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閑話―ギート視点―

蛇足です。

 エールアリーから魔法使いたちがいなくなり、俺に課せられていた特別な役割はなくなった。

 それでも俺は、今も馬に跨っている。手柄を立てたので出世、というのでなく、街と村を巡回する兵たちの連絡役として、そのまま使いっぱしりにされているだけだ。

 だが今日は普段と少し違い、後ろに娘を一人乗せていた。

「ありがとうギート、助かるわ」

 出発前、馬上でリディルは律儀に礼を言ってきた。こっちの腰に手を回し密着していると、鎧を着ていても多少、その感触が伝わってくる。

「・・・あいつも、このくらいにはなんのかな」

「? 何か言った?」

「いいや」

 うっかり漏れてしまった心の声は適当にごまかし、鉱山に向けて馬を発進させた。


 リディルの件をその妹にしつこく頼まれていたことを思い出し、仕事のついでに救護所の様子を見に行った時、ちょうど、医者たちが不足している薬について話していた。

 それは足を病んで起き上がれない患者の床擦れに効くもので、原料は鉱物だということだった。それなら麓の製錬所にあるかもしれず、馬に乗ってきた俺がこれ幸いと運び屋を頼まれたのだ。わざわざ馬車を手配するほど大量に必要なものではないそうだ。が、俺だけではその鉱物がどんなものなのかわからないから、一番馬の負担になりそうにない体格のリディルを後ろに乗せて行くことになった。

 妹は馬に乗れるのに、その姉は乗ったことがないらしい。落ちないようにしがみついてくるのが、それなりに気分良い。とはいえ、滅多なことをしようとは思わない。どちらかと言えば賢明なほうだと自負している。

 だが同時に、俺は運があまり良くないほうでもある。むしろ、悪い。

 それを思い出したのは、鉱山麓に着いた時だ。先に馬を降り、片方で手綱を絞って持ちつつ、もう片方をリディルに差しのべ降ろしてやっていると、何やら視線を感じた。探してみれば、山の入り口から将軍が数人の部下を引き連れ、出て来たところだった。

「げ」

 反射的に身が竦む。その間も止まらず、奴はこっちへやって来た。

「リディル? なぜ、このようなところに・・・」

 尋ねる将軍の視線が、降りる際にリディルの腰に添えた俺の手に注がれているのに気づき、急いで背後に隠した。最悪だ。

「あ、えっと、私は薬の原料を探しに来ていまして」

 リディルがやや緊張した様子で答える。思わぬところで出くわし、戸惑っているようだった。将軍の目はひとまずそっちへ移る。

「薬が足りないのか?」

「はい。でも、探しているのは鉱物なんです。製錬所にあれば王都から手配してもらうよりも早いので、連れて来てもらったんです」

 リディルがこっちを振り返る。いっそ俺のことは無視してほしかった。

「その者は?」

「私の弟です」

 答えたのはリディルではなく、将軍の背後に控えていた部下だ。

 クソ真面目に挙手をして前に出て来る若い男は、俺の義兄、アクロイド家長男のラウル。伝令や護衛を担当する、将軍の側近の一人だ。

 アクロイド家は爵位こそないが、代々兵士として王宮に仕えている家で、軍部内ではそこそこ名が知られている。その上で、ラウル自身の活躍が将軍の目に留まり、召し上げられた。兄弟の中では一番の出世頭だ。

 ラウルが将軍に付いて来ていることは知っていたが、エールアリーで実際に会えたのは今が初めてだ。

 次男のカルロと違って生真面目な長兄が、この場にいてくれたことは幸いだ。奴が将軍から得ている信頼のおこぼれを、少しはもらえるだろう。

「エメの護衛をしていた者か」

「はい」

 ラウルがきっちり紹介してくれた後に、俺も自分で、単に居合わせたからリディルを乗せてここまで来ただけであることを説明した。そもそも医療団の手伝いだって下っ端の仕事の一つだ。

「そういうことであったか」

 将軍は納得してくれたよう。これでおそらくは、妙な誤解が生じるのを阻止できたはず。できたと思いたい。他人の痴情になんぞ巻き込まれたくはない。

 実際、将軍はとっとと俺に対する興味など失せたようで、次にはもうリディルに話しかけていた。

「しかし、薬を探すのは良いが山の中にまで入ってはならんぞ。山道は険しい。滑落などもよくあるそうだ」

 確かに山は滑りやすいところがある。崖から落ちた、苦い記憶が蘇ってくる。結果的には領主兵から逃げられて良かったが、死んでもおかしくない状況ではあった。

「そなたが怪我をしてはエメも悲しむだろう」

「ご心配ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。探している鉱物があるかどうかは製錬所の方が詳しいと思うので、山に入るつもりはありません。――ところで、オーウェン様はどうして山にいらっしゃったんですか?」

「私は魔石のランプを見に来たのだ」

 答えて将軍は苦笑する。

「エールアリーの復興に関することであれば、魔石の利用は特例として認められたのだが、ランプは撤去すべきではないかと少々問題になっていてな」

 どうやら騒がしい奴がいなくなった後でも、余波は残っているらしい。まったく迷惑な話だ。

 ただ、俺も一度ランプを見に行ったことがあるが、暗く不気味な坑道が、昼間の外と変わらないくらいに明るく照らされていて、驚いた。魔法の明かりなら火事も防げるんだと、本人が得意げに語っていたのを思い出す。

 勝手な真似は決して褒められることではないが、便利になったものをわざわざ不便に戻そうとする理由が俺にはわからない。

「あの」

 すると、リディルが我慢できなくなったように口を開いた。

「助かる人がいるから、エメはランプを作ったんです。寝る間も惜しんで、これも人の命を守るためだ、って、とてもがんばっていました。水を浄化する装置と同じくらい、エールアリーの人の役に立っているはずです」

「ああ、わかっている」

 必死に訴える娘に、将軍は微笑みを向けた。

「そなたの妹は善良だ。確かに鉱夫たちは仕事がしやすくなったと喜んでいた。よって陛下にはそのように報告するつもりでいる」

 それを聞いたリディルは途端に、勢いよく頭を下げた。

「っ、ありがとうございます!」

「そなたに礼を言われることではない。私は事実を話すだけだ」

 笑いながら、やや困っているような様子の将軍を見る限り、別に色目を使っているわけではなさそうに思う。


 領主を捕えた直後、混乱によるちょっとした騒ぎはあちこちで起きていたが、最近はほとんど見られなくなっている。

 チビの魔法使いが、魔道具と根気強い説明とで領民らの不安を根本から取り除いてやったおかげだろう。

 強引で、勝気で、人の義眼に遠慮なく食いついてくるような無神経な奴だが、その言い分は至極まっとうであり、誰よりも懸命に働いていたのだから、信用はあるべくしてあるはずだ。


「――ではギート、リディルの護衛を頼んだぞ」

 唐突に名を呼ばれ、慌てて姿勢を正す。

 将軍はわずかな間、話しただけで、職務に戻っていった。さすがに、女を追いかけて来ただけなわけがないか。

 あいつは相当嫌がっていたが、それなりに話のわかる、まともな人なのかもしれない。

 他の坑道も見に行くらしい将軍の背を見送って、考えていた矢先。

「よぉリディル! 今日も美人だな、結婚してくれ!」

 見回り中のカルロが街のほうからやって来て、医療部や王宮使用人の女の誰にでも言う、いつもの寒い冗談を大声で飛ばした。最悪だ。

 将軍が瞬時に戻って来て、カルロの胸ぐらを掴む。

「貴様は誰だ」

「弟です」

 素早い主の動きにも付いて来たラウルが、生真面目に紹介する。お前も馬鹿か。

 しかし当の将軍にはどうやら、聞いている余裕がなかった。

「ふざけるな。他の男にやるくらいなら、私がもらうっ」

 あー・・・

「う、嘘ですよ! ほんの冗談ですってば!!」

 今にも斬りかかってきそうな相手に、カルロは必死に弁明した。そうするより他にない。

「冗談・・・?」

 殺気が緩んだ。将軍はリディルを肩越しに振り返る。

 唖然としていたリディルは慌てて、何度も何度も頷いた。

 それを見つめる将軍に、だんだんと正気が戻っていくのが見て取れる。ようやく、状況を察したようだ。

「そう、か・・・ならば、良いのだが・・・」

 何も良くない。前言撤回、この人はどうかしてる。

 カルロが解放されても、場の痛ましい空気は変わらない。もう帰りてえ・・・。

「――そ、それじゃあ私たちは仕事に戻りますね! 失礼します!」

「あ・・・」

 取り繕った笑みを浮かべて、リディルは製錬所に向かう。流しやがった。これは、さすがにわざとだろうが、俺も助かった思いで付いていく。

 何か将軍が言いたそうにしていたが、後のことは知らん。カルロに責任を取らせよう。

 俺は一つも悪くない。絶対に、俺のせいじゃない。

 それなのに、みすみす何を言わせてんだと激怒する娘の声がどこからか聞こえた気がして、反射的に辺りを探してしまった自分が少し情けなくなった。

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