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ギートからなんだかすごい情報を得たようで、よくよく考えれば別に大した情報は得られていない日の夕方、リル姉がお土産を持って帰って来てくれた。
「ジル姉は中央宮殿にいるんだと思うの」
一緒に夕飯を作っている時のことである。今日のメニューはポトフ的なもの。野菜と肉をごった煮するだけ。凝った料理を作る気力はない。
「西側に特別な拘置所みたいなところがあるらしいわ。たぶん、ジル姉はそこに」
妙に確信を持っている姉の言いように、私は鍋をかき混ぜる手を止めた。
「調べて来たの?」
「ううんっ。ちょっと、小耳に挟んだっていうか」
リル姉は視線を泳がせている。そんな話をどこで小耳に挟む。
「誰から聞いたの? フランツさんとか?」
医療部長の名を出してみるが、リル姉は首を横に振る。医者は中央宮殿にもいるし、ありえそうだと思ったのだが。他に知っていそうな人物といえば・・・
「オーウェン将軍?」
正解はリル姉の反応を見れば簡単にわかった。
「しっ、絶対しーっ、だからね!」
わが姉は慌てて口止めしてくる。案の定か。
「はっきり聞いたわけじゃないのよ? ただ、そういう場所があるっていうことと、その辺が人払いされてるらしいってことを聞いただけなの。将軍はジル姉のことまでご存知なかったわ」
「ふーん、なるほど。確かにそこ怪しいね」
初めてあの人が役に立ったかも。しかし将軍、ずいぶんとちょろい感じで情報漏えいしてくれているが、そんなんで大丈夫なんだろうか。相手がリル姉だからまだいいものを。ハニートラップに引っかかってるようなもんだぞ。
「とりあえず、近くにいそうなのはよかったわよね」
調理を再開し、リル姉が言った。私も鍋を混ぜる手を動かす。
「まあね?」
安心、とまではいかないが、生きているのならばよし。
だが、やはりフィリア姫から引き離されているのが気になるところ。会わせないまま、とっとと嫁がせようとでも考えているのか。
今、姫の気持ちはどこにあるのだろう。幼い頃そのままなのか、あるいは変化があったのか。それにジル姉のほうは、今回のことをどう考えているのだろう。周囲の都合がその辺をないがしろにしている。
「――こうなったら、王様に直談判するか。ジル姉と姫に会わせてください、って」
思いついたことをそのまま口に出すと、リル姉が横でびっくりしていた。
「そんなことできるの?」
「魔法使い特権で拝謁を申請するよ。表向きは魔道具に関して、ってことにすれば嫌とは言えないはず」
裏でちまちま情報収集するのが面倒くさくなってきた。ジル姉が王宮にいるのはわかったんだし、特攻かけて会わせてもらい、話を聞いたほうが早い気がする。で、最良の解決法を考える。
レナード宰相を裏切る形にはなるが、あの人たちのやり方がそもそも私は気に入らないのだ。問題をなあなあにして済ませようというのが根性悪い。乙女心をなんだと思ってやがる。
「明日、さっそく王宮に行ってみるよ」
宣言した頃にちょうど夕飯ができた。スープを器に入れ、二人しかいないが、四角いテーブルの対面じゃなく横並びに置く。対面はジル姉の席だから。
「本当に、大丈夫なの?」
食べ始めてから、リル姉が不安そうに聞いてくる。
「大人しくしてなさいって言われてるのに」
「だからまず王様と話すんだよ。手順はちゃんと踏むつもり。もちろん、将軍からの情報提供の件は伏せるよ」
「うん、それだけはお願い。ご迷惑をおかけしちゃ悪いから」
そう言うリル姉は真剣な表情だ。私も別に将軍を貶めたいとは思っていない。リル姉のことに関して警戒してるだけで、恨みがあるわけじゃないからね。
「――そういえばリル姉、将軍にもらった首飾りはどうしたの?」
すっかり忘れていたが、エールアリーに行く前にもらったお守りをリル姉は返したのだろうか。エールアリーでは服の下に入れていたので、今も付けているのかどうかはわからない。
すると、リル姉はなぜか微笑んで教えてくれた。
「お返ししたわ。そういう約束だったでしょ?」
これは意外な答えで、私は食べる手を一旦止める。
「あげるつもり満々って感じだったのに、受け取ってもらえたんだ?」
「最初は受け取ってもらえなかったんだけど、どう考えても私が持っているのはおかしいもの。だから後日、改めてお返ししたわ。・・・お守りは、将軍が本当に守るべき人にあげてくださいって、言って」
ん、ん? 待てよ? それってつまり・・・
「将軍ふったの?」
ってことだよね? と思って口にすると、穏やかな様子から一転、リル姉はスプーンを放り出した。
「そ、そういう話じゃないわ!」
慌てて否定してくるが、将軍に言ったという言葉は、相手の好意に気づいていないと出てこないものじゃないだろうか。あれだけあからさまな態度に気づかないほうが無理というもの。
しかしリル姉はなおも頑なだ。
「将軍はそういうつもりじゃないって、わかってるけど、念のためっていうか・・・物をいただくのはやっぱりよくないことだと思ったからお返ししたの。それだけよ」
まあ、だから、ふったってことだよな。リル姉にはあの人から物をもらう筋合いなんてない。もらっても困る。そういうことだ。
将軍の気持ちも意図も、私にとってはどうでもいい。気にすることはただ一つ。
「リル姉あの首飾り気に入ってたのに、本当にいいの?」
確認すると、リル姉の瞳が揺れ、
「・・・うん」
やがて小さく頷き、スプーンを持ち直した。
リル姉がいいなら、私から言うことは何もない。
にしても、ふった相手に聞き込みをするのはさぞや気まずかったろう。よくがんばってくれた。将軍も律儀に答えてくれるあたり、度量の大きい人ではあったのかな。
――そうして、ちょうど食事を終えた頃。
器を洗おうと立ち上がった時、かすかに玄関のほうからノックの音がした。
私はリル姉と顔を見合わせる。
もう日が暮れて、外は暗い。こんな時間の来客は初めてのことだ。
ともかくも、私費で購入した魔法のランプを手に持ち、リル姉と店の入り口前に移動する。
もう一度、戸をノックされた。
「どちら様ですか?」
戸越しにやや警戒して尋ねる。
「我らの友人を自負するのであれば、この声で察しろ」
すると横柄な口調で返ってきた。声と合わせて、この態度は・・・
リル姉にランプを預け、急いで戸を開けると、立っていたのは二人。明かりに照らされ、どちらもフードの下の金髪が眩しかった。
「・・・」
私は一度、開けた戸を閉めてみた。「おい!?」と焦るような声が聞こえたが、気のせいである確率は高い。なぜなら訪問者はありえない人たちだからだ。
だが再び戸を開けても、二人はまだそこにいた。おかしいなあ。
「突然訪ねてすまない。迷惑だったろうか」
一人が申し訳なさそうに目を伏せたので、私はそこで慌てて確認をやめた。
「いや、ごめん、違うのっ。どうぞ中に入って」
訪問者たちを急いで招き入れ、戸を閉めカギまでかける。そして改めて、フードを取った二人を見上げた。
「えっと・・・アレクに、ロックもいらっしゃい。ようこそ」
他になんと言っていいかわからない。アレクは「お邪魔します」と返し、戸惑うリル姉にも目礼した。
私は不思議で仕方がない。
「ねえ、もしかして、うちと王宮は異空間で繋がってたりする?」
「え?」
「は?」
アレクにもロックにもぽかんとされた。ですよね。王子も王女も自分の足で王宮を出て、ここに来たんだよね。よくもまあ・・・
うちはいつから王族立ち寄り所になったんだろうな。いや、別にいいんだけども。
当然ながら、アレクは遊びに来たわけではなかった。
「突然申し訳ない。姉上の友人としての君たちに、折り入って頼みがあって来た」
改めて私たちに頭を下げ、彼は言う。
「実は、姉上が部屋からずっと出て来ないんだ」
フィリア姫、どうやらストライキを決行した模様である。




