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 アレクとのんびり懐かしい校舎を歩いていると。


「そこに直れっ!!」

 激しい怒鳴り声が響き、続いて楽しげな悲鳴を上げる子供たちが四人ほど、前方の廊下から走り来た。

 小さな彼らを追いかけているのは、白いローブを翻すクリフである。鬼ごっこ? しかし鬼の形相が真に迫り過ぎである。

「クリフー? どうしたの?」

 声を張り上げると、彼はこちらに気づき驚いた顔になる。子供たちは私たちの横を走り過ぎていき、クリフは慌てて止まってアレクに礼を取った。

「殿下っ、いらしていたのですかっ」

「ああ、会場の見回りにな。それより、どうしたんだ?」

「あの無作法な平民の子らが、真面目に話を聞かずあまつさえ逃げ出したのです!」

 子供たち、学校の説明に飽きて遊びたくなったか。

 彼らは今、少し先の曲がり角の手前で足を止め、こちらの様子を窺っている。私たちの間からその様子を見たクリフはまた怒鳴る。

「そこにいろ! 先達を敬わぬ腐った性根を叩き直してやる!!」

 しかし怒鳴られた子供らはきゃっきゃ騒ぎながら再び駆け出した。クリフ、完全に遊ばれてるな。

 放って置くのもおもしろいが、でもやっぱりあの子たちにはもっと魔法に興味を持ってほしい。なので私は隣に頼んでみた。

「アレク、魔法でクリフを手伝ってあげて」

「え?」

「あの子らが思わず足を止めちゃう素敵な魔法をよろしくっ」

「――ああ、なるほど。わかった」

 私たちもクリフに続いて子供らを追いかけ、角を曲がったところでアレクは魔石を開封し、前方に狙いを澄ませた。

「シャロゥ、ウォルティカ」

 呪文を唱えた直後、伸ばした彼の手の先から光の鳥が飛び出し、廊下の幅いっぱいに広がる大きな両翼を広げて、子供たちの頭上を飛び越した。

「ぅあっ!?」

 もちろん、子供らはびっくりして足を止め、自分たちの目の前を舞う美しい鳥に見惚れた。

 首が長く、尾羽の部分も長いシルエットのそれは前世の昔、絵で見た鳳凰にどこか似ている。とてもきれいな魔法だった。

 彼らに追いついたら、アレクは魔法を消した。でももう、彼らは逃げなかった。

「今の魔法? 魔法使ったの!?」

「おもしろかったか?」

「うん!」

 相手の身分なんてわからずに、子供らは無邪気な笑顔をアレクに向ける。

「おい、下がれっ。このお方は」

「いいんだ」

 身分を明かそうとするクリフをアレクが止める。

 彼が王子だなんてことは、子供らにとってはどうでもいいことだろう。そんなこと知らなくても、すでに彼らは尊敬の眼差しをアレクに向けているんだから。

「ねえもっと見せて!」

「なら、ホールへ行こう」

 アレクは子供らを伴い、石造りのホールへ向かう。普段、魔法の実技の授業をしているところだ。見学順路的には学校を見て回ってもらってから最後に来てもらうはずだったんだけどね、飽きちゃったなら仕方ない。


「イグナ、シーファ!」

 ホールに入った途端、巨大な火柱が天井まで吹き上がっていた。

 その下にいて、手を掲げているのはメリー。相変わらずの火力である。彼女の周りからは歓声と悲鳴が上がっている。

 私たちと一緒に来た子たちも、興奮してそちらへ駆け寄って行った。

「や、メリー」

「あら、エメ? あ、殿下まで」

 さっきのクリフと同様、アレクに気づいたメリーは急いで礼を取る。しかし集まって来た十数名ほどの子供らに遠慮なく腕を引っ張られ、邪魔されていた。

「もっともっとおっきいの見せて!」

「ああもう引っ張るな! 無作法ね! これ以上は建物燃やしちゃうわよ!」

 メリーはうるさそうに手を払うが、他にも小さな手が伸びてきている。どうやら、おもに男の子たちの要望に応え、過激なのを見せてあげていた模様。大人気だね。

 ホールには多くの子供とその親御さんたち、それから学校の生徒たちもいて、職員が披露する魔法を唖然と眺めている。まだ魔法を使えない生徒、今、修業している最中の生徒たちにとっても興味深い催しになっているだろう。

「こ、こんにちは、殿下、エメ」

 背後からマティが現れた。

「マティ、君も来てくれてたんだね」

「人手がほしいって、言われて。で、でも、僕、子供の相手なんかしたことないから・・・」

 マティは助けを求めるような顔をしている。そんな彼のローブには子供が取り付いていた。

「魔法、こわい・・・」

 マティの後ろに半分隠れながら、小さな女の子がぽつりと漏らした。

「メリー、怖がらせちゃってるよ」

「私のせい!?」

「お前の魔法は危険なのだ」

 合わせてクリフが苦言を呈す。まあ、暴走一歩手前の火柱はやり過ぎかなとは思う。

 他にも、女の子や気の優しそうな子たちはメリーの過激な魔法に恐怖を抱いてしまったらしい。私はマティの後ろに隠れている子の前にしゃがんで、魔石を開封した。

「大丈夫だよ。怖くない魔法もあるよ」

 先ほどのアレクを真似て、かざした手の上に光の蝶を一匹、出現させてみる。小さな魔法だったが、女の子の頭上を飛んでいった蝶に、子供たちが集まって来た。

「きれい!」

「ありがとう。次はこっちのお兄さんにお願いしてごらん。もっとすごいものを見せてくれるから」

 と、アレクを示す。

 複数の期待の瞳を向けられたアレクは快く、呪文を唱えて光の鳥を出現させ、ホールの中を優雅に飛ばせた。

「すごい・・・」

 呆然とそれを見つめる一人の女の子がいた。他の子たちよりも背が高く、十かそこらくらいの賢そうな顔つきをした子だった。

「魔法って、なんでもできるんですか?」

 すぐ近くにいる私に尋ねてきた。その顔は膨らむ好奇心を抑えきれないようにほんのり赤く、ただでさえ大きな目がさらに大きく見開かれている。

「何かしたいことがあるの?」

「空を・・・」

「空?」

 その子は唾を飲み下して答えた。

「前に、空飛ぶ舟を見たことがあります。あれはなんだったんだろうって、ずっと考えてて」

「ああ、あれ見てたの?」

「え?」

 横ではアレクが笑っていた。

「それは私たちが飛ばしていたものだ」

「お兄さんたちが? じゃあ、じゃあ、あれは魔法の舟だったんですね! 友達は全然信じてくれなかったけど、やっぱり夢じゃなかったんだ!」

 どうもUFO扱いされてたっぽい。騒がせてごめんよ。

「――よし、ならいっちょ飛ぶか」

 友達との仲に(たぶん)亀裂をいれかけたお詫びに。

「エメ?」

「待ってて!」

 ぽかんとする女の子やアレクたちに言って、一度店のほうまで走る。そこで老師が作業台として敷いていた板を借り、再び走ってホールに戻った。

「おいで。ちょっとだけ飛んでみよう」

「え、え?」

 私は床に置いた板の上に立ち、戸惑うその子を後ろから抱え込む。舟ではないが、ただ浮かすだけならこれでもいけると思うんだ。ホバーボード!

「アレク、あの呪文を覚えてたらお願い」

「わかった」

「念のためクリフは安全装置お願いね」

「お前はまた、よけいなことを・・・」

 と文句を言いつつも、クリフは開封の呪文を唱えて用意してくれた。

「ツェル、アンメルト」

 アレクが唱えると、板がゆっくり上昇を始める。少しずつ力を注いで浮かせてくれているのだ。足場は思ったほど揺れずに安定し、大体アレクの目線の高さくらいまで上がり、そこで止まった。

「わ、わ、わ、わ!」

 帆がないから横の移動はできないが、女の子は十分に興奮していた。

 少しの間飛んで、地上に降りるとすでに目ざとい子供らが待機して、次は俺も私もと騒いでいる。

「並べ! 順番だ!」

 それをクリフが叱りつけて整列させ、アレクと交代したメリーが板を浮かせる。その横で、

「魔法っていうのは一体、なんなんですか?」

「え、ええっと、それはね―――」

 あの女の子のように、魔法に深く興味を持った子が自主的に、マティに教えを求めて集まっていた。

 うん、大体いい感じになったかな。子供たちが元気いっぱいなだけで、そんなに問題はなかったようだ。

 この場はクリフたちにまかせ、私たちは他へ行くことにした。



**



「――やること終わり! 休憩休憩ーっと」

 校舎の見学組のほうも見回った後、店に戻る間の廊下で伸びをする。そろそろお腹が空いた。

「アレクも見回りもういいでしょ? ちょっと遊んでいこうよ」

「ああ」

 アレクは頷き、それからかすかに笑い声を漏らした。

「楽しいな。今日は、本当に」

 しみじみとした呟きだった。

「貴族も平民も王族も、入り交じって遊んでいる。私も、君とまたこうして並んで歩いている。それが、とても楽しい」

 その心の通りの表情をしている彼につられて、私も笑みが浮かんだ。

「そうだね。ありがとね、アレク」

「エメが私に礼を言うのか?」

「だって、今日のお祭りは君が作ったんだよ?」

 彼の力がなかったら、実現できなかったろう、こんなことは。いくらフィリア姫のことがあっても、私一人ではきっと難しかった。彼のおかげだ。

「エメのおかげだよ」

 すると相手のほうからも、私が思ったのと同じことを返された。

「君は誰もが思いつかないことを思いつき、それを実行に移す勇気と行動力を持っている。たとえ阻むものがあってもめげずに、根気よく、自分の道を歩いている。そして、多くの人を笑顔にしているんだ」

 一旦言葉を区切り、アレクは言った。

 

「だから、私は君を好きになった」


 それは、あまりに唐突で。

 私は咄嗟に何も言えず、足を止めて、ただ彼を見つめてしまった。

 アレクもまた足を止め、微笑みを浮かべたまま、私を見返す。

 冗談だと、茶化すこともなく。友達としてだと、後から断ることもなく、沈黙がしばし続いた。

「・・・君は、言わないと思ってた」

 沈黙を破ったのは私から。

 私にとっては意外過ぎる出来事で、心底驚いている。

「私も言うつもりはなかった。つい最近までは」

 アレクはやや苦笑気味だ。

 冗談でなく、そうなのか。学校に通っていた頃から、なんとなく好意を持ってもらってるんじゃないかと思わなくはなかったけど。でも、はっきりわかっていたわけじゃない。どちらにしろ立場上、彼が何か言ってくることはないと思っていたから、あまり深くは考えなかったし、本人が言わないことを追究する気もなかった。

「ジゼルのことがあって――」

 次にアレクの口から飛び出したのはジル姉のこと。それに触発されて、驚きばかりが支配していた私の頭がちゃんと動き出した。

「この身分にある以上は、うかつに想いを口にするべきではないのだと学んだ。私たちの言葉は、自分で意識しているよりも他者には重く響く。望んでいなくとも、誰かを追いやって死に至らしめることさえあるものだと」

 どうやらダウテ死亡説は、アレクの中にもトラウマを残していたようだ。

 実際は生きてはいたものの、追いやられたのは事実。姫が好きになってしまったからという、たったそれだけの理由で。

 彼らの言葉は、相当に重い。

「私は何も言うべきではない。今でもそれが正しいと思っている。だからこれから言うことは、私のわがままだ」

 そう断りをいれて、アレクは語った。

「卒業してから君に会える日がなくなり、耳に届く噂のみを聞いているのが無性に寂しかった。何度も会いたいと願っていた。それからやっと再会し、学校にいた頃とまったく変わらない態度で接してくれる君を、やはり好きだと思った。――もっと長く、共にいられたら。君が傍にいてくれたら、どれほど毎日が楽しくなるだろう」

 アレクは私の右手を取って、身を屈めた。きれいな青の瞳が私を捉え、すっかり大人になってしまった顔が間近に迫る。


「エメ、私の妃になってくれないか?」


 はっきりと、告げられた。その口調には、表情には、覚悟すら感じられる。

 驚いたが、潔く淀みのない彼の言葉は清々しい。

 だから、私も正直に、今の心を彼に伝えた。


「私は、妃にはならない」


 なれない、とは言わない。それじゃあまるで、誰かのせいにして逃げるみたいだから。そうじゃなく、私は自分の意志で決めている。

「――ありがとね。言ってくれて」

 笑いかけると彼も笑い返し、手を放した。

「アレクと一緒にいるのは心地良いよ。でも、君の隣じゃ私は自分のしたいことができない」

 今も昔も、私はアレクを対等な友達だと思っている。しかし、彼が王子であることは切り離しようのない現実で、彼の妃になるということは、転職するのとほぼ同義。

 今の仕事を失ってでも傍でアレクを支えたいと、強く想う気持ちが私にはない。告白されて、はっきり自覚できた。

 結局、私は自分で決めた道を外れたくないんだ。

「――何があっても意志を曲げない、そんな君が私は好きなのだから、仕方がないな」

 頑なな心を、アレクは柔らかく受け入れてくれた。いっそ、こっちが拍子抜けするほどあっさりと。爽やかな笑みさえ浮かべて。

 ・・・そういえば、なぜこのタイミングで告白してくれたのだろう。ようやく魔道具の店が完成し、これから普及させんぞーと気合いを入れている時に。

「ねえアレク、もしかして最初からふられるつもりでいた?」

 すると彼は肯定はしなかったが、

「エメなら、私が王子だろうと遠慮なく断ってくれると思っていたよ」

 そう答えたので、まあ、つまり、私が断りやすい時期を選んでくれたようだ。

 あまりにも友達想いな彼に、つい溜め息が出てしまった。

「アレクは優しすぎるよ・・・」

「そうでもないさ。私は言ってしまいたかったんだ。心を隠して接していることは、君に対して不誠実であるように思えて嫌だったんだ。困らせるかもしれないと思っても、伝えたかった。だからエメ、話を聞いて、返事をくれた君こそ優しい」

 ・・・まったく、律儀な人。

 でもそのおかげで、私たちの間には、もうなんのわだかまりもなくなった。ごまかしたり、知らないふりをしたり、そんなことをしなくてよくなったんだ。

 それはそれで、特別な関係に私は思える。


「アレク、私は君の隣には立てないけど、いつでも遊びに行ける距離にはいるよ」

 今の私たちの間の空間を示して言う。手を伸ばせば触れる友達の距離。

「私を妃にしなくたって、会いたかったら呼んでくれていいし、この前みたいに家に来てくれたっていい。隙あらば私からも遊びに行く。クリフにメリーにマティも呼んで、ロックも交ぜて、皆でお酒飲んだりしようよ。真面目に仕事してるんだから、そのくらい周りも許してくれるはず。ってか許させる国にしよう」

 王族、貴族、平民で分けられたままであったとしても、ほんのひと時、共に杯を交わす時間があってもいいじゃないか。

「私は私の場所で、アレクと一緒にがんばるから」

 彼も私も、一人じゃない。

「・・・そうだな。ありがとう」

 穏やかに微笑み、アレクは頷いてくれた。



「―――でも、ちょっとアレクを恨むかな」

 歩みを再開してから、隣に呟く。

「さっきの告白が衝撃的過ぎて、もし、今後その辺の人に告白されても感動できない気がする」

「そんなにか?」

 アレクは驚き笑っていたが、いやいや笑いごとじゃない。なにせここまで素敵な人の求婚を断っているのだ、一体、他の誰に私はときめけるのかまるで見当がつけられない。

「きっと一生結婚できないな。別にいいけどさ」

「エメが結婚したくなった時は、いつでも歓迎する」

「その頃アレクはおじいちゃんになってるかもね」

 そして私はおばあちゃん。ほんと、今のところそんな未来しか見えない。

 ま、それはそれで愉快な人生だったと振り返るのだろう。自分で道を選んだ結果なら、悔いなんて大して残らないはずだ。

 冗談を言い合ってアレクと笑い、露店で何を買おうか、リル姉に差し入れでも持って行こうかなどと、私たちは変わらぬ距離で話しながら、歩いていった。

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