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「どうぞ」

 夜と共に訪れた友人たちを奥へ通し、私はひとまず茶請けがわりに夕飯のスープを出した。切羽詰まった事情があるからこそ、話は落ち着いて聞くべきだ。

 アレクにはジル姉の席に座ってもらった。ロックにも椅子を勧めたのだが、彼の定位置は主人の背後。そこから、出された茶請けを見て顔をしかめている。

「このような粗末なものを殿下に出すとは。しかも余りものを」

「だって夕飯まだなんでしょ? ロックもいかが?」

「けっこうだ」

 夕闇に紛れて王宮を抜け出して来たらしいアレクが腹を空かせていたため、こんなものでよければと申し出たら、ぜひ食べたいと言うから出したのに。

「こっそり出て来たの?」

 アレクの向かいに私はリル姉と座り、尋ねた。

「こっそりではあるが、無断ではないよ」

「王様は知ってるってこと?」

「いや。だが騒ぎにならない処置はしてきている。安心してくれ」

「ふうん?」

「私も、もう子供ではないということだ」

 大人びた微笑みを浮かべ、アレクは言う。どうやら色々と知恵を付けている様子。

 考えてみればアレクはもう十九歳。親にいちいち外出許可を取る年でもないのかもしれない。胸元に魔石、護衛にロックを連れているのであれば、どんな悪党が襲ってきても楽勝だろう。

 答えた後に、アレクはスープをひと掬いする。

「おいしい」

 彼の口からは優しい言葉しか出て来ない。野菜や肉をごった煮しただけの手抜き料理なんだけどね、まあ、まずいものではない。

 ところが、いくらか食べてアレクは何やら考え込む。

「これなら姉上も召し上がってくれるだろうか・・・」

「? どうしたの?」

「ああ、いや、本題の話なのだが」

 スプーンを置き、アレクは語る。

「姉上は本当に部屋から一歩も出て来ず、誰の入室も許さないから、三日ほど、おそらく何も口にされていないんだ」

 ハンガーストライキ! 私とリル姉は顔を見合わせ、そしてアレクに問い詰めた。

「大丈夫? 生きてるの?」

「昼頃に呼びかけた時は応えてくれた」

「意識ははっきりしていましたか? 水は? 飲んでいるようですか?」

「声の印象では問題なかった。が、やはり元気がなかったように思える。水だけは私が窓から差し入れたよ」

「アレクも入れてもらえないの?」

「ああ。母上すら今は拒絶されている。父上の場合は、その、なんというか・・・」

「うん、入れるわけないよね」

 さて、いよいよのんびりしていられなくなってきたぞ。まさか危機に瀕しているのが姫のほうだとは。

「フィリア姫の要求は?」

 ストライキとは非暴力による抵抗・主張である。おそらくはジル姉に会いたいとか、王による謝罪などではないかと思うが。

「それが、よくわからないんだ」

 予想外に、アレクは弱り顔を見せた。

「ジル姉に会いたいとかじゃなくて?」

「そうだと思って周りもダウテを―――ジゼルを連れて来ようとしたんだが、姉上は合わせる顔がない、と。要求はなく、ただ部屋から出たくないとおっしゃっている。よって婚儀の準備も進んでいない」

「・・・それって、つまりは結婚したくない意志表示?」

「そうかもしれない」

 それは、たとえジル姉のことがなかったとしても、出て当然の話ではある。今まで出なかったほうが不思議。

 ここで一つ私が勘違いしていたことは、周りは決して姫をジル姉に会わせないようにしているわけではなかったということ。むしろ、もっと積極的だったということ。

 続くアレクの話でそれがわかった。

「父上たちは、嫁ぎたくない理由はジゼルと離れがたいためではと考えられて、なんなら輿入れの従者にジゼルを加えるとおっしゃられたのだが」

「ちょ!?」

「え!?」

 瞬時に席を立つ私とリル姉。王様、それは本気で待て。そもそもそれじゃあ、ジル姉を追い出した意味がまったくわからなくなるぞ。そこまでしてでも嫁がせたいか。

「大丈夫だ、決定してはいない」

 途端に焦り出す私たちをなだめるように、アレクは言葉を重ねた。

「姉上も、そういうことではないと怒っていた。それで完全に父上が口をきいてもらえなくなっている」

 それなら、まあ、安心なのか? 弱りきった父親の姿が目に浮かぶ。なんだか思春期の父娘の攻防のようだが、ここまで親のほうが悪いのも珍しいものだ。

 ともあれ私たちの気持ちのほうは落ち着き、椅子に座りなおした。

「婚儀をどうするにせよ、姉上には部屋から出て来てもらいたい」

 改めて、アレクは自身の願いを口にする。

「このままでは体を壊すだけで何にもならない。私は、姉上の気持ちを知りたい。しかしこういうことは、家族よりも友人相手のほうが話しやすいのかもしれない。男の私よりも女どうしのほうが、と思い、ここに来た」

 呼びつけることはせずに。

 国の一大事ではあるものの、本来私たちが首を突っ込むべきではない、彼の家族の問題をお願いするために、アレクは自ら足を運ぶ誠意を示してくれたのだ。

 もちろんそんなことがなくたって、私の中に彼の頼みを断る選択肢はない。

「力を貸してもらえるだろうか」

 尋ねに、私は大きく頷いた。

「リル姉も、いい?」

「ええ!」

 うちの姉もまた、頼もしい返事をくれる。

「姫の体調が心配だもの。友人としても薬師としても放っておけません」

「ありがとう。とても助かる」

 アレクはほっとしたように表情を緩めた。

 話が決まったところで、次はどう動くかを考えねばならない。状況を聞く限り、私たちがドアをノックしたところで、すんなり出て来てくれるとは思えないのだ。

 姫が思わずドアを開けてしまうような仕掛けが必要だ。

 また、姫の心がどうであるにせよ、今回のことで傷ついているには違いない。もともと乗り気じゃない結婚話に、好きな人が自分のせいで王宮を追われた事実、それを隠していた周囲への不信などなど。

 姫の気持ちを聞き出すというよりは、姫の心を癒すことを第一の目的とするほうがいい。

 傷心の女の子を癒す方法と言えば・・・お喋り好きな姫の性格を踏まえると・・・ひとつ、思いついた。

「ちなみに、アレク」

「なんだ?」

「協力者を増やすのはあり?」

「・・・王宮の者に限れば、私の責任でなんとか」

「ほんと? じゃあ悪いけどお願いします」

「人数が必要なのか?」

「あと少しだけね。なるべく賑やかにしたいから。あ、それと王妃様にも声をかけといて」

「エメ? 何をするの?」

「何も特別なことはしないよ。私たちは姫とお喋りするだけ。たぶん、それだけでいいはずなんだ」

 そして私は、首を傾げるアレクたちに作戦を語って聞かせた。



**



 作戦会議を終え、アレクたちが席を立つ頃には白い半月が城壁の上に出ていた。夜更けという程ではないが、道を歩いている人があまりいない時間帯。

「ランプ持ってく?」

 玄関で見送る際、魔石を持つアレクたちには不要だろうとは思いつつ、一応勧めた。個人的に少し話したかったので、リル姉はさっき挨拶を済ませ、今は奥を片付けている。

 申し出は案の定、フードをかぶったアレクに「大丈夫」と返された。

「もしいけそうだったら、フィリア姫に何か食べさせといてね。私たちも明日持っていくつもりではあるけど、三日も断食してたらだいぶ危ないと思うから。お菓子でも食べてればまだいいけど」

「用意周到な姉上なら、部屋の中に隠しているかもしれないな。だとしても、帰ったら何か勧めてみる」

「よろしく。消化によくて軽いものをお願いね。一気に食べるとよくないから少量で」

「わかった、気をつける。色々と、迷惑をかけてすまない」

「そんなこと思わないよ」

「ありがとう。・・・今回こそは、姉上を助けて差し上げたいんだ。ジゼルが王宮を追い出された時には、なんの役にも立てなかったから」

 アレクは悲しげに目を伏せる。

「それは、だってアレクは子供だったでしょ?」

「ああ。子供の私は、姉上がダウテのところに飛んでいきたいと泣きながら言ったことを真に受けて、空を飛ぶ方法ばかり考えていた。そして結局、何もできなかった」

 その話を聞き、私の心には小さな驚きが生まれた。

「だから空を飛びたかったの?」

 空には人の憧れがある。今まで、アレクが空を飛びたがった理由にはなんの疑問も持っていなかったが、まさかそういう背景があったとは、思いもよらなかった。

 知ればなおのこと、彼の優しさがよくわかる。

「昔から変わらないんだね、君は」

 それがなんだか嬉しくて、自然と笑みが浮かんだ。

「何もできなかったなんてことないよ。フィリア姫がその後に立ち直れたのはアレクのおかげだと思う」

「そうだろうか」

「そうだよ。断言できる」

 自信をもって言い放つと、アレクは私につられたように、微笑んだ。

「ありがとう。エメは優しいな」

「アレクには負けるよ」

「そんなことはない」

 そうしてアレクは急に、じっと見つめてきた。

「・・・今は私も、姉上の気持ちがわかる」

 さっきより小さな声だったが、聞き取れないことはなかった。

「いつでも飛んで会いに行けたらと思う。あるいは君が――」

 と、そこで言葉は止まり、それ以上続かない。

「――なんでもない」

 穏やかに微笑む相手を、追究する気は起きなかった。

「場の手配はまかせてくれ。細かい準備は頼む」

「・・・うん、まかせてっ」

 明るく応え、アレクとロックを見送る。その時になって、言い忘れたことを思い出した。

「アレク」

 呼びかけると、立ち止まって振り返る。

「新しいローブ、ありがとね」

 彼は片手を挙げて応え、夜の暗がりに消えた。

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