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 援軍を要請したらよけいな虫が来てしまったが、そうは言ってもオーウェン将軍には職務があり、リル姉だって忙しいのだ、いつまでも律儀に相手してやる暇などない。再会を終えた後は、名残惜しそうにしながらも将軍は街へ戻っていった。

 兵を指揮するためにも、彼の寝泊拠点は領主館になり、キクス村に常駐しているリル姉に会う機会はそうそうない。ちなみに私はキクス村に拠点を置き、患者の様子を逐一見させてもらっている。だから仮にあの人が変なことを考えても対応できるわけだ。

 私に帰還要請が出ている件については、やることが残っているからと将軍を丸め込み、まだしばらく留まることができた。



 応援に来たのはもちろん将軍だけじゃない。他にも数名の官吏が王宮から派遣され、事務処理にあたっていた。

 私自身に大きく関係していたのはむしろそっち。

 突然の人事でお疲れ様な彼らに呼び出され、今まで無断で使用してきた分と今後使用する予定にある分の魔石について、報告書の提出を求められたのだ。

 ヒ素害対策に魔石を使うことに関しては、緊急措置として王宮に認めてもらえたらしい。と、彼らに聞いた。それで報告書を新たに作成した時に、どさくさに紛れて関係ないランプや農業機械などに魔石を使いたいなー、と書いたら即行で却下された。

 坑道に火を使わないランプ設置はぜひにと粘ってみたけど、だめだって。貴重な資源を無駄に使うなだそうだ。これも人命に関わることなのに。


「理解のない人の相手は、面倒だよねえ」

 私の話を聞いたルクスさんはそんな感想を漏らす。

 昼間の仕事が終わった後、村の農作業用の小屋を借り、私たちは魔法陣の彫り込みをしていた。はじめは救護所の片隅でやっていたのだが、魔石を運び込んだり設計図を書き散らしたり、夜更けまで明かりをつけて作業したりで、医療団の人たちの邪魔になったので移動した。

 夜中に密室で男性と二人きりな状況というのは、あんまりよろしくないんだろうが、正直、何も起きる気がしない。実際、ずっと何も起きてない。

 私たちは互いに背を向け合い、床に胡坐をかいてそれぞれの作業をしている。

 私は無価値なクズ石を並べてなんとかランプが作れないか悩み、ルクスさんは私が発注したヒ素濃度測定のための魔法陣を緑の魔石に彫り込んでいた。

「ヒ素を析出させる魔法陣は複数あったから、それぞれの石に分担させればクズ石でも発動できたけど、ただ明かりをつけるだけの魔法は、簡単な魔法陣一つで済んでしまうから、分割できないのがかえって難しいよね」

「ええ。それに、一瞬だけ灯って消えるのでは意味がありません。長持ちさせないと」

「そうだね、問題は石の魔力量に尽きる」

「ま、だめもとでやってみますよ」

 軽いノリで、私はすでに魔法陣を彫り進めていた。

「ところで、ルクスさん」

 手は止めずに会話を続ける。彼について、ずっと気になっていることがあった。

「ルクスさんはどこで勉強してきたんですか?」

 どう考えても、ルクスさんの持つ知識レベル、特に科学に関することは、この世界の標準と比較してあまりに高度だ。

 だって、原子やイオンをあっさり理解するし、ヒ素の測定原理も一回の説明だけで魔法陣に直してくれるし。それに義眼でしょ? 魔法の知識は老師からだとしても、科学の知識は一体どうして手に入れた。

「どこと言われると、どこかなあ。道の上とか?」

 どうも私が求めた答えと違う。

「学校に通ったり、すごい先生に習ったりは」

「してないよ」

「じゃあ独学ですか?」

「そうだね、いっぱい実験したよ。誰に聞いても、どんな本を読んでも、わからないことばかりだったから。仮説を立てて、実験して、自分が納得できる理屈を探していった」

 えーっと・・・つまりほぼ自力で、知識を身に付けていったということ?

「君が教えてくれた原子も、実際にこの目で見て知ったんだ」

「・・・は?」

「万物の根源だっていう精霊の存在がなんなのか知りたくて。おそらく微小なものであろうとは予想できたから、詳しく見れる魔道具を作ってみたんだ。だから君の説明を聞いてすぐ、精霊の話をしてるんだとわかったよ」

 待て待て待て。どうやって見たんだ。原子間力顕微鏡でも作ったのか?

 これが嘘じゃないなら、なんか、もう、この人って・・・

「質問は終わり?」

「あ、はい」

「それじゃあ僕の話にも付き合ってくれる?」

 そんな断りをいれて、ルクスさんが提供してくれた話題は、ひどく難解なものだった。


「精霊は物質を構成する単位だった。じゃあ、それらを従える神とはなんだろう?」

「神の正体ですか」

「多くの人が存在すると言う。だけど誰も中身を知らない。漠然としたイメージだけが横行してる。神は天にいると言われるけど、天とはなんだろね? 空ではないよね。空には何もない」

「うーん、まず神の定義を決めないといけない問題もありますが・・・私たちが捉えられない存在だとすれば、証明も難しいと思います。例えば別の次元にいるようなものは」

「次元?」

 こういうのって、理論物理学とかの話なんだろうなあ。専門外だが、まあ、参考までに。

「次元は物理的な単位のことです。これは空間の広がりを表します。私たちは、幅、奥行き、高さにおいて自由に移動できるし、視覚的に捉えられますよね。それから時間の流れを把握できます。好きに移動はできませんけど、私たちより高い次元になると時間においても自由度を持ちます」

 どこかの青いロボットは好き勝手に時空を移動しまくってたっけな、そういえば。懐かしいものを思い出した。あれ、たまに時代や生態系まで軽く改変してて、今考えると怖い。夢はあるけども。いや、うん、この話関係ない。


「ええと、だから簡単に言えば、私たちが把握できる限界がこの小屋の中だけだとした時に、神が小屋の外にいる存在だとすれば、私たちはそれを見ることができないわけです」

「・・・そっか、なんとなくわかったよ。君は、神が僕らよりもっと自由度が高く、僕らが把握できる空間を超えたところにまで、移動できるようなものかもしれない、と思うんだね? 例えば時をも超えるような。僕らが神を捉えられないのは、彼が僕らの行けない場所にいるからだ」

 おぉ、なんかすごい理解してくれてる。もしかして、この考えもすでにルクスさんは思いついていたのかな。

「だったら、魔石とはなんだろう」

 その問いに後ろを振り見れば、ルクスさんは天井に浮かぶ、彼が作った魔法の光球に石をかざしていた。

「僕らはこれを物理的に扱える。神が僕らに捉えられない存在だとすれば、彼の力の欠片たる魔石も同じであるべきだ」

「それは・・・」

 確かに、そのほうが自然に思える。返答に窮す私のかわりに、ルクスさんは続けた。

「魔石は神が生み出したものではないのか、あるいは――――魔石こそが神なのか」

「え?」

 咄嗟に自分の手元の石を見た。

「僕はずっと疑問だった。魔石は神から与えられたのだと言う人々が、どうして石自体を神だと思わないのか。彼らは神が天にいると考えるくせに、魔石が地中深くから出て来ることの矛盾を説明しない。――もし、魔石が神の実体だとして、神は単なる力であり、個の意志などないとすれば、力を操る魔法使いこそが神か? だとすれば」

 掲げた腕を下ろし、ルクスさんは呟く。

「果たして神が魔石を生んだのか、魔石が神を生んだのか」


 ・・・うむ、話が非常にややこしくなってきた。

 理解できないとは言わないが、納得するには少し難しい。

「神が意志のない単なる力であるなら、魔石から聞こえる声はどうなりますか? それに、ミトアの民がどうやって魔法を習得したのかにも疑問が残ります。まあ、神に教わったというのも大いに疑わしくはありますが」

 この他にも、別の世界から生まれ変わってしまった身としては、どうにもしっくりこないんだ。神を意志のないものだとするのは、神はいないと言っているのに近い。であれば、私の転生は単なる偶然ということになるのか?

 反論というか、疑問点を並べると、ルクスさんはあっさり肯定した。

「うん、僕の説も矛盾が多い。君が言う、見えない神がやっぱりいるのかもしれない」

「私は、意図的なものをどうしても感じてしまいます。魔法がミトアの民の言葉にだけ反応するのも、考えてみれば不思議じゃないですか。何者かの意志を感じます」

「あ、それについても考えたことがあるよ。もしかしたら、逆なのかもしれない」

「? 逆?」

「魔石がミトアの民の言葉に反応したんじゃなくて、ミトアの民が魔石の言葉を覚えた、というのはどうだろう」

「・・・あ」

「もちろん、そうだとしても魔石のほうに自我がないと難しいと思う。神に教わったというのは、もしかすると真実なのかもしれない」

 呆気に取られる私に、その時ルクスさんが尋ねた。

「エメ、君には声が聞こえてくる?」

「・・・魔石の声ですか?」

「そう。でも開封の呪文なんかじゃないよ。耳の奥で時々、うるさいくらい響くもの」

「それ耳鳴りじゃないですか?」

「耳鳴り? そうなのかな・・・」

 ルクスさんは急に考え込んでしまう。なんなんだろう。不思議な人。


 で、結局なんの話だっけな。だんだんまとまりがなくなってきた。夜中で、しかも作業しながらのせいか、あちこち議論が飛んだ気がする。

 そんな中、そろそろ私の魔法陣の彫り込み作業が終わる。


「――ま、神の存在に対する答えは簡単に出ないと思いますよ」

 しまらない結論を述べる私。だって、しょうがない。説明の根拠にできる事実が少な過ぎるんだもの。

「うん、良いんだ別に、今すぐ答えが出なくても。僕はただ、君と話がしたいだけだから」

 ルクスさんの声は少しだけ高く、弾んでいた。

「君は僕が知らないことまで知っていて、僕の言うことを全部理解してくれてる。話すのも聞くのも楽しいよ。人との会話がこんなに楽しかったのは初めてだ」

 初めてなの・・・? ずいぶん寂しい想いをしてきているな。

 一人旅のせいなのか、彼の頭が良すぎて話が合わないのか。そもそも魔法使いは数がいないから、魔法の話ができる相手にも巡り会えないんだろうが、友達いないのかな。

「ルクスさんのお話は勉強になるので、私も楽しいですよ。その発想には驚かされます」

「そう? でもそれはお互い様だよ。君のおかげで、僕は今、目が覚めた気分だ」

 ルクスさんが体の向きを変え、私の手元を覗き込む。

 紙を敷いた床に、魔法陣が彫り込まれた6個のクズ石を、1個を中央に、その周りに5個という形で配置した。

 5個の石には、中央の石の魔法陣に繋がる回路を書いた。そして各魔法陣の真ん中は空白である。

 チェックを終え、私はすべての石の開封の呪文を唱えた。


 彫刻刀の痕が光る。5個の石は瞬時に黒ずんで光沢を失い、そして――――

 中央の石が、暗い赤から橙色に変化した。

「・・・できた」

 単なる思いつきで、だめもとのつもりだったのに。


 石から石へ、魔力を移す魔法陣。


 ルクスさんが魔法陣どうしを繋げる方法を教えてくれたから、別々の石に彫られたものでも連動させられるとわかったから、それは石どうしを繋げて魔力を共有させることなんだと気づいたから。

 ならば、魔力を別のエネルギーに変換してしまわずに、力の流れを一方向に定め、共有ではなく一つの石にすべて移動させられないかと考えたのだ。

「できました!」

 橙色の石をルクスさんの鼻先まで突きつける。もう興奮が止まらなかった。

「ほらね。君もじゅうぶん、驚かせてくれる」

 ルクスさんは石を手に取り、微笑みを浮かべていた。


 クズ石でも、寄せ集めれば使い物になった・・・

 魔力を移すために彫る魔法陣は後で削り、明かりをつける魔法陣でもなんでも彫り込めば良い。捨てられてるのを拾って作ったもんなら文句ないだろ!? これで上を説得できるかもしれない!

 早く、早く老師に報告したい。

 ようやく、私たちの、奥さんの、ささやかな願いが叶うって!!

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