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「――さあどうぞ見ていって! 便利なものがたっくさんあるよ!」

 簡易テントを張った露店の前で売り声を上げ、訪れた客を呼び寄せる。

 快晴の良き日を選んで、魔道具展覧会兼、魔法学校のオープンキャンパスは無事に開催された。

 卒業以来、久しぶりに足を踏み入れた魔法学校の広大な庭園に、今日はところ狭しと店が並んでいる。増員してもらった魔技師の新人たちも駆り出して開いた魔道具の店と、他にも王都の市場から厳選して招いた人気飲食店の出店が複数ある。おかげで学校内にいい匂いが漂い、呼び込みをしている身もお腹が空いてくる。しかし今はまだ仕事中。

 前代未聞のお触れの反響は大きく、祭りは盛況だ。チケットを配って時間ごとに入場制限を設けているものの、ひっきりなしに客はやって来る。祭りスタッフには学校の生徒や教師だけでなく、研究所の職員たちも駆り出されて人手は十分。私やヴェルノさんも、店で大いに活躍していた。


「これなんかどうです? 触れるだけで簡単に火がつきます」

「おお」

 店先にしゃがむおっちゃんに、魔石を使ったコンロを見せる。鍋を乗せる台座の手前に嵌め込んだ三つの魔石のうち、一つを指で叩くと、台座の中央にオレンジ色の炎が現れる。二つ叩けば中火、三つで強火。止める時はまた表面を指で叩けばいい。

「これがあれば竈を組む必要がなく場所を取りませんから、移動式の屋台で重宝しますよ」

「ふーむ」

 相手は店を営んでいるらしい業者さん。トラウィスの商人たちは勉強熱心だ。さっきからそういう職種の人たちがよく来てくれ、絶好のカモもとい、良客としていくつか買って行ってくれていた。

「こんなのもありますよ」

 他にも集まってくれている人たちの前に、木箱を出す。

 蓋を開けると中から冷気が流れ出し、棒が刺さった細い金属カップがいくつも詰まっている。そのうちの一本の棒を掴み、カップから引き抜くとミルクアイスキャンディーが出てきた。

「お一つどうぞ!」

 温めるだけではなく、魔石を使えば冷やすこともできる。要は冷蔵庫や冷凍庫が作れるわけだ。三種の神器の一つ! これ売り出したら生活様式にまで変革を及ぼせると思うんだ。

「冷たっ! なにこれ? 氷?」

「ええ。たとえ夏でも氷を作ることができる、魔法の保存庫です。冷やすことで魚も肉も新鮮なまま腐らせず貯蔵することができますよ」

「ほんとに?」

 業者だけでなく、主婦層の食いつきも上々。毎日買い物するの大変だもんね。

「でも、保存庫はまだ開発途中なんです。霜取り機能をどうすべきか悩み中で。密閉容器の制作や、冷気の循環方法にもまだまだ検討の余地がありまして。本格的に売り出すことになった時はよろしくお願いしますね」

「できたらぜひ教えておくれ。氷の菓子だなんて、新たな王都の名物になるかもしれん」

「なあ、こっちの簡易竈の火加減は三段階だけかね? もっと強くしたりは」

「できますよ。発注していただければ細かく微調整できるものも作成できます。少し値段は高くなりますが、長い間使えるものに仕上げますので損はさせません。でもまずはこの辺を試しに一つ、使ってみませんか? 今日は特別お安くしておきますよ」

「へえ。そうだな、せっかく来たことだしなあ」

「ありがとうございます! ヴェルノさーん、お願いします!」

「はーい!」

 値段交渉と会計をヴェルノさんにまかせ、私はまた次のお客を呼び込む。

「いきいきしてんなー」

 ふと暢気な声がして、振り返れば敷物の上にあぐらをかき、コンラートさんがアイスを舐めている。そしてその横に、まったく同じ姿勢でアイスを舐めているハロルド先生がなぜかいる。

「おい働けおっさんども」

「お前、ますます言葉を選ばなくなったな」

「失礼だぞーエメー。ハロルドさんはともかく俺はまだおっさん呼ばわりされる年じゃない」

「いや。コン、お前も意外とそんなもんだぞ」

「マジっすか? 俺まだぎりぎり二十代なんすけど。判定厳しくないですか?」

 だから、アイス舐めながらダベるな!

 思わず溜め息を吐きたくなるのを一旦こらえ、私はハロルド先生のほうを半眼で見やる。

「あなたの持ち場はここじゃないでしょう。なんでいるんですか」

「あっちは坊ちゃん嬢ちゃんらが気張ってくれてて俺の出番はなさそうなんで、コンを手伝ってやろうかと」

 言いながら新たなアイスに手を伸ばすハロルド先生の腕をチョップして阻止。

「コンラートさんの仕事はアイスを食べることじゃないんで。手伝うんなら呼び込みでもしてくださいよ。客引き道具を勝手に食うな」

「ケチなこと言うなよ」

「そうだそうだー」

 この無気力ブラザーズむかつく。

 さてどうしてやろうかと思った時、視界の端にちょうどいい人を見つけた。

「あ、所長」

 嘘ではない。後ろにイレーナさんを伴った所長が校舎のほうから出て来たのだ。すると、ハロルド先生は素早く立ち上がって店の裏手に消え、コンラートさんはアイスの棒を片付け始めた。先生に見つかった中坊かお前ら。

 彼らの動きが見えたのかはわからないが、今日も厳しい目つきの所長は私のところまでやって来た。

「首尾はどうだ」

「上々です。見回りですか?」

「見学者を相手している連中が少々手こずっているようだ。こちらに余裕があればお前は向こうの手伝いに行け」

 さっそくの指示。まあ、学校見学を担当してるのは貴族の職員か学生だもんな。平民の、しかも子供相手じゃ苦労もあるだろう。

「わかりました。落ちついたら見に行きます。お知らせありがとうございます。これ、よかったらどうぞ」

 箱の中からアイスキャンディーを二本取って差し出す。

 所長の頭上を越して通してしまった企画を、なんだかんだ後押ししてくれたせめてものお礼と言いますか。

「・・・なんだこれは」

「魔法で作った氷のお菓子です。舐めると甘くておしいですよ。けっこう人気で、もうなくなりそうなんですよ」

「私はいらん」

 ところが、所長には断られてしまった。おいしいのに。

「そうですか? イレーナさんは」

「お気遣いありがとう。でもいらないわ。仕事中ですもの」

「構わんぞ」

 そこへ、所長が口を出した。 

「食べてみるといい。確か、甘いものは好きだったろう」

「ですが」

「ここでの仕事は完了した。後は戻るだけだ。好きにしろ」

 思わぬご褒美といったところだろうか。イレーナさんは驚いた顔から嬉しそうな笑顔になり、「では」と私からアイスを一本受け取った。

「ありがとね」

 上機嫌に私にお礼を言って、所長の後を付いて去っていく。後ろ姿はまるで親子のようにも見えた。わりとお似合いのカップルだと思うんだよな。




「なにやってるのー?」

 客の中には子供も多い。

 五歳くらいの女の子が、フィン老師が魔石に文字を彫り込んでいる前にしゃがんでいた。

 魔道具が作られる工程をついでに知ってもらおうと思い、設置したスペースの前にはその子だけ。地味な作業だから、じっと見続けてる子なんかはほとんどいない。

「魔法の道具を作っとるんじゃ」

 老師は目を石からそらさず、女の子に答えた。私もそちらへ寄っていく。

「なにするどうぐ?」

「皆を楽しくする道具だよ」

 老師のかわりに答え、その隣に座る。やがて彫り込みが終わると、老師は開封の呪文を唱えた。

「エウラ」

 魔石を叩くとその上に、小人のシルエットが現れる。裾の広がったドレスを着ている少女が、くるくるとその場で回っている幻影だ。

「なにこれー!?」

 魔石を持ち上げた女の子の目が輝いている。ウケたウケた。

 延々と回り続ける動きしかしない幻影だが、これでもかなりの技術と複雑な魔法陣が用いられている。

「まほうって、すごいね!」

 無邪気な言葉の中にあるのは、純粋な好奇心と憧れ。

 老師は眩しそうに、その子のことを見ていた。

「気に入ったんなら、持ってけ」 

「え、いいの?」

「お前さんだけ特別じゃ。止める時も動かす時も石をつつけばいいぞ」

「ありがと! おかあさーん!」

 さっそく女の子はもらったものを見せに、走って行ってしまった。

「喜んでもらえましたね」

「おう」

 隣の老人は満足げ。

 人を殺すための武器を作ってきたその手が、今、子供を無邪気に喜ばせるだけの道具を作り、大地を滅ぼすこともできる魔力に対し、親子やカップルがただはしゃいでる。

「平和ですね」

「平和じゃ。ようやく」




「――ちょっと他のところ見回りに行ってきますね」

 順調に売り上げていった後、一旦私は店を抜けさせてもらった。さっき所長に言われたので、学校組のほうへ助っ人に行こうと思う。それが終わったら休憩をいれさせてもらおう。

 ついでに、他の露店もざっと見て回り、何も問題が起きていないことを確認して校舎のほうへ行こうとすると、後ろから喧騒を割る高い声がまっすぐ耳に届いた。

「エメ!!」

 振り返れば、息を弾ませ、フィリア姫が走り寄って来る。その後にジル姉と、王妃様と王様、そしてアレクもいた。他、ロックを含む護衛が数名。

 王家の三人は一応目立たないように地味なお忍びの格好をしているが、それでも金髪が丸出しなのでやっぱり目立っている。

 なお、アレクは上に魔法使いの白いローブを羽織っていた。企画を主導してくれた彼もまた今日は祭りのスタッフ。

 私は畏まって彼らに礼を取ることもなく、フィリア姫に応えた。

「こんにちは。お祭り楽しんでいますか?」

「ええ! といってもまだ来たばかりですけど! もう楽しいですわ。エメとアレクセイにお礼を言わなくてはいけませんね」

「いえいえ。私も魔道具の宣伝をさせてもらえて助かってます」

「店は盛況か?」

 ヴィクトラン王に尋ねられ、そちらを見やる。

「ええ、大盛況です。ところで、陛下のほうは姫に許してもらえました?」

 遠慮なく訊いていくよ。もうあんまり近寄りがたい威厳は感じないので。

「う、うむ。なんとかな」

「お父様もジゼルに謝ってくださいましたから、許して差し上げることにいたしましたの」

 王の横で姫は軽やかな笑い声を立てていた。仲直りできたなら何よりです。しかし、王にまで謝られてしまったジル姉はこっそり苦笑していた。

「たくさんお店を呼んだのですねえ」

 賑やかな露店の列を見回し、オリヴィア妃が言う。

「王都の人気店をアレクに集めてもらいました」

「私は店をよく知らないので、エメたちに教えてもらったのです」

 アレクが付け足した。その会議には私の他にもリル姉やイレーナさんなどの意見が入った。ちなみにリル姉も祭りには来ていて、医療部の人たちと特設した救護所にいる。魔法を見せたりもするので、何か事故が起きた時のための備えだ。

「まるで本当に街中にいるようです。楽しいわ」

 王妃と王女の二人ともから好評をいただけて、王と王子は嬉しそうにしている。やって良かったね。

 さてどこから回ろうと彼らが悩んでいる隙に、私はジル姉の傍にさりげなく寄る。

「どう? ジル姉は楽しめてる?」

 すると頭をがしっと掴まれた。

「お前はつくづく、とんでもないことばかりしてくれるな」

「え? なに? 怒ってるの?」

「そうじゃないが」

 まったく、と溜め息を吐かれてしまった。なんなの。

「――そういえば、ジル姉のほうはどう思ってるの?」

 尋ねると、相手は怪訝そうな顔をした。

「何が」

「姫のこと。もしかして、もしかしたりするかなーって」

「あのなあ・・・」

「いや、冗談でもない話だよ。もう数百年したら同性愛も普通にみんな受け入れてると私は踏んでる」

「なんだそれ」

「案外そんなもんだよ? 世界はなかなか変わらないものでもあり、毎日小さく変化していってるものでもある。で、どうなの?」

 再び問うと、ややあってジル姉は教えてくれた。 

「私は女を好きになったことはない。・・・だが、嫌々姫を構っていたわけでもない。あの方が笑ってくださるのが私も嬉しかったから、お相手していた」

 子供が退屈そうにしているのを、ジル姉は放っておけなかったのだろう。不敬だと上司に怒られても、遊んでほしいと寄って来る子を追い払うことはできなかった。それで喜んでくれるのだから、なおさら構いたくもなる。

「けっこう子供好きだよね?」

「そうかもな」

 私の頭をなでて、ジル姉はふっと優しい笑みをこぼした。



 そうこうするうちに、フィリア姫は気になるお店を見つけたらしい。

「ジゼル、あちらから見て回りましょう?」

 ジル姉の手を引っ張って、屋台へ向かう。その後をヴィクトラン王も付いて行こうとして、王妃様にそっと袖を引かれて止められた。

「私たちはこちらのほうから回りませんこと?」

「む? いや、しかし」

「娘のデートに付いて歩くなど野暮ですわよ」

「う・・・」

 近頃は王様がうろたえているところばかり見ているなあ。うん、でもそろそろ気を使うべきだよね。むしろ私は一家そろっていたことに、ちょっとびっくりしたし。親同伴のデートなんて落ちつかんわ。

「私たちも、たまには二人で話しながら歩きましょう?」

「・・・そう、だな」

 オリヴィア妃から王の手を取り、歩き出す。王様はまだ少しフィリア姫のほうを気にしていたが、結局引っ張られて行く。尻に敷かれているというか、うまく操作されてるなー。

 ところが、オリヴィア妃はそのまま行ってしまわず、急に私たちのほうを振り返った。

「ロデリック、あなたもですよ。案内がいてくれないと困るわ」

 突然、呼ばれたロックは困惑していた。

「は、私、ですか?」

「アレクセイなら自分の身を守る力があるでしょう? それにエメがいるのですもの。心配などいりませんよ。さ、私たちを案内してくださいな」

「妃殿下っ、しかし、それはっ・・・」

 ロックは私とアレクを交互に見て、とても焦った顔をしている。が、オリヴィア妃が戻って来て、腕を引っ張られたら逆らうことなどできなかった。

「では、また後で会いましょうね」

 王とロックと他の護衛も引き連れ、王妃様はにこやかに行ってしまわれた。

「・・・えーっと?」

 ぽつんと二人残されたこの状況は一体。アレクはなぜだか、「すまない」と謝ってきた。

「母上は楽しめそうなことに労を惜しまない方だから」

「・・・それは、何かの答えになってるの?」

「おそらくは」

 アレクは苦笑していた。まあ、なんでもいいが。

「エメは休憩中だったのか?」

「ううん。なんか学校担当のほうが苦戦してるらしいって聞いたから手伝いに行こうとしてたところ」

「やはり、そうなっているか。そんな気がして、今から見回ろうと思っていたところだ」

「じゃあ一緒に行こうか」

 せっかくだしね。思えば、ロックもおらずアレクと二人きりで行動するというのは、魔法学校に通っていた頃にもなかった実に貴重な体験である。

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