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「――いいかい? これから話すことは、誰にも言ってはいけないからね?」

 新年に訪れた時と同じ応接室で、レナード宰相は私とリル姉に簡単な断りを入れた。

 王宮を抜け出し突然店にやってきたフィリア姫が、突然ジル姉を知らない名前で呼んで、泣きながら感動の再会(?)を果たした後、ジル姉が離れない姫もろともにレナード宰相に連れて行かれてしまったのが昨日のこと。

 わけがわからないまま一晩が過ぎ、さてどうしようかリル姉と悩んでいると、レナード宰相の使いの人がやって来て、屋敷に招かれたのが今日の午後のことである。

 あともう少し呼び出しが遅ければ、こちらから乗り込んでいたところだ。おそらくそれをレナード宰相は察して、ようやく私たちに事情を話す気になったようだ。

「まずジゼルのことから順に話そうか。君たちはほとんど何も聞かされていないのだろう?」

「はい。もともとは農民だったということくらいしか。そこから兵士になって、王室警護を担当するようになったと」

 ずっと前にジル姉から聞いた話を思い出しながら、私が答えた。

「そう。ジゼルは南西王領にある小さな農村の生まれでね。たまたま近くの山に賊が出て、討伐に行った兵団の長が、ジゼルを見出した。まだエメくらいの年の頃だったが、大の男と変わらないガタイで、おまけに農作業と狩りで日々鍛えられていたそうでねえ。まあ、つまり、女だとは思われなかったわけだよ」

 言いながら、レナード宰相は苦笑していた。

「本人もあえて訂正をしなかった。曰く、兵士のほうが稼げるし、徹底して男にしか見えないなら、いっそ男として生きてやろうとその時は思ったそうだよ」

「では、フィリア姫が言っていた《ダウテ》というのは」

「ジゼルの男としての名前だね。彼女の本名はジゼル・ダウテ。どうしても元の名前が女のようだから、兵士時代は苗字だけを名乗っていたんだよ」

 苗字と名前の区別って、けっこう難しいものな。特にこの国は昔にあちこちから人が移住しているせいで、色んな名前や苗字があるから。

「・・・そう、だったんですね」

 ここまでの話を聞いたリル姉は、ようやく納得できたと一人頷いていた。

「私、ずっと不思議だったんです。軍部では女兵士を一人も見たことがなくて、人に聞いても女は兵士にはなれないよと言われていたので」

「なれないものなんですか?」

「はっきりと規定があるわけではないが、慣例的にしない、といったところかな。男の中に女を混ぜると、色々面倒が増えるのは確かだよ。特に兵士は多くが兵舎で共同生活をするからねえ」

 生物的に、オスメスを同じ場所に押し込んで何も起こらないってことは、考えられないか。でも、意識改革してルールを作って、男女参画させていくのが今後大事になると思うけどな。人間はネズミじゃないんだし。まあ、それはともかく。

「ジル姉はそこでも性別がばれなかったんですか?」

「まったく怪しまれもしなかったそうだよ。あの強面と圧倒的な武技で、周りから一目置かれた存在だったことが幸いしたんだろうねえ」

 まさかこの超人が女なわけない、って感じだろうか。兵士の生活が具体的にどんなものだったのかは知らないが、裸にさえならないように気をつけていれば、ジル姉なら確かに大丈夫に思える。

「そうこうするうち、《ダウテ》はどんどん名を上げていった。あまりに素晴らしく強いものだから、とうとう陛下のお目に留まり、異例の出世で王室警護の近衛兵に加えられたわけなのだよ」

 レナード宰相はあっさりまとめてくれたが、これは相当なことだろう。ジル姉の強さは王にも認められていたんだ。

 それがどうして、追い出されるはめになってしまったのか。

 宰相の説明は続く。

「ジゼルは後宮の警備をまかされ、そこで、王女殿下に出会った。君たちも知る我らの姫は、昔からとても人がお好きで、兵士にも無邪気に話しかけるようなお方でねえ。それで、まあ、色々とあってね。結果的に、姫が《ダウテ》に恋をしてしまって、そのせいでジゼルは解雇されたわけなのだよ」

 リル姉が隣でぽかーんと口を開けている。私は、ひとまず深呼吸をしてみた。

 どうにも納得いかないことを言われた気がする。

 落ち着いて、話を整理しよう。

「はい、レナード宰相。質問いきます」

 挙手すると、宰相からは「いくらでもどうぞ」との返答を得られた。

「最初に事実確認をします。フィリア姫はジル姉を男と思い込んで、好きになってしまったんですね?」

「そうだよ」

「その時、姫はおいくつでしたか?」

「確か、十歳ほどだったかな」

 ですよね! だって私たちがジル姉に会ったのってリル姉が十二の時だったもんね! リル姉と同じ年頃のフィリア姫も、当然幼かったに決まっているのだ。

「十歳の女の子の初恋を、大人たちが全力で妨害したわけですか? 馬――」

 鹿じゃないの、とうっかり口走りそうになり、自重する。

 結婚適齢期の姫と騎士との切ない恋物語ならいざ知らず、幼女と男っぽいだけの女兵士との間を引き裂くって意味あるのか、それ。

「エメ、君が言いたいことは私も同様に思っているよ。しかし、一応は陛下の名誉を重んじ、私の口から言い訳をさせてくれ」

「お聞きします」

「ありがとう。まず、王女殿下はお生まれになった時よりガレシュに嫁がれることが、暗黙のうちに決定されていた。かの姫のご結婚は三国が真の絆で結ばれ、大陸に永く平和がもたらされることの証だ。そこには、どんなケチが付いてもいけない。たとえ姫が幼くあられる時でも、妙な噂が立つようなことがあってはならなかったのだよ」

 妙な噂というのは、子供の頃に護衛の兵士に惚れてしまったとか、そういうのも含まれるようだ。

「最初はジゼルを近衛隊から外すことで解決しようとしたのだが、姫がジゼルに会うために、時に危険を冒してまで後宮を抜け出すようになってしまったのが悪かった。その上で、何か間違いでも起こったらと案じる周りの視線に耐えかねて、ジゼル自身が王に女であることを告白してしまったのだよ」

「それは・・・問題になるんですか?」

「姫に同性を好くがあるというのは、あまり他国に聞こえの良い話ではないね」

 かえって男だったほうがまだ良かった、ということだろうか。ジル姉を男だと思い込んでいたフィリア姫は別に同性愛者ってわけじゃないと思うが、ジル姉を見たことのない人に話を知られたらまずいと判断されたらしい。

 性別なんて所詮は男っぽいか女っぽいかというだけの話なんだがな。性染色体の組み合わせは単純なXX、XYだけでなく、実はけっこう種類がある。

「それで、ジル姉は解雇、ですか」

「ああ。しかし女だったから解雇とは言えず、表向きには賊の討伐中に戦死したことになっているよ」

「・・・それ、フィリア姫にもそう言ったんですか?」

「言ってしまったねえ」

 宰相はあっけらかんと。理由は後から付け足された。

「いや、実は陛下が、姫にジゼルがどこにいるのかと問い詰められた時にお困りになって、つい、そうお答えになってしまわれたのだよ」

「それは、えっと、かなり最低の残酷な嘘だと思うんですが」

 十歳の娘に、好きな相手は死んだよなんて言ったら、激しくトラウマになるだろ・・・どんだけ答えに困っても、それだけは言っちゃだめだろ・・・。

 私の記憶にある、威厳に満ちた国王のイメージが崩れて今、中から単なるダメ親父が出てきた気がする。

 そんな私の心を察知したのか、レナード宰相が言葉を重ねてきた。

「エメ、我らの王はご立派なお方だよ。ただ、その頃の王は若く、今と比べてしまえば、まだまだ経験が浅い時分であったのだ。可愛い娘に、その行動のためにジゼルが王宮を去ることになったのだということも、初恋の相手が同性であったと告げることも、王はおできにならなかったのだよ」

 気持ちはわからなくもない。わからなくもないが。

「せめて、もっと上手な嘘を誰かが考えてくれたら・・・」

「その点は我々も反省しているところだ」

 宰相は神妙な面持ちで頷いた。

「立ち直ってくださるまで、かなりの時間がかかった。毎日お目が真っ赤になるほど泣き腫らしていらっしゃるのがあまりにお可哀想で、その頃は臣の心も千々に引き裂かれるようであったよ。子供の恋とて侮ってはいけないね。王妃殿下や王子殿下のご助力もあり、なんとか元の通りにお戻りになられた時は皆が安堵した。心苦しさは残ったが、これで事はすべてうまくいくはずだった」

 ソファの背にもたれて、レナード宰相は細く長い息を吐く。

「上の都合で散々に振り回されたジゼルに、最後くらい姫の晴れ姿を見せてあげたいと思ったんだがねえ。王宮の兵士が、ここまで無能であるとは誤算だったよ」

 口調は柔らかいが、宰相閣下は静かにお怒りのご様子だ。ちょっと怖い。

「あの、それで今、姫とジル姉はどうしているんですか?」

 おずおずとリル姉が尋ねる。

 そうだ、今さら兵士の不手際を責めても仕方がない。死んだと思っていた初恋相手に再会してしまった友人と、一晩経っても帰って来ないうちの姉は何をしてどこにいるのか、私たちは知りたいのだ。

 すると宰相は申し訳なさそうな顔になる。

「詳しくは話せないのだが、今回のことでさすがの姫も少々取り乱されていてねえ。君たちにはすまないが、ジゼルの身柄をしばらくこちらで預からせてほしいのだよ。また姫に王宮を抜け出されては大変だからね」

 口では下手に出ているが、すでに連れ去られているんだから、こっちには拒否権も何もない。

「誓って悪いようにはしない。姫の花嫁行列が王都を過ぎる頃には、君たちのもとに大切な家族が帰っているだろう。私が保証する」

「・・・ってことは、婚儀の準備は普通に進められているんですか?」 

「もちろん。それだけは誰にも止められないし、止めるわけにはいかない」

 きっぱりと言う、その口調の中にわずかにだが、不穏なものを感じた。

「今、ジル姉はフィリア姫のところに、王宮にいるんですよね?」

 それは確認のつもりだったのだが、レナード宰相は暗い微笑みを浮かべた。

「君たちはくれぐれも大人しく、待っていておくれ。王宮ではどんなに馬鹿らしい話でも、死人が出ることさえあるのだから」

 びっくりして、私もリル姉も口を噤んでしまった。

 肯定でも否定でもない、質問の答えは、たぶん、脅し。

 ジル姉はフィリア姫をなだめるために連れて行かれただけじゃないんだろうか。ジル姉の身が危うくなる可能性もあると?

 それこそ馬鹿らしいが、鼻で笑い飛ばせないレナード宰相の雰囲気が、そこはかとなく怖かった。

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