閑話(おまけ)
72からどうぞ。
アレクセイとエメが露店の出ている庭へ戻った頃には、各々散っていた王女や王妃らがすでに合流していた。
問題なしと見回りの結果を王に報告し、腹を空かせたエメがさっそく店を物色し始めると、アレクセイは彼の姉に肩をつつかれた。
「どうでしたの?」
彼は苦笑しながら、首を横に振った。
「玉砕しました」
「まあ、あなたもですか? 姉弟そろって、ですわね」
フィリアは大仰に溜め息を吐く。
「姉上もお話しになったのですか?」
「ええ。今日はけじめをつけるために来たのですもの。土壇場で逃げたりはしませんわ」
「それでこそ姉上です」
まっすぐ相手へ向かう、そんな姉をアレクセイも見倣った。そして、彼の友は受け止めてくれた。
望みが叶うことはなかったが、手を伸ばしても赤い小鳥は逃げなかった。鳥を無理に籠へ閉じ込めることを彼は望まない。落胆がないと言えば嘘になるが、今のアレクセイの心は確かに、安堵と清々しさで満ちていた。
「大いに結構ですよ、二人とも」
姉弟の後ろから、こっそり話を聞いていたオリヴィアが割り込んだ。彼女は口元を扇子で隠し、目だけ出して、にこにこ笑っている。
「あなたたちは周りに甘やかされ過ぎですもの。たくさん傷ついて、経験しなさい。人倫の王たらんとするのであれば、様々な想いを知るべきです。もっと強く、賢くなるのですよ」
「はい」
アレクセイもフィリアも母の言葉を胸に刻む。
「・・・オリヴィア、アレクセイ、フィリア。なんの話をしているんだ?」
今回、まるで話に交ぜてもらえていなかったヴィクトランが、遠慮がちに尋ねたが、
「私たちの子供が成長したというお話ですわ」
「それはどういう・・・」
妻には軽く流され、子供たちは意味深に笑い合うばかり。
(父親というのは、こういう時に損なもんだな)
王家の様子を一部始終、横で眺めていたジゼルは、内心で王に同情を寄せていた。
**
王一家が話している傍らで。
「おい」
エメのもとには王子の従者がやって来て、こっそり話しかけていた。
「なに?」
「・・・殿下からお話があったのか」
露店を物色しながら、エメは答える。
「うん、話してもらったよ。大丈夫、君が私に傅くような事態にはなってない」
「断ったということか」
ロデリックは一瞬表情を緩め、しかしすぐに仏頂面を作る。
「どこまでも不敬な奴だ」
「ロックは私にどうしてほしいの」
友のほうへ視線を移し、エメは苦笑していた。
「学校ではいつも牽制してたくせに」
「気づいていたのか?」
「そりゃあね。絶対に二人きりにするまいって気合いがすごかったもん。ご苦労だなあと思ってたよ」
ロデリックにとっては不愉快な言い草だったが、いつもの調子で咎めて話の腰を折ることはせず、この場では質問を優先した。
「はじめから殿下のお気持ちに応える気はなかったのか」
「・・・まあ、アレクが王子じゃなかったらとはちょっと思うけど」
口に出してから、エメは即座に言い直す。
「でも、この場合の仮定は無意味だ。王子だからこそ、アレクは今のアレクなんであって、そうじゃなきゃ出会ってすらいなかったかもしれない。――王制廃止して妃にならなくてもいいなら試しに付き合ってみるけどね」
「待て、聞き捨てならんぞ」
「嘘だよ。アレクには私も誠実でいたいと思ってる。だからちゃんと断った」
エメは続ける。
「まかり間違ってもし将来、私が王妃になったら、たぶんこの国滅ぶだろうし」
「・・・少なくとも混乱は起きるだろうな。平民の王妃など前例のないことがあっては」
「それだけじゃなくて。きっと私が立場を使って積極的に壊していくと思う」
ロデリックはぎょっとして彼より小柄な少女を見た。そこには至極真面目な彼女の顔がある。
「我慢ならないことが多いから、この国は。私みたいなのに権力を持たせないほうがいいよ」
そう言って、エメは再び笑みを戻した。
「私のことは野に放っといてくれればいい。そこから勝手に役に立とうとするよ。――というわけで、今後も友達としてよろしく。たまに遊びに行くね」
明るい調子のエメに、ロデリックの肩の力も抜けた。
「・・・ほどほどにしろ。殿下はお前などよりもずっとお忙しい」
「はいはい。あ、今度、皆を呼んで飲み会やろう? またうちにおいでよ」
「少しは慎め。気軽に誘うな」
相変わらず、なんの効力もない注意をロデリックは彼女に繰り返すのだった。




