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07

 大通りから道を一本外れた閑かな小路に、なんとも言い難い匂いを漂わせている小さな店が一軒ある。雨戸の隙間から明かりが漏れており、幸いと家人がまだ起きていることが知れた。リル姉を落とさないように注意しながら、業務終了の札が掛かった扉の前で大声を上げる。

 間もなくして内側から鍵が開き、ガタイの良い店主が現れた。店が店だけにまさかこんな筋骨隆々の男が現れるとは思っておらず、驚いたがびびっていられない事情がある。

「あねを、みてください! くすりがほしい!」

 短い黒髪のその男は眉をひそめ、入り口を塞いだまま腕組みなどしていた。

「はやく!」

「・・・カネは?」

「ある!」

 嘘ではない。足りるかはともかく。男が顎をしゃくって無言で「入れ」と促した。

 中に踏み入ると複雑な匂いがより一層強くなった。何か色々な物がごちゃっと棚に詰められており、奥にカウンターが据えられ、その更に奥へ、男がリル姉を小荷物のように運び込んだ。店先からは見えなかった場所が居住スペースなのだろうか、ベッドが一つあってそこにリル姉を寝かせた。

 ここは薬屋。万が一、病気になった時のために覚えていた場所だった。医者の家は知らないし薬屋もここ以外は知らないから駆け込んだわけだが、果たして診察できるのだろうか窺っていると、男はてきぱきと脈をとり口の中を見てお腹を押したりとまあ、慣れた手つきだった。

 やがて何か納得したように頷くと、棚から包みを取り出して、竈の大鍋から湯をお椀に移して包みの中の粉を溶かす。そしてリル姉を抱き起こして少しずつ飲ませた。

「あとは寝かせて喰うもん喰えば治るだろうさ」

 それを聞いて思わず安堵の息が漏れた。心なし、リル姉の呼吸が穏やかになった気がする。緊張の糸が切れ、ベッドの横に膝を付いてしまうと男の手が額に触れた。

「お前も少し熱いな」

 あぁ、うん、そうかもね。だるいのはいつものことなんだが。男の手が冷たくて気持ち良かった。

「あの・・・おかね、あるんだけど、あんまりないです」

 財布にしている袋をそのまま男に渡した。中には100ベレも入ってない。

「そんなことだろうと思ったよ」

 男は袋を受け取り苦笑していた。口の片端を上げるニヒルな笑みで、薄暗い中ではひたすら怖い。

「おこるのわかります。でもリルねえには、なにもしないで」

「それ、意味わかってるのか?」

「わかってる。ほかのことで、かえすから。だめってゆったら、しぬまであばれるとおもう」

「さらっと脅すんじゃない」

「しんでからものろう」

「わかったわかった。そもそもな、私は女だ」

「・・・へ?」

 信じられない単語を聞いた気がしてぽかんとしたら、その隙に抱き上げられてリル姉の横に寝かされた。

「あなた、おんな?」

「ほれ」

 お、おぉう、いきなり股間を触らせるか。なんて大胆な人だ。だが確かにそこには何もなかった。もしあったらとんだ変態だがな。握り潰してやるところだ。

「昔は兵士をやっていたんだ。このガタイはその頃の名残だよ」

 体だけじゃなく顔つきも男そのものに見える。性染色体に変異がある人なのかもしれない。外見から性がわかりにくい、インターセックスってやつかも。っていうか女も兵士になれるのか。もしくは男と間違われて? なんにせよ、この人は薬屋と言われるより兵士と言われるほうがしっくりくる。

「お前たち姉妹はみなしごか?」

 その当たり前の問いは、私たちのこれまでのことを訊いているのだろうと思い、親が消えたところから全部話した。強面でも話しやすい人だった。それで話し終えたら、私は寝ながらその人の腕を引っ張った。

「おねがい、です。くすりだい、かえすためでもやとってください。たくさんがんばります。はたらきます。ものすごくです。きっとです」

 知っている限りの言葉を尽くし、なんなら病人であることも利用して必死にお願いした。リル姉をこのまま路上生活で死なせるわけにはいかない。だってまだリル姉は知らないのだ。ご飯のおいしさ、布団の温かさ、風呂の気持ちよさ、隙間のない家に住む安心感、幸せな家庭もまだ何も。教えてあげたいのだ。

「こっちも人を雇えるほど暮らしに余裕があるわけじゃない」

 その人の言い分は予想通りだった。これまで何度も言われてきたことだ。ならば攻め方を変えてみる。

「・・・みせ、だすのにおかねいりますね?」

「あん?」

「もうかるため、さいしょにおかねつかいます。むだじゃない、ひつようなおかねです。わたしたちのことも、そうおもえませんか?」

「初期投資だと?」

「それ。こどもはあなたの、みらいです」

「おかしな言い回しをするもんだな」

「いま、やしなってくれたら、あなたがはたらくのやめたあとも、やしなってあげます」

 なんとなく死ぬまで働きそうな気がするけどな、この人。

「ほーう?」

「リルねえも、わたしも、はたらきもの。ちがうとおもったら、おいだしていいです。まずはおためし。どうですか?」

「お試しね。おもしろいことを言う。―――わかった。ただし甘くはないぞ」

 おお! なんと交渉成立! この街で初めて優しい人に出会ったかもしれない。遅ればせて笑いの効果か? ようやく運気が向いてきた!

 不意に天から垂らされた蜘蛛の糸を慎重に、決して切ることなく、リル姉と共に昇れるところまで昇っていこう。

 ともあれようやく、宿り木を見つけた私はうっかり安堵してしまい、雇い主の名前を聞くのも忘れてそのまま寝てしまった。

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― 新着の感想 ―
[一言] >お、おぉう、いきなり股間を触らせるか。なんて大胆な人だ。 中沢琴さんといい勝負してらっしゃる(幕末に実在した女性剣士。普段男装していて町娘などからもてており、夜這いをかけられることすらあっ…
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