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 流れの魔技師の大活躍のおかげで、領主館への奇襲は無事に成功を収めた。

 蹴散らされた領主の兵士たちが、朝になってようやく目覚めた頃には、主を捕えたとの報告が村に届き、彼らの誰一人としてそれ以上、無益な戦いを続けようと意気込む者はおらず、大人しくグエンさんの指揮下に入った。


 それから、私はグエンさんに付いて街に戻った。

 最初に領主館へ向かうと、入口付近で待機していたギートやカルロさんたちをすぐに見つけられた。彼らに大きな怪我はなく、内心で安堵する。

「お疲れギート。手柄は立てられた?」

「まあな」

 夜襲を終えて少し眠たそうな様子もありつつ、自信たっぷりに答えていた。どうやら活躍できたらしい。

「いつになく気張ってたぜこいつ」

 すると笑顔のカルロさんが横合いから現れ、ギートの頭を掴んでのしかかった。

「っ、どけ!」

「真っ先に乗り込んで領主捕まえてよー。うちの魔法使いが毒を消す魔法を作ったぞざまあみろとかなんとか、調子こいて言ってたっけな」

「言ってねえ!」

 言ったなこれは。ギートは怒りながらカルロさんを追い払おうとしているが、若干カルロさんのほうが上背があるため、手こずっている。

「ったく、兄貴を差し置いて生意気だよなー」

「後ろに引っ込んでるから置いてかれんだろが!」

「お前が嬢ちゃんにかっこつけられるように譲ってやったんだよ」

「うそつけ!」

 怒鳴って、ギートはようやくカルロさんの手を振り払えた。愉快な兄弟だ。そんなやり取りに周囲から笑いが湧いて、こっちもつられてしまった。

「そっか、ギートは私のためにがんばってくれたんだね」

「別にお前のためじゃねえ」

「そこでさらっと肯定できるようになるといいのになあ」

「んなキザったらしいこと言えるか」

 ギートは仏頂面で腕を組む。ま、本当によくがんばってくれたわけだし、あまりからかわないであげるか。

「ギートもカルロさんもお疲れ様です。あとはまかせて」

 これから私は事情を知らない領民たちにヒ素害について説明し、今後の対策に関する準備などなどをしていく。王宮への報告書も作成しなきゃらならないし、やることは山ほどにある。

「嬢ちゃんは領主になんも言うことねえのか?」

 動き出すその前に、グエンさんが気を使って確認を取ってくれた。

「うーん、そうですね・・・ところで領主は今どういう扱いなんですか?」

「部屋に閉じ込めてる」

 答えたのはギートだ。そこにカルロさんが補足した。

「王命なしに貴族を乱暴には扱えないんだ」

 つまり牢屋に入れたりお縄にしたりとかはできないらしい。いかなる時も高貴な身分への配慮は忘れられないもんだ。

「これからどうするかは上の指示がないとなんともわからんが、おそらく、一旦身柄は王都に送られることになるだろうよ。恨みごとを言っとくなら今のうちだぜ」

 グエンさんが明るく促してくれる。

 隠蔽もそうだが、王の兵にまで手を出してしまったのが、やはりまずかったんだろうな。

 その時、何気なく館のほうを見上げると、二階の窓に見覚えのある人がいた。

「あれ領主ですか?」

 上着を脱いだシャツ姿の、幽霊みたいな青白い顔が見える。グエンさんたちも気づき、見上げる視線が増えても彼はその場から動かず、じっとこちらを見つめているようだった。

 今、彼は何を考えているだろう? 私を殺せなかったことを悔やしがっているだろうか。あるいは、自分の行いをすべて反省しているだろうか。

 どちらにせよ、彼に言うことは決まってる。

 窓の真下まで走っていき、私は人差し指を突き立てた。

「あなたが諦めたこと全部、魔法で叶えますよ! だから――」

 閉じた窓をも越えて届くように、あらん限りの大声で言う。

「いつかまた戻って、その目で確かめてください!」

 ディオンさんがわずかに身じろいだ。それを勝手に頷きと受け取って、私は汚れたローブを翻し、さっそく役目を果たしに鉱山へ向かった。


**


 最大の障害が解消され、今や誰も私を止める者はない。

 魔石を軍事以外の目的に使うなとかうるさいことを言う人もいないのだ! 上から押さえつけられないの素敵すぎる!

 報告だの説明だの、大切だけど面倒なもろもろを片付けたら、休む間もなく作業に移った。


「危ないから離れてくださいね! いいですか? やりますよー!」

 全身に魔力を溜めに溜め、木の上から眼下の地面に狙いを定めた。

「ノル、レウ!」

 余計なものを片付けた山麓のとある場所に、一瞬で直径20メートル程の大穴が開く。深さは大体3メートル程かな。土をどかしたのではなく、陥没させたのだ。わりと派手な魔法に、見ていた鉱夫たちがどよめいた。

「周りを補強してくださーい!」

 驚いている彼らを促し、山から切り出した岩を側面と底面に入れてもらう。疫病の原因に気づいていながら、黙っていた鉱夫や領主の兵士たちには、きりきり働いてもらおう。ここでがんばれば、他の領民の彼らに対する風当たりも弱まるんじゃないかな。

 作業の間に私は木を降り、ルクスさんにも手伝ってもらい、魔石を穴の周りに設置。鉱山から適当に拝借した緑の魔石には、すでに魔法陣を彫ってある。

「ヒ素にクロムにカドミウム、とりあえず、こんなもんですね」

 ルクスさんが持っていた元素周期表にあてはめて、ヒ素以外にも、有害な重金属を除く魔法陣を作ってみた。すでに製錬場の排水には設置済み。

「ここら辺に浅瀬を作って、沈殿物を集めるようにしようか」

 ルクスさんはフードの端を片手で上げて、穴の中を指す。

 彼は太陽光が苦手らしく、昼間は頭から足元までを外套ですっぽり覆い隠している。日が当たると、すぐに肌や頭皮まで焼けて痛むのだそうだ。旅人なのに大変だ。

「わかりました。すいませーん、ここに石を積んで浅いところを作ってくださーい!」

 他の人たちに頼み、私はポケットから別の魔法陣が彫り込まれた緑色の魔石を取り出す。これで沈殿させたものを磁石みたいに集められるのだ。そうすれば回収が楽になる。魔法で次々析出してくる金属を、ずっとそのまま沈めておくわけにはいかないからね。集めたものは加工して使うことも可能だ。

 そして貯水場が完成し、魔石の設置も終えたら鉱山の排水道から水を流し込む。それと同時に魔石を発動。水がきらきら輝くのは、日を受けた飛沫のためだけじゃない。よっし、成功! 

「これで・・・」

 水がどんどん満ちて、銀色の粒が浅瀬に引き寄せられていく、その様子をヒューゴさんは呆然と眺めている。私は地面に座って魔法陣をチェックしつつ、隣の鉱夫に話しかけた。

「まだ終わりじゃないですよ。あともう一つか二つ貯水場を作って、村に辿り着く前に取り除きます。まだまだがんばってもらいますよ」

 ヒューゴさんは団子鼻を鳴らす。

「あんたに賭けて正解だったよ」

「でしょう?」

 それを言わせたくてがんばったんだ。

 さ、続きだ続き!



 水を浄化したら、お次は土。これにはちょっと時間がかかった。

「言われた通りにしたけど、これで本当に良いの?」

「ええ」

 キクス村下流の、最初にギートと聞き込みに来た村で、話を聞かせてくれたお姉さんや村人たちが、眉をひそめて畑の傍に立っている。

 彼らには畑を囲む畝を作ってもらい、川の水を引き込んで約30日程、水浸しのまま放置させた。苗を植えてない水田の状態と同じだ。

 あー、稲作したい。この世界にも一応米はあるのだが、ティルニ王国の南のほうで主に栽培されているので、トラウィスではあんまり食べる機会がないんだよな。

 ま、それは今は関係ないのでおいといて。

 前に一度説明したが、まだ半信半疑らしい村人たちに説明を重ねる。

「こうしておくと土の中に吸着されているヒ素がよく溶け出してくるんですよ。それを今から魔法で集めます」

 ごく簡単に言えば、土を丸洗いするみたいなことだ。作土層を取ってしまうより良いだろう。

 さっそく畑の周りに、特別に調整した魔石を設置し、発動。すると水がぼんやりと光を帯びて、下から上へ、銀の粒が浮いてきた。水と土も一緒に操作して、析出したヒ素を表面に集めるのだ。

「こんなもんですね」

 うまく集まってきている結晶を見て満足する。村の人たちは身を乗り出して畑を覗き込んでいる。

「これでだいぶ作物のヒ素吸収を抑えられると思います。もともと、雨がよく降った年には枯れないという話でしたから、浄化した水を使っていれば穀類なんかは大丈夫なんだと思います」

「そう。本当に、元に戻るのねえ」

 誰からともなく、小さな歓声が上がった。

 健康な作物と浄化された水を口にしていれば、もう病人は増えないし、ヒ素中毒を発症してしまった人でも、徐々に回復していくだろう。

 これこそ魔法だ。その可能性を目の当たりするたび、もっともっと、やりたいことが増えていく。

「水中のヒ素濃度を検出できるようにしたいなあ」

「なに? 次は何をやる?」

 呟いた独り言に、隣にいるルクスさんが素早い反応をくれる。フードの下で、赤い瞳がおもしろそうに見開かれていた。

 私も笑みを浮かべて、彼に次なる計画を持ちかけようとしたその時、どどどど、とたくさんの蹄の音がした。

 顔を向ければ、騎馬の軍団が遠くに見えた。何やら急いで、村の横を通過していく。

 遠目でもわかる。翻る大きな旗には、一等星に似た光を模した王家の紋章があった。グエンさんたちではないが、王宮兵士の軍団だ。

「あれは、援軍が到着したみたいです」

 領主を捕えてしまった領地は実質、支配者がいない状態。グエンさんが兵を指揮して、秩序を保っているものの、小隊長に領地経営は荷が重すぎる。

 領主不在の地を一時的に統治する人手と、ついでに領主を王宮へ護送するための人数が必要であり、その要請を報告書とともに王宮へ提出していた。

 私は、偉い人が来ないうちに、鉱山の魔石をかっぱらい、必要なものを作っていたのだ。じゃないと、用途に関してなんだかんだ議論しなくちゃならなくなりそうなので、先にやっちまえ、と思って。王宮に戻ったら、たぶん所長あたりにスタンドプレーを凄まじく怒られる気がするが、知らない知らない。だって一刻も早く、きれいな水が必要だったんだから。

 ここまで自由にやってきたが、援軍が来てしまっては、ご挨拶、というか言い訳の一つもしておかねばならないだろう。

「ルクスさん、この場の作業をお願いして良いですか? ちょっと街へ顔を出して来ます。すぐに戻りますので」

「わかった。宮仕えは大変そうだね。がんばって」

「ありがとうございます」

 ルクスさんに後をまかせ、私は馬に跨り街へ急いだ。



 街に着いた途端、すでに銀色の眩しい鎧があちこちにあった。どうやらかなりの数が援軍によこされた模様。馬上で指揮しているのは全員、装備的にグエンさんよりも上っぽい人たちだ。

「あ、おい」

 領主館の敷地に入り、厩舎に馬を預けに行くとそこでギートに会った。

「ちょうど良かった。今、お前を呼びに行こうとしてたとこだ」

「そう? さっき軍隊が通るのが見えたから自分で来たよ」

 すれ違いにならなくて良かった。ではさっそく案内を頼もうかと思ったら、なぜか微妙に半笑いなギートがおかしなことを言う。

「俺の予想が当たったぞ」

「は? なんの?」

「マジで来たぜ、あの人」

 誰が、と聞くまでもなく、背筋に怖気が走った。まさか。

「今どこにいる!?」

「キクス村に行った。そりゃもう止める間もない勢いでな」

 おいおい嘘だろマジかあいつ。

 私は街を飛び出し、急いでキクス村へ馬を走らせる。

 すると、いた。

 柵を取り払った村で供も連れずに、馬上でしきりに金色の頭を左右に動かしている、オーウェン将軍が。

「将軍っ!!」

 背後から、声をかければ振り返る。やっぱり人違いじゃなかった!!

「エメ! 無事であっ――」

 なんか言ってきたのはこの際無視して彼の横を通り過ぎ、馬から飛び降りざま救護所に転がり込む。中では患者のお世話をしているジェドさんやリル姉がいる。

「リル姉、隠れて! ジェドさん扉を塞いでください!」

「エメ? どうしたの?」

 困惑しているリル姉の手を引っ張り、無理やり衝立の裏に押し込む。そんな慌てる私の様子を見て、ジェドさんは「・・・まさか」と顔をしかめた。その直後。

「リディル! 無事か!?」

 扉を塞ぐ前に、オーウェン将軍が飛び込んできて、その声に反応したリル姉が衝立から顔を出してしまった。

「・・・来やがったのか」

 ジェドさんが呆れた視線を送るが、そんなことに将軍は気づかない。もうリル姉しか目に入っていないかのように大股で向かってくる。

「オーウェン様・・・?」

 リル姉は信じられないものを見るように、もしくは蛇に睨まれたカエルのように、口を手で覆って動けない。

 確かに王宮に援軍を要請した。要請したが、なにも将軍、あんたが来ることないだろう!?

 絶対、リル姉に会いたくてゴリ押ししたに違いない。これってもはやストーカーなんじゃないか!?

 ある種の恐怖を覚え、私は必死にリル姉を背後に庇う。しかしそんな私をも見えていないのか、将軍の足は止まらず、そのままの流れであろうことかリル姉を抱きしめた。

「っ!?」

「リディル、良かった・・・無事だったのだな」

 ちょお待てっ! 一人で安心するな! 間にいるぞ私がっ! ついでに衝立もな!

「がーっ!!」

 両腕を突っ張り、将軍を力いっぱい押し返す。が、相手は少したたらを踏んだ程度。とはいえ、二人を引き離すことには成功した。あー、苦しかった。

 ここでようやく、将軍は私の存在に気がついた。

「そ、そこにいたのか、エメ」

「いましたとも最初から!」

 怒りをこめて言い返す。なんなんだこの人は。また股間を蹴り上げてやれば良かったか。

「あ、あの、オーウェン様が、どうしてここに?」

 衝立から出て来て、リル姉が戸惑い気味に尋ねた。抱きしめられたことはスルー?

 私に引きつった顔をしていた将軍は表情を緩め、心底優しい声音で、援軍要請に応えて来たことを話した。

 名家の子息がわざわざ辺境まで来たことを、リル姉は特段、疑問に思わなかったらしい。事情を聞いたら、嬉しそうに微笑んだ。

「そうだったんですか。遠いところを、お疲れ様です。まさかオーウェン様がいらっしゃるなんて」

「偶然、手が空いていたのでな」

 うそつけ、どうせ無理やり来たんだろうが。

「そなたの具合がずっと気がかりだった。可憐で心優しいそなたを疫病の村へ送ってしまったことを、昼も夜も後悔していたよ。しかも暴徒に襲われたと聞いた。それを知った時はもう、己が心臓に剣を突き立ててやりたくなったぞ」

「え? え、いえ、あの、襲われたのはエメで・・・」

「だが、そなたが無事で良かった」

 聞いちゃいねえ。やだこの人。

 私だったら適当に追っ払うところだが、リル姉は戸惑いつつもきちんと相手をしてあげていた。

「――あ、これオーウェン様にお返ししますね」

 リル姉が付けっぱなしの首飾りを取り、将軍に差し出した。

「ありがとうございました。きっと、エメが無事だったのもこの石のご加護のおかげです」

「そうか。ではまだ、そなたが持っていろ」

 案の定、将軍は首飾りを受け取らなかった。

「まだすべて終わっていないだろう? 王都に無事戻れてからで良い」

 どうしても首飾りを返そうとするリル姉に将軍はそう言っていたが、それって二人で会う口実だよなあ。どうやって邪魔してやろう。

「ところでエメ、そなたを早急に王都へ帰還させるよう、レイン所長殿から言付かっているのだが」

「絶対に帰りませんっ!!」

 帰ってたまるか! 少なくともあんたがいなくなるまでは断固として帰らんぞ!

 どうやら、私はヒ素害の対策に加えて、ストーカー対策にも知恵を絞らねばならないらしい。

 ・・・もう、この人ほんとやだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 昨日この作品を見つけて読み始めました。 読み専を長くやっていますが、こういう頑張り屋の女の子が活躍する作品は良いですね。 辺に色気づいたりしないところが良いですね。 もう完結されているので…
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