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 必要は発明の母。不自由の中でこそ人は知恵を絞る。

 諦めずに足掻いて、探して、ひょんなところから解決策を見つけられたなら、それは何にも勝る幸運であり喜びだ。

 白色光に満たされた坑道内で、私は大きく息を吐く。ふ、いい仕事をした。

 ヒ素害対策と同時進行で、一心不乱に魔法陣を彫りまくり、作ってやったよランプをたくさん! ルクスさんの手も借りて、できたものを鉱夫たちに渡し、順次通路に設置してもらった。さすがに坑道全部とまではいかないが、主要坑道には大体設置済み。油のランプよりも魔石のランプは光が強く、照らす範囲が広いため、数が比較的少なくて済んだ。

「ありがてえが、ここまでしてもらって良いんだか・・・」

 そう言って光に目をすがめるヒューゴさん。ここまでして良いのかどうか、それは何とも答えられない問題である。

 だって許可を取りに行ってないから!

 もともと廃棄されている魔石の取り扱いに関しては規定がないのだ。なので、やってしまった。テンションが上がってどうしてもやりたくなってしまったという理由もある。

 結局怒られるだろうが構わない。ランプもヒ素害対策も、ここでの成果は王都に帰ってからきっと役に立つはずだ。

 ルクスさんに発注したヒ素濃度測定のためのキットも完成した。製錬場で特別に作ってもらった大きめのボウルの底と側面に石を埋め込んで、標線まで水を流し込むと魔法陣が作動する。飲み続けるとやばいなー、な濃度のヒ素が含まれる場合、水全体が茶色に染まるようにしてみた。

 試しに析出させたヒ素をまた水に溶かして実演したら、街や村の人たちには「気持ち悪い」と大評判だ。見た目で簡単に判断できるようにしたかったんだよ。

 それで検査した結果、川も井戸水も問題なく、魔法でうまくヒ素を取り除けていることがはっきりした。引き続き、今後も現地の人々に定期的な検査をしてもらう必要があるため、このキットもいくつか作って街や村々に設置した。

 ほかに、私的にちょっと口を出したかったのが農業のこと。

「え~、畑を掘り返すの?」

「耕すんです。雨が少ない年もあるんですよね? 不耕起栽培は根が地面の表層に集中するので、基本的に干ばつには弱いんです。土が柔らかくなれば、植物は根を地中深くまで伸ばして自力で水を吸うので、いちいち水をまく手間が省けますよ。あと、雑草駆除も少し楽になるはずです」

 製錬場でくわのサンプルを作ってもらったりして。村人たちに耕起栽培を進めてみた。もちろん農業はその土地々々の経験に基づく技術が重要であるが、一般的に収量が上がるというデータは多いし、新しいことも試す価値はあると思ったのだ。

「魔法使いって変なこと知ってるのね」

 お姉さんたちには首を傾げられたが、試しにやってもらえた。

 なお、救荒作物として育てられていたのはビートなどの根菜類。根を食べる作物は、わりと有害金属を溜めこんでしまったりするのだが、冬になって、収穫した時にいくつかランダムに選んで検査したところ、特に問題はなかった。この分なら、他の作物もきっと大丈夫だろう。



 水が戻り、土が戻った。

 だが、戻らないものも未だある。

 目の前に横たわる、下肢が壊死した老人。キクス村村長である彼の周りを魔法陣が刻まれた魔石が囲み、淡い青の光が包んでいる。

「んー・・・難しいな」

 老人の傍に座るルクスさんの反応は芳しくない。患者の体になんの変化も起きていないことは、見ればわかる。

 慢性ヒ素中毒が重度に進んでしまった患者に対し、私たちは手を講じかねていた。

 体内のあらゆる場所に取り込まれてしまったヒ素を取り出すことは、どうしたって難しい。それに、たとえ時間をかけてヒ素を体内から除去できたとしても、変質してしまった組織が治るとは限らないのだ。

 元気になっても、顔の半分が白い角質に覆われてしまっている人もいる。この皮膚の角化症や色素沈着は治りにくいものである。

 リル姉たちもなんとかしてあげられないか、薬草での治療を試みているが効果はまだ出ていない。体の痺れを緩和させるくらいがせいぜい。

 最近は色んなことがうまくいっている。すごい発見もできた。だけど、それで全部を解決できるわけじゃないんだ。

「役立たずって、怒ってください」

 こういう時こその魔法だろうに、なんともしてあげられないのが情けない。一度死ぬ前、もっとたくさんのことを勉強しておけば、他に方法を思いつけたかな。今さら後悔が来る。

 しかし老人は、微笑みながら首を横に振った。

「皆が元の通り動けるようになりました。すべてが良い方向へ進んでいる中で、なんの不満がありましょうや」

 細い腕をゆっくり持ち上げ、私を指す。

「よくお休みくだされ」

 おそらく、ここ最近で私の目の下にできたクマを指している。どうして自分がつらい時に、他人を気遣うんだろうな。


 当然、休むつもりなどない。やるべきことと、面倒事とで、時間なんていくらあっても足りないのだ。

 救護所の隅でルクスさんとまた違う魔法陣の形を話し合っていれば、面倒事のほうがやって来る。

「呼び出し」

 護衛役から、いつの間にか伝令役に転向してしまったギートが気づけば後ろに立っていた。

 公害対策の進捗具合の報告か、もしくは、そろそろ勝手に設置した魔石のランプが役人たちにばれたのだろうか。

 早く行くぞと急かされるかと思いきや、ギートはしばらく、周囲を見まわしたり、魔法陣の書かれた紙に視線を落としたりしていた。

「問題全部をきれいに解決できる方法があれば良いんだけどね」

「ねえのか?」

「わからない」

 力なく、肩を落とす。

「もっとデータが必要だよねえ」

 私と同様にあんまり寝ていないルクスさんが、ぼんやりした様子で言う。この間、皮膚の再生実験のために墓から死体を掘り返そうとか呟いてたっけな。そろそろ彼には休んでいただくとして、その間に私は領主館へ出向するか。


「あちこちで色々やってんだな」

「やり足りないよ。できないことが多過ぎる」

 いっそ神にでもなりたい。ルクスさんの言葉を思い出しつつ、村の端に繋いでおいた馬のあぶみに足をかける。

 ギートも続いてひらりと馬に跨った。乗馬にはすっかり慣れた模様。

「お前って、ただ偉そうにしてるだけじゃねえんだな」

「どういう意味」

 ゆっくり馬を発進し、首だけを隣に向ける。ほんとどういう意味だ。

「だっていつも偉そうじゃねえか」

「そんなつもりはないんだけど」

「知ってる。どうせ直るもんじゃねえだろ。大体、呼び方だって完全に直ってねえし」

 『君』って呼ぶなっていう、あれのことか? ちょっと口癖みたいになっちゃってるんだよな。

「三回に二回は気をつけてる」

「もういい。俺も、どうでもよくなった」

「や、ほんとに嫌ならもっと気をつけるよ」

「いい。あれは、まあ・・・やっかみみてーなもんだからよ」

 ギートは気まずそうに言っていた。が、こちらはなんのことやら、よくわからない。

「どういうこと?」

 尋ねればギートはしばらく何やら迷うように唸り、やがて、やけくそ気味に喋り出した。

「だってよ、最初に会った時はみすぼらしい旅装で地面に転がってた小娘が、いつの間にか護衛付きの身分になってんだぜ? そりゃ魔法使いは貴重なもんなんだろうが、軽く頭の上飛び越されて、少しもムカつかねえわけねえだろ。なーんかちっと気取ったような呼び方とか、とにかく気に入らなかったんだよ」

 ああ、やっかみって、そういうこと。

 日々コキ使われている兵士からすれば、私なんて大した努力もせずに、うまいこと成り上がったように見えるのかもしれない。時々、妙に突っかかってくるなあとは思っていたが、これで腑に落ちた。

「――だけどお前は、たぶん、いるべくしてそこにいる奴なんだろうな」

 あけすけに言ってくれた後で、ギートは前を向き、静かに付け足した。

「今はそう思う」

 彼の言葉は半分以上、文句と悪口に近かったが、きっと認めてくれたんだろうなーという雰囲気は伝わった。なら、返す言葉は一つ。

「ありがとう」

 大したことのできない人の身でも、諦めずにがんばってみようと思った。




 その、矢先だ。

「会いたかったわ、エメ」

 領主館で、なぜか白いジャケット姿の美人が私を出迎えてくれ、即座に回れ右したところを捕獲された。

「なっ、んでっ、イレーナさんがっ、いるんですか!?」

 テオボルト所長の美人秘書は、腕を私の首に回して力いっぱい感動的に締め上げてくれる。

「なんででしょうねえ。どこかの反抗的な部下が、上司の命令を無視して何か月も帰って来ないからかしらねえ」

 所長、どうやら痺れを切らしたらしい。

「ずいぶん自由にやっているそうじゃない?」

 イレーナさんの穏やかな声音には、そこはかとない怒りが滲んでる。やばい、私の迎えに来させられたことがそうとう頭にきてるんだ。だが、まだ帰るわけにはいかない。

 腕と首の間になんとか手を入れて、わずかに解放された喉を震わせ必死に訴える。

「私は自分の職務をまっとうしようと!」

「毒素への対策はほとんど終わったのでしょう? 余計なものを作ってしまうくらい、もう暇なのじゃなくて?」

「全然ですよ! まだまだ注意して見ていかなくちゃ!」

「それは、どのくらいで満足できるものなのかしら?」

「そうですね、あと最低一年くらいは」

「さ、帰りましょう」

「これでも足りないくらいですよ!? 公害の影響は長期的に見ていかなければならないもんなんです!」

「責任感は結構。だけど、それはもうあなたじゃなくても良いことでしょう? 人にはそれぞれ役割があるのよ、お嬢ちゃん。駄々をこねるのはやめなさい」

 ぱっとイレーナさんは私を放し、とても素敵な笑顔を向けた。

「急いで準備をしなさい? あなたには、やるべきことが他にもたくさんあるでしょう?」

 否が応でも。イレーナは私の言い分を聞くつもりなど毛頭ないのだ。だが、それでも!

 私は、彼女を真剣な眼差しで見つめた。

「イレーナさん。今、私の姉が村にいます」

「へえ、そう」

「さらに、オーウェン将軍が来ています」

「そうね」

「帰れません!!」

「まったく意味がわからないわ」

 イレーナさんはまるで取り合ってくれず、結局、強制送還が決まってしまった。

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