調整を繰り返しなんとか出立前に完成できたのだ。いやぁもう、ぎりぎりだった。

 物語の中で、少女は自分の家を出てから、様々なものに出会い、その多くと友達になる。そして彼らと共に森や海、荒野、平原など、様々な場所を旅し、時に困難に遭いながらも、最後は家族の待つ家へ無事に帰り着く。

「どこに行っても、どんなことがあっても、あなたの帰る場所はここにありますからね」

 もし孤独を感じたら、いつでもこのランプを見てほしい。そして、私たちのことを思い出してほしいのだ。

「――はい」

 うっすら浮かんだ涙を指先で拭い、フィリア姫は深く、何度も頷いてくれた。

「とても、とても素敵な贈り物を、ありがとうございます」

 そして、家族のほうへも頭を下げた。

「私からも、これを」

 そこへ、アレクが首飾りを差し出す。

 豪華な宝飾が付いているようなものではなく、美しい青に染められた紐と、水色の半透明な石と白い羽根で作られたものだった。

「空を飛ばせてあげられず、申し訳ありませんでした」

「まだ、そんなことを覚えていたのですか?」

 フィリア姫はちょっと驚いたように目を見開き、首飾りを受け取った。

「私のほうこそ、ごめんなさい。私の戯言のせいで、あなたは何度も高いところから飛び降りて、怪我をして、周囲におかしな目を向けられてしまったのですものね」

「そのおかげで、今の私があるのです。この飾りに付いているのは魔石ではないのですが、ミトアの文字で、姉上がいつも空を飛ぶ鳥のように自由な心でいられるよう、祈りの言葉を彫りました」

「では、毎日付けますわ。ありがとう、アレクセイ」

 そう言って、フィリア姫はさっそく首にかけた。ドレスには浮いてしまうかと思いきや、これがなかなか似合い、アレクも満足そうにしていた。



 それぞれに話をするうちに、やがてその時はやって来る。

 これから遠い旅路を行く人を、長く引き留めてはいけない。

 最後に一人一人を抱きしめて、フィリア姫は白い馬車に乗り込んだ。

「――では、行って参ります」

 別れの言葉は、美しく、華やかな笑顔と共に。

 先導する人々が道に花びらを舞い散らせ、ゆっくりと馬車は進んで行った。

 一の門までは沿道に臣や兵士たちが並んで祝福の言葉をかけ、二の門までは王都の大勢の民が花嫁行列を盛大に見送るのだろう。

 私たちは門の内側に残ったまま、去っていく馬車に手を振り続けた。


 トラウィス王国の民の、きっと誰もが後に語る。

 今日は大陸に真の平和がもたらされた日であると同時に、トラウィスから至宝が失われた日でもあるのだと。

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