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 アレクは、私から疫病の件をもっと詳しく聞きたいということで呼び出してくれたらしい。なので存分に、思い出話をさせてもらった。エールアリーでの出来事に限らず、就職してから大変だったこと、クリフたちの仕事ぶりや、フィン老師のことも全部。オーウェン将軍のストーカー行為とかもね。

 テーブルを挟んだ対面のソファに座り、身振り手振りで話す私をアレクは終始、楽しそうに眺めていた。

 ロックが後ろに控えているこの形は、学校の談話室で会話していたのと変わりない。互いの衣装が違うだけ。なんだかとても懐かしかった。

「――ま、そんなこんなで色々あったけど、元気にがんばってるよ。アレクはどう? 元気でやれてる?」

「ああ。少しずつ、政務のほうも担うようになってきているよ」

「へえ! すごいねっ」

「エメには敵わないさ」

 んなこたない。今日も会議にいたし、立派に王子業をやっているんだな。

「崖から落ちた怪我は、もうなんともないのか?」

「リル姉に手当てしてもらったからね。傷痕が残ってるところもあるけど、痛みはないよ」

「痕は、消えないのか?」

「どうかな。でも、どうせ服の下で見えないところだから。それに、傷は勲章って言うでしょう?」

 別に残ったって、まったく構わない。傷がついて価値が落ちるのは物品の話だ。

「たくましいな」

 アレクは笑い、だが、と続けた。

「無茶はしすぎないでくれ。君は自分が傷を負うことなど厭わないのだろうが、見ているほうは心配になってしまう」

 穏やかな口調と表情ではあるが、その目は真剣だった。なんだかリル姉みたいだ。ここは茶化さず、真面目に答えておく。

「うん、ありがとう。気をつけるよ」

「そうしてくれると助かる。報告を聞いた時には、いてもたってもいられず、私もエールアリーに行こうかと思ったくらいだ」

「それはだめでしょ、さすがに」

「ソニエール将軍がうらやましい」

「あの人は見習っちゃだめ!」

 アレクはいっそう楽しそうに笑っていた。いや、笑いごとじゃなくてね?

「そのルクスという魔技師のように飛べるならば、すぐに駆けつけられただろうが」

「あ、実はね、それも老師と相談してるところなの」

 ルクスさんがどういう魔法陣を用いてあんなふうに空を飛んだのか、まだよくわからない。が、他の魔法陣でも同じことができないか考え中だ。

「今は日用品を優先して開発しようとしてるから後回しになってるけど、将来的にはすごく役立つものができると思う」

「というと?」

「さっきアレクが言った通り、飛べば移動が格段に早くなるでしょ? 例えば荷馬車が空を飛んだら、新鮮な肉や魚をすぐに街へ届けられる。魔石なら一つで複数の呪文を同時発動できるし、魔法使いを動力に使わなくても良くなる。一人でだって飛べるんだ。画期的でしょ?」

「確かに・・・そうなると、領地の境や砦なども飛び越されてしまいそうだな」

「高度を制限することもできるよ。国防の問題になると安易に作れないものもあるだろうけど、でも、もっと幅広く魔石の利用を認めてもらえたら、夢もどんどん広がるよ」

「ああ、それはわかる」

 アレクは深く頷いてくれた。

「簡単に結論は出せないが、私は賛成している。父上も前向きだ」

「ほんと?」

 自然と声が弾んでしまう。

「先程、宰相に聞いたんだが、ガレシュではそのような魔石の使い方をしている例があるそうだ」

「へえ! 老師が出て行った後の話かな」

「おそらくは。ガレシュでは王が代替わりをして、様々なことが変わってきている。しかし、魔石の利用はまだ王宮内に留まっているそうだ。庶民に流通するまでには至っていないらしい。トラウィスで行えば初の試みになる。私は、それを大いに意味のあることだと思う」

 アレクは語る。

「トラウィスの王は慈悲深く寛大であるべきだと、私は教えられてきた。そういう者の下にこそ有能な者が集まり、彼らが王の器の中で思うままに動けてこそ、国はより豊かになるのだと。しかし、今のトラウィスは少々窮屈なものに思う。過去のことにこだわりすぎているのではないか、とも」

 血筋だとか、強力な魔法の開発だとか、そういう戦時中のことを確かにこの国は引きずっている。他の二国に比べれば貧しい土地に始まり、何も持たないところから必死に足掻いてきた歴史を持つためだろうか。たぶん、いまいち平和に慣れていないんだ。

「そろそろ、トラウィスは新しいことを始めるべき時期だ。今あるものをすべて壊すというわけではなく、さらに住みよく昇華していく。破壊のための力は、もう十分だろう。力はもっと生産的なことに使うべきだ」

「――」

 以前に私が言ったこと、覚えていてくれたんだ。そして彼なりに、考えを深めてくれていた。

 ああ、うん、そうだよな。私は彼の、こういうところを尊敬してるんだ。

 私もまた王の器の中にいる一人だろう。動きやすいように、器をさらに広げてくれるのならば、全力でもって応えなきゃいけない。

 我らが王のために、と叫ぶ貴族たちの気持ちがわかった気がした。

「まかせて、アレク。ランプだろうが空飛ぶ杖だろうが、なんでも作るよ」

 アレクが、皆が、喜んでくれるものを。平和な世を象徴するようなものを。

「エメは頼もしい」

 そう言った後で、アレクは付け足した。

「だが私は、あの不恰好なイカダに皆でまた乗りたいとも思っているよ」

 改めて思い返せば果てしなく危険だった、あのイカダか。結局、取り上げられて解体されてしまったあれに、今のアレクを乗せるのは無理だろうけど。

「乗れるよ」

 わざわざ危険なものにまた乗りたいって言うのはきっと、また皆で遊びたいってことなんだよね。

「そういうふうに変えていけば良いんだ」

 するとアレクは瞬き、それから、柔らかく微笑んだ。

「――そうだな。エメに言われると、なんでもできる気がしてくる」

 少しは元気が出たかな。

 友達と遊ぶくらい、深刻に悩むような話じゃない。本当に窮屈なのは器の中にいる人よりも、いっぱい抱えて身動きが取りにくくなってしまった器のほうであるように思えた。


「・・・でも、あのイカダ壊されちゃったのは悔しいよねー。苦労したのに」

 この流れで学校の思い出話を。久しぶりに会えたわけだし、共通の記憶も語りたいところ。

「ロックもがんばって資材を運んでくれたのにね」

「ああ、覚えているとも。やけに重いと思ったら、お前が荷車に乗って悠々と休んでいたことを」

 アレクの背後からすっごい睨んでくる。小さな恨みをいつまでも覚えているとは、執念深い奴。

「あんなの、ちょっとした冗談でしょ。すぐに降りたし、私、そんなに重くないし。ね、アレク」

「そうだな、エメは軽い。大した負担ではなかった」

 アレクの紳士ぶりは健在だ。ロックは一瞬、言葉に詰まる。

「いえ、殿下、そういう問題ではなく。殿下までがお手伝いくださっている時に、何をふざけているのかと――」

 お説教の途中だったが、当の本人が急に止まった。

 彼が後ろを振り返るのにつられて入り口に目をやった時、カカカカ、と素早いノック音がし、勢いよく扉が開いた。

「失礼します!」

 現れたのは金色の美しい姫。私を正面に見つけて、海のような青の瞳を輝かせる。

「エメ! お久しぶりです!」

 反射的に立ち上がった私の傍まで足早に来て、フィリア姫はこちらの両手を取った。

 私が突然のことに驚いて、何も言えずにいる間に、彼女は軽く飛び跳ねながら嬉々として話し出す。

「アレクセイがあなたを連れて来てくれると言っていたのは、本当だったのですね! こうしてまた会えるなんて、嬉しいわ。疫病の村へ行っていたのでしょう? 具合は悪くありませんか? リディルは? 元気ですか?」

 質問が矢継ぎ早。落ち着け、落ち着こう。

「えっと、はい、私も姉も元気です。ご心配ありがとうございます。お久しぶりですね、フィリア姫」

 庶民の格好ではなく、立派にドレスアップしている姫は一段と美しい。眩しいくらいの輝きに圧倒されそうになるが、人懐っこい無邪気な笑顔が、一緒にお祭りを楽しんだ友達だと思わせてくれる。

「またお会いできて嬉しいです」

「私もです! ずっと二人に会いたかったんですのよ? リディルはいないのですか?」

「まだ帰って来ていないんです。もう間もなくだとは思いますが」

「あら、そう。では、次はリディルと一緒に会いに来てくださいね。私、本当にまたお話ししたかったんですのよ。近頃は宮殿を抜け出す作戦ばかり考えていました」

「それは・・・」

「エールアリーでの活躍をぜひ聞かせてください! ああもう、なぜアレクセイはあなたが来ていることをすぐに知らせてくれないのかしら!」

「これから知らせに行くつもりでしたよ。その前に、私もエメとゆっくり話がしたかったのです」

 アレクがやや苦笑気味に、お姉さんに弁解した。フィリア姫は私が来ていることを自力で察知し、駆けつけたらしい。広そうな宮殿なのに、すごい。

 私が呼ばれた理由は、彼女のためでもあったんだな。じゃないとこのお姫様は脱走しようとするから。

 なんにせよ、再び会える日が来るなんて。アレクに感謝しなくちゃ。


「―――フィリア、アレクセイ。私にも挨拶させてくださる?」

 フィリア姫が眼前に迫っていたせいで、まったくもって気がつかなかった。ファーの付いた扇子で顔の下半分を隠した金髪美人が、入り口に佇んでいたことに。

 誰だ、と尋ねるまでもないだろう。というか、尋ねてはいけない。

 扇子をぱちんと閉じて、その人が傍にやって来る。鼻が目立って高く、異国風な顔立ちをしている彼女は、まるで光り輝く日の女王に見えた。ただ美しいだけではなくて、どこか凄みを感じる。威厳と言ってもいい。

 フィリア姫が横にずれ、目の前に彼女が止まる。ともかく私のほうは片膝を曲げて貴人に対する礼を取ってみる。顎を引いて軽くうつむいたまま、勝手には名乗らず、相手の反応を待つ。

「あなたが、エメなのですね」

 ゆったりとして、落ち着きに満ちた声と口調。顔を上げると、彼女は慈母のような微笑みを浮かべていた。

「私はオリヴィア。アレクセイとフィリアの母です」

 オリヴィア王妃。

 同盟のためにトラウィスに嫁いできた、かつてのティルニの王女様。子供を二人も産んだとは思えない若々しさと完璧なプロポーションだ。個人的に、王族コンプリートで小さな達成感。

「エールアリーでは陛下の愛しき民のために、よき働きをしてくれましたね。ご苦労でした」

「もったいないお言葉です」

「あなたの話をぜひ聞かせてもらいたいわ」

 その時、オリヴィア妃は素早く扇子をメモ帳とペンに持ちかえた。

 え、それ、今どこから出した?

「疫病の原因は結局、どういうことだったのですか? 他の者からの説明ではよくわかりませんでしたの。あなたはなぜ原因に気がつけたのです? 魔法で水を浄化したそうですが、一体どういう魔法なの? 途中で兵士に襲われたのですってね? どんな状況だったのです? そこであなたはどういう行動を取ったのですか? 詳しく教えてください。あなたのことはなんでも知りたいわ」

 ・・・ええっと?

「あなたには姉がいるのでしたね? 近頃、ソニエール家の嫡子が気にかけているらしいとの噂を耳にしたのですけれど、そちらはどこまで進んだのかしら? あなたから見てどう? そのままいっちゃいそうな感じ? お姉さんはどんな人?」

「・・・あの」

「母上、エメが困っています」

 怒涛の質問責めから、アレクが救い出してくれた。なんなのこの人。

「あら、ごめんなさい」

 どんどん顔を近づけていた王妃は一旦、元の位置に戻る。

「つい好奇心が勝ってしまって」

「落ち着いてください。エメ、驚かせてすまない」

「いや、まあ、大丈夫」

 お母さんやお姉さんの前でうっかり敬語を忘れてアレクに答えてしまった。が、もうどうでもいいや。

「ごめんなさいね。なにせ私、とっても退屈しているものですから」

 オリヴィア妃は大仰に溜息を吐く。

「王妃なんて暇な役職ですのよ。もちろん公務はありますけれど、大抵が陛下の横でただ微笑んでいるだけ。遠い国のお話のように他に妃もおりませんから、愛憎劇すらできませんし」

「良いじゃないですか、平和で」

「ええ、平和は良いことです。けれど退屈はいけません。これまで、歌、舞、楽器、絵画、彫刻、カード、乗馬、弓、剣、槍に一通り手を出してきましたが、どれも飽きてしまって」

 後半でなぜ武術に走った。

「今度は物書きでも始めようかと思いましてね? ネタを探しているところなのです」

「ネタを・・・」

「お母様のお話はとっってもおもしろいんですのよ、エメ」

 フィリア姫が興奮気味に教えてくれる。

「昔、寝る前にしてくださった冒険のお話が忘れられませんわ。アレクセイも覚えているでしょう?」

「ええ。寝物語のはずが、眠れなくなってしまった記憶があります」

「だから寝る前のお話はやめたのよねえ」

 王族一家がほのぼのと思い出を語っている。まるで普通の家庭のよう。にしても、どんだけおもしろい話だったんだろう。どうやらフィリア姫の冒険家精神は母親の影響らしい。

「――というわけなので、どうか私たちの退屈を晴らしてくださいね、エメ」

 再び、オリヴィア妃はメモ帳とペンを構えた。

 最初に感じた威厳とかそういうのはすでに失せている。ただのおもろいおばさん、と思っては怒られるだろうか。

「さ、座ってどうぞ」

 フィリア姫とオリヴィア妃の間に挟まれ、アレクは正面に。

 おかしな状況にやや苦笑してしまいつつも、その後、仲良しな王族一家と日暮れまで、色々なことを話した。


 結果的に、こうして国中の誰よりも贅沢な時間を過ごせたことは、私にとって何よりも嬉しい、一番のご褒美になったのだった。

※ご報告

このたび、アリアンローズ様にて書籍化が決まりました。

発売日は8月12日です。

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